温もりに舞う蛾

 夜、十一時半。
 高輪口の品川はまだ人で溢れている。
 まだ雨が降っているせいもあるだろう。
 京急からJRの中央改札へ向かう、やけに緑に色づく階段を上がって改札を抜け、山手線に乗る。
 約二十分後に乗り換え、自宅最寄りへ向かう電車は終電間際。
 幸いなのは今日が金曜日だということで、不幸なのも今日が金曜日だということだ。
 まぁ理由は察してくれればと思うが、あえて一言言うなら、僕は飲み会が嫌いだということだ。
 誤解されたくないのは、今日の残業は飲み会によるものではないということ。ただ納期が迫った他人のヘルプだ。
 さっさと帰ってもよかったのだが、終業後に振られて「月曜中にお願い」と言われてしまえば仕方ない。
 こういうところを仕方ないと思えるようになったあたり、僕も働き手として、多少自覚というものが出てきた証左なのだろうかと、皮肉にも思うこともある。

 自宅最寄り駅に着いたとき、雨は酷くなっていた。
 さすがに夕飯を今から作る気力もなく、駅の一階にある深夜までやってるスーパーで食材を探す。けれど、日付が変わって分針が半周したこの時間では惣菜も残ってはいなかった。
 仕方なく僕は切れかけの牛乳だけかごに入れ、この時間にはいるはずのない姿が、やはりいないことを確認したのち、会計を済ませた。
 結局、夕飯は僕が勝手に「幸せの味」と呼んでいるラーメンを食べ、濡れて帰った。

 翌日、濡れてしまったスーツをクリーニングに出した帰り、駅のスーパーに再び足を向ける。
 本来であれば必要のない、昼食を買うという目的のためだ。
 秋の日差しはまだ上着を着れば汗ばむほどで、スーパーの店内は上着を着ないと寒いほどだった。
 入店時に、今日はいるであろうその姿を探した。
 遠目でもすぐに分かる。小柄で、下ろせば方くらいになるだろう髪を、制服の頭巾にまとめた女性。
 ここのところ、僕はその方を懇意にしていた。久しぶりに好きな人ができたと言って過言じゃない。
 最近、電子レンジの中に設置する耐熱皿を、ベランダの物置に突っこんでいる、鉢皿の中から見つけ、晴れて「あたため」が使えるようになった影響で、冷凍パスタのおいしさに僕は目覚めている。ちなみに以前は、でかいトースターでしかなかった。……悲しい。
 それはさておき、夕飯の食材と合わせて、彼女が担当するレジに並ぶ。
 気にしていない風を装って、スマホをいじったりなんかして、
「いらっしゃいませ、こんにちは」
 そう、目が合って微笑む彼女の仕草に、少し胸が高鳴る。
「こんにちは」
 と、僕も挨拶を返した。
 いつもいつもニコニコしているなぁ。素敵だなぁ、と思っていたが、どうにも今日はニヤニヤしていて、
「なぜニヤニヤしてるんですか?」
 と思わず問いかけてしまっていた。彼女はおそらくマニュアルに載っているであろう、レジに表示される値段を読み上げることもなく、ふふっ、と軽く吹き出して、
「なんでもないです」
 変わらない笑顔で言った。
「そっすか」
 僕も笑うと、頷いて、
「ありがとうございました」
 いつもの言葉を聞いた。
 ちらと振り返り、頭を下げる。彼女が袋に入れてくれてたので、そのままスーパーを出る。
 今日も会えてよかったなぁ、なんて思うと、徒歩十五分の帰り道は彼女の仕草を辿らずにはいられなくなる。
 また来週も会いたいな。
 何年かぶりの気持ちに、今日も胸がほっこりする。

