アメリカから発信! HRMトーク 人事管理ブログ

アメリカの人事管理に関する最新の話題を現地オレゴン州からお届けします

今年2023年は企業で働く人事担当者の関係者団体としては世界最大の組織であります、SHRMSociety of Human Resource Management; 人事管理者協会)の設立75年の節目の年を迎えております。75年前、つまり1948年にこの団体は、オハイオ州クリーブランドのホテルでその産声を上げました。ですが、その当時の名称はASPAAmerican Society of Personnel Administration)というものでした。そう、当時の人事部に該当する名称は、Personnel Administration あるいは Personnel Department と呼ばれていて、その部門で働く管理職は、Personnel Manager が使われていました。HRHuman Resources)という言葉はまだこの世に生まれてもいなかったのです。

 

この年(1948年)に生まれたASPAは当初92名からの会員で発足し、そのうち女性会員はたったの6名、年会費は$25であったそうです。75年前の会費$25は結構高額ではなかったかと察します。(2023年の会費はその10倍にも達していませんので。)最初の年次カンファレンスは翌年1949年にクリーブランドで開かれ、67名が参加しました。1950年からは会員誌である”Personnel News”の発行が開始され、現在は”HR Magazine”の名前で引き継がれ、四半期ごとに発行され続けています。現在の会員数は公表約32万人超ということで、きわめて巨大な団体にまで発展し続けています。

 

さて当初ASAPであった団体の名称が現在のSHRMに変更となったのは、1989年になってからのことでした。1948年にASPAが生まれた頃は、HRという言葉もまだ存在していなかったと申し上げましたが、ではHRという言葉はいつごろから出てきたのでしょうか。どうもこのHRを最初に使った人物は、マネジメントを発明した男であり、知の巨人といわれる、経営学者のピーター・ドラッカーで、彼の著書”The Practice of Management1954(邦題:「現代の経営」ダイヤモンド社)の中で初めて引用された造語であったことが確認されています。ドラッカーは生前から常に時代の最先端を行く碩学(せきがく)であり、彼の著書は数十年前に発行されたものであっても現代社会を正確に予言しているような新鮮きわまりない概念を作り出し、将来世界中で起こりうる経済情勢と社会現象を見事に言い当ててくれています。

 

私自身、その昔を思い返してみますと、当時働いていた日本の大手財閥系企業がバブル華やし頃の流れで、ほぼ債務超過に陥っているアメリカの老舗半導体メーカーを買収し、第一弾の駐在員として親会社から送られてきたその一員にこの私も含めれていたものです。それは1987年後半のことで、アメリカに送られてきて最初に出会ったのがその会社のPersonnel Departmentの人たちでした。ああ、アメリカの人事部は英語でPersonnel Departmentというのかとそのとき初めて認識した次第でした。ところが1990年代に入ってから会社のPersonnel Departmentは組織改革を断行し、名称もHuman Resources、略してHR Departmentに変わりました。まだ当時1990年代初めにおいてはHRという言い方も略語もアメリカ人一般にはほとんど知られておらず、HRと言ってみたところで、”Which means by HR?”といぶかしげに聞き返されるのがせいぜいのところした。

 

ことほど左様に今から30年ちょっと前までは、HRの呼び方さえも世間での市民権を得ていたとはとてもいえなかったわけですが、1990年代後半から2000年代中ばにかけてとりわけ新しい連邦および各州での雇用法が次々に制定されるようになり、HRはその対応に向けて多忙を極めるようになってまいります。それまでは、Personnel Departmentの呼び代え程度にみられていたHRは、まだまだ会社の従業員はコストの一部に過ぎないという考え方がアメリカでは支配的で、特にシリコンサイクルという浮き沈みの大きい半導体業界ではその考えは顕著で、景気と投資サイクルによって操業のシャットダウンやそれに伴うレイオフも決して珍しいことではありませんでした。

 

そのようなアメリカのドラスティックで流動性の高い雇用慣行の中で人事担当者の団体であるSHRMの果たしてきた役割とその影響は甚大なものがあったと感じざるを得ません。とりわけまだまだ記憶が鮮明に残っている前例のなかったコロナ禍でのSHRMが提供してきた一連のポリシーやガイドライン、法令情報や解釈には私にとっても暗闇を模索する中での一条の灯火を与えてくれたかけがえのないリソースであったと申せます。日本では人的資源経営なる言葉を最近は耳にするようになりましたが、その脈絡となるものはアメリカでは75年前から連綿として続いてきているのだと思います。今後とも、企業や組織の運営の中でHRが果たす役割や使命はますます重みとその影響とを増していくのは間違いないものとなることでありましょう。

《記事執筆》

Ken Sakai

President & CEO

Pacific Dreams, Inc.

kenfsakai@pacificdreams.org

www.pacificdreams.org



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今からもう10年以上前のこと、イラストレーターやフォトショップなどのグラフィック系作成ソフト開発販売会社であったアドビが、ちょうど世界中でリーマンショックの余波がまだ冷めやまぬ頃合にHR部門の責任者で統括ディレクターがソフトウェア業界でのコンファレンスでいとも唐突に今後アドビでは年次評価制度は廃止するつもりだと公言したのでした。それは、ソフト業界関係者のみならず、アドビ社内の管理職にとってもまさに寝耳に水のアナウンスメントでもあり、虚を突かれたようなインパクトがさざ波のように広がりました。

 

このアドビのディレクターからの公言を潮目としてデル、マイクロソフト、IBMなどの巨大テック企業、そしてデロイトやPwCなどの大手会計事務所、さらには伝統的な人事評価制度を長年維持してきた巨艦のGEまでもが次々と自社の評価制度廃止の動きに乗り出すという、にわかには信じ難いような怒涛の流れがアメリカで巻き起こりました。では、評価制度を廃止した企業は従来の評価制度にとって代わる何かまったく新しい独自の制度を作り出し、自社にそれを導入したのでしょうか。

 

基本的に新しく導入した制度は、アドビではチェックイン、GEではタッチポイントなどと呼ばれていて、要は個人目標と各自の進捗度合いとを関連付けさせて、迅速かつ簡易なフィードバックを形式にはあまりこだわらず上司は部下に対して頻繁(たとえば週単位で)に与えるという方式に衣替えしたというのです。その頻度の高いフィードバック方式によって、長年続けられてきた伝統的な年次評価制度は一気にお蔵入りとなった次第です。ではいったいどうしてこのような潮流へのシフトが起こったのでしょうか。

 

そのヒントは、やはり言いだしっぺであるアドビが抱えていた事情によるところが大きいと考えられます。ソフトウェア製品のほとんどはもともとはパッケージソフトと呼ばれていて、アメリカの大手オフィスサプライチェーンの店頭などに平積みされて売られているものでした。アドビのソフトも例外ではなく、パッケージとして店頭販売されていました。ところが、2010年代に入って急速なインターネットの高速化および大容量化の進展などから、アドビはすべての自社ソフト製品をパッケージ販売からダウンロードによるオンライン販売に切り替えるという大胆でドラスティックな方針変更を行いました。それによって今までのパッケージ時代の製品開発やセールス&マーケティングなどにも180度の方向転換があったことは想像に難くないものと思われます。

 

そのようなドラマティックな変更があったにもかかわらず、社内評価制度だけは何の変更もなされないとすると、パッケージ製品の開発に全精力を傾けてきた従業員は一夜明けてすべてがオンラインによるダウンロード方式に移行した場面で、過去の業績や貢献などはほとんど顧みられなくなったというのです。それによって、会社からの不当に低い評価を受けた従業員の多くは失望し、一部は会社を退職した人たちも少なくありませんでした。上司は上司で、急きょオンラインに変わった暁での部下への適切な業績の評価軸など持ってはおらず、長時間かけて奮戦した挙句に下した低すぎる評価によって部下がモチベーションを失ったり、職場を去っていくという悲しい現実に見舞われたものでした。

 

確かにソフト業界のようにテクノロジーの移り変わりの素早いテック業界においては、このような混乱は避けようがなかったところがあったかと思います。ですが、すべての業種や業界でこれほどまでのダイナミックで激しい変化が起こっているのかというと、現実的にはマスコミが書き立てるほどには起こっていないというのが私の見立てになります。つまり変化の激しい業界では伝統的な年次評価制度は確かに機能しなくなったとしても、変化があっても非常に緩慢な変化が起こっている多くの業界ではいまだに年次評価制度は継続されています。しかもコロナ収束後は、いったん評価制度を廃止した企業(たとえば、ニューヨークライフやメドトロニクスなど)が再び評価制度を再導入して復帰させているというケースさえも散見されています。

 

振り子は常に揺れ続けていますし、もとの場所に戻ってくるものでもあります。評価制度廃止が一時的なトレンドあるいは流行り廃りで終わるものなのか、その決着はもちろんまだ何もついているわけではないのですが、伝統的な評価制度が今後とも功を奏する業界もあれば、新しい制度に代わっていかざるを得ない業界も当然出てくるだろうと予想できます。一言で評価制度の有無について断言できる立場の人は誰もいないでしょう。同じ大手テック業界の一角を占めるフェィスブックでは頑なに年次評価制度を死守する立場を貫いている、そんな企業もまだまだあります。

 

流行や廃れにかかわらず、星の数ほど存続する企業それぞれの判断で、評価制度を継続するかどうかを熟慮し、独自の制度を時間をかけて作り上げていくことこそが肝心要(かなめ)なのではないかと思い至ります。そこには置かれている業界、企業の理念、テクノロジーの進展、歴史的背景、従業員のモチベーションやエンゲージメントなどがファクターとしていくつも複雑に絡み合っています。一度作った評価制度に慢心せず、常に改善を施していく姿勢も持たなければならないでしょう。まさに企業のHRとして産物そのものが自社の評価制度の結晶なのではないかと察します。

 

 

《記事執筆》

Ken Sakai

President & CEO

Pacific Dreams, Inc.

kenfsakai@pacificdreams.org

www.pacificdreams.org

HRM トーク 2023年8月号.Pic

昨年2022年エンドにサンフランシスコにある、Zippia Researchという人材コンサルティングおよびキャリア開発会社が全米の企業にアンケート調査を実施して得ることのできた年間の給与額に占めるボーナスに関する包括的なデータが有り難いことに下記のサイトで公開されています。

www.zippia.com/advice/average-bonus-statistics/

 

この調査データを見てみますと、アメリカの企業で支払われた平均的ボーナス額は、サラリー(固定)給であるエクゼンプト従業員の場合には年間総給与額の11%分、時間給であるノンエクゼンプト従業員の場合には同じく年間総給与額の5.6%分がそれぞれ該当するという結論を導き出してくれています。そしてそれらボーナスの支払いに関しては、企業の33%が年末(Year-End)ボーナスとして支給しているということです(つまり12月)。他にボーナスを支給するタイミングあるいは名目としては、ホリディボーナスやプロフィットシェアリングボーナス、そして従業員の紹介および採用で功を奏した場合のリファーラルボーナスなどがあるようです。

 

2022年度のボーナス支給額は、61%の企業で前年度の2021年に比べて増額されているということで、この傾向はパンデミックに突入した2020年からの明確な傾向となっています。これは明らかにパンデミック突入直後からパンデミック収束時期にかけて多くの企業が労働力不足に陥ったこと、さらには企業が想定した年間昇給率を大幅に上回る高インフレ率と物価上昇率の急騰などによって、新規従業員の争奪戦が起こり、そのために多くの企業では固定費として給与を年度途中で改定させる代わりとして、年末のボーナス支払いを駆使させてインフレ率や物価上昇率とのせめぎ合いの中での帳尻あわせを行ったとみるのが妥当な解釈になるだろうと考えられます。

 

一度、給与を同じ年度内で改定して上げてしまうことになると、それは次回の給与改定時でも当然のことながら、ベース給与額として改定の俎上に上ってしまいます。一度決まった給与を下げるということはアメリカではよほどのことでもない限り基本的に出来ないと考えたほうがよく、やはり期内途中で給与を上げるようなことは極力したくないというのが企業マネジメント側の本音だといってもよいでしょう。それで、今いる従業員を社内でつなぎ止めておくためにも、何とか辻つまあわせをさせたいとしてあえて登場させているのがこのボーナスによる調整ということになります。

 

一昔前までのアメリカでのボーナス支給の一般的な考え方というのは、企業は利益を出したからこそ、その利益分を従業員にもお裾分けできるという、プロフィットシェアリングとしての位置づけであったわけです。ですから、利益が出ていない企業ではボーナスが出るとは従業員も鼻から期待もしないことでした。ボーナスが出たら、それは超ラッキーというのが従業員側の偽らざる感覚でもありました。ですが、この世の中、労働力不足と高インフレ率にあえぐ環境下においてはボーナスは企業の持つ頼みの綱としてより一般化しつつあるのだと申し上げることが出来ます。

 

とはいいましても、ボーナスの支給は決して全社一律なものではなく、そこには企業の従業員数、そして業界や業種によるところの違いが目立って存在しているのも事実です。従業員数サイズが100名を超える企業のボーナス支給率は、年間給与額の2.7%であるのに対して、100名未満の企業では、それが1.7%1%の開きがそこにはあります。またIT業界で働く従業員の69%にはボーナス支給があったとされているいっぽうで、観光業や接待業ではそれが22%と、業界や業種によっての隔たりが顕著にあることがわかります。

 

ボーナスの出し方についても47%の企業がインセンティブボーナスとしての位置づけでボーナス支給を行っているということがわかっています。つまり、ボーナスの支給額自体も全従業員一律的なものではなく、従業員によるパフォーマンスやスキルの違いに結び付けて支給していることが見て取れます。そのような場合には、適正で公正なボーナスを支給するための社内評価軸や制度的なものも当然必要とされますので、それなりに試行錯誤的なプロセスはどうしてもつきまとうということになり、マネジメント側の負荷は決して軽くないことが示唆されます。

 

今後のボーナス支給の予想やトレンドを占うことはここでは差し控えたいと思いますが、これは景気の動向次第で触れ幅が違ってくることは大いに考えられるところではあります。景気が悪くなれば、ボーナスはカットできますが、前述しましたとおり、アメリカではいったん決めた給与をカットすることは事実上不可能に近いところがありますので、固定費として重くのしかかってくる給与は出来る限りいじらないようにして、ボーナスの支給においてその調整弁的な役割を果たしてもらうというところがますます堅調な動きとして継続するものであろうことは、ほぼ自然の流れなのではないかと察せられる次第です。

 

 

 

《記事執筆》

Ken Sakai

President & CEO

Pacific Dreams, Inc.

kenfsakai@pacificdreams.org

www.pacificdreams.org

HR Talk 6-2023

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