2011年04月13日

夜桜 @ 千鳥ヶ淵

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2011年04月11日

花見とデモ

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「日本をひとつに」「心をひとつに」そんな必要はない。いろいろな人がいる。さまざまな考えがある。ただ、大きなテーマで利害が一致しているならば、信条、党派を越えて共闘、恊働することはできる。被災者を支援することもそのひとつ。僕たちひとりひとりのちからはとても小さい。

「原発やめろデモ」に参加してきた。デモ参加者にもさまざまな考えがあるだろう。即時原発全廃を求める人たちもいるだろう(不可能だ)。主催者を支持しているわけではない。ここぞと乗っかってくる旧左翼や政党もあるだろう。デモの行列のなかにはセンスが合わない人たちもたくさんいた。それでも全国で一万か二万人の動員で、大手メディアはほとんど報道しない。各論でお互いを批判しあっている場合なのだろうか。

ネット上であっても、ソーシャル・ネットワークで実名、所属企業、組織を明かしている人は、心情的には、たとえば原発に反対であっても、それを発言できない人も多いだろう。芸能人やスポーツ選手で声をあげている人は少ない。

都民は、震災や原発の被災者を、連日放送される TV の映像を見ながら同情はすれど、ひきつづき地方を犠牲にしても原発を使うという選択をした、と言われてもしかたがない。そのような人たちに声が届くような、もっともっと大きな動きが必要なんだ。

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多くの人が亡くなって、それでも言いたいことが言えない。知りたいことを知ることができないということがあたりまえにある。  

2011年03月15日

そういうものだ

ボネガット

神よ願わくばわたしに変えることのできない物事を受けいれる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ
— カート・ヴォネガット『スローターハウス5』

スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302)
スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302)  
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2011年03月12日

壊れる大地、壊れる作品

寝室に飾ってあった、藤浩志さんのお米のカエルの作品(カエル型のおにぎりを樹脂でコーティングしたもの)、今回の地震で大破。1992年の作品で、僕も学生時代にアシスタントとして制作したもの。
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そういえばこの作品、人類のカタストロフをテーマとしたものだった。<2025蛙の池シンポジウム>(下の画像はスパイラルガーデンでの展示風景。藤さんのウェブサイトから)
地震と原発のニュースを見ながら、バラバラになった作品をとりあえずまとめる。
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2011年02月14日

現代アート茶会@掛川城二の丸茶室

山口裕美さんプロデュースによる、掛川現代アートプロジェクト
毎年選ばれたアーティストが茶道具をひとつずつつくっていく現代アート茶会に、俵藤ひでとさんと出席してきました。第四回目の茶道具、茶杓をつくったのは東泉一郎さん。地元でも話題のこのイベント、東京からもたくさんのお客さんが来ています。僕たちの前の回では、森本千絵さん、コンドルズの石渕聡さんもいらしていました。

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掛川城にある二の丸茶室の広間にて、東泉さんと山口さん。

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小間にて茶杓が披露される。

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お茶を点てる山本和子さん。俵藤さん撮影。

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次の日は地元の陶芸家、竹廣泰介さんの工房におじゃまして茶碗をつくりました。画像は竹廣先生に指導を受ける俵藤さん。竹廣先生は、第一回のさいにミヤケマイさんが担当した掛け軸の軸先を制作されました。

●山口裕美さんのブログ「夜の美術館と現代アート茶会vol.4 -方員可施リポート」
●二年前に、俵藤さんと僕とでつくった棗を使った第二回の茶会の模様はこちら  

2011年01月11日

フィリックス・ザ・キャット

松の内も過ぎてしまいましたが、あらためまして、あけまして。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
二〇一一年がみなさまにとって、幸多き一年でありますように。

家に子猫がきました。フィリックスと命名。二十年以上の一人暮らしのなかで初めての同居パートナーです(笑)。

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2010年12月30日

ユー・メイク・マイ・ドリームズ

今年最後のエントリなので、楽しくいきたいと思います。年末よく見てたビデオをいくつか。


なんかこんなふうに適当にみんなで踊ってる絵が好きなんだよね〜。


ユルい感じといえば、これはクラッシクですが『ロシュフォールの恋人』。音楽はミシェル・ルグラン。なんつうかハリウッドとは違う、ラテン系の適当感が楽しい。


上記 PV の監督の Dougal Wilson はほかにいろいろおもしろいの撮ってる。下は Bat For Lashes。





She & Him といえば『(500)日のサマー』も見たい。このシーンは「恋しちゃって踊りだしちゃう」モノ。『モテキ』でもオマージュシーンがありましたね。ちなみに『ノルウェイの森』は見に行った。しかも帰りに DUG に寄った(苦笑)。


「恋しちゃって踊りだしちゃう」モノでは『フィッシャー・キング』のこのシーンが印象深い。監督はテリー・ギリアム(!)。というわけで今年最後のエントリでした。ではよいお年を。


アンコールで。『第九』じゃなくてこうゆうのなら見に行きたい。  

2010年12月12日

"HOT JAPAN!!!"

