Kengoのブログ

ボーカリスト、ボイストレーナー吉田研吾の独り言です。ネタです。ツッコミです。

今日誕生日です!

本日わたくし、40歳になりましたー!

初老ですよ初老。

老いちゃいましたよ。


でも僕は年取ることは何とも思ってないです〜。

別に嫌だとも思わないし。

年齢って、一応「年単位」で数字を区切ってるだけの話で、

誕生日が来なくたって年は取り続けてるし老いてますからねw



いくつになったからどうっていうことではなく、

日々いろんな経験をしたり、いろんなことを考えたりして、

時が経つに連れて色々と自分が変化していくのが

ただただ面白いです。

そういう意味で言えば年取るの好きです。




最近、「尊敬」っていう言葉について考えたりします。

「尊敬する人は誰ですか?」

みたいな質問があった時に、いつも

「んー、こういう点ではこの人すごいなと思うし・・」

みたいな感じで、「ズバリこの人です!」とはなかなか言えなかったんですが、


最近は、

「自分以外の全ての人」

って答えるかも。


(別に自分だけダメだって言ってるわけじゃないですよw)



めちゃくちゃ当たり前の話をしますが、

自分以外の人ってみんな、



自分にはない好みがあって

自分にはない特技があって

自分にはない感情があって

自分はしてない経験をしてて

自分にはない視点を持ってて

自分には考え付かないような考えを持ってる



んですよね。


しかもそれ、みーんな違うんですよね。

だからみんなすごいじゃん。



人と話してると、

「自分に自信がない」

って言ってる人、すごく多いんです。


でも僕からしたら、

「こんなに素晴らしいのに、何言っちゃってんの?!」

って感じです。



その人が持ってる好み、特技、感情、経験、視点、考え方、

どれもかけがえのないもので、価値のあるもので、

尊重されるべきもの。

だから僕からみたら「自分にはないもの」なんです。



とりあえず自信がなくてもいいから、

自分にしかない好み、特技、感情、経験、視点、考え方は

尊いものだということだけは覚えておいてほしいです。



どういう好みがあっても、悪いことなんて何にもない。

どういう特技があっても、恥ずかしいことじゃない。

どういう感情を抱いても、悪いことなんて何もない。

どういう経験をしても、無駄や失敗なんて何もない。

どういう視点を持っていても、間違いじゃない。

どういう考え方をしても、ダメじゃない。



だから、どれも大事。

自分の全てが大事だから、「自分は大事」になる。

そうすると結果的に「自信」になります。



僕自身も、自分のそれを全て大事にしてます。

それは「自分にしかないもの」だから、

貴重だし価値あるものですよね。




そんなことを考えてる40歳の誕生日。

大人になったなーw

ライブやります!

久々に、人様の前で歌うことになりました。



ボーカル&ピアノのチコちゃんからお声掛けいただきまして、

チコちゃんとピアニストのトミーさんのデュオライブに、

僕がゲストボーカルとして参加させていただき、トリオライブします。


予定としては、それぞれのソロ曲、デュエット曲、弾き語りなど、

色々盛りだくさんで2ステージお届けします!



自分でピアノを弾かずに(ピアニストさんに弾いていただいて)、

がっつりボーカルに専念できるのは久しぶりなので楽しみです!

なので、当日僕が弾き語りもするかどうかは未定です(笑)。

カバー曲中心になると思います。



座席数が限られているので、ご予約優先になります。

ご希望の方はお名前と人数をお知らせ下さい。

送信フォームはこちら


定員に達し次第締め切らせていただきますので、

お早目のご予約をお願いします!




ライブの詳細はこちら。


▼Chiko×Tommy Duo Live feat.Kengo

・日程: 2017年6月17日(土)
・場所: 六本木softwind
・時間: 18:30 Open / 19:00 Start
・料金: チャージ3,000円+ご飲食代+消費税
・出演: Chiko(Vo/Pf)、富永有里乃(Pf)、Kengo(Vo/Pf)

1st…19:00〜19:40/2nd…20:00〜20:40の、40分2ステージ
入れ替え無しです。

※座席数に限りがありますので、ご希望の方はお名前と人数をお知らせください。
送信フォームはこちら

〈ソフトウインド〉
東京都港区六本木4-10-8
六本木パーレットビル6F
TEL. 03-6808-7337

大変そう・・?

