大橋建一ブログ

元新聞記者、前和歌山市長の大橋建一のブログです。

大橋建一のコラム(惰学記、余談独談)と活動日誌は2014(平成26)年4月28日以後、 ライブドアブログで発信いたします。当分の間、これまでの大橋建一ホームページ(http://www.ken-ohashi.jp/)は残していますので、古いコラムなどはそちらをご参照 くださいますようお願いします。

 今年618日に閉会した第193通常国会は、率直に言ってかつてないほど嫌な国会であった。野党の質問に正面から答弁せず、言いたいことだけを言う安倍総理、菅官房長官をはじめとする「官邸の最高レベル」の姿勢は、「問答無用*1」という言葉を思い出させた。

森友学園への小学校用地格安払い下げについては、財務省が「国有地譲渡が終わったので、書類は破棄した」の一点張りで安倍首相夫人をかばい、加計学園の獣医学部新設疑惑では、内閣府から文部科学省に「総理のご意向」とか「官邸最高レベルの指示」といった有無を言わさぬ枕詞をつけて、早急に認可するよう圧力をかけたことを示す文書について、菅官房長官は「怪文書みたいなもの」と決めつけ、松野文科大臣は「存在を確認できなかった」とウヤムヤ化を図った。前川文科事務次官の勇気ある告白*2と官房長官の定例会見で食い下がった東京新聞の女性記者の追及*3から文科省が再調査に追い込まれ、一転、文書の存在を確認したが、その間約1カ月、国会は時間を空費し、真相解明は遠のいた。

そして、「テロ等準備罪」法案の強行成立である。過去3回廃案となった共謀罪法案の構成要件を厳格化したと称するこの法律について政府は、「テロ集団を含む組織的犯罪集団が犯罪の実行に着手する前の段階での検挙・処罰が可能になり、被害発生を未然に防ぐことができる」と主張、「東京オリンピックを無事に開催するには、テロを含む国際的組織犯罪を防止するための国際協力を促すTOC条約*4に参加する必要があり、そのためにこのテロ等準備罪法を早く成立させなければならない」という理由で、今国会に提出された。

しかしこの法案は、犯罪集団の定義があいまい*5であり、捜査当局の判断次第で、一般人が犯罪集団の一員や周辺者と疑われて監視対象となり、捜査される可能性があることが大きな問題である。答弁能力のない法務大臣は、野党からどんな質問をされても「一般人に適用されることはありません」を「ナントカの一つ覚え」のように繰り返すだけだった。

強行成立直前の613日になって、警察庁の高木審議官が「一般論として被疑者との関係性を考慮して何らかの事情を知っている可能性が高いなど捜査の必要性が認められる場合には、相当と認められる範囲内で捜査を行うことがある」と答え、一般人や周辺者も捜査対象となる場合がある*6ことを認める形となった。これまで「ない」と言ってきたことが「ある」となったのだから、当然議論をやり直すべきであり、「ない」と言い続けた大臣はウソをついていたことになるので、辞職に値すると思われるが、審議は事実上打ち切られ、委員会採決を省略、615朝、参院本会議で採決し、法を成立させたのである。

数さえあれば議論は不要というのは民主主義の皮をかぶった独裁である。日本の民主主義はいつからロシア並みの低レベルに劣化してしまったのか。「忘れまい 6.15*7である。

 

*1 今から85年前の1932(昭和7)年515日夕、武装した海軍の青年将校らが首相官邸に乱入、軍縮論者で孫文とも親交のあった犬養毅首相(当時)を襲撃した。犬養は「話せば分かる」と、実行犯グループを応接室に招き入れたが、後から入ってきたグループが「問答無用、撃て!撃て!」と叫んで犬養を銃撃、犬養は同日深夜死去した。5.15事件である。この事件を境に戦前の政党政治は終わりを告げ、日本は破滅への道を突っ走ることになる。

*2 天下りあっせん問題で辞職した文部科学省の前川喜平前事務次官が525日に記者会見を行い、「総理のご意向」などと伝えられたと記された文書について「確実に存在していた。あったものをなかったことにできない」「自分が昨年秋に、担当の専門教育課から説明を受けた際、示された」と証言したうえで、「極めて薄弱な根拠で規制緩和が行われた。公平、公正であるべき行政の在り方がゆがめられた」と述べた。これに対し官邸や内閣府は「なぜ在任中に言わないのか」(言えるわけがない~と私は思う)と猛反発、事実を否定するのではなく、天下り問題の時、自らの地位に恋々として辞職しようとしなかったという中傷や、読売新聞が報じた「出会い系バー通い」を真に受けた(ネタ元は官邸と疑われている)人格攻撃などで口汚くののしることで前川氏を貶めようと図った。ちなみに、前川氏の出会い系バー通いは、未成年の女性たちの貧困問題の実態把握のためだったことは間違いないらしく、多くの少女たちを更生に導いたことがその後の報道で明らかになっている。事務次官としては軽率な行動だったことは確かだが、菅長官の前川氏に対する人格攻撃はまさに「ゲスの勘繰り」以外の何物でもなかった。