毎年恒例のTOKYO SOURCEの忘年会、今年は "HOT JAPAN!!!" というイベント、タイトルも良い。代官山 Sedona にて。大盛況でした。

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乙女湯さん 、「湯道」との混浴トーク。足湯につかりながら。

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「いわま食堂」、岩間賢さんが家族でヘルシーな豚汁をふるまってました。

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Chim↑Pom のこっくりさん刺青パフォーマンス(…)。

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遠藤一郎くんのライブペインティング(笑)。  

2010年11月03日

<自分以外>に関するメモ[11]


そのとき、先輩は私に、こう言ったのだ。

<自分が好きなことが必ずどこかにあって、
 自分がそれにふさわしい才能を持ってるっていうふうに
 思い込んでしまった段階から、
 なにかこう、
 「他者」とのつながりを断ち切ってしまうようなところも
 あるとおもうの。>

これは、そのときの私には、噛んでも、かんでも、
どうにも理解できない言葉だった。

それどころか、たぶん、そのときの私は、
先輩に逆のことを
言ってもらえると期待してたんだと思う。

自分に合った、
自分の好きなものを発見しなさい、と。
だれにも、そういうものは、
もともと備わっているから、と。
自分の好きなことに突き進んでゆきなさい、と。
あなたには、その才能があるから、と。

そう言ってほしかったんだと思う。
それが、なんで、
「他者とのつながりを断ち切る」ことになるのか?
もうどうにも、わからなかった。

Lesson 175 自分の才能はどこにある?/『おとなの小論文教室。』山田ズーニー


おとなの小論文教室。おとなの小論文教室。
山田ズーニー
(河出書房新社)
  

2010年10月28日

クラブ・イースト・エイジア

先日、メグミオギタギャラリーで個展中の Hua さん(from 北京)と、Showcase で個展中の Kim さん(from ソウル)と、ギャラリーの皆さんとで会食した。お互いキャリアは違えど、ちょっとしたアジア・コネクションのような、楽しい会。ソウルのアートフェアのときには Kim さん一家に自宅にも招待していただいた。

一昨年くらい前から、シンガポールや韓国のアートフェアに出品するようになって、彼の地の作家たちと話すこともあり、具体的にアジアのアートシーンに興味が出て来た。できれば東アジアの美術とその歴史と現在を体系的に知りたいとも思ってるんだけど、どこにそんな情報があるのかな。

例えば、水墨画のような東アジアで広く行われた表現も「日本美術史」という枠になった途端、日本の国境線で輪切りにされたものを僕たちは学ぶことになってしまう。芸術文化の影響関係を、近代国家の枠組みで切り抜いては見えなくなるものが多い。

ポップカルチャーにおいても、今やアメリカと日本というより、東京 - ソウル - 台北 - 上海 - 香港、みたいなラインで考えるほうが自然なような気がする。少女時代に AKB。極東の島国である日本と台湾、中国の周縁部である東と南シナ海沿岸の文化は、共有できるものが多いのでは。プロ野球も韓国、台湾リーグと一緒にポストシーズンをやって、東アジア王者を決めればいいのに。

ところで、ドイツ文化センターの東アジア地区本部が東京からソウルに移転したという。その理由が「日本は東アジア圏協同構想に積極的でなく、日本が世界に開かれていないからだ」ということだ。ツイッターで知って驚いた。東京の文化や市場が内向きになっているということは、僕もソウルに行って感じた。国内だけでは立ち行かないことを当然のように考えているソウルの人たちと、現状を変えることができない東京。少女時代と AKBを比べてみれば。


〈日本美術〉誕生 (講談社選書メチエ)<日本美術>誕生(講談社選書メチエ)
佐藤 道信(講談社)



<告知もろもろ>

掛川のアートプロジェクトやフキダシ鏡こと《 SPEECH BALLOON MIRROR 》を一緒につくっている俵藤ひでとさんと、アートディレクターの長嶋りかこさんの展覧会が原宿の ROCKET で開催されます。

長嶋りかこ・俵藤ひでと "mizukagami"
10/29(Fri)ー11/9(tue)12:00ー19:30
会場:ROCKET


観光アート (光文社新書)観光アート (光文社新書)
著者:山口 裕美(光文社)
山口さんの新しい本です。掛川のプロジェクトについても書かれています。



それにしても芸術の秋たけなわ、毎週末、いろんなイベントやオープニングが重なってたいへんだ。今週末は上記の俵藤さんと、イムラアートギャラリー東京支店のこけら落とし、三瀬夏之介 展の OP。土曜日にはクンスト・オクトーバーフェスト、ULTRA も開催中だ。季節はずれの台風接近が気になるが…。気持ちのいい秋の日々はどこへ? 来週末は松山賢 展(ギャラリーショウ)で松山さん、内海聖史さんとトークショウをやります。

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代々木体育館で催された roomsLINKHISUI の来年の春夏コレクションを見に行った。右のジャケット、ステキ!と思って Lサイズの着せてもらったらやっぱりパツパツ(笑)。レディースやもん。今シーズンの商品は渋谷パルコ PART1 の期間限定ショップで。デザイナーの伊藤さんもいるそうです。  
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2010年10月24日

GQ JAPAN 12月号に「湯道」メンバーが紹介されております

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GQ JAPAN 12月号に「湯道」メンバーが紹介されております。
前のページが村上さんのベルサイユ展の記事っつうのが何とも。

GQ JAPAN (ジーキュー ジャパン) 2010年 12月号 [雑誌]GQ JAPAN (ジーキュー ジャパン)
2010年 12月号 [雑誌]

  

2010年10月06日

見ることと教育、と批評と、美術大学

先週末は CAMP 【見ることと教育、と批評】沢山遼(美術批評) 星野太(美学/表象文化論) 成相肇(府中市美術館学芸員) へ。先月、美術大学主催の NIPPON ARTNEXT に関わったこともあって、教育と批評の問題を現場と照らし合わせて考えるいい機会だった。

