2013年06月05日

書評:「ブッダ(手塚治虫)」

 6月4日までなので、もう公開は終わってしまったけれど、Yahoo!ブックストアで期間限定で「火の鳥」、「ブラック・ジャック」、そして「ブッダ」が無料公開されていた(参考)。懐かしいなと思って、昨日一昨日で「ブッダ」を全巻iPadに入れて、読みなおしてみた。

 全部で14巻もあったので、さすがにあっさりとは読みきれなかったけれど、とても面白かった。「聖☆おにいさん」というギャグマンガで、漫画喫茶で本書を読んで仏陀が号泣するというシーンが有るんだけれど、その時の仏陀の気持ちが少しわかった気がした。「火の鳥」と「ブラック・ジャック」については特に目を通さず。「火の鳥」は実家にあるので、また日本に帰ったら読み直したい。

ブッダ全12巻漫画文庫 (潮ビジュアル文庫)
手塚 治虫
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 初めて「ブッダ」を読んだのは、高校生の頃だった。きっかけは高校の図書館になぜかこの手塚治虫の「ブッダ」が全巻置いてあったという単純な理由。当時は今ほど仏教の知識があったわけでもなく、ただなんとなくマンガという理由だけで読み始めたのだと思う。当時読んだ時には、これといった感慨を持つこともなく、ただ過ぎてしまったように思う。

 高校の図書館にあったマンガには「ブッダ」の他に、大和和紀の「あさきゆめみし」(参考)も置いてあった。「あさきゆめみし」は結局途中で読むのをやめてしまって、未だ読みきっていない。同じく図書館にあった与謝野晶子訳の源氏物語は読んだけれども。

 そんなこんなで15年ぶりぐらいに読み返した「ブッダ」だけれど、当初は「こんな話だったっけ?」と思いながら、自分の記憶との違いを埋め合わせるような感じで読んでいた。ストーリーはブッダ(ゴータマ・シッダルタ)の生誕から、出家し、悟りを開き、教えを伝え、死に至るまでを描いている。シッダルタの成長に沿って話が進んでいくが、見方によってはむしろ冒頭から登場しているタッタこそが「ブッダ」の本当の主人公と見ることも出来る。

 本書で描かれているブッダの思想だけれど、正直なところ、極東ブログにも書かれている通り(参考)、仏教に詳しくなった今になって読み返すと、仏教の思想とは似ても似つかない代物だと思う。手塚治虫が創りだした独自の仏教と言った方がいいだろうか。途中からブラフマン(神)が出てきて、「おいおい、仏教に神かよ」とは思った。神通力や動物と心を通わせる力についても、物語の味付けとしては面白いのかもしれないが、超自然的な力は仏教の思想とは決して相容れないものだと思う。

 他にも強い違和感を感じたのは、一番弟子であるアナンダの描き方。マーラが取り憑いているのはそもそも別の人のエピソードだし、美男子で女難の相があったはずなのに、とんでもない不良青年になってしまっているし、と不思議に思う点はたくさんあったが、ツッコミを入れるだけ野暮というものか。ちなみに余談になるが、先日同僚のインド人から「アーナンダって知ってる?」と聞かれた時に詳しく話をしたら、どうやら同僚さんがアーナンダゆかりの地の出身だったらしい。妙な縁もあるものだ。

 仏教の観点からツッコミを入れてしまったが、ひとつのマンガとして見る限り、「ブッダ」は傑作だと思う。特に本書の面白いところは、ブッダをめぐる多くの人間の愛憎うずまく心理の描き方だと思う。嫉妬や焦り、恨み、死への恐れ、そうした生きているうちに向き合わなくてはいけない負の感情について、ブッダを囲む多くの人を例に挙げながら、わかりやすく見せているのは素晴らしい。こういう時、自分だったらどうふるまうのか、と自らに問うてみるのも、いいかもしれない。

 それから、手塚治虫の他の作品にも言えることだけど、女性の描き方がとってもエロい。若い時のミゲーラとかヴィーサーカーとか、積極的に男性を誘惑する女性の恐ろしさがね。手塚ってこうした女性と向き合った経験ってなさそうだし、おそらくだけど想像で書いているのだよね。妄想力すごすぎだろ。

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