年明け後まもない15日にオバマ大統領はホワイトハウスで過去の乱射事件の被害者および遺族の方々を招いてテレビ会見を行い、ときおり涙を浮かべて、話に詰まりながらも銃規制の提案を発表したニュースをご覧になられた方も多かったのではないでしょうか。ご存知のようにオバマ大統領の任期は今年いっぱいで終了しますので、医療保険改革法でありますオバマケアともうひとつ何らかの銃規制法をレガシーとして残しておきたい、あるいは次の大統領に引き継がせたいと願うのは大いに理解できるところではあります。もちろん、これだけ銃の乱射事件がほぼ毎日のようにアメリカの中のどこかで繰り広げられ、学校や職場での犠牲者が後を絶たないという日本ではとても信じられないアメリカの犯罪社会の実態がそこにはあります。
 
2011年の統計調査によるとアメリカ人が所有する銃の総数は27千万丁で、国民の銃所有率は88.8%であったということです。この数字はすでに5年前のものですからおそらく現在では軽く3億丁を超え、所有率は90%に達していると考えてよいでしょう。このような銃の総数も所有率もアメリカは世界の中でダントツであり、そのために銃による死亡者は年間3万人を毎年越え、殺人事件で銃が使われる割合は約65%で、これらの数字ももちろんダントツです。
イメージ 1

 
オバマ大統領が大統領に就任して以来、16回もの銃乱射による大量殺人事件(Mass Shooting)があったといいます。その中でももっとも衝撃的な事件は201212月コネティカット州ニュータウンにあるサンディ・フック小学校で児童20人と教員6名の26人が犠牲になったスクール・シューティングであったのは、異論の挟む余地がないほどでしょう。会見中のオバマ大統領もこの事件に触れる場面では、思わず涙ぐんでしまい、流れる涙をぬぐうシーンが垣間見られました。
 
これだけ毎年毎年、銃による悲劇が繰り返される状況にありながら、銃規制法案を可決する連邦議会の動きはまったくその機運に欠け、オバマ大統領が一人孤軍奮闘している構図になっているといえます。議会を構成する上院や下院の議員の中には、会員数400万人を誇る全米ライフル協会(NRA)のメンバーも数多くいて、もちろんそれら議員はNRAからの多額の選挙資金を献金として受け取っています。そうであれば、銃規制法案などにおいそれとは肩の荷を持つわけにはいかないということは私たち日本人からしてみてもある程度の理解はできます。しかし、法案が可決されない理由は、NRAの存在もさることながら、もっと根底にあるのがアメリカ憲法修正第2条で規定されている「国民の武装権」(1791年制定)に基づく、200年以上も続く国民の自衛権としての権利があるからなのだといえます。
 
アメリカ人の中には、憲法原理主義者と呼ばれるべき人間がいて、それらの人間はNRAのメンバーの多くに腰を据えて構えています。国の最高指揮官であるアメリカ大統領であっても憲法に踏み込むようなことはまったくのご法度です。ですので、今回のようにオバマ大統領が銃規制に対する提案を打ち出してはいるものの、いかにして憲法の保障する権利に触れないようにするかに対しては細心の注意を払った上での発表だということは会見を見ていても痛いほど感じざるを得ませんでした。つまり、涙を流しながら銃器規制案を大統領令(エクゼクティブ・オーダー)として提案された割には、中身は核心からはほど遠い、まことにぬるま湯的な、実は当たり障りのない内容となっていた次第なのです。
 
現在ほぼ野放し状態となっているガンショー(銃器の見本市)やインターネット上での銃の売買にも銃購入者の身元調査(バックグランド・チェック)の義務付けや銃器の違法取引の取り締まり強化、精神病者の治療充実などの提案は、銃規制の核心に踏み込むものなのではなく、きわめて間接的な対処療法的でしかない、腰の引けた提案だと言えるものです。先ほども申し上げましたように、大統領であっても憲法を否定するような言動は一切できませんので、銃所有の禁止という提案は口が裂けても言えるものではありません。しかし、市場で現在出回っている銃の中には本来軍用目的のみで使われるべきとんでもない殺傷能力を持ったマシンガンも数多く流通され、正々堂々と売られています。果たして、このような高度な連射能力を持つ銃までも憲法が保障する国民の自衛権のために所有する必要があるのかという素朴な疑問にたどり着くのですが、残念ながらオバマ大統領の会見ではその辺のところは一切触れられていませんでした。(コネティカット州で起きたスクール・シューティングで使われた銃もまさしくそのような殺傷能力のずば抜けて高い、マシンガンの一種であったわけですが、犯人の母親によって合法的にマシンガンの購入がなされていました。)
 
銃規制に関しては遺憾ながら、オバマ大統領が申し立てているほどには、アメリカ国内では今後も盛り上がりに欠けることでしょう。盛り上がりに欠けるので、今年の大統領選でも大きな議論の対象にはならないのではないかと察せられます。銃規制に望みを託すことは期待できないことでありますので、基本的にはアメリカにいる限りにおいては自分の身は自分で守るしかないということになってしまいます。自分の身と同じぐらいに大事であるのが家族の身であり、そして職場での安全です。ご自分の身とご家族の身の安全はまた別の機会にお話しすることとして、HR(人事管理)の観点から最後に職場での銃規制についてお話したいと思います。
 
テキサス州にいらっしゃいます方々はすでにご存知のことかと存じますが、今年201611日から州法が改正になり、拳銃(ハンドガン)が外から見える形で携帯することが合法的に認められることになりました。従来は、銃の形態は、外からは見えない形で携帯することのみが認められていたのですが、それが年が明けてからは外から見えてもかまわないという法律に変わったということです。銃が外から見えてもかまわないという法律をOpenCarry といいます。それに対して従が外から見えてはいけないという法律をConcealed Carry といいます。これらは各州の法律によってどちらかが定められています。ただし、ニューヨーク州のように一切の銃の携帯を認めていない厳格な州も例外的ではありますが、あります。
 
驚くことにOpenCarryを認めている州は、テキサスが加わったことで全米でちょうど半分の25州になりました。つまり、OpenCarryが合法化されている州では職場に銃を持ってくることができる州が全米で半分もあるのです。ただし、それは会社での銃規制がまったくない場合に限ります。つまり会社は、職場に銃を一切持ち込んでほしくないのであれば、その旨を記した会社ポリシーを作成し、それを従業員ハンドブックに入れて全従業員にそのハンドブックを手渡しする必要があります。そのようにしてあれば、万一テキサスにある会社オフィスに今年になって銃の入った皮製ホルダーをちらつかせながら会社に入ってきた従業員に対して、会社は解雇を含む懲戒手順に処することができます。(ただし、職場でも自分の身は自分で守る必要があることは言うまでもないことです。)
 
しかしながら、会社は会社のパーキングロットに駐車してある大型ピックアップトラックの中にライフル銃が積んであるということを理由にして、従業員をいかなる懲戒手順に処するようなことはできません。それはテキサスには別の州法があり、従業員の権利として自分の車に外から見えない形で安全に格納されてある銃についての会社コントロールは一切できないことになっているからです。この自分の車に積んだ銃に関しても、州ごとに従業員の持つ権利に違いがあるので、皆様のいる州がどのような法律を定めているのかを知っておく必要があります。それら法律に基づいて、従業員ハンドブックの銃規制ポリシーを作成する必要があります。さらに従業員ハンドブックで従業員への銃持ち込み禁止は徹底できても、従業員ではない、カスタマーやベンダー、コントラクター、その他の訪問者に対してはどのように銃持込を規制したらよいのでしょうか。それは各州の法律にやはり準拠して対応することが可能なはずですので、ぜひ専門家にご相談なさって、適切なアドバイスをお受けになっていただくことをお勧めします。
 
ぜひ、この際、皆様の会社にある従業員ハンドブックのページをめくってみていただき、職場への銃の持ち込み禁止が書かれてある箇所の再確認をしてみてほしいと思います。そのような記述が確かに書かれてあれば、それですぐに安心してしまうのではなく、従業員所有の車内における銃の格納についても会社のある州の法律に準拠した記述をあわせて書いておくことが望ましいです。さらに、会社を訪問する従業員以外の対応をどうするかなど、単に従業員の銃持ち込みを禁止してあれからそれでよしという単純なものでもないわけです。弊社ではそのような会社の銃規制ポリシーを皆様のいらしゃっる州ごとの法律の基づいて新たに作成したり、レビューしたりすることができます。ぜひ一度、弊社までご相談ください。
 
銃の保有が完全に法律で禁止されている日本では銃規制ポリシーなどの作成に時間を割くような必要は皆無ですが、ここアメリカでは会社と自分ご自身を含めた従業員の安全を守るのは会社側の責務であり、管理者の務めてあるという了解のもとに、ぜひこの年の初めに、ハンドブック上の他の記述箇所も合わせて皆様の会社の従業員ハンドブックの見直しをお勧めさせていただく所存でございます。
 
          
忙しい中、長文にもかかわらず、最後まで読んでいただき、どうも有難うございました。
 
来月号のHRMトークをどうぞまたお楽しみに。