美術館で教育普及を担当している成相さんは、僕が数年前に書いた<「つくる」こと、「見る」こと>と、ほぼ同じところから問題提起をされていて、そういう意味では教育現場ってなかなか変わらない。受験絵画とか無為な4年間とかトラウマある元美大生は今だに多そうだ。

沢山さんは、ジョセフ・アルバースが、アートスクールでどのような教鞭をとっていたかというたいへん興味深い話をされた。アルバースは学生たちに、学校に来ている限りは学生でしかなく作家ではないということで、作品をつくらせなかったらしい。安易で素朴な意味での表現主義を否定して、ゲシュタルト心理学から影響を受けた、かなり実践的な教育プログラムを組んでいたという。50年代のアメリカのことだ。ちなみに彼の教え子にはR・ラウシェンバーグ、エヴァ・ヘス、リチャード・セラなどがいる。

NIPPON ARTNEXTから見えたことは、従来の美大の教育と、グローバル・アートマーケットへの参入とのギャップのなかで、大学も学生もまだまだ対応できずに揺れ動いている、ということだ。京都造形大は、後者に関して積極的に関わっていくという姿勢が、東北芸工大は地域に根を下ろして「アートは可能か」ということをその場所で考える、という対照的な姿勢が見えた。

もちろん従来の「自由にやりなさい」美大教育はダメダメなのだが、だからといってマーケットに極端に傾くのも不健康。今回のような研究者や批評家の視点が加われば、少しは状況が客観的に見られるようになるんじゃないか。技術を習得すること - 作品を見る力と批評 - 市場でサバイブすること、これらがバランスよく見えるようなるといいのだけれども。

大学における、世界のアートマーケットときちんと対峙できるアーティストの養成、というのはとても大事なことだし、この国で「職業としての作家」という存在が確立ほしいと切実に思う。一方で、芸術を思索し表現する人、という「作家」が「職業」でなければならない、ということもない。

表現したいといういろんな人がいて、それぞれの人が「作家になる時」というのは違う。それがいつの間にか「新卒作家」の輩出ということが、たとえば美大にとっての、美大生にとっての成功のイメージになってしまっているとすれば、それはどうなんだろうか。

だいたい作家になること自体はそんなに難しいことじゃない。作家でいつづけることの方がずっとたいへんなのです。



日本画家遺族の相続 表裏の話。(菊 理 的 世 界 − 日常 思考 妄想 −)  

2010年10月04日

NIPPON ARTNEXT2010シンポジウム「日本画の<NIPPON>を語ろう」

東京の外苑で催された京都造形大学主催、東北芸術工科大学共催の NIPPON ARTNEXT2010 展の最終日のシンポジウムに登壇してきた。



三瀬夏之介×山本太郎×中村ケンゴによる「日本画の<NIPPON>を語ろう」。モデレーターは宮本武典さん。お題は東北芸工大の准教授でもある三瀬くんによる( Ustreamの録画はこちら。上の画面は僕が作品紹介をしつつ、最後のまとめに入るパート。音声がちょっと聞き取りにくいので、ちゃんと内容がわかるかどうか微妙ですが……それ以前に作家は基本的に自分のことばかり語る傾向にあって、モデレーターのおかげでなんとかかたちになってる、という感じでしょうか)。

シンポジウムの後、思い出したのは、内田樹さんの『日本辺境論』のこの一説。

 私たちが日本文化とは何か、日本人とはどういう集団なのかについての洞察を組織的に失念するのは、日本文化論に「決定版」を与えず、同一の主題を繰り返し回帰することこそが日本人の宿命だからです。
 日本文化というのはどこかに原点や祖形があるわけではなく、「日本文化とは何か」というエンドレスの問いのかたちでしか存在しません。すぐれた日本文化論は必ずこの回帰性に言及しています。(中略)頁そのものには意味がなくて、頁と頁の関係に意味がある。制度や文物そのものに意味があるのではなくて、ある制度や文物が別の新しいものに取って代わられるときの変化に意味がある。より正確に言えば、変化の仕方が変化しないというところに意味がある
(太字部分、原文は傍点)

「日本画とは何か」と問うとき、「日本画」とその外部にどういった関係があるのかを考えることに意味がある。「日本画」とは何かを決定したとき、「日本画」は消えてしまう。

SPEECH BALLOONS in the hinomaru
スピーチバルーン・イン・ザ・ヒノマル
 66 x 94 cm 和紙、岩絵具、顔料



ところで最後の方、学生たちとマーケットの関係という話の流れになったのだが、「漫画家やポップミュージックの音楽家は市場と向き合いながらも(だからこそ)鍛えられて作品を作ってる」というようなことを僕は話したのだが(具体的に話しているのは山本太郎くんだが)、三瀬くんが「それは僕にとって<無我夢中>ではないんですよね」と発言している。ようするに商業美術や商業音楽のなかでは<無我夢中>に作品をつくることはできないのではないか、ということなのだろう。これは聞き捨てならない、と思ったのだが、太郎くんがその話をアマチュアリズムとプロフェッショナリズムの話に置き換えて高校野球のことを例にとって話しだしてしまい、うやむやになってしまった(苦笑)。

しかし「金が絡んでないところでこそ無我夢中になれる」もしくは「金が絡まないところで無我夢中になれるのが本物」みたいなイデオロギーこそ、美術大学教育の悪しき伝統だと思うけどね。ここはちゃんと批判しておきたい。