 前に会ってから月が変わった。
 週末、昼時。
 あれ以来、彼女の姿は見なくなった。
 辞めたのか、続けているのかは分からないが、少なくともお店からいなくなってしまったのは間違いなさそうだった。
 それがなんとなくから、確信に変わったのは、左胸の名札の上についていた「お客様係」の札を、違う方がつけていたのを、ふとした拍子に見つけてしまったからだ。
 ――ああ、やっぱりいなくなっちゃったんだな。
 自覚すると、途端に寂しさがこみ上げてきて、脱力せずにはいられない。よくある、心の中にすきま風が吹いている状態。
 食事にでも誘っておけばよかったか、とあれこれ帰り道で考えたが、あまりにも不毛だったのですぐに放棄した。
 代わりに、やんわりと彼女の幸せを願っておくことにする。
 何も始まらないまま、唐突に終わっていたが、まぁ何か少女漫画的な展開が起こるなど、初めから期待していないのだから構わない。
 そう思うのも多分、僕の負け惜しみ。
 日々の中で最近特に、他人にも異性にも興味を失っている僕も、なんとかまだ大丈夫らしい。
 安堵する反面、彼女への好意ももしかしたら、自分に言い訳をするための自己保身なんじゃないかと、勘ぐったりしてもいる。
 だからなのか、週が明けた時にはすでに忘れてしまっていて、また僕は終電間際の日常に戻っている。
 暗いマンションの一室に帰ってきたとき、誰かの作った温かいご飯が食べたくなる。
 きっと、眠らない街に務めているせいか、光と温もりが恋しくなるのだ。
 そんな自分を、点滅する電灯に群れる、蛾のようだと思った。

連休明けはどうしたって

 やけに涼しい夏が過ぎ、今年もキンモクセイが香る時期になった。
 毎年僕にとっての季節の境はこの匂いで、毎年「ああ、秋がきたなぁ」と散歩中にしみじみ思う。現に、毎年キンモクセイの話を出している自覚があるほどだし。
 意外と、朝の通勤時間などはそこに感覚を割くことができず、通勤時の彩り鮮やかなストレスをいかに柔軟にシャットアウトするかに集中してしまう。
 けれど、僕はなんとなく朝の通勤風景は嫌いじゃない。
 その理由は、第三者的に、映画やアニメのワンカットとして、フレームの中に写すことに限定する分には悪くないからだ。
 もちろん、一人称として通勤をするのはいつも通り大嫌いだ。
 地下鉄のホームで聞こえる、人を小馬鹿にしたような鳥のさえずりには軽く殺意を覚えるまである。
 
 連休明け。
 ここのところ、そのたびに人身事故が起きている気がしている。
 朝、いつもの時間に家を出て、いつもの時間に駅の階段を上がると、文字通り改札から人が溢れ出ていた。
 過去に一度、大雪で電車が止まっていたときを思い出す。あの時は諦めて一旦家に帰ったんだっけか。
 構内放送が繰り返し流れているが、周囲の喧騒に負けて肝心なところが聞こえない。
 分かるのは、改札前に立てられた看板に書かれた、人身事故が発生したことと、運転再開見込みが二十分後だということだ。
「あー、これは遅刻確定だな」
 ひとまず人の間を割って改札を抜け、ホームへ降りたところで現場の上司にショートメッセージを投げる。
 他方、振替輸送の駅までもバスで十五分。これはバスに乗る方がかかると見て、殺伐とした雰囲気の中、僕はホームで待った。

 八時二十五分。
「――お客様にお知らせいたします。八時三十分を運転再開予定時刻とお伝えしていましたが、警察の現場検証に時間がかかっており、運転再開予定時刻を、九時とさせていただきます」
 この手の人身事故といえば、僕の経験からして衝突事故だという予想が大体ついていたから、別に驚かない。……が、会社に出社時刻伝えてしまっただけに、再度の運転見合わせの延長を考えるとバスに乗り換えるしかなさそうだった。
 諦めて構内を出、振替輸送として中央線の通る駅へ向かうバスを使うことにした。
 そのバスを待つ列も案の定、曲がり角一つ越えてもなお続く長蛇の列で、結局バスに乗ったのは、悲しいかな電車が動き出したあとだった。

 僕はバスの中でつらつら考える。
 多分、この人身事故は飛び込み……言い直すまでもなく、自殺を図ったものだろう。
 連休明けとか、月曜日とか、自殺が多いのはもう常識となっている。
 善人ぶって、人に相談していればとか、他の人が悲しむとか、迷惑がかかるとか、言うつもりはない。
 行きたくない、やりたくない。
 その気持ちはきれい事を言ったって払拭なんてできないからだ。
 それにたとえ一人で死のうと、他人に迷惑はかかる。行方不明だろうが、首吊って死のうが、迷惑をかけるのも変わらない。
 人が悲しむのも、必ずしもそうとは言えない。それは死して喜ぶ人間、嘲笑する人間が一定数いるからだ。
 上面だけの悲しみほど、押し付け迷惑というもの。
 死を選ぶなら、それもまた、その人の自由だと僕は思う。
 忘れちゃいけないのは、人が死んでも、会社や学校に遅れることを懸念し、愚痴を言う世の中なんだってこと。僕を含めてさ。
 それが、関係ない僕らの日常。
 自殺を選んだ人は、自殺こそ最善の選択だっただけの話なんだろう。遅かれ早かれ皆死ぬわけだし。
 過去から繰り返し言っているけど、僕らはどうしても義務や思いやり(笑)や責任や、なんかよく分からないものにがんじがらめになっている。
 その中で、死という選択肢には、それらしがらみからの解放という意味に限定して言えば、小さくない意味があるはずだ。
 もちろん、選択肢としてあることと、実際に選択することの意味は全く違う。
 ああ、死にたい。
 そう思ってしまう瞬間って誰しもある。でもあれこれ理由をつけて選べない、選ばない。
 全ての物から解放されるのはどんな気分なんだろう、って思ったりもする。
 叶わぬものに憧れるからいいこともあって、全ての物から解放された毎日なんて、多分退屈で窮屈なんだろう。
 
