「月月火水木金金」は土曜も日曜もなく働くという意味の造語で、明治時代に帝国海軍で生まれた。ウィキペディアによると、1905年に日露戦争に勝利してからも、帝国海軍は休日返上の猛訓練を続けた。これを当時の海軍大尉・津留雄三が「まるで月月火水木金金じゃないか」とつぶやいたのが後に海軍全体に広まり、休みなく艦隊勤務に励む男たちの手で帝国の軍艦が太平洋を進む姿を歌った軍歌「月月火水木金金」が誕生したとされる。

作詞したのは、海軍軍事普及部の高橋俊策中佐、海軍音楽隊出身の江口夜詩が曲をつけた。194010月にレコード化され、NHKラジオから流れたのをきっかけに広まったという。この歌は、軽快で勇ましいメロディーもあって、戦時中、国民の意識を鼓舞する曲として広く歌われたばかりでなく、終戦後も高度成長時代まで、家庭も顧みず働くモーレツ・サラリーマンの姿にイメージを重ねて歌われ続けたようだ。若山彰、伊藤久男、村田秀雄*1らのほか、ザ・ドリフターズもレコーディングした。ドリフはまた77年にフジテレビの番組「ドリフ大爆笑」のオープニングにこの曲の替え歌*2を使ったことがある。

ただ、週休2日制が一般化した1990年代からは、「月月火水木金金」は、いわゆる半ドン(土曜半休)時代以上に、頑張るサラリーマンというプラスイメージより、休みなくこき使われるというマイナスイメージの方が強まったようで、最近は「ブラック企業」と言われる某居酒屋チェーンの社歌に採用されたというブラックジョークまで広まっていた。

 さて、「月月火水木金金」といえば、自分の市長時代を思い出さざるを得ない。12年間、正月の2日と3日を除き、まともな休みはほとんどなかった。特に土日は行事が多く、出ずっぱりだったが、不思議なもので、23ヵ月で体は慣れ、丸一日オフだと物足りなく感じるようになった。年47回も土日を他県の別荘で過ごす知事がいたとは信じられん!

 

*1 若山彰(192798)は「惜春鳥」「喜びも悲しみも幾年月」「阪神タイガースの歌(六甲おろし)」などが代表曲、軍歌も多く歌っている。伊藤久男(191078)は「イヨマンテの夜」「あざみの歌」「山のけむり」「栄冠は君に輝く」などが代表曲で、戦前の37年から50年代半ばまで活躍した。村田秀雄(19292002)は浪曲師出身の演歌歌手で東映の仁侠映画にも出演した。「王将」「無法松の一生」「人生劇場」「夫婦春秋」などが代表曲。

*2 替え歌といってもメロディーを借りただけで、歌詞は全く関係なかった。