2014年12月31日

2014年に気になった論文とか研究とか

 年の瀬。ブログで年の瀬というと、年内のまとめみたいな記事がよく上がるので、その流れに乗って、今年出た論文とか注目を集めた研究などの中で個人的に気になったものを、まとめて書いてみようと思う。今年は本業が忙しく、科学記事をほとんど書けなかったので、その埋め合わせも兼ねて。個人的な関心によっているので、生物学、中でも分子生物学ばかりになるけれど。

CRISPR/Casシステムの発展


 去年話題をさらったCRISPR/Casシステム(参考)だけれど、今年はさらなる発展を見せた。中でも大きな進展は、Cas9 endonucleaseの構造が解かれたことだと思う(参考1参考2)。普段、構造関係の論文はどちらかというと読まない方なのだけど、濡木研の論文は興味深く読ませてもらった。

 他にも、Cas9をKnock-inしたマウスを用いたin vivoの応用例が報告されたり(参考)、条件さえ整えればRNAも認識して切断するという報告がつい最近出てきたり(参考)、と次から次へとおもちゃ箱のように面白い研究が出てくる1年だったと思う。来年はひと通り落ち着いて、ツールとして定着していくかな。

 それから、CRISPRを研究で使うことを考えている人は、guide RNAのデザインにCRISPRDirect(参考)が役に立つかもしれない。

X-ray free electron laser


 特に膜タンパク質に顕著だけど、タンパク質によっては大きな結晶を作ることができないものの、ナノメートルからマイクロメートルのサイズの非常に小さな結晶を作ることがある。そうした結晶はこれまで役に立たないものだと考えられてきたが、それらから質の高い構造データを集める技術が出てきた。

 それがX線自由電子レーザー(X-ray free electron laser (XFEL))というもので、日本ではSACLA(参考)というXFEL関連の計画が進行し、今年になってSACLAを使った面白い論文がいくつか出てきた。SACLAの説明をSACLAのサイトから少し引用する。

SPring-8(Super Photon Ring - 8 GeV)は世界で最も強いX線光源ですが、それでも原子や分子の瞬間的な動きを観察するためには強度が足りません。

非常に強い光を出す光源としてレーザーがあります。X線レーザーができれば、原子や分子の瞬間的な動きを観察することができます。レーザーは位相の揃ったコヒーレントな光(光波の山と山、谷と谷が揃うこと)を発生し、様々な光技術に応用されていますが、従来のレーザー技術の延長で波長の短いX線レーザーを作ることは不可能でした。

X線でのレーザーを作る方式として、従来の物質中での発光現象を使う方式ではなく、電子を高エネルギー加速器の中で制御して運動させ、それから出る光を利用する方式が提案されました。原子からはぎ取られた自由な電子を用いてX線レーザーを作ることから、X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser : XFEL)と呼ばれます。このXFELによって、原子や分子の瞬間的な動きを観察することが可能となるのです。

SACLAとは - 独立行政法人 理化学研究所 放射光科学総合研究センター X線自由電子レーザー施設 SACLA


 光化学系II複合体の構造解析はまさにXFELをうまく利用した研究だと思う(参考)。来年以降、SACLAだけでなく、世界中でXFELを使った構造の論文が続々と出てくるんじゃないかと思う。この辺は自分なんかよりもずっと詳しい人がTwitter界隈にたくさんいるはず。

細胞融合への示唆


 これは論文が出た時にブログに丁寧に書いたけれど、受精における精子と卵の結合を担うタンパク質の発見は受精だけでなく、細胞融合という未知の機構について大きな示唆を与えるものだ、という話をした。

 → Pursuing Big Oceans : 精子と卵の融合は考えているよりもずっと壮大な話だと思う - livedoor Blog(ブログ)

腸内細菌叢


 今年の生物系研究の大きなトレンドに腸内細菌叢があると思う。これまで腸内細菌は解析するのが難しかったが、近年のゲノムシーケンサーの発展によって、腸内細菌を網羅的に調べることが可能になったのが、腸内細菌関連の論文が増えた大きな理由だろう。

 今年、腸内細菌関連で最も話題になったのは、人工甘味料で代謝異常となる論文(参考)だと思うが、この論文については懐疑的な話もあり、データについても悩ましいところがあるので、今後の報告を待った方がいいとは思う(参考)。

 個人的に腸内細菌関連で面白いと思ったのは、Cellに掲載された、双生児の腸内細菌を比較した以下の研究。

 → Human Genetics Shape the Gut Microbiome: Cell

 この研究では遺伝的体質が腸内細菌叢の構成に大きな役割を果たしていることを示している。さらに遺伝的体質が全ての腸内細菌に影響を与えているとは考えにくいので、著者たちが精査した結果、Christensenellaceaeという細菌が遺伝的体質に最も影響を受けることを発見した。この細菌は短鎖脂肪酸を合成することにより、体重増加を防ぐことが知られている。さらにマウスの結果ではあるけれど、この細菌をマウスに与えると、痩せるようになったらしい。そのうち、この細菌入りのヨーグルトが売りだされてもおかしくないだろう。