僕の自由な感じがうらやましいと言われました。



毎日、目覚ましかけずに自然に目が覚めるまで寝たいだけ寝る

満員電車に乗らなくていい

一日の労働時間が短い

休み多め



っていう。

はい、とても幸せな生活を送ってます(笑)。



「でも、1人で自営でやるのって大変そうですね」


って言われたんですが、


「ぜんぜん」


ですw



確かに、諸々全部自分でやらなきゃいけないし、

リスクもあるし、

大変っちゃ大変なのかもしれないです。


全く同じことを他の人がやったら、

もしかしたら耐えられないこともあるかもしれないです。


でも僕はそれも含めて「自分で出来る」ことが楽しいので、

大変だとは思ってないんです。



最近、


「大変」

「苦労」

「努力」


って、

そもそも何をもってそう言うの?

と思ってます。



特に「大変」なことってなんだか「良くないこと」とされてるし、

逆に「努力」することはなんだか「良いこと」とされてるし、


そう?

と思ってます。



「大変そう」

・・ダメなこと?


「苦労するよ」

・・しちゃダメなの?


「苦労してない人は魅力がない」

・・しなきゃダメなの?


「努力こそ素晴らしい」

・・なんで?


っていう。



例えば、

人様から見たら僕がやってることって大変そうなのかもしれないけど、

僕自身がそう思ってないってことは、

それは「大変なこと」と言うのかな?



人様から見て「努力してるなー」と見えることでも、

本人がケロっと楽しんでやってたら、

それは「努力」と言うのかな?



何基準?

誰基準?

すごーく曖昧じゃないですかね。



この辺は、またちょっと整理してから語りたいと思いますw

困らせる

僕は体のサイズが規格外なので、服選びにいつも困ります。


いいな〜と思って手に取って、

あててみても明らかに足りない感。


大丈夫そうだと思って試着してみても、

着てみたらかわいそうな感じ。


もはや、デザインとかよりまず「入るかどうか」になってきます。



あと、服屋の店員さんのアグレッシブなグイグイ感もまた苦手で。。

割と物事ハッキリ言えるタイプの僕ですが、

基本的に優しいので(←w)うまくかわせなかったり。




そこで良いこと思いついたんです。

それを先日服屋に行った時にやってみました。



店員さんに


「何かお探しのものとかありますかぁ?」


と言われたら、


「僕でサイズが入るものを」


と答える。


熱心な店員さんなら僕に入りそうなのを探してくれるし、

諦める人ならフェードアウトしてくれるw



大体のリアクションは、


「あー・・なるほど。。そうですね・・」


って感じになる。


さっきまでのグイグイ感が一気になくなる。

たぶん困らせてるw



でもね、

僕がそれを言う前に、


見たら分かりませんかね、デカいって。

年の差なんて

ネットのコメント欄とか書き込みとか見てると、

卒業・入学とか、クラス替えとかっていうワードをよく見かけるから、

ネット世界にはティーンの子たちがあふれてるんだな〜と感じてる今日この頃です。



ちょっと前まではネットやってる人なんてパソコンオタクくらいなもんだったのに。

今やスマホやタブレットで

どんどん若い世代も使うようになってきたんだなと実感します。



生徒さんでも10代の子たちが何人かいますが、

卒業式の話を聞いてると、卒業ソングの定番ってことで

「旅立ちの日に」

っていう曲名を当たり前のように出してくるんですよね。


当然みんな知ってる曲ですよね的な雰囲気で言ってくるんだけど、

僕らの世代はそれ知らないんだよ。。



アラフォー以上の世代の人は、学生時代には歌ってないはずです!