日本辺境論日本辺境論
内田 樹(新潮新書)
  

2010年09月25日

夏のぬけがら

とつぜん寒くなって、風情も何もあったもんじゃないですが、今年の夏はともかく夏バテしてほとんど身体も頭も働きませんでした…。以下もろもろ。

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メグミオギタギャラリーで催された、古賀学×東京キャ☆バニーのインスタレーション&サンデー・アフタヌーンパーティー”hydrojenic”。映像プロジェクションのパーティのため、ドレスコードは白。左下、DJ の HIDE2 さんと(笑)。詳しくはこちら(画像もここから拝借)

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夏の終わりの神宮球場はとても気持ちがいい…はずが今年は暑すぎた。この日のタイガースは快勝。しかし大一番では、力を発揮できないこのチーム。負け越してしまった最後のドラゴンズとの天王山、タイガース的、あまりにもタイガース的な、、

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残暑厳しいなか、湯道メンバーで GQ JAPAN 誌の取材を受けました。取材してくださったのはトビイ ルツさん。僕たちはもちろんこの後入浴。

根本佳奈さんが、中野のバーで展覧会をしているというので見に(呑みに)行くついでに、ギャラリー椿のMさんと中野ブロードウェイを探索。Hidari Zingaro で展覧会を見た後、隣のタコシェでMさんは中原昌也さんの小説、僕はずっとほしかった「るきさん」があったので購入。

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高野 文子(筑摩書房)

  
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2010年09月24日

Arts and Law の集中合宿セミナー

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東京アートポイント計画Arts and Law の集中合宿セミナーに、ゲストアーティストとして参加しました。お題は「アートのお金と法律入門」。一緒にゲスト参加したのは佐藤好彦さん、竹崎和征さん。アーティスト・トークのモデレーターは森司さん。八王子の緑豊かなセミナーハウスにて。

アーティスト・トークの中身はお題に応じて、アーティストとギャラリーやプロジェクトでの契約事情や、現実的なアーティスト・サバイブに関するもので、普段はなかなかしづらい話ではありましたが、若き陽気な弁護士チームとスタッフ、熱心な受講者のみなさんのおかげで、大人の林間学校のような楽しい時間を過ごせました。

<このセミナーを仕切っていたアートに理解を持った若手弁護士達に関心させられ、アートの側から法律を導いてくれるこうした味方は本当に心強いと思った。>…佐藤好彦さんのブログから。(佐藤さんは渋谷西武で個展中 10月11日まで)  

2010年09月13日

ホンデ(弘益大学)@ソウルの芸術学部

ボランティアで通訳をしてくれているヘリョンさんが学んでいる、ホンデ(弘益大学)の芸術学部のアトリエを見学してきた。ここの芸術学部は韓国でも最もレベルが高いということだ。アートスクールのおひざ元とあってか、ホンデはカフェやブティックが集まる原宿のような街で、郊外にあった多摩美に通っていた僕としては羨ましい。一方で、大学の近所にはたくさんの美大受験予備校があって、受験の厳しさと受験画の画一性は日本以上のようだ。

以前東京芸大に留学していたドイツ人アーティストのインゴと偶然今回の KIAF で再会したのだが(十年以上ぶり!)、彼は今、そのホンデで油画を教えているそうだ。受験画の画一性については彼も問題視しているのだが、少しずつ試験の内容や評価の基準は幅広くなってきているらしい。「でもなかなか難しいよ。急に内容や基準を変えると、予備校の先生たちがが困るからね…」

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油画クラスのアトリエ。ともかく大学の敷地が狭くてアトリエも狭い!学生たちも文句タラタラだそう。ずいぶんと前だが、デュッセルドルフのクンスト・アカデミーを見に行ったことを思い出した。あそこのアトリエは天井も高いし自然光も入って広かったなあ。でも学食はめちゃマズかった(笑)。

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東洋画クラスのアトリエ。学生の雰囲気も日本の美大に似ていて、学生時代を思い出す。ホンデと多摩美は交換留学をしているらしく、ヘリョンさんは多摩美に来たいそうだ。現在一次面接中。うまくいくといいね。  

2010年09月11日

KIAF @ ソウル

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KIAF(韓国国際アートフェア)に出品のため、ソウルに来ています。

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江南(カンナム)のホルモン屋。チヂミめっちゃうまかった。

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江南のギャラリービル、ネイチャー&ポエムでのアフターパーティ。マッコリ飲んでます。

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2010年08月16日

夏山2010、終戦記念日

先週末は毎夏恒例の北アルプス登山。残念ながら天候不順で一日早く下山したが、リフレッシュできた。しかし筋肉痛がハンパない。運動不足が身にしみる。今週末がソウルのアートフェアに出品する作品の集荷なので、今週はこれに集中したい。でも東京にもどったらやっぱり暑くてウンザリ、、

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燕岳と燕岳頂上から山小屋を望む。花崗岩でできた白っぽい独特な山体で、猿の惑星にでも来た気分。槍ヶ岳もよく見えた。


ハンパない太ももの筋肉痛に湿布を貼りつつ、今日は終戦記念日。僕の祖父祖母は長崎の原爆で亡くなった。僕の本籍地は長崎市の松山町だが、籍に記されている番地は今はないらしい。爆心地の近くで元の町は爆発で消えてしまったそうだ。現在は平和記念公園があるあたり。長崎に住んだことはないけれど。


