WS000058

1:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
先日親父を力づくでアルコール依存の病院に入院させた。
国立大学卒業している親父は知的で落ち着いた性格だ。
商売は得意ではなかったが学問を愛する人だった。
家はそれほど裕福ではなかったが喧嘩はまったくない平和な家族だった。

僕が結婚して、子どもが生まれ、中古の一軒家を購入。
当時、賃貸に暮らし商売がうまくいかなくなっていた親父とおふくろを呼んで同居することに
このときは親父がアルコール依存症なんて知らなかったし
アルコール依存がどんな病気かも全く知らなかった。



元記事:
https://anond.hatelabo.jp/20180424120521
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20180424120521




一緒に住みはじめて1年で親父は救急車で運ばれた
原因は栄養失調
しかし栄養失調の原因は酒で食べ物を受け付けない状態になったことだ。
この時はじめてアルコール依存症であると分かり
病院に通うことになる。
当時の親父はまだ理性的だったし
僕も仕事が忙しく子どもが生まれたばかりでアルコール依存について勉強することもなく
お袋にまかせていた。
今考えれば
この時にもっと真剣に向かい合うべきだったと思う。

親父は1年間、断酒した。
今なら分かるがこれはとても凄いことである。
外来のみで断酒するのは非常に難易度の高い

しかし、知り合いの葬式で親父は飲酒をしてしまう。
それから病院に行かなくなる。
「病院は頭がおかしいやつのあつまりで薬を飲むと精神がおかしくなる」と批判が始まる
僕らも説得できず親父の意志にまかせることにした。
そこからは
断酒→隠れて飲酒→救急車
を繰り返した。
最初は信じていた家族も次第に疑うようになった

親父は自分はアルコール依存ではなく
躁鬱病で
鬱病を治すとアルコールはコントロールできるといい始めた
徐々に上手く行かない全ての原因を自分ではなく
回りや環境に転嫁しはじめた
アルコールの話をすると感情的になり
病院に行こうと諭すお袋に暴言を吐き
それを止めようとする僕に殴りかかってきた。
その時の記憶は基本的には無くなるから
反省ができない
アルコール依存は最悪の病気だ。
徐々に親父が壊れていく
子どもが大きくなってきて
おかしな状況を感じはじめる。
僕は家族で腹を割って話し合う必要があると思った。
しかし、話合いは待ってくれと
色んな理由をつけて時期を伸ばされた。

ある日、トイレにワンカップが隠してあるのを見つけた
親父は今は断酒してるから信じろ!と怒っていたので
僕は腹が立ってその酒を捨てた。
次の日
親父がいなくなった。
おふくろに聞いたら
外で暮らす。といって出ていったそうだ。
近くの公園を転々としながら
1日に2~3回お袋に会いに来た。
このままどうなるんだろう?
家族は疲れ切っており
いっそのこと失踪してくれたらいいのに
など僕は考えていた。

ある夜、事件が起きた
深夜1時ごろ
玄関のドアが開いて
浮浪者のようになった親父が入ってきた
そしてお袋の部屋に入っていった
その後、暴れだし暴言を吐き
椅子をひっくり返した
家の回りを発狂しながら
荒らし始めた
家族はみな気が動転して
命の危険を感じた。
僕はカギを締めて警察を呼ぼうとした。
それよりも先に近所の人が呼んだ。
しかし、警察が来たときには親父はいなくなっていた。

この日から親父は完全におかしくなった。
いきなり家に来て
「警察を呼んだのはだれだ!ぶっころしてやる!」
と言ったと思ったら
孫に向かって
「かわい〜ね〜」
と言ったり。
凶器を持っている可能性が高かったので
僕は家のカギを締め切って入ってこれないようにした。
夜中にいきなりドアを開けようとする音や親父の怒鳴り声が聴こえる。
みんな寝れないし常に緊張状態にあった。
その時僕はもう
強制入院か警察に保護してもらうしかないと考えていた。