でも、もうちょっと下くらいの世代からは

卒業式では定番の曲みたいですよ。

誰もが知ってて当然っぽい雰囲気出してきやがりますよ奴らはw



ちなみに、若い世代の人は逆に

「仰げば尊し」

なんて知らないそうです。

これぞジェネレーションギャップってやつですね。





一昔前に、「クイズ年の差なんて」っていう番組がやってましたね。

若い世代のヤングチームと、大人世代のアダルトチームに分かれて、

それぞれの世代の常識や流行をクイズにして、

違う世代の人たちがどれだけ当てられるかっていう。



あれ、子供ながらに見ててちょっと不思議だったんですよ。

若い人たちが昔のことを知らないのは当然なわけですよね。

生まれてない、もしくは赤ちゃんくらいだったんだから。


でも、大人の人たちは、

若い世代の人たちが生きてる時代にも生きてるわけですよ。

だったら知らないってことないでしょー、

こんなの大人の方が有利じゃん、

って思ってたんです。



でも自分がいざアダルトチームの世代になってきて、

ヤングチームの分からないこと多いなと思いました。

それこそ「旅立ちの日に」なんて聞いたこともなかったし。



あ、そもそも、

「クイズ年の差なんて」

を知ってる人の方が少なくなってきたんじゃないか。。

こわいこわいw

マインドレベルが高い

4月ですね!


うちに来ている生徒さんの中には学生の生徒さんも結構いるので、

この春から新しく進学になる子も多いわけです。


中には、それを機に遠くに引っ越してしまう子もいたり、

音楽の専門学校に行ってボーカルを専攻することになった子も

複数いたりします。



家が遠くになってしまう子にしてみたら、

うちに通ってくるのは大変になるでしょう。


専門学校でボーカルを習うことになれば、

今後はそれ一本に絞ることも当然できるわけです。



だから、

この春のタイミングでやめちゃう生徒さんも多いんじゃないかな〜って

内心ちょっと思ってたんですよ。


でも、そういう環境になる生徒さんが、

4月以降も変わらずうちのレッスンに通ってくれるんですよー。

誰一人やめることなく。


そうしてでも継続して通いたいと思っていただけるのは嬉しいことだし、

身が引き締まる思いでもあります。




最近気付いたんですけどね、

うちに来てる生徒さん、マインドレベル高いんですよ。

なんでそう思ったかっていう話。



レッスン中に生徒さんに


「目からウロコです!」


って言われることがしょっちゅうあるんですね。

昨日今日の間だけでも何回言われたか分からないくらい言われましたw



気付いてみたら、

もう何年もレッスンに通って来てくれてる人に言われることもよくあります。


ちゃんと毎回何かしらの「気付き」があるようなレッスンをしたいと思っているので、

そういうリアクションがあると僕もちょっと安心しますw



もちろん僕自身も、

毎回のレッスンがマンネリ化しないように常に心掛けてはいるんですが、

長いこと通ってきている生徒さんでもまだ


「目からウロコです」


って言えるようなことが常々あるっていうのは、

生徒さん自身が常に新しい着眼点を持っているからじゃないかなと思うんです。


知りたいっていう意欲があるからこそであり、

進化し続けてるからこそ、

見えてくるものが変わってくるわけですよね。


だからこそ、僕が発するものに反応できるんですよね。




いつも思うのは、

生徒さんは熱心に毎回新しい何かをつかみたいと思ってうちに来るわけですよ。


しかもその気持ちは決して他力本願のような依存心ではなく、

本人自身が模索する中で何かしらのヒントを求めて来ている感じがします。


特にうちに通っている生徒さんはそういうタイプが多いということに気付きました。

(逆に、他力本願タイプの人はうちのレッスンは合わないと思いますw)



そんないつも「目からウロコ」っていう声が上がるなんて、

教えてる僕すげーって思うかもしれませんが、

(うん、僕もすごいんですけどw)、

いやいや生徒さんのレベルがたけーんす。


歌のレベルがどうとかそういう次元の話じゃなく、

マインドのレベルがたけーんす。

そういう生徒さんばっかりなんす。うち。



得るものは、何も歌や発声の技術だけじゃないんですよね。

色んな部分での「考え方」を得てくれることが多いんです。

やっぱり「マインド」ですよね。



僕のレッスンの一番の目的はそこなんです。


歌に限らず、

考え方でも生き方でもなんでも、その人にとって


「ベターな状態にしていって、ベストな状態を見つけていく」


っていうのが僕のやりたいこと。

なんでもいいからとにかくハッピーであってくれればいいんですよね。


だからそれを求めて来てくれてるのかなー。



うん、やっぱりみんなレベルたけーな。

だから僕もレッスンやってて楽しいんだなw

今でしょ?!