…小西康陽さんのコラムから。<ぼくが大人になって選んだ仕事は音楽で、他人に楽しみや喜びを与える仕事だと信じているのですが、戦争などが起きるとまずいちばんに切り落とされてしまう職業であることも覚悟しているつもりです。>この後に英文学者の吉田健一のことばが紹介されています。

「戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである」


ぼくは散歩と雑学が好きだった。 小西康陽のコラム1993-2008ぼくは散歩と雑学が好きだった。 小西康陽のコラム1993-2008
朝日新聞社
  

2010年08月05日

BASARA 展オープニング 「バサラ」的なもの「カオスラウンジ」的なもの

夏風邪をひいてちょっとダウンしていたのだが、天明屋さんの気合いを感じて BASARA 展 @ スパイラル・ガーデンのオープニングに行って来た。

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刺青師・SHIGE 氏の作品、というかお客さん、というか、お客さん自身が支持体兼コレクターだ。こいういうパフォーマンスがあると展覧会ぜんたいがアガる。 …と楽しみつつもやっぱり風邪は治りかけが大切、ひととおり作品を見ておとなしく帰ってきた。

会場は思った以上に満員で twitter 効果もありますます人が集まってきていたようだ。ホントはこうした写真も「バサラ展なう」とかなんとか書いてその場でアップする昨今なんでしょうが、オンタイムはあいかわらず苦手で(未だに携帯メールも苦手、そして「なう」と書くのも苦手だ)。


菊池成孔氏がブルータスのポップカルチャー特集で、YMO が触ったものサブカルになった(触らなかったものは「オタク」になった)、と書いていたが、今年催されたこの BASARA 展の「バサラ」的(「侠客」「刺青」「ヤンキー」)なもの、そして「カオスラウンジ」的(こっちはオタク)なもの、そのどちらも YMO が触ってこなかったものだ。

美術史的なことではなくて、サブカル文脈で振り返ってみると、八〇年代から日本の「ポップ」アートが大竹伸朗から始まったとして、その後続の作家たちもポップミュージックの大きな影響化にあったが、そうしたことが「バサラ」や「カオスラウンジ」にはあまり感じられない(「バサラ」にあるとすればなんだろう、矢沢永吉?「カオスラウンジ」なら声優アイドルのアニソンとか?)。八〇年代、九〇年代を通じての、ポップミュージックや文学、映画などを中心とした日本的「サブカル」は、二一世紀にはもうどうでもよくなった。そんなことを(今さら?)実感した今年の東京のふたつの展覧会でした。そういえば会場にロキシーミュージックの今年のツアーTシャツを着てた人がいたな。  

2010年07月23日

個展が終わって

気がつけば個展が終了して一ヶ月以上が経っていた。作品自体については、自分自身で今後の展開を考えていくことはできても、展覧会自体の総括は、作家だけではなくギャラリーや協力していただいた人たちとも考えなくてはいけない問題なので、まだこれからというところ。すでに次回のアートフェアの作品制作に入っているので、なかなか落ち着かないし、この暑さでちょっとバテ気味。

今回の個展は、今までの何らかの集大成というよりは、今後の展開の実験的な提示といった側面が僕自身にとっては強く、結果として現時点での問題点を露にしてくれた展示でもあった(一方で3年ぶりの個展でもありギャラリーも広くなったので、「初めて中村ケンゴの作品を見る人のためにも」というギャラリー側のリクエストにも応じて旧シリーズのものも新しく制作して出品した。…それにしても作品をつくって見せる、というのは本当におそろしいことだ)。

ともかくもオープニングで、イベントで、ウェブ上などで、いろいろとご意見をいただいたみなさんには感謝いたします(沢山遼さんから、短い時間ではあったけれど、示唆に富んだ作品分析をしていただいた)。今ごろですが、下記に僕がわかっている記事だけでもリンクもはっておきます。

それにしても今チェックしたら、あの徹夜明けのグダグダ Ust のアクセスが 400 を超えていて、あ〜くわばらくわばら…馬脚を露わすとは、このことですね。まあ、恥をかくのも仕事ですから…。

ということで、Portfolio ページをアップデイトしています。新作の画像も一部アップしています。


中村ケンゴ「自分以外」@MEGUMI OGITA GALLERY(元 雑誌ブルータス副編集長、鈴木芳雄のブログ「フクヘン」)
祝W杯出場? 中村ケンゴに会ってきた(愛宕山中納言日記)
中村ケンゴ個展「自分以外」@MEGUMI OGITA GALLERY(TRAVEL HETEROPIA)
review:中村ケンゴ「自分以外」《5/11、5/29》(ex-chamber museum)
中村 ケンゴ『自分以外』メグミオギタギャラリー(TFJ's Sidewalk Cafe)
artscapeレビュー(村田真)



お約束だけどリンクしとく。「アーリー大滝詠一」より。かっちょいい!


