アメリカから発信! HRMトーク 人事管理ブログ

アメリカの人事管理に関する最新の話題を現地オレゴン州からお届けします

アメリカに年内中に進出なされるご計画中をお立てになっている日本の企業様からアメリカでの人事に関するお問い合わせを最近いただきました。具体的にはアメリカの当局に届け出を出さなければならない人事関係の書類作成をお願いしたいというご依頼でありました。私は日本の事情にはあまり詳しくはないのですが、日本では会社の就業規則などはどうやら労基署(労働基準監督署)に提出する義務がおありだということで、アメリカでも日本の労基署にあたる労働機関への同様な書類提出が当然義務付けられているものとのご認識からのお尋ねであったものかと察せられました。

 

そこで私も届け出義務のあるHRドキュメントはさてどのようなもがあったかを懸命に思い起こしてみようとしたものです。ところが、その手のドキュメントが一向に思いつきません。あえて思いついたのは、100名以上の従業員がアメリカ国内にいる企業にだけ課せられるEEO-1 というアメリカ労働省(DOL: Department of Labor)傘下にある連邦行政機関のひとつでありますEEOCEqual Employment Opportunity Commission; 均等雇用機会委員会)に年1回提出するフォームぐらいでした。日本から新規に進出なされる企業様が最初から100名の従業員を雇用するということはよほどの巨大企業様でない限りは考えにくいわけで、EEO-1はほぼ対象外だと申し上げてよいものだと存じます。

 

つまりここで私が申し上げたかったのは、アメリカで会社が作成しなければならないHRドキュメントはそれなりに数としてはあるものの、それらほとんどは行政当局に提出しなければならない義務があるという書類ではないということです。提出義務がない代わりに、作成したドキュメントは社内で保管管理し、定期的に更新したりアップデートしたりする必要が出てまいります。また当局に提出はしないものの、万一当局からの監査が入ったとき、あるいは(元)従業員からの当局へのクレームさらには訴訟沙汰になったような場合には、当然なのですが、それらドキュメントの存在が問われることになります。仮にドキュメントが作成されてない、あるいは不充分な作成であった場合には、それらに対してペナルティや訴訟金額上での上乗せなどにつながる潜在的なリスクが高くなります。

 

さらにドキュメント作成は法律に基づいて義務となっているものと特に法律上作らなければならないという義務は課せられていないものとに分かれます。ですので、法律で義務付けられているドキュメントは当然コンプライアンス上作成して社内で保管管理しておかなければなりませんが、特に法律で作成義務がないドキュメントであっても、中には法律のコンプライアンス以上に重要視されているドキュメントもあり、法律上におけるコンプライアンスにはかかわらず、ドキュメント作成上において現実に即したプライオリティがあると考えていただいた方がよろしいのではないかと思われます。

 

それでやや意外かもしれないですが、日本の就業規則にあたるアメリカの従業員ハンドブック、そしてジョブディスクリプションという皆様方にも大変馴染みの深いこれら2大ドキュメントの作成は法律上、特に義務付けられているというわけではありません。ですので企業として作っていなくても別にそれだけでは法律上罰せられるということはないのですが、これらのドキュメントを持っていない企業を探すのはいまどき珍しいといってもよいのではないでしょうか。従業員を採用して従業員とともに企業経営を続けていくには、ほぼなくてはならない肝心要(かなめ)の必須ドキュメントだと申し上げられますが、法律では義務付けられていないというところが何とも奇異に響きます。

 

ですが、ハンドブックもジョブディスクリプションもその中に書かれてある記述については、法律上のコンプライアンスに従っていなければなりませんので、必然的に法律に反する記述を載せるようなことはできませんし、以前は何も問題がなかった記述であってもひょっとしたら今年から法律が変わったことによって、新しい法律に触れてしまう記述になっているかもしれません。ハンドブックやジョブディスクリプションは法律では必要なくとも、そこに書かれてある記述の中身は法律上のコンプライアンスが課せられるているといえるわけです。

 

ことほど左様にアメリカでのHRドキュメント作成それ自体は当局への提出義務があったり法律上の作成義務があったりといった縛りが課せられているわけでもない場合がほとんどです。しかしいったん作成したドキュメントには法律上のコンプライアンスに従うことが要求され、そこをないがしろにしていた場合、あとから当局や(元)従業員からのクレームや訴訟といった手痛いしっぺ返しを負わされるリスクがつきまといます。つまり法律にかかわらず、企業経営を守るためにはドキュメントの作成は避けて通ることはできず、それらドキュメントも一度作成すればそれでおしまいということにはなりません。(できれば毎年1回の)定期的な見直しをかけてみるということを習慣づけていく必要が出てまいります。

 

それらをHRの専門部署がない所帯の小さな日系企業ですべて面倒みなければならないというのはなかなか至難の業だと思います。外部の信頼できるサービスやリソースを上手に使うという選択肢は常にありではないかとお考えになっていただき、ドキュメントにおけるコンプライアンスに抜かりのないないように体制作りを敷いておかれますことを強くお薦めしたいと存じ上げます。

 

 

Ken Sakai

President & CEO

Pacific Dreams, Inc.

kenfsakai@pacificdreams.org

www.pacificdreams.org


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日本ではそれなりに何百人、何千人という従業員を抱えていらっしゃる中堅企業様あるいは一流企業様ではありましても、アメリカの現地子会社は数人から20人にも満たないという小所帯でこの大国での事業を回している日系企業様は決して珍しくありません。そうなりますと、従業員が潤沢にいらっしゃる日本の本社と比べますと、どうしても一人当たりがカバーしなければならない業務分野もおのずと広範囲になり、「私のジョブディスクリプションに書いてありませんので、その業務はできません」という物言いは現実的にほぼ通用できなくなります。(とはいっても、そのような物言いは時々従業員の口から聞こえてくるのもまた事実です。)

 

 

少人数で会社の事業に対応しなければなりませので、いきおい、いくつもの業務を一人で掛け持ちするということも実際には出てまいります。弊社がかかわる分野で申し上げますと、経理担当者が総務や人事の分野を掛け持ちするということはよく耳にするところです。ですが、その担当者の方は、もともとは経理担当としての募集で採用された方であったかもしれません。すると経理で働いてきた実績は十分あっても、小所帯の日系企業に入った途端、今まであまり馴染みのなかった総務や人事の分野もカバーしなければならなくなったという話はよく見聞きされるわけです。

 

 

このような場合、その方は経理の専門家あるいはベテランであったわけですが、必ずしも総務や人事のエキスパートというわけではありません。2週間に一度回さなければならないペイロールは滞りなく遂行できても、Non-Exempt従業員への残業代支給の細かな法的線引きなどについては預かり知らないところがあり、正確な残業代計算には不慣れであるかもしれません。しかしながら他に人事に精通する担当者が社内にいるわけではなく、自分で調べる以外に孤立無援の状態を突き付けられてしまうことになってしまうかもしれません。

 

 

こういったケースで頼りになるのが、外部のコンサルティングサービスであり、アメリカの小規模企業も状況としては小所帯の日系企業様とほぼ同じで、社内だけで対応するには無理があるからです。ただし、アメリカの小企業と小所帯の日系企業様との明確な違いは、アメリカの小企業は組織上は自分たちだけで完結してしまうのに対して、日系企業様には親会社であります本社の存在や意向というものがあり、必ずしもすべてを現地子会社で完結するということは現実的ではないことがよくあります。そのため対応に遅れが生じ、従業員に不必要に不安や混乱を抱かせ、ネガティブなスパイラルに陥ることも出てまいります。

 

 

小所帯であればあるほど、人事などの専門家を社内で常時抱えているなどということはおよそ非現実的であるため、アメリカ企業が頼りにしている外部コンサルティングサービスのほかに、アメリカ企業には選択肢のない、日本の本社にいる人事の専門家からのサポートが得られないのかというところが考えられます。ところが、グローバル化した昨今で最もグローバル化に乗り遅れている組織はひょっとしたら本社の人事部であるかもしれません。ですがこのグローバルの世の中では、本社の人事部こそが小さな所帯で切り盛りしているアメリカ現地子会社の人事部門の面倒をみていくという意気込みがあってしかるべきところです。弊社Pacific Dreams, Inc. では最近、直接本社人事部からのご相談やご指導のご依頼を頻繁にお受けするようになりました。

 

それはアメリカの現地子会社の主要業務が研究開発や市場開拓であるといった場合、日本からの駐在員様もそれらの分野の専門家であって、人事や総務の専門家では決してないからです。本社人事部が日本からアメリカ現地子会社の人事の面倒を見る、あるいは相談に応じるといった際に、当然のことながらアメリカの人事ついてのある程度の知見や情報を持っていることが要求されます。それがないようでしたら、現地子会社の人事をサポートすることはとてもおぼつきません。つまり、日本の本社人事部は現地で人事の専門家を雇用あるいはコントラクト契約ができなければ、本社としてその責任と役割を果たさなければならないということになります。

 

さらに本社人事部は、駐在員をはじめローカル従業員を含めた現地子会社で働くすべての従業員のケアをしていく責務を負っているはずです。これらを現地子会社だけの責務として任せておくことはできません。もちろん、現地子会社に人事部門があれば話は別ですが、そうでない小規模な日系企業様では本社人事部の介入と役割は必要不可欠だと申し上げられます。現地子会社で働く従業員に対してより良いベネフィット、具体的には医療保険や障害時所得補償保険、さらにリタイアメントプランなども人事として考えなかればならない重要な部分です。これらを提供するのも現地任せにするのではなく、本社人事部が積極的に関与され、推進役として動いていただければと思います。

 

 

《記事執筆》

Ken Sakai

President & CEO

Pacific Dreams, Inc.

kenfsakai@pacificdreams.org

www.pacificdreams.org


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昨年あたりから、日本の方からでも「人的資本経営」という言葉がにわかにマスコミの間で使われるようになりました。数年前にも「ジョブ型雇用」であるとか、「パーパス経営」とか、それまでには聞きなれなかった言葉が突如脚光を浴びて、経済誌や企業経営者関係にもてはやされたご時世でした。今回は、その中でもいまだ旬なところのあるこの人的資本経営を取り上げてみたいと思います。

 

まず人的資本(ヒューマンキャピタル)という概念を理論的に提唱したのは、1992年にノーベル経済学賞を受賞した、アメリカ経済学でのシカゴ学派重鎮であったゲーリー・ベッカーで、1960年代に唱えられた経済理論でした。ベッカーに従えば、人的資本は機械や工場設備と同じ「物理的な生産手段」であり、同じように人を資本だとみなせば、そこにトレーニングや教育といった形での投資をすることによって必ずリターンが得られるという合理性を提唱しています。つまり企業は従業員に投資をし、知識やスキルを磨き続ければ、その結果として企業の資本価値が高まり、生産性が向上し、より高いリターンが得られるようになるという考え方です。

 

ベッカーの提唱したこの理論は、しかしアッメリカの経済界一般での受けとしては決して芳しいものではなく、人間を機械や工場と同等にして論じるのはいかがなものかという懐疑論が当時60年代では主流でした。(ちなみにベッカーのノーベル経済学賞は、人的資本論ではなく、合理的選択理論による受賞でした。)ベッカーが理論として提唱してからなんと60年近く、人的資本論は不評だったにもかかわらず、ではなぜ今になってこの言葉が急に脚光を浴び、少なくとも日本では今後の企業経営にとっての屋台骨として奉られるようになったのでしょうか。

 

従来、アメリカでは1990年代から、人事部を表すことばとしてもっぱらHRHuman Resources)が使われてきました。では、HRが今後 HCHuman Capital)という言葉にとって代えられることになるのでしょうか。中には、HRつまりは人的資源というのは、従業員は企業で消費されるがごとくの資源、つまりはコストだとする考え方がアメリカの一部大企業などでは散見されてきました。確かにアメリカの上場企業が会計報告を行う際に用いられているGAAPGenerally Accepted Accounting Principles; 米国会計基準)によれば、従業員は貸借対照表上における資産には分類されません。一方で企業が購入した機械設備やITシステムは資産として計上することができ、それに伴って負債との相殺もでき、資産としての耐用年数に応じた原価償却が認めれています。

 

このように米国会計基準上、資産と見なされていなければ、会計報告をする中での優遇措置はほぼ皆無だということになります。仮に従業員への投資として教育やトレーニングに大枚をはたいたとしても、年間で経費として認められる金額は、一人当たり$5,250 で、それ以上は従業員に支払った人件費としてすべて課税対象になります。それでもアメリカの税制は年間$5,250まではトレーニング費を使って従業員を教育しろと暗に鼓舞しているようにも受け止められ、アメリカの企業はこの税制があるがために従業員へのトレーニング費用を捻出し、従業員に少しでもスキルや知識を身に着けさせようとせっせと励んでいることが伝わります。

 

そもそもそのようなトレーニング費用をかけても、企業は従業員にかけた「投資」を帳簿上で主張することが出来ないのが現在の米国会計基準です。トレーニング費用は一般管理費として扱われ、それはオフィスの事務用品購入と同じ科目に含められてしまいます。そうすると表向きには、外部投資家にはそのような従業員にかけたトレーニング費用はいくらあったかは知るよしもありません。機械や設備は年数がたてば減価償却され、帳簿価格(Book Value)は目減りしていくのに対し、従業員は逆に時間の経過とともにその持っている自身の価値が増していくというのも何とも皮肉的ではあります。

 

このようにアメリカで会計基準上、従業員が資産として認められていない以上、言葉だけ人的資本だといくら唱えてみても空虚であり、今後とも従業員は資産ではなく、コストであり、IT企業などが軒並み行う大規模なリストラやレイオフはコストカットの本命として続けられていくことに議論の余地はありません。ただし、変化の兆候は見られます。まず、ESG投資、つまり環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を重視した投資のことで、その重要性は高まっているため、人的資本が注目を集めるようになりました。さらに20208月には、米国証券取引委員会(SEC)が上場企業を対象に、人的資本についての情報開示を義務付けました。日本においても、20233月期決算から、人的資本情報を有価証券報告書に記載することが義務付けられています。

 

人的資本を開示をすることのメリットとして、企業の社会的イメージ向上が挙げられます。具体的には、人材の採用、研修、育成計画などです。従来の財務情報開示のみならず、人的資本についても同様に企業の取り組みを開示することで社会的イメージが向上し、結果的にそれが財務情報の開示と同じぐらいプラスに働くことになることが期待されます。私などHRの立場の人間から見てさらに企業に開示していただきたいのは、従業員離職率に関する情報です。もちろん業種にもよりますが、業界の平均に比べて離職率が極端に高い企業があれば、たとえ財務情報で収益をたたき出していたとしても、遅かれ早かれ経営が立ち行かなくなる場面が出てくるだろうと申し上げられます。投資家もそのような企業にお金を預けるのは早晩止めた方がよいということになります。

 

 

《記事執筆》

Ken Sakai

President & CEO

Pacific Dreams, Inc.

kenfsakai@pacificdreams.org

www.pacificdreams.org


HRMトーク 1-2024


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