今、世間は春休みなんですね。

あちこちに学生さんがいっぱいいました。


とある飲食店に行ったら、そこにも学生がたくさん。

友達同士で数人で集まってるようなグループがいくつかある感じ。


で、大体みーんなスマホかゲームやってるんですよね。


僕みたいな古い人間からすると(っていう歳になってきちゃったなぁ・・w)

せっかく友達同士で来てるのに、

なんで個人で使うスマホとかゲームをずっといじってんの?

とか思っちゃうんですよね。



もちろん、会話もしてるんですよ。

でも基本スマホ片手。

で、ちょっと間があるとみんな下向いてスマホかゲーム。



まぁ、こういう現象自体は、そういう時代なんだな〜ってことで

受け入れようと思います。




でも、唯一理解に苦しむことがありました。



大学生風の男子3人グループで座っているテーブル。

ワイワイと話してるんですが、基本的に手にはスマホかタバコ。

ちょっと間があったかと思うと全員スマホに集中。

まぁ、ここまではよくある光景です。



他の2人がトイレか何かで席を離れたら、

1人がテーブルに残るわけです。


で、その残った1人の子が、


何もせずただボーっとしてるんですよ。



え?今でしょ?

スマホいじるタイミング、今でしょ!?


(あ、別に、ちょっと前に流行った言葉を遅れて使って一人で喜んでるような

そういう古い人間にはなってないですよ!w)



友達と話しながらもさんざんスマホいじってたのに、

1人になって手持ち無沙汰になってその時間、

むしろ一番スマホの出番なんじゃないの!?



これは分からない。。



あくまで僕個人の感覚で行くとですね、

誰かと食事に行ったら基本的に僕はスマホいじらないんです。

目の前にいる人との時間を大切にしたいから。


人様と一緒にいるのにスマホをいじるという行為を

僕は失礼だと思っているからというのもあります。

(でもこれはもしかしたら「古い」感覚なのかもしれません。)