初夏のお気に入り、鈴木祥子の新曲。今ではとても贅沢になってしまった、シュガー・ベイブ、ティン・パン・アレーを彷彿とさせる70年代風のサウンドがいいですね。コーラスワークも良い。なんでもやってトッド・ラングレンみたいだ。

アーリー大瀧詠一アーリー大瀧詠一
大滝詠一



my Sweet Surrendermy Sweet Surrender
鈴木祥子
  

2010年07月06日

阪神×巨人戦 @ 東京ドーム

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チケットをいただいて、先週末は阪神×巨人戦 @ 東京ドーム。先月の千葉マリンにつづいて阪神の圧勝。右打者なら表情がわかるくらいのいい席で観戦でした!  
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2010年06月18日

香る展覧会

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アロマセラピスト、レスコアーヌの Kanaco さんから、個展を見に来てくださったさいに、アロマティカスをいただいた。ミントの香りが心地いい。食べられるそうなので、モヒートなんかにうかべても良さそう。ちょっと肉厚過ぎるか。

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さらに24日から始まる保井智貴くんの展覧会 -calm-(保井智貴、STORE、小野雄紀、ザ・ドキュンカンパニーが出品)のためにも香りをつくってくださった。オープニングでは、保井くんの人物像の作品を中心に、ファッション、音楽、建築と異なる分野のクリエイターの作品に、彼女の香りもあいまって五感を刺激してくれることでしょう。今から楽しみです。  
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2010年06月14日

阪神×ロッテ戦 @ 千葉マリン + バースデイ・パーティ

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先週末は阪神タイガースと千葉ロッテマリーンズ @ 千葉マリンスタジアム。ブラゼル、金本、城島のホームラン、久保の好投でタイガースの快勝。日焼けした!

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東京にもどって、僕のバースデイ・パーティを友人たちが開いてくれた。ありがとう!!  
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2010年06月02日

花狂 中川幸夫 × 大野一雄

大野一雄さんが亡くなった。2002年に、第二回の妻有アート・トリエンナーレのプレイベントとして催された中川幸夫氏と大野一雄氏による「花狂」。20万本分のチューリップの花びらをヘリコプターから撒き散らし、その下で大野一雄氏が舞った。大野氏に哀悼の意を表しつつ、合掌。写真を蔵出しします。
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●針生一郎氏のご家族のBlog。
不治の病, 問題は 病気ではなく 性格です/かんからかんのかあん
出逢った意味を/かんからかんのかあん 岡崎乾二郎氏の弔辞  

近代・日本・画についてのメモ[21]


 しかも、“保守”というのは字義通りに取れば現状を維持していこうする方向の“思想”であるから、“現実”として通用しているものが革命などによって根底から動揺しているという危機感がない限り、「保守思想」なるものが結晶化し、理論的に体系化されることはあまりない。保守/革新という言葉の印象とは逆に、「革新」が登場した後で、それに対する反作用として「保守」が生まれてくる。「保守」のほうが「革新」より新しいのである

(「後で」の部分原文は傍点)

『日本の現代思想』仲正昌樹

集中講義!日本の現代思想
―ポストモダンとは何だったのか(NHKブックス)




→これまでの<近代・日本・画についてのメモ>  

2010年06月01日

近代・日本・画についてのメモ[20]


 40年,50年前の時代でいえば,漫画とか漫画絵などというものは,とても低俗な文化だと思われていましたし,そういうものを創りたいと思っている作家達も,基本的に低俗な人々の集まりでした。

(ここで富野氏,「直訳してください」と二度強調)
(聴衆,笑う)

 低俗な人達であったがために,西洋だ,東洋だ,自分達の文化だ,他人の文化だなどということはいっさい考えないで,自分の好きなものを取り込んで作品を作ってきたわけです。
 それはまさに,漫画が程度の低い文化だと思われていたがゆえに,そういう作業が行われていたのです。このことは実際,とても大事なことです。

(富野氏,キッとシリアスな表情を作る)
(聴衆,忍び笑いを洩らす)




→これまでの<近代・日本・画についてのメモ>
  

2010年05月25日

THE ART PARTY @ MEGUMI OGITA GALLERY

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THE ART PARTY

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花房太一さんと対談。

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Spi(WOOKi)& AIKO(東京キャ☆バニー)のフキダシを使ったパフォーマンス。

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DJ の hide2 さんと。中村ケンゴ Tシャツ着てくれてます。見透かされたような選曲でヤラれました。

アシスタントの原さんも、パーティのレポートを Mixi の中村ケンゴのコミュニティに書き込んでくれています。

  

2010年05月22日

Quiero Ver、Swim、キャンディマン、Yabai-Yabai-Yabai、神様のいうとおり

個展の準備をしているあいだ、息抜きで好んで見ていた Youtube の動画をちょっと紹介。




このふたつは楽曲も PV も日本人好みではないかな。つくりがちょっと似てますね。どっちも細やかなアレンジと展開で聴かせる。



この頃の「ピンポンパン」はファンキーだ。オープニング・テーマも「ピンポンパン体操」もほとんどスライ&ザ・ファミリー・ストーンだ。番組では、アメリカの優れたポップミュージックを、たとえばジーン・ケリーやフレッド・アステア主演のハリウッド映画をお手本にした(しょぼい)コピーをしていて、とても好ましい(「できるかな?」のノッポさんもお手本はフレッド・アステアだったそうだ)。バカラックの「レインドロップス(雨にぬれても)」なども、子ども向けにまったく違った訳がついてるのだけど、レイト60年代からアーリー70年代の子どもたちは「ピンポンパン」のような番組を通じて、こうしたアメリカ産のポピュラー・ミュージックを聴いて育った。音楽から身体表現、その映像の編集に至る、ヒステリックなまでのこの受容能力。