兄貴と親戚のおじさん(大阪から駆けつけた最強のアウトロー)
を呼んで事情を説明したら
おじさんが
「俺が話す、病院に連れていく準備しとけ」
と言って親父を探しに行った。

近くの公園に親父はいた
それはもう僕の知ってる知的で学問を愛する親父じゃなかった。
ただただ虚しかった。
家に連れて行くのは危険なので
車の中で親父を説得することになった。
おじちゃんがどんなに説得しても
親父は病院に行く事に納得しなかった。
話し合いの途中で何度も暴れて
逃げ出そうとした
兄貴とおじちゃんが話し合ってる間に
強制入院が可能な病院を探した
兄貴から電話があって
「もう限界かもしれない、病院に連れて行こう」
強制入院可能な病院が見つかる。
暴れて危険な場合は警察を呼んで一緒にきてください。
と言われた。
説得してる駐車場に向かった。
親父を発狂して暴れているのを兄貴が車に押し込んでいた。
僕は警察に電話した。
しかし、車に乗った親父は動けなくなっていた。
兄貴は180cm80kg以上でずっと格闘技をしてたゴリラのような男だ。
おじちゃんは柔道二段で今はムエタイをしている。
親父は完全に固定されていた。
おじちゃんが
「いいから出発しろ」
と言ったので
警察に事情を説明し病院に行くことになった。
病院までの30分は
僕が今までの人生で経験した一番最悪の時間だった。
親父は僕達を罵倒し続けた。
僕は今まで親父に怒られたことがほとんどなかった。
自分の仕事が成功しはじめて
家族全員が幸せになる方法を考えて
家を買って
みんなで住んで
呪いの言葉のような罵倒を聞きながら
病院まで運転する中、ずっと思い出してた。

そして親父はアルコール依存病棟に入院した。
アルコール依存は
本人だけじゃないくて
家族の病気だ。
お袋は親父をかばって嘘をつくようになった
僕は気付けば親父とお袋を常に疑い、監視するようになった。
仲が良かった家族がどんどん崩れていった。
入院期間の三ヶ月
どうなっていくか分からない。
その間、みんなでアルコール依存について学び
親父と戦うのではなく
親父と共にアルコール依存と戦うための準備をしなければいけない。




2:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
結婚して子供がいる筈なのに、妻に対する言及が全くない&子供に対する言及も殆どないのも
同居してても父親がアルコール依存だという事に一年間気付かないのも
不自然というか、家族に対して何か大きな問題が起こらない限り全く興味がないのか…
後者だとしたら怖い



3:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
(大阪から駆けつけた最強のアウトロー)のインパクト



4:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
酒飲みの気持ちがわからなくなって、あるときから酒を避けるようになった。
いまだにわからない。



5:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
地獄だ。本当にアルコール依存は怖い。



6:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
吾妻ひでおの「アル中病棟」思い出す。あれはどんな人でも読んでおいた方がいいと思った。



7:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
つらかったね。アルコールは、ときに恐ろしい薬物であることから目を逸らしてはならない



8:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
病識のない患者は周りが疲弊する。
家族だからこそ、相手の責任と自分の責任をきちんと切り分けて。
情に引きずられて共倒れするのは避けて。
それは非情ではないから。
まずは入院中に家族がゆっくり回復できるといいね



9:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
“しかし、知り合いの葬式で親父は飲酒をしてしまう。”
断っても「まあまあそういうこと言わずに」と勧め続ける人がいる冠婚葬祭の場は本当に最悪だ。



10:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
アルコール依存症は本当に怖い病気だから、もっと恐ろしさが知られてほしい。
ちなみに患者さんはすぐ病院から脱走したりするので、警戒してほしい



11:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
「酔うと化け物になる父がつらい - 菊池真理子」読んだときと同じ辛い気持ち。
アル中は家族全員を不幸にする最悪の病。



12:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
既に挙げられている吾妻ひでおのアルコール依存症の作品を見ても分かるが、入院は解決ではなく最初の一歩。
お母様含めご家族で充分に話し合って認識を一致させて、お父様のご病気に対応されますように。



13:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
アルコールはたまたま合法なドラッグ



14:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
冠婚葬祭で断酒失敗する人多いんだよね。
日本ではアルコール産業がメディアの大スポンサーだから問題視されることは少ないけど、
アルコール依存症は本当に多いので正しい認識を持つ必要がある。



15:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
全然出てこないけど、妻と子供かわいそうすぎる。この状況でまだ同居しようとしている夫を受け入れるの私は無理。



16:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
このくだりはとてもよく分かる。病気に限らず、家族の問題は当事者がよかれと思ってとった行動が悪い方向に話を捻じ曲げ不信を招くから怖い。
"お袋は親父をかばって嘘をつくようになった"



17:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
同じような状況で父を入院させた。統合失調症だった。
アルツハイマーの母と三人暮らし。生きたここちがしなかった。
病院では薬の多量投与により死亡した。
なにからなにまで悪夢のような日々だった。



18:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
暴れてるときの様子を動画にとって後でシラフの時に見せてやろう。
多少は自分は病気だという自覚が増すはず。
てか奥さん登場してこないけど子供連れて実家帰っててもおかしくないよ。。



19:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
西原理恵子の「おサケについてのまじめな話」オススメ。
アルコール依存症はものの例えじゃなくれっきとした病気なので素人が自力でどうにかできるもんじゃない、専門家に任せることこそ正しい治療の第一歩



20:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
アルコール依存は自覚ない人が多いみたいだし治療受けさせるのは相当難しいらしいもんね…。
壮絶な記録。しかしまだ終わったわけではなくこれからが始まりだというのがなんともせつない…。



21:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
頑張って欲しい。祖父がそうだった。よく状況がわかる。
最終的に脳が委縮してアルツハイマー型認知症になった。介護が大変だった。



22:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
〇〇依存症の話を色々聞くが「自分の意志で依存をやめるのは絶対に無理」「依存が再発しないよう厳しく他人にチェックしてもらうことでしか病院外で生きる道はない」というのは共通しているんだよな…



23:名無しさん+:2018/04/24 ID:xxxxxxxxx
【追記】

沢山のご意見をありがとうございます。
入院させてしまったあと、言いようのない気持ちを一気に吐き出してしまったため
いろいろな部分を端折ってしまったり説明不足な部分があったり、
今後同じような状況になってしまった人が少しでも参考になるようなことを追記したいと思います。


・嫁さんついて

嫁さんは僕には勿体無いくらい良い人です。元々両親とも仲が良く、同居の際もきちんと話し合って決定しました。
僕にとって彼女は全てを話せる妻であり、気の合う友人であり、優秀な仕事仲間であり、頼りになる母でもあります。
同居はじめてアルコール依存の問題以外にも色々な問題が起きましたが全て隠さずしっかり話し合って解決してきました。
逆に嫁さんに何かトラブルが起きたときは僕は全力で問題解決をします。


・こどもについて

親父のアルコール依存は最初、非常に分かりにくいものでした。
飲酒量が少なく、呑んでも顔にも出ず、性格も変わらないので
相当近くにいかないと酒を呑んでいることが分からない状態でした。
ただ、躁鬱があり、落ち込むときはひどかったのですが
孫達と遊ぶことで元気になりました。
孫のおかげで躁鬱はかなり良くなったと思います。
親父がおかしくなってきたのはこの1年くらいでしたが
孫達には最後までその姿を見せることなく病院に行きました。
もし良くなって帰ってきた時のために
僕らも子どもたちと親父の距離感や説明については細心の注意を払ってました。


