2009年08月27日

ハムとの別れ 2

3週間以上のロケから帰って、恐る恐る冷蔵庫を開けると、ありました、茶色くドロドロになった野菜サラダが。

出かける前日、冷蔵庫の野菜を全部食べてしまおうと、レタスサラダを作り、実家から送られてきたボンレスハムを豪華に厚切りして散りばめたのだが、やはり多すぎて、ドンブリ一杯残ってしまった。
それをタッパに詰めてロケに持って行こうかと考えながら寝たのであるが、翌朝、目覚ましで起きたにもかかわらず、たるんで二度寝してしまい「ウワッ!遅刻だ!」。慌てて飛び出てしまったので、サラダのことなどすっかり忘れていた。

袋状にした新聞紙に元サラダを流し込み、更にビニール袋に入れて捨てた。
しかし、冷蔵庫にはほとんど減っていないボンレスハムが…。これは食べられないものだろうか。よく見ると、表面はブニョブニョになって茶色に変色している。その部分を包丁で切り落とし、厚切りにして周りも削り取り、ブラックペッパーを振り掛けて焼き、粒々マスタードを塗った食パンに挟んで食べた。ちょっと本来の味と違うけど、始めからそういうもんだと思えば、まあいいか。

でも、というか、やはり、というか、数時間後に下痢をした。腹痛は無かったから、気のせいだったかもしれないな。しかし、残りのハムとは サヨナラしよう。今日は三浦友和さん主催の中打ち上げだし。
    • 0 Comment |
    • 0 Trackback |
2009年08月26日

怒涛のラストスパート 4

『死にゆく妻との旅路(仮題)』の夏篇撮影も残り僅かとなり、行動は俄かにハゲシクなった。

8月21日、氷見漁港は最後の撮影。
ワケアリで家に帰れない三浦友和さんと石田ゆり子さんは、漁港の片隅に停めたボンゴの中で生活しているのだ。
その昼食はまたしても出現した恐怖の巾着餅味噌汁煮込み!当のケイタリングくんは悪びれた様子も無く「♪もちきん、♪もちきん」と陽気にはしゃいでいる。さすがに僕は遠慮して汁だけもらった。しかしこれがスッゴク辛い!「身体に悪いものばかり出るわよねー」と石田さんは穏やかだったが、僕は「味噌汁辛過ぎるよ!巾着餅なんか食べたくねえ!野菜出せ!」とイカってしまった。

夜は氷見市からの差し入れで、豪華な割烹弁当。氷見牛照り焼き、つくね、野菜煮物、松茸ご飯…、どれも深ーい味わいがあり、僕たちはゆっくり噛み締めて食した。一緒に出された卵野菜スープも素晴しく美味しく、さすが割烹!と思ったら、これは制作部山本礼二くんが作ったのだということを後から知った。もちきんケイタは何だったんだろう。挨拶も無く、東京に帰ったそうだ。

22日は氷見最終日。
朝から町の縫製工場で回想シーンの撮影。とろろ昆布と海苔を巻いたオニギリ、美味しい味噌汁を工場で出しくれた。このロケ一番の豪華な朝食かも。
石田ゆり子さんの若い頃を『サンシャインデイズ』の西原亜希さんが演じた。僕が「似ている」と言ったことがキャスティングの原因となったそうだ。自分では全く忘れていたけど、塙監督が「似ている」と言ってくれて助かった。
昼も市からの差し入れ弁当で、アパートを借りて回想シーン。
このアパートのオーナーはちょっと危なそうに見えるオジサンだが、撮影隊が無料で泊まれる施設を造るのが夢