80年代末にバブル経済を通過して、アメリカ、西欧のカルチャーの受容が一段落すると、遣唐使の廃止後のように日本のポピュラーカルチャーも国風文化ともいえるような状況が現れるようになった。何せ、ポップミュージックでいえば、テクノで先頭をきって以降、R&B まで日本人は取り込んでしまった。このマツジュンの「スーパーマリオ」のようなパフォーマンスと振り付け、そして楽曲も、国風文化ここに極まりけり、という感じだ。そしてこの動画には、日本語だけでなく、ハングルから中文、英語までさまざまなファンのコメントがついている。今やマツジュンに代表されるようなアイドルは、国風文化の枠をこえて、ソウル-台北-上海-香港と、東アジア全般をカバーするポピュラー文化だろう。
(このビデオはホントにお気に入りで、電車のなかでも、時々iPod で見てしまう。最初のベースからひとつひとつの転調のキャッチーさまでに心奪われる。マツジュンのイニシャルは「MJ」で、マイケル・ジャクソンからの引用も見られるが、もはやアメリカ文化のイメージは、パフォーマンスぜんたいを構成する一要素に過ぎない)。

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<自分以外> 2010年 112 x 130.3 cm 和紙、岩絵具、顔料
Without Me 2010 Mineral pigment and pigment on Japanese paper
photo: Tatsuhide Tanaka


開催中の個展で展示している新作。手塚治虫の作品から引用した端役のキャラクターの線を解体して再構成し、抽象表現への転換を日本画技法によって行おうと目論んでいる。手塚の線をなぞっていると、やはりディズニーの線が思い起こされ、手塚の背後にある巨大なアメリカ文化を感じさせられる。



これ、「コンポジション・キョウト」だ。この番組もおもしろい。
僕の「コンポジション・トウキョウ」はこちら


明治以後、急速に西洋近代化を成し遂げてきた日本にとってもっとも重要なことは、西洋列強の眼にみずからがどのように映るかという問題であった。未開の蛮族と思われないために鹿鳴館が設けられ、西洋音楽が軍隊と教育制度に組み込まれた。同時に日本の文化的独自性を証明するために、前近代から存続している文化のいくつかに焦点が投じられ、それが日本を体現する真性の高級文化として、海外に喧伝されることになった。この文化ナショナリズムの傾向は、第二次大戦で日本が敗北した後、それ以上に顕著となった。だがこうした伝統主義とは近代化以降に、どこまでも他者の眼差しを契機として、歴史的に形成されたものにほかならない。歌舞伎、浮世絵、陶磁器、着物といった具合に、江戸期の庶民にとって「伝統」とはとうてい自覚されていなかった大衆文化が、内面化されたオリエンタリズムを媒介として、純粋にして高級な文化遺産へと、イデオロギー的に作り変えられていったにすぎない。
 一方近代化のなかではじめて成立した大衆文化には、こうした純粋化は要請されなかった。新派、洋食、映画、漫画といったジャンルは、欧米文化との接触によって生じたものであり、日本を正統に表象する文化として長い間見なされてこなかったばかりか、知識人によって言及されることも稀だった。それが幸いしてか、こうしたジャンルは欧米文化との積極的なハイブリット化が軽々と行われることが許され、「伝統的」制約に捕われることなく、次々と新しいスタイルへと発展できることになった。なるほどそれらはひとたび欧米の文化的ヘゲモニーに圧倒され、稚拙な模倣から出発したが、やがて徐々にその状態から脱して、独自のモダニティを発揮するまでになった。たとえば十九三〇年代のハリウッド映画は若き小津安二郎をフェティッシュに魅惑したが、彼はそこから出発して、ハリウッドとはまったく対照的な手法の監督として大成した。ディズニーは手塚治虫に決定的な影響を与えたが、今日のジャパニメーションの興隆は、彼を克服すべき象徴的父親とすることで達成された。
『「かわいい」論 』 四方田犬彦
「かわいい」論 (ちくま新書)「かわいい」論
四方田犬彦
(ちくま新書)




オール・カインズ・オブ・ピープル~ラヴ・バート・バカラック~プロデュースド・バイ・ジム・オルークオール・カインズ・オブ・ピープル~ラヴ・バート・バカラック~プロデュースド・バイ・ジム・オルーク
日本語で MC するアメリカ人。ジムのバカラックカバー集。ヘヴィロテ中!



中村ケンゴ 「自分以外」 Kengo Nakamura “Without me”
2010年5月11日 (火) 〜 6月5日 (土) 11時 - 19時(日、月、祝日休廊)
MEGUMI OGITA GALLERY
THE
日曜日は THE ART PARTY です。

  

2010年05月19日

僕はなんだかすべてを忘れてしまうね

ンヶ月ぶりの何もない日曜日。なまった身体をほぐすために久々にプールに行った。個展の準備の慣性が働いているのか、まだ何を描くかはっきり決まってない画面に下地を塗ったり、パネルをつくったりしてしまった。

といっても結局完成しなくて、出品しなかった作品もいくつかあるし、かなりのところまで描いたけれども、途中で制作を放棄した作品もある。展覧会毎のことなのだが今回もできあがらないまま出品した作品もあった。もちろん「完成とは何か?」という議論があるだろうけど、ここでは素朴にまだ手を入れたいと思っている作品、というくらいに考えてください。

とにかくアイデアやイメージを具体化して、下絵を描いて実際に画面に絵の具を塗り始めるのだけど、新作(今までつくったことないイメージの作品)をつくるときに、始めからうまくいった試しがない。何度も同じところを行ったり来たりして、徒労感がだけが積み重ねっていく。経験がそれを補ってくれるのか、とも思っていたのだが、どうやらそれだけではどうにもならないようだ。技術の問題だけではなく、イメージするちからをもっともっと高めていかなくてはならないのだろう(ただ、その都度、経験が役に立たないような作品づくりをしていくことは重要だろう。どうしたってつくりつづけていれば、成熟し、洗練されてしまうのだから)。