・家族の関係について

同居する理由のひとつとして
実家は賃貸で、部屋のひとつを使って家業を行っていたのですが
両親は貯金も年金もない状態で、雨漏りするようなボロボロの事務所だったので家業の売上もどんどん下がって
お金が貯まらないので広告もテコ入れもできない、毎月仕送りをしないと家計が回らない状態でした。
そこで、解決策として
家を購入して家業の事務所の内外装をリニューアルし
きちんと広告計画を立てて売上を伸ばすことを考えました。
一緒に住めば仕送りも必要なくなりみんなのお金も貯まります。
実際3年間で家業の売上は1.5倍くらいまで回復しました。
親父は躁鬱を治すために何がいいかなと考え
僕のPCをあげました。
そして操作方法やネットの楽しさや
SNSに登録したりしました。
晩年父は全く人との交流がなくなってしまったのですが
SNSで昔の友人と繋がったり
僕の友人と仲良くなったりで
とても充実した毎日になりつつありました。
アルコール依存がなければ
親父は本当に幸せな人生を送れたと思います。

親父は僕が小学生の頃くらいから仕事が非常に忙しく
家に帰っても不機嫌で中学生になるまでほとんど会話らしい会話をしてない状況でした。
なので僕は小さいころ母親と毎日遊んでいました。
悩みも母親に相談することが多く
同居してからも毎日何かしら話してます。
アルコール依存についても最初は任せていましたが
状況は常に聞いていました。
お袋は親父のことをアルコール依存だと思ってませんでした。
親父がアルコール依存じゃないと理論的に説明するので
説得されていました。
おそらく共依存になっていたんだと思います。
僕も当初アルコール依存の知識がなかったので
お袋の話を信じて、通院せずに自分の力で治すことに納得してました。


・アルコール依存という病気について

この1年間、沢山の本を読み、話を聞き、病院で先生の話を聞きました。
アルコール依存は絶対に治らない病気です。
最終的には死に至る進行形の病気です。
最初は変化が見えにくく
進行が進むと嘘をつくようになり
約束をやぶり
攻撃的になります。
親父のSNSの投稿も
最初は孫との幸せな生活で溢れていますが
後半は世の中や政治の批判ばかりになりました。
家族の絆はどんどん壊れていきます。
信じたいけど、本当かどうかわからない。
アルコール依存で一番やっかいな症状が
「否認」
です。

否認についてとても分かりやすい記事

https://www.dansyu.jp/アスクヒューマンケア/

親父はこの否認がかなり強く出る傾向にありました。
頭が良い人なので、飲酒理由と環境を作るための理論武装が上手でした。
家族は、この「否認」を見抜くのがとても難しい。
それは信頼関係が構築されていればいるほど見抜けません。
仮に見抜いて指摘をしても
アルコール依存の人は認めないし逆上し
敵対します。
抑圧すればするほど攻撃的になります。
家族の関係が悪くなる前が勝負です。
その時ならアルコール依存を認識しやすく
通院する可能性が高いと思います。
家族に対して不信感を抱く段階にくると
どんなに説得しても病院に行くことを拒みます。
そうなると強制入院か底付きで死にかける(もしくは死ぬ)結末が待ってます。
これは家族のダメージが半端ないので出来るだけ避けて欲しい。
力づくで病院につれていけない状況の人もいると思います。
そういうときは警察に連絡して一緒に病院まで連れてきてもらってもいいと病院で言われました。
アルコール依存の後期は非常に危険な状態です。
運転している最中に暴れて事故をおこす可能性も高いと思います。(運転している人も気が動転してますし)
このアルコール依存という地獄のような病気の苦痛が少しでも和らぐ人たちが増えることを願います。




7年前、娘が生まれてから「お前の事を女として見れなくなった」と旦那に言われて・・・

高卒の彼女に振られた 「奨学金なんて所詮借金、借金背負って大学行くような・・・

ワイの彼女、高速代もガソリン代も払わない

ワイの兄の子、名前がキラキラを通り越してマジキチネーム

【悲報】ワイの彼女、意地でも帰らない

元夫の男性不妊を知ってたけど本人に内緒にして放流し不倫相手にプレゼントした

コンビニバイトで、人の財布をよく観察する

元嫁の浮気で離婚して数年 娘から初めて電話を貰った

フィリピンに2年住む俺が誤解されがちなフィリピンの真実を語ってく

※コメント内容の著作権は、投稿者に帰属します。
削除依頼等のご連絡はメールでお願いいたします。