休職をしてから早四か月が経ち、お腹がすくようになったりと、「生きる」上で本来持っていた体の機能を取り戻せた実感がある。
 傷病手当の申請はしているが、基本給からの支給であり、現状家賃を払える程度しかもらえない。僕の給料は基本給に手当がいろいろくっついた上での支給だったために、基本給からの計算ではどうしてもこうなってしまう上に、年金や税金などは変わらず払わなければならない。
 病気になって手当をもらっているのに、保険料を払っているのはおかしな話だなぁと素人目に見て思うとこともある。

 とりあえず、生きようとする機能は戻った。
 抜け毛は……まあ増えた気もするが、以前ほどでもない。
 もう何か月も生活できるだけの貯金もない。

 つまらない身の上話になるが、もともと貯金がないのは、新卒三か月ですぐ会社を辞めた上で、なかなか次の職に就くことができずに止むを得ず溢れた分の生活費をリボなどで積み残していたことと、前に勤めていたところの給料が安かったこと、大学時代の奨学金は毎月定額、保険料、税金などなど昇給に応じて引かれる分も増えていったことも大きい。
 前職でもSEをやっていたが、現場で後輩を指導する立場にいながら、コード一つも書けない他社の新卒より、年収で数十万程度の差で僕の方が少なかったことに本当に絶望したものだった。
 社内でエースだとおだてられながらも、役職の順番待ちだと言われ、手当もない。残業も一部給与に含まれていたために、仕事を頑張るメリットもない。
 働いても働いても、何一つとして生活が変わる未来が見えなかったことが、本当に辛かった。
 このまま命《時間》が尽きていく感じがしたことへの、焦りもあった。

 ここまで言っておいて、手の平を返すようだが、前職の悪評を愚痴りたいわけじゃない。むしろ、本当に感謝をしている。
 どこにも就職できずにいた僕を拾ってくれたこと。
 いろいろあったけれど、親身になって話を聞いてくれたこと、仕事を任せてくれたこと。
 新卒~前職の期間がもっと短ければ、また少し違っていた結果にはなっていたかもしれない。
 だから、給料の話はあるが、前提としては僕がマイナススタートであったことが悪い。
 ただ、やはり任される仕事の難易度、責任に応じたお金はほしかった。
 社内の人とも仲がよかったし、退職は苦渋の決断だった。

 転職をして、まずは先に書いた「リボ払い」を払い終えることに注力したこともあり、それは二年くらいかかって完済した。……が、いかんせんマイナススタートなので貯めるところまで余力がなかった。
 そこからようやく収支がプラスになったので……ということで、大した額もないという話。
 余談だけど、人によっては「なんでそんなにお金ないの?」ってとなるかと思い、一応語っておく。

 家族にも、大人になってもなおたくさん迷惑をかけてしまった。
 今の会社に勤める直前、アラサーになってようやく自動車教習所に通える時間が作れた時に、自力ではどうにもできず父にお金を借りた。
 今の会社に勤め、リボも返してからようやくできたお金を封筒に詰め込み、年末の帰省時に父に手渡した時のあの顔は、一生忘れることはないだろう。

 閑話休題。
 本来ここで語りたかったことは、「次はどうするか」ということだ。
 ようやく考えられるようになった、復帰という二文字。実際、九月からの予定だ。
 仕事のことを思えば胸がザワザワするが、薬のおかげかリミッターがかかっている。
 家でやれることにも「飽き」が出てきた。
 であれば、外に向かうこともいいだろう。
 そう思うようになった。思えるようになった。
 また働けるようになれば、お金の問題は時間が解決してくれるだろうから、心配はしていない。

 復帰の話を口にしたら、不安視する声も返ってくる。
 あえて言おう。一番僕が不安なのだ。
 とはいえ、ただ復帰するだけでは同じことの繰り返しにもなりかねない。
 それだけはどうしても嫌だし、意味もない。
 だいいち、前に書いたように「今までと同じような働き方はできないんだ」と感じたのだから、何かをしなきゃいけない。
 今の現場の人たちへの恩もあるし、信頼もあるがゆえに、ある程度は自由に任せてもらえる意味でも、仕事の仕方として向いている実感もあるものの、身を引く展開や、(都合がいいだけの)信頼を失うことも考えておかなきゃいけない。
 また揺らいでしまうかもしれないが、今改めて感じていることは、くだらない何かに振り回されて、病気になったりする方がよほどリスクが大きい。
 おかしくなっていることは、「いや当たり前でしょ」っていうことすらわからなくなる。
 自覚できてないし、他人からの言葉を受け入れる余裕もなくなっていた。
 本当に反省しかない。迷惑をかけた人たちには感謝しかない。

 この数か月、たくさん本を読んだ。
 アニメも見て、たまに泣いた。漫画も読み漁った。
 新しい小説のサンプルも書いている。
 レジンもたくさん作った。
 数年ぶりにガンダムのプラモデルも作った。本当に心が躍った。
 水槽を眺め、病気の魚の隔離をし、イモリが脱走したことに焦り、部屋の中に潜む蚊に何度も刺されたし。
 ゲームも何本もクリアして、生涯乗ることがないレーシングカーを走らせることを楽しんだ。
 顔も知らない友人たちは、休職をした僕のことを何も言わずに受け入れてくれた。ボイスチャットで遊んだり、一緒に遊ぶのも無理をしなくていいと言ってくれたし、体調を慮ったりもしてくれた。
 ほぼ、一人でいたが苦にはならなかった。
 先日、親族が亡くなって葬儀にも出た。何年か前に亡くなった、一番尊敬している祖父のことを思い出し、あとで少し泣いた。
 昔、その祖父にも手紙を書いたことも思い出した。家を出て、一人暮らしをする時だっただろうか。ちぎったノートのページ、裏表何枚かに汚い字で精一杯の思いも込めた。じじいが泣いていた、と祖母が後で教えてくれたっけ。
 別所《ブログ》でも、エッセイを書くことをやめるのはもったいないと言ってくれる方もいた。そんなことを言ってくれる人はなんというか十年単位で一度か二度、あったかなというくらいで、単純かもしれないけれど本当に嬉しかった。
 ここ何年かで失ってきた時間を、少し取り戻せた気がした。

 もう、うんざりしたんだ。嫌になった。
 いつもいつもいつもいつも、悩んでいたんだ。
 なぜ、ほかの人たちと同じようにできないのか。
 ルールだ、常識だ、不満があってもそういうものだと割り切れないのか。気にしてもしょうがない、変えられないんだと笑って済ませられないのか。
 ストレスを発散しているつもりでも、ゲームでいう最大HPが徐々に削られていく感覚が付きまとい、体が傷んでいく(誤字ではなく、しっくりくる比喩)感覚。

 いわゆる「普通の日常」が送れない。自分がなんのために生まれてきたのかがずっとわからない。
 毎日同じ時間に起きて学校や会社へ行ってさ、退屈な授業や仕事をこなし、ほどよくサボったり、文化祭とか学園祭とかのイベントに参加したりして。
 生活に困らない程度のお金、成果を上げ、なんとなく社会人らしい振る舞いも身に付き、会社の飲み会も楽しみ、いい感じに転職をしたり、恋人を作ったり、結婚して子供ができて、車や家を持ち……みたいな。

 ――憧れがあった。
 ここでは言ってないかもしれないけれど、僕は小学生~高校まで不登校で通信高校出身。中学校ではいじめられたりもした。未だにちょっと異性が怖い。
 だから毎日学校に行って、友達と楽しく休み時間に遊ぶ。それすらも憧れていた。
 叶わなかったけど、後悔はない。

 今、ようやく疑問を持つことができた。
 休職をするまで、僕は何をしてきたのだろう。
 先の記事を読んだけど、我ながらもうほんと笑っちゃうくらいひどい。幻聴聞こえたりしてるんだもの。まともじゃない。

 「考えすぎだよ」とか、「おじさんに何言っても変わらないよ」とか、呆れ混じりに肩を叩かれて、繊細で劣等感がひどくて完璧主義な自分を責めた。
 自分と同じ轍を踏んでほしくないからと後輩を育てようとしたならば、違う会社の若手なんか放っておけ、新人だって君がいなくても勝手に成長する、仕事なんか適当にやってりゃいいんだと、笑われた。
 なんなら、終業後に会議室を借り、賃金が発生しないように勉強会をやろうとしたら、上司から「俺の許可なしに勝手なことをするな」と本気で怒られた。(ちなみに、お客様の役職の方に直談判して、上司には内緒で開催してた)
 ほんとさ、そんなことを言われるために、身を削っていたわけじゃないんだよ。話しても無駄なんだとか、やるだけアホらしいとか、そんな諦観を持つことが僕のやりたかったことか。
 ……断じて「否」である。ほんと、ふざけんな。

書きたいことはまだまだあるので、続きはその2に譲る。
近いうちに、また。