時間に余裕があるときは、呑気にやり直しを続けていればいいのだが、期日も近づいてくると、そのような失敗(何もを持って「失敗」というのか、という議論もまたあるだろうけど、ここでも素朴に受け取ってください)のリスクが雪だるま式に大きくなり、あせりも大きくなる。ストレスで呼吸も浅くなり、お酒も呑めなくなる(それが幸いしてか普段はまったく設けられない休肝日を今回は半月も続けることができた)。たまに一瞬、または部分的に、わずかな光明が差し、希望が持てる瞬間もあるのだが、だいたいは、こんなことをしていて何の意味があるのか、もしかしてこの仕事は自分にまったく向いていないのではないか、などと思いながらつらく孤独な制作の日々を過ごすことになる。いよいよとなると、大きな津波が起こってすべてを流しさってくれないかとか(笑)、そんなことを妄想するように。

僕には器用貧乏なところがあるのだけれど、今やっているような作品をつくることに関してはうまくいかないことが多くて人生やり直したくなる。そして、ホントに向いてない仕事を選んでしまったのではないかと、そんな取り返しのつかない気分になることが、追いつめられているとよくあるのです。

ただ、先に(笑)と書いたように、そんなことも今では笑ってしまうこともできる、というか学習能力がないのだと思うのだが、展覧会が終わり、次の作品をつくるころにはそんな苦しい日々のことをすっかり忘れてしまうのだった。これは毎度毎度のことで、こんな苦しいことにならないように、日頃から緊張感を持って常に作品をコンスタントにつくりづけなければならない、次からはきっとそうしよう、と思うだが、終わってしまえば本当にそんなことは忘れてしまう。これは死ぬまで治らないのだろうか。ほかの作家はどうなのだろう。ひとりでやってるからそうなるだけで、数人のチームで制作していればそんなことはないのだろうか。


中村ケンゴ 「自分以外」 Kengo Nakamura “Without me”
2010年5月11日 (火) 〜 6月5日 (土) 11時 - 19時(日、月、祝日休廊)
MEGUMI OGITA GALLERY
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現在開催中の個展「自分以外」に合わせてこの Blog で続けている<「自分以外」に関するメモ>を冊子にまとめてみました。まだこの Blog にアップしてないテキストもあります。作品にも展覧会にも直接関係あるものではありませんが、副読本として攻略本として(?)、時間があれば会場で目をとおしてみてください。

ギャラリーにいるときはなるべく Twitter でお知らせしようと思います。
こちらです→ kengo_withoutme

アシスタントの原さんが、個展の準備からのドキュメント(?)を Mixi の中村ケンゴのコミュニティに書き込んでくれています。  

2010年05月17日

近代・日本・画についてのメモ[19]日本画はどこへ行く

takashipom 04/24/10 01:52AM


日本画はどこへ行く 再放送





私自身は、40年以上作家をやっていて、ボランティアでたくさんの若手の個展やグループ展も作って来ていて、多くのアーティストをみてきました。

多くのアーティストは、プロのアーティストになることを、まったく望んでいません。貸し画廊を借りて、20万円から30万円もの画廊代をはらって、そうすることで、20人から120人くらいの規模の人に見てもらって、自分なりの小さな社会の中で、アーティストとして存在するという欲望が、大多数の人でありました。

現在の若いアーティストの欲望は違うとは思いますが、私の時代の、いわゆる現代美術の作家というのは、プロになろうとは思っていない人が、80%以上いたのです。多くの人は、自己満足を追いかけているのです。それも目先の自己満足です。自分の作った作品を死後に残そうとも思っていません。自己満足を追求しようとする欲望もまた、しかし美術にまつわる人間のいとなみのある姿なのです。

彼らは美術が好きなのではなくて、自分の作品だけが好きなのです。ですから美術史には、あまり興味が無いし、自分が興味を持てる作家だけに興味があって、自分には理解できない作家や、興味の無い作家については、勉強をしないのです。つまり中心にあるのは、あくまでも自分自身であって、自分の外にある美術や美術史ではないのです。自分と自分の興味のあるものだけを愛している。どこまで行っても、自分しかいない世界に生きているのです。そしてその中で死ぬのです。

こうしたことは、実は資本主義とは、深いところでは関係がある事なのです。つまりヨーロッパですと17世紀のフランドル地方(=オランダ)から始まりますが、美術家の人数が増大し始めるのです。つまり《近代》が始まると、美術家の人数が、異様なまでに増大を始めるのです。《近代》以前は、実はアーティストの人数は少なかったのです。それが日本ですと、大正の時期から、アーティストの人数が、急速に増大を始めるのです。その結果、奇妙な現象がたくさん現れるようになるのです。

《近代》という時代は、奇妙な時代なのです。その中でのいろいろな現象が、《近代》が終わる1975/1991年以降になると、またまた激変が起き始めます。村上隆さんの芸術起業論というのは、こうした《近代》の非職業美術家の増大を否定する象徴的な主張であったと言えます。


2010年 「日本」+画 滅亡説(菊 理 的 世 界 − 日常 思考 妄想 −)


村上さんも話していましたが、三十年前と(僕にとっては二十ン年前か)、美術大学の状況はまったく変わってないことを目の当たりに。僕も四年ほど前に同じようなことをこの Blog に書いています。
「つくる」こと、「見る」こと

→これまでの<近代・日本・画についてのメモ>はこちらです。