*3 官房長官の定例会見は、普段は官邸記者クラブの政治部記者が出ており、質問も甘く、菅長官にひと睨みされると黙ってしまう記者が多くて不満だったが、この東京新聞の女性記者は社会部で、官房長官にしつこく食い下がり、長官をたじたじとさせた。ところが、官邸記者クラブは、あろうことか彼女に抗議したという話をテレビのワイドショー的報道番組で言っていたのを聞いた気がする。あきれた記者クラブである。

*4 TOC条約は、効果的に国際的な組織犯罪を防止し、これと戦うための協力を促進することを目的とする条約で、「特区」とはもちろん関係ない。20172月現在、187か国・地域が締結しているが、日本は条約を承認しているのに、「国内法の整備が必要」との理由で批准していない。しかし、多くの法学者は「テロ等準備罪」がなくても批准は可能と主張しており、政府が「テロ等準備罪」を成立させたいがために批准していないという見方もある。

*5 組織的犯罪集団の定義は、その時々の権力の意向でどうにでも拡張解釈できるのではないか。沖縄で基地反対、辺野古移転反対の座り込みをしている集団はすでに何度も警察に排除されており、いつでも「組織的犯罪集団」にされる可能性がある。さらに「共謀罪」反対、憲法改正反対を唱える国会デモも、一部の参加者が武装闘争などをすれば全体が組織的犯罪集団にされてしまう恐れがあり、オウム真理教事件の例もあるので、宗教団体とて当局の監視対象となることがあっても不思議でない。

*6 自民党の故鳩山邦夫元文相は0710月に外国特派員協会での講演で、「私の友人の友人がアルカイダなんです」と発言したが、テロ等準備罪では彼は一般人ではなく、テロ組織の関係者ないし周辺人物ということになり、捜査対象になってしまいそうだ。

*7 今から57年前、1960519日、日米安保条約改定の議案が衆院委員会で強行可決され、20日に衆院通過、619日に自然成立した。その4日前の615日、抗議のデモ隊を暴力団と右翼団体が襲撃して多くの重傷者を出し、国会突入を図った全学連主流派(ブンド系)と機動隊が激しく衝突、デモに参加していた東京大学の学生、樺美智子が圧死した。この事件を悼んで作られた歌が八木柊一郎作詞、 林光作曲の「忘れまい6.15」である。歌詞はインターネットで検索してください。

 516日、NHKの午後7時のニュースで、「秋篠宮家の眞子さまご婚約へ」が報じられた。見事なスクープである。報道各社の皇室担当記者は、天皇陛下の退位問題で何かと忙しい折にNHKにしてやられた形で、大慌てで追いかけ取材に走り回った。そもそも、天皇陛下退位の意向というニュース自体がNHKの大スクープだった。他社の皇室担当の記者たちは最近、NHKに振り回されっ放しなのである。と、ここまでは余談である。

その翌日(517日)の早朝、民放テレビを見ていたら、どこの局かは忘れたが、女性アナウンサーが「眞子さまは皇族では初めてコクサイキトクキョウ大学に進まれ…」とニュースを読んだので、あきれた。「国際基督教大学」はご存知の通り「国際キリスト教大学」である。「基督」は、中国語読みではjiduで、イエス(キリスト)の英語読みdʒíːzəsに似た音の当て字として中国で作られ日本など漢字文化圏の各国に広まったらしい*1

白樺派の作家・長與善郎(18881961の戦前の小説にも「青銅の基督」というのがあり、戦後映画化されている*2。また、日本の代表的なプロテスタント教団である「日本キリスト教団」の正式名称は「日本基督教団」で、「基督」の読みはさほど難問ではない。いずれにしても、「キトク」などという読み方はないので、恥ずかしい読み間違いである。ただ、彼女は2度目からは略称の「ICU*3」を使ったので言い間違いは1回だけで済んだ。

女子アナの言い間違いといえば、元フジテレビの高島彩アナの「ダンコンの世代」(もちろん『団塊の世代』のこと)、元日テレの永井美奈子アナらの「セイカンタイ移植」(生体肝移植)、やはり元日テレの柴田倫世アナ(松坂大輔の奥さん)の「ロウソクのホームランバッター」(浪速の)、テレビ朝日竹内由惠アナの「トホウです」(訃報)、TBSニュース23・膳場貴子アナの「終身刑のローマ法王が」(終身制)、NHK青山祐子アナの「セキマキ」(席捲)など枚挙にいとまがない*4が、どういうわけか最近は間違いが少ない。今回の「キトク教」は「女子アナの言い間違いネタ」に新たな1㌻を刻む出来事だったと思う。