 徐々に街並みが変わる。
 バスが左へ曲がり減速する。
 ああ、もう降りなきゃいけない。仕事行きたくないなぁ、なんてため息をついたり。
 ああ、死にたい、なんて冗談を独りごちてみたり。
 しながら、僕は今日も仕事に行く。
 月曜日が始まるたびに、休みまでの日数をカウントし、祝日が来るたびに、次の祝日をカレンダーから探す。
 次の祝日は……三週間後か。
 やれやれ、先は長いな。

くすんだ幸せは、儚い思い出

 仕事の息抜きに、ちょっとだけパソコンの前を離れてコンビニに向かっていた。
 その途中、道ゆく人々に見向きされない花壇の隅に咲く四片(よひら)が「ここにいる」と僕を呼んだ気がした。
 足を止め、丸い花の塊を眺める。
 半分が深い青、もう半分が淡い桃。
 この、梅雨を象徴とする丸っこい花が、青と桃に色づくカラクリを知っていてもなお、そんなことなどつまらない、どうでもいいと感じさせるほど。
 僕が望んだ通りの紫があった。
 スマホの電源ボタンを二回、短くクリックしてカメラを起動し、二枚の写真を撮る。
 まるで失くしていた探し物が見つかった時のように僕は歓喜したが、さすがに仕事中に登録するわけにもいかなかったから、終業後まで待って、僕はツイッターに投稿をした。

 終業後、帰宅途中で海水魚の用品を買いに寄り道をする。
 入れたカニやらエビやらが悪さをしているみたいで、ツツウミヅタとマメスナギンチャクという2種類のサンゴがちぎられてしまう事態が頻発していたので、止むを得ず療養のためのケースを買う必要があった。
 終業後二時間は経っていただろうか。
 酒と吐息と汗と香水臭さが混じり合う電車の中で、ふとスマホのロック画面をみると、ツイッターに返信があった。
 少し前に僕が言った言葉が原因で、なんとなく、もう接することはないんだろうな、と思っていた人からの返信に、マスクで覆った口元が綻ぶ。すぐに返信をした。
 その人からの返信はだいたい、2時間おきくらいのやりとりだろう、という見込み。
 だいたいいつもそんな感じで、何年かきている。
 普段関わりがあるとは言えないけど、それでもなんとなくちゃんと存在を認知していて、僕は結構その女性のこと気にかけている。
 僕のお節介であるのには違いないのだが、たまにSNSできつそうな文面を見るとどうにも心配になる。

 まだ大学生だった頃、一度だけスカイプで話をしたこともある。
 四年生の時の冬だったと思うのだが、特にしんどかった時期に、ちょっとだけ話をして随分と救われたんだ。
 たった一言、胸に響く言葉があって、それはもう覚えていないだろう、しょうもない物だったのだろう。
 それでも僕には、大切な瞬間。

 ふと、僕は小さい頃、読みたくない分厚い童話のページで作った押し花のことを思い出した。久しぶりに作ってみたくなった。
 そのことをその人につい漏らしてしまうと俄然やる気が湧いて、たまには栞でも作ってみることにした。 
 ネットで本を使わなくても押し花を作る方法を探し、栞になりそうな材料を調べ、蚊に刺されながらアジサイを求めて広い公園を練り歩き、百均に行ってラミネート素材を吟味して、中身に込めるシールを眺めて。
 四枚作り、うち一枚をあげたいなーと思った。
 叶わないだろうなーと思っていたことは、やっぱり叶わなかった。
 まあわかってたことだから。
 埋まらない距離、離れない距離、変わらない距離。
 僕は知っている。ヤマアラシのジレンマを。
 少し前寂しくなった時に、声が聴きたいなぁと恥ずかしながら思ってしまったものだ。
 