会話の流れで「なんだっけ?調べてみよう」みたいな空気になった時だけ

取り出してネットで調べてみたりはしますけどね。



で、例えば友人が席を立って自分1人がテーブルに残ったら、

そのタイミングでメールやSNSなどをチェックしてみたりはします。



友人が戻ってきたらまたスマホはしまいます。



っていうのが、僕の感覚なんですよね。



だから、友人がいなくなって1人になった時に限って

スマホもいじらずただただボーっとしてる若い子がいたっていう現象に、

違和感ありまくりだったわけですよ。



もしかすると彼にとっては、

1人でいるふとした時間が、

むしろ唯一スマホを手放せる時間なのかもしれませんね。


感慨深いっちゅーかなんちゅーか。

朝の出来事

ふと洗面所で、

うちの洗濯機が回ってる時のモーター音が低めの「ラ」だってことに気付いた。


で、

その横で電気シェーバーでヒゲ剃ってたら、

シェーバーのモーター音が「ド」の音だった。


それならと、

僕はその3度上の「ミ」の音でンーってハミングしながらヒゲ剃ってみた。



わーい、「Am」のコードになった〜。



って、

洗濯機の横でヒゲ剃りつつハミングして暗ーい和音を奏でながら一人で喜んでる平和な僕ですおはようございます。

どう受け取るかは自由

先日、海外ドラマを見ていたら、「お!」と思う発言がありました。

男女が言い合っているシーンで、



女性:「あの時、私はあなたにこう言われたことが(ショックで)忘れられない」

男性:「そんなつもりで言ったんじゃないんだけど・・」

女性:「分かってるけど、発言をどう受け取るかは聞き手の自由でしょ」



と。

この会話に重要なポイントがあるんですよ。


「発言をどう受け取るかは聞き手の自由」


ってやつです。


このセリフは英語では、


「When we say stuff, we can't decide how people are gonna take it.」


と言ってました。

これを直訳すると、


「私たちが何かものを言う時に、人がそれをどう受け取るかを決めることはできない」


となります。



そうなんですよ。

人の感じ方や受け取り方って、人それぞれ様々なんですよね。

その時に沸き起こった感情がまぎれもない事実であり、素直な心の動きなんです。



要は、誰かの言動、何かしらの事象や物に対して

それをどう感じるかはその人によって違うってこと。


人によって違うってことは、「どう感じるのが正しい」ということはないってこと。

どう感じるのも自由なんですよね。



例えば、

何かの曲を聴いた時に、

「良い!」とか「好き!」と思う人もいれば、

「こういう曲苦手」とか「ありきたり」とか思う人もいるだろうし、

なんとも思わない人もいるかもしれない。



何かの生き物を見た時に、

「かわいい!」と思う人もいれば、「怖い」とか「気持ち悪い」と思う人もいたり、

興味がなくてなんとも思わない人もいるかもしれない。



何かの食べ物を食べた時に、

「おいしい!」と感じる人もいれば、「まずい」とか「苦手」と感じる人もいたり、

可もなく不可もなく・・ってなんとも思わない人もいるかもしれない。



人から「肌がきれいですね」と言われて、

「嬉しい!」と思う人もいれば、「セクハラだ」とか「何こいつキモい」とか思う人もいたり、

「だからなに?」くらいになんとも思わない人もいるかもしれない。



ということは、


この曲を聴いたらみんなこう感じるはず(べき)

この生き物を見たらみんなこう感じるはず(べき)

この食べ物を食べたらみんなこう感じるはず(べき)

こう言われたらみんなこう感じるはず(べき)


っていう共通した(固定された)観念はないってことです。



言動、事象、物には全員合致で「こうである」って決まったものがないわけだから、

全ては受け取る側にそれぞれ起きてる現象。

言ってしまえば、受け取る側の問題であり、受け取る側の自由なんですよね。



もちろん、

「こういうものにはこう感じる人が多い」

ということはあると思います。


でもそれは単に「多数派である」という事実でしかないんです。

「多数派=世の中の正解」ということではないし、

少数派ではいけないってこともないわけです。



何かの分野によっては、

多数派の意見を数の論理的にあえて「正解」と定めることはあるかもしれませんが、

世の中の全ての事柄において「多数=正解」というわけではないです。


相対的に定められた「正解」はあっても、

絶対的な「正解」はないってことです。



そう考えると、苦しいことが少し減るんですよ。


誰が悪い、誰がおかしいっていうことじゃないから、

自分を責める必要もなければ、

相手や何かに対して憤る必要もない。


こういう現象が起きたという事実と、

どういう感情になったのかという事実。

そこに絶対的な関係性はないんです。


あくまでも、

「こういう時に自分は(相手は)こう感じるんだな」

と、起きたことを一つの事実として受け入れて、

起きた現象と、それに対して自分(相手)に起きた感情を

いったん分離して考えるとちょっと落ち着けるんです。



あとは、自分がどうしたいか。


we can't decide how people are gonna take it.

要は、相手を全て自分の思い通りにコントロールすることはできないし、

相手のことはそれもまたその人自身の自由なので、

無理に相手を変えようとするのではなく、

自分が取りたい行動を取ればいいわけです。



相手にどうしてほしいということがある場合は、

「自分はこうだと嬉しい、こうだと悲しい、こうだと助かる」

って、あくまでも自分側の問題(現象)として伝えると、

相手を否定しているわけではないので角が立ちにくいです。

花粉症が軽くなった

花粉症のシーズン真っ只中ですねー。

生徒さんも結構辛そうな人が多いです。

僕も例にもれず花粉症持ちなんですが、今年はほとんど症状が出ないんです。


これまでひどい時は、朝起きた時に目やにで目が開かなくなるくらい、

くしゃみ連発、下向けば鼻垂れる・・っていうくらいでした。


それが今年は、ちょっとだけ目がかゆくなったりはするけど、

くしゃみ鼻水、ほとんど出ないです。

薬は何も飲んでません。

気になった時に目薬するくらいで。


一昨年までは花粉症対策で薬を飲んでたので、

そのおかげもあって症状は割と抑えられてたんですが

(それでもそこそこ症状は出てましたが)、

去年なんとなくその薬飲むのやめてみたんです。

そしたら、薬飲まなくても症状出ないんですよね。


だから去年から飲んでません。今年も。

それでも全然大丈夫。

なんなら、薬飲んでた頃より軽い。

どうしたんだろw



で、生徒さんにもよく聞かれるんですよ。

花粉症持ってるのになんでそんなにケロっとしてるのかと。

何か対策をしてるのかと。

いや〜、これといってしてないんですよねー。



でも思い当たる節はあるんです。


花粉症って、結局免疫力が下がると症状が出やすくなるって聞きました。

だからたぶん僕、免疫力めっちゃ高いんです。

風邪も全然ひかないし。基本体調崩さないので。


数年前までは、冬のシーズンは少し体調おかしくすることがあったんですね。

ちょっと鼻かぜっぽくなったり、ノド壊して声がおかしくなったり。


でも、去年くらいからそれすら今のところほぼ無いです。

(ちなみに熱出したり寝込んだりっていうのは、もう10年くらいないです。)



でね、

じゃあなんで免疫力が高いのかと。


たぶん、やりたいことしかやってないからだと思います。

ここ数年は特にそんなことを意識してるわけですが、

それと並行して体調が崩れないので、たぶんそれかと。


そしたら免疫力上がったんじゃないかな。

だから花粉症も大丈夫なんじゃないかな。

・・と勝手に思ってます。



そんな話を生徒さんにしても、

「それは先生だからできるんですよ」

「やりたいことばっかりなんてできないです」

「やりたくないこともやらなきゃいけないことが多いです」

って言うんですよ。


分かる、分かるよー。言いたいことは。

僕も生まれつきずっとこういう生き方してたわけではないので。


でも僕がここ数年で発見したことは、

「そう思ってるからそうなる」

ってことです。


「そんなことできないです」

って思ってるからできない生き方になるんです。


本人がそれを望んでるから、お望み通りになってるわけ。

望んでないなら、「できない」じゃなくて、

「できる」と思っちゃいなよ、

YOUやっちゃいなよ、

って話なんです。


環境的に、物理的に、そうできるかできないかじゃなくて、

そうする選択肢を自分が選べるかどうか。

(そのための勇気は必要だけどね。)



確かに僕は自営業だから、仕事に関して言えばある程度自由度は高いかもしれないです。

でも、思えば僕も会社員やらで雇われて働いてた時期もありまして、

それでもまー色々とやりたいことやらせていただいてましたね。


他の社員から、

「社長に対して直接『ヤダ』って言った人初めて見ました…!」

って驚かれたこともあったし(笑)。

やりたくないこと、納得できてないことは、

どんなにお偉い上の人に対してでも「No」って言ってたんですねー。

(それでも嫌なことも無理して頑張ってやってましたよ、当時は。今よりは。)



だから、

「そんなの怖くてできない」

のであれば、それも怖くない方を優先して(望んで)した行動の結果なので

お望み通りってこと。



ちなみに、そういう「怖くてできない」人のために、

自分の体や心を労わるためには何かしらの理由、言い訳、大義名分が必要だから、

体調不良というありがたい裏付け(手段)が出てくるんだと思ってます。

「体調壊しちゃったんだからしょうがない」って堂々とできるし、

周りからも「それじゃしょうがないね」って認めてもらえるから。



今のところ僕にはそういう大義名分が必要なくなってきたので、

(体調がどうであれやりたくなければやらないので)、

体調崩さなくなったんだと思います。

無理してないから。



よく体調崩すと、

「無理が祟ったんだよ」

とか

「無理しないでね」

とか言いますよね。


それよそれ。

裏を返せばそれって、

「無理しなければ大丈夫」

ってことでしょ。


無理しないってことは、

やりたくないことはやらないってこと。

ほら、やっぱりそこじゃん。


だからそうすれば花粉症の症状も軽くなるよって話。

まぁ、あくまで僕個人の意見ですがw
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