Ebola outbreak


 今年の生物学関連での悲劇的な出来事の1つに、西アフリカにおけるEbola outbreakが挙げられる。Ebolaは致死率の非常に高い恐ろしい病気だが、感染力がそれほど高いものではないことと、WHOなどの努力などもあって、来年には徐々に収束に向かうのではないか、という期待をしている。あくまで個人的な期待だけれど。

 Ebolaの病態については、このブログにも一度覚え書きを書いた(参考)。あとは、以下のエボラ解説記事がとっても勉強になる(参考1参考2参考3)。そして、Ebola outbreakについては、著者数人が亡くなったという以下の論文の壮絶さが何よりも印象に残る。

 → Genomic surveillance elucidates Ebola virus origin and transmission during the 2014 outbreak

再生医療の大きな転換点


 幹細胞もどちらかというと門外漢で詳しい方ではないのだけど、年の瀬になって、凄まじい研究が出てきた。ES細胞から始原生殖細胞を誘導したという話で、再生医療における大きな転換点になると個人的に思う。研究としての凄さもさることながら、この研究は倫理的な問題を大きくはらんでいる。今後どのような指針を立てて、研究を進めていくのか、といった政治的な議論が進むことになると思う。

 → SOX17 Is a Critical Specifier of Human Primordial Germ Cell Fate: Cell

 インターネットで時折見かける以下の画像が現実味を帯びてきた・・・。

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 それから幹細胞の技術的な話だと、ヒトにおける基底状態への足がかりを付けた研究が大きな進展なのかもしれないな。

 → ヒトにおける基底状態の多能性幹細胞への扉を開く : ライフサイエンス 新着論文レビュー

Piezo


 Piezoが機械応答性のイオンチャネルであると最初に報告されたのが2年前で、そこから2年経ち一段落して、いくつかのin vivoの報告が出てきたのが今年だったと思う。もうしばらくPiezoがトップジャーナルを賑わすのは続くのではないかと思う。

 例えば、メルケル細胞における機械受容(参考)、循環器系での機械受容(参考1参考2)、触覚系での機械受容(参考)などなど。

 Piezoについて、個人的に気になるのは、どのようにして機械受容をし、どうやってイオンを通しているのかという分子メカニズムについて。ぱんつさんの記事に以前コメントしたこともあるけれど(参考)、Piezoは39回膜貫通タンパク質という想像を超えるレベルのバカでかいタンパク質で、また既存の機械応答性イオンチャネルとは相同性を一切保持していない。

20140417221824


 分かっていることは、機械応答性チャネルであること、と、発生や生理応答に重要な役割があること。それだけ。詳細な分子機構については構造を解かなければ分からない部分が多々あるだろう、と思う。いつか誰かが構造を解いてくれるだろうと思い、気長に待ちたいと思う。

ALSとか老化の難しさ


 今年の夏はアイスバケツチャレンジという一大ブームがあったので、ALSという特定疾患への注目がWEBで集まった。ALSについてはこのブログにも書いた。以下の記事にも書いたように、疾患の原因を特定の遺伝子に帰結できないのが、ALSの治療を難しくしている。

 → Pursuing Big Oceans : ALS(筋萎縮性側索硬化症)の話 - livedoor Blog(ブログ)

 このALSの状況と多少似た話で、老化に関連する論文がPLOS ONEに掲載されているのを先日見かけた(参考)。この論文では110歳以上の超長寿の人たちのゲノムを読むことで、長寿に関連するSNPまたは後天的変異が見つけられるのではないかということを期待し、17人の110歳以上の人のゲノムを比較している。

 結論から言うと、有意な変異は見つけられなかったらしい。つまり長寿を規定するような変異は存在しないことになる。もしくはあったとしても1つの変異に限定できないのだろう。以前は老化の研究に興味があったのだけど、最近はこの複雑さに辟易して、以前ほど興味が持てなくなっている。

臭素は28番目の必須元素


 最後にひとつ。話としては面白いと思うのに、あまり注目されなかった話。生体を構成するのに必要な元素はこれまで27種類と考えられてきたけれど、28番目として臭素(Bromine)が加わったという論文で、Cellに掲載された。

 → Bromine Is an Essential Trace Element for Assembly of Collagen IV Scaffolds in Tissue Development and Architecture: Cell

 この論文では、細胞外マトリックス内のCollagen IVにおけるスルフィルイミン結合を作るのに必要なPeroxidasinというタンパク質の補酵素として臭素が働くことを示している。スルフィルイミン結合はCollagen IVの安定化に一定の役割を果たしており、Collagen IVが不安定化すると、発生が正常に起こらなくなる(参考)。

おわりに


 ということで、今年どんな研究あったっけな、と思い出しながら、長々と書いてみた。実を言うと、自分の中で2014年で最も印象に残った論文は以下だったりするけれど、改めてここで紹介するようなものでもない、と思い、上のリストには載せなかった。

 → Pursuing Big Oceans : 私の研究理念 - livedoor Blog(ブログ)

 来年もまた心躍るような研究に出会いたいし、願わくば自分がそうした論文を書けるよう頑張りたい。ブログの更新は気が向いた時に、のんびりとやっていくつもり。では、よいお年を。

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