 栞は、残念ながら押し花の水分の抜き方が足りてなかったのか、色が落ちてしまった。
 なんだか遥か彼方の、小さい頃のくすんだ思い出のようで、これはこれでいいかなーって思った。
 むしろ、このくすんだ色に、僕の儚い幸せが詰まっている。
 そう、胸が温かくなるんだ。

六月には別れがつきもの

 始まりは緩やかなギターの音色。
 僕は音楽のことはさっぱりわからないが、初めから終わりのように下っていくその切なさが、水のように流れ落ちてきて、胸に染みる。
 いつかに置いてきてしまった青春とか、捨てようとしていた恋慕とか、期待も絶望もできないありきたりな未来とか。
 そんなことを思い出す。
 
 いつだって、いつだって、目の前にある未来を受け入れるしかなく。
 何度だって、何度だって、過去の時間の切れ端に思いを馳せる。
 思えば、僕にとっての六月というのは、僕にとっての終わりの月でもある。

 去年の六月末、僕は塾をやめたし。
 大学の進学が決まったのも六月末だし。
 高校生の時の六月末、僕はコンビニのバイトもやめたし。

 そして、今の職場も六月末でおさらばすることになった。
 また六月の終わりに別れがやってくる。

 今の仕事もなんだかんだ続いていて、転職をしてから10ヶ月弱になる。
 絶対につかないと決めていたIT業界に首を突っ込んだが、思ったよりも続いている。
 後輩もできた。ほとんど関わりもないけど。

 今の僕は多分、塾の先生をしていた時よりも、わずかに口数は減ったように思う。
 暗いとか冷たいとか言われることもあるが、大半は喋る必要がないから喋らないだけ。言い換えれば、口は災いのもと、がちょっと身にしみたとも言えるかもしれない。

 最近はちゃんと、小説だって書いてますよ。
 なんというか、前向きになったというわけじゃないけど、やっちゃいけない理由を探すのをやめたんだ。
 
 手に入れたいと自覚して、手を伸ばすということは、誰かもしらない人たちが「悪いことだ、みっともないことだ、罪深いことだ」って言ってることもあるけれど。
 ついでに言えば、常識とかマナーとかモラルを「糞食らえ」っていうくらい嫌悪している。
 こいつらに共通しているのは二つ。

 礼儀と、思いやり。

 けれど、こういうことを大仰に、声高に、過剰に口にする人々はつまるところ、自分がよければそれでよくて、ただ言葉を免罪符に他人を批判したいだけなんだろう、と見えてしまったわけだ。
 もっとわかりやすく言えば、自分が得をしたくて、自分が迷惑をかけられたくなくて、自分が他人よりも優れていたい。
 これに尽きる。
 礼儀と思いやりなんて、誰かに強制されるもんじゃないだろう?
 僕らは自分の思い通りに他人を動かそうとし過ぎている。
 
 今一度、苦しくて納得の行かない瞬間の気持ちは置いといて、「そういうこともあるさ」と笑える勇気を持ちたい。
 我慢もつきものだが、笑って済ます思考の代謝をあげていきたい。

 理由は簡単。
 笑ってれば、案外嫌なことも忘れるし消化できるから。
 笑ってる方が、きっと、もっと、ずっと楽しいから。
 別れすらも笑っとけば、なんとなくいい終わり方ができそうじゃない?

気持ちが分かった気がする

 五月十四日。
 お祭り嫌いな僕は何年かぶりに、ハッピを来た連中に紛れていた。
 目の前は手ぬぐいで作ったはちまきの群れ、足下は中身のなくなった容器、見上げればビルの外壁に描かれた見目麗し二次元の少女たち。
 日曜日の秋葉原。
 中央改札を出てヨドバシでタブレットのケースを書い、昭和通り口へ少し歩いたところ。
 僕は秋葉原の地理には疎いので、大抵迷子になるわけだが、その日は仕事を早引きした母親と一緒だったので心配なかった。
 というか、母親のが秋葉原に詳しいことに今気づいた……。
 それはさておき。
 この日の目的は、三カ月ごとくらいに参拝している神田明神のお祭りに行くこと、だったのだが。
 そこへと続く大きな交差点はホコ天(歩行者天国)になっていて、とんとことんとこ響くお囃子も、疲れからかイマイチ覇気のない掛け声も、遠くからでもすぐに分かるほどで、参加者より見物客の方が盛り上がっている雰囲気だった。
 人だかりの最後方について、少しじっとしていると、わっと歓声が上がる。
 そっちを見ると、お神輿の上にハッピ姿の若い男性三人が乗り、扇子を持って踊っていた。
 お神輿が動く。
「邪魔だ邪魔だ! 下がれよ!」
 なんてハッピ姿の坊主頭に怒られつつ、ジリジリと下がっていく波に呑まれ、けれどそのおかげでお神輿も間近で見ることができた。
 お神輿といえば、子供の頃強制的に担がされて嫌な思い出しかないが、蚊帳の外から眺めるには、なるほど確かにいいもんだ。

 行きつ戻りつするお神輿も一通り堪能した僕らは、大鳥居へと足を向ける。
 道端に座り込んで酒を呷る男衆に浅草のなんとかっていう(名前忘れた)お祭りもそうだと母は笑った。
 道路の真ん中で踊る子供たちを横目に僕は、
「あー、あの子はビデオ撮られて大きくなってから恥ずかしくなるやつだな」
 と、僕も幼稚園の集会っぽい行事で、歌いながら、飛び跳ねながら、くるくる回っていたのをビデオテープに撮られていて恥ずかしくなったことを思い出していた。
 大鳥居の前は交差点よりもさらに人が増えた。
 一歩も前に進めないとはまさにこのこと。立ってる隙間があるだけ、通勤電車よりイージーなのが幸い。
「裏口から入ろうか」
 母親の提案に、僕はとりあえず乗っかった。
 裏口があるなんてこと自体初耳。
 人をかき分けて交差点まで戻り、一本路地に入る。
 人の流れに沿って歩くと、急な石階段を見つけた。
「おっ? これじゃない?」
 一段の高さがある階段を上がっていくと、広い場所に出た。
 ぐるっと周囲を見渡すと、どうやら境内に入れていたらしい。
 大鳥居から本殿へはお神輿のために道が空けられていて、本殿ではちょうどお祓いの神事が行われていた。
 頭の上からツクシのようににょきっと伸びる多数の自撮り棒。向いているのは自分ではなく、お神輿の方。
 なるほどこういう風に使うのが正しいんだ(違)。
 ぼやー、っとお祓いする様を眺め、やがて飽きた頃、
「おみくじ引こうか」
 と、正月ほどではない窓口の列に並び、さらっとおみくじを引いてみた。
「十九番」
 巫女さんに短冊状の紙をもらって列から離れて、母と一緒に中身を確認する。
 一言でいえばこう。
“くよくよしてんなバーカ”
 なるほど、的確だ。
 おみくじを結んだ僕らは最後に屋台をぶらっと見て回る。
 中でも電球ソーダなるものに僕は興味を引かれた。フラスコの形をした透明な容器に、体に悪そうな赤や青の液体が入り、口の部分にちっこい電球らしきものがくくりつけてあった。
 買う? と聞かれて僕はすぐに否定した。あんなん処分に困るだけだし。あーでも、電球が光るとこは少し見てみたかったかも。

 気づけば夜の帳が下りている。
 夕飯を食べるべくJRで神田へ行き、僕が友達とよくいくチェーンの居酒屋に入った。
 とりあえずビールを頼み、乾杯もせずにジョッキを呷る。
 何品か適当に注文して、普段交わさないような言葉のやりとりをする。
 僕と母親が二人でいると、必ず先日亡くなった祖父の話になる。
 もっとこうしたかった、ああしたかった、という母の話に耳を傾け、祖父がまだ会社に勤めてた頃の出張の時のことが出た。
 東京で、一度だけ居酒屋でこうしてじいちゃんと飲みにきたことがある。その時のじいちゃんの気持ちが、息子と来てようやくわかった気がした。
 そんなことを言われて僕は気恥ずかしくなってしまった。
 僕が最近思うのは、きっといくら言葉を尽くして語っても、その人が亡くなったときには、もっと話したかったとか、こうしたかったとか、そういう思いを抱くのだろうってこと。
 そんなこと生きてる人に対して言えるわけもなかったが、あと二十年、三十年なんてあっという間なんだろう。
 その時僕は、どこで、何をしているのだろう。
 この世を去って行く人々は、どこへ向かうのだろう。
 そんな答えの出ないことを、ずっと考えていた。
 
 


チャーム本店

リンクシェア アフィリエイト紹介プログラム

マクロミルへ登録

livedoor プロフィール
記事検索
アクセスカウンタ
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