アナウンサーではないが、ぶったまげたのが落語家立川志らくの言い間違いだった。志らくは最近TBS系列の「ひるおび」の前半にレギュラー出演し、師匠立川談志譲りのシニカルな物言いと、司会の恵俊明に振られるたびに意外性のある当意即妙のコメントを決めることで人気上昇中だが、ある日、たぶん学校でのいじめによる自殺事件について振られ、「キョーロンが……キョーロンが…」と長めで意味不明の意見を述べた。私は「何だろう」と、しばらく考えてハタと気づいた。志らくは「教諭が……教諭が…」と言いたかったのである。「諭」の字が「論」とよく似ているので、彼はずっと「教論」だと思い込んでいたのだろう。間違いは誰でもあるが、志らくは日本語を伝える落語家だからねえ……。

(一部敬称略)

*1 元々日本でキリストの読みに「基利斯督」を当て、これを略した「基督」が、中国読みではjiduで、たまたま英語読みdʒíːzəsに似ていたことから漢字文化圏の各国にそのまま広まり、漢語として定着したのだとも言われる。

*2 「青銅の基督」は江戸時代の話で、隠れキリシタンの娘に思いを寄せた南蛮鋳物師がキリスト像を刻んだ青銅の踏み絵を作らされるという物語だ。1955年に松竹で映画化され、2016年に柄本時生主演で再映画化された。

*3 国際基督教大学の英訳名はInternational Christianity Universityで、略称ICUである。

*4 「女子アナの言い間違い」でインターネット検索すると、いくつものサイトがある。       

 TOKIO1994年結成のジャニーズ系アイドルユニットである。直近の“先輩に当たるSMAPが昨年解散した*1ので、ジャニーズ事務所のグループとしては少年隊に次いで2番目に古いことになる。メンバーはリーダーでギターの城島茂(46)、ベースの山口達也(45)、キーボードの国分太一(42)、ドラムの松岡昌宏(40)、ボーカルとリズムギターの長瀬智也(38)5人。結成当時メンバーだったボーカルの小島啓(40)949月のCDデビュー直前に脱退したため、「穴埋め」にジャニーズJrだった長瀬が加わったという経緯がある。

 他のジャニーズ系ユニットのほとんどがユニゾンで歌い、踊るだけなのに比べ、TOKIOの各メンバーは楽器に長けており、本格的なバンドという印象が強い。デビューから3カ月余という異例の速さで94年のNHK紅白歌合戦出場を果たし、以後2016年まで24回連続で出場している。紅白出場回数では、23回のSMAPを昨年抜いてジャニーズ系ユニットでは1*2、現在も存在するグループでは、8回の嵐を大きく引き離して独走中だ。

 前にも書いたように、私は男性アイドルにはあまり関心がなく、TOKIOのことも、初めのうちは、最初に人気の出た長瀬智也が所属しているグループという程度の認識しかなかった。しかし和歌山に帰ってきたころから、日テレ系の「ザ!鉄腕!DASH!!」をよく見るようになり、DASH村での彼らの活躍ぶりを知って、何となく親しみが湧いてきた*3

 で、「宙船」である。元々は中島みゆきが自分のアルバム用に作詞作曲した曲だったが、長瀬主演の日テレ系ドラマ「マイボス マイヒーロー*4」の主題歌に採用されることになり、長瀬のボーカルで20068月に発売したところ、オリコン初登場1位を獲得、100位以内62週というTOKIO作品では最長記録を達成、彼らの最大のヒット曲となった*5。中島みゆきはレコ大作詞賞を受賞、07年のセンバツ高校野球の入場行進曲にも選ばれた。

 

*1 SMAP1991年にCDデビュー。ウィキペディアによると、それ以前のジャニーズ事務所所属の男性アイドルユニットは、古い順に▽ジャニーズ(64)▽フォーリーブス(68)▽ジュニア・スペシャル(68)▽リトルギャング(75)▽たのきんトリオ(80)▽シブがき隊(82)▽イーグルス(82)THE GOOD-BYE(83)▽少年隊(85)▽光GENJI(87)▽男闘呼組(88)▽忍者(90)=カッコ内数字はデビュー年=があるが、今も解散していないのは少年隊のみである。

*2 ソロでは郷ひろみが紅白に29回出場しているが、ジャニーズ事務所所属時代の出場は2回だけなので、ジャニーズタレントとしての紅白出場回数はTOKIOがやはりトップということにある。

*3 「ザ!鉄腕!DASH!!」に加え、やはり日テレ系の「ぐるナイ ゴチになります」で国分太一が存在感を示し、TBS系の朝の情報番組「ビビット」の司会に起用されるようになってグループの注目度も増した。

*4 「マイボス マイヒーロー」は韓国映画「マイ ボス マイ ヒーロー」をリメイクしたテレビドラマ。20067月から9月まで日テレ系で毎土曜日に放送された。長瀬のほか、手越祐也、新垣結衣らが出演した。

*5 「宙船」のCD出荷数は60万枚で、彼らのシングルとしてはデビュー曲「LOVE YOU ONLY」に次ぐ2位。着うたダウンロード件数はジャニーズ事務所所属アーティストの楽曲で初めて100万件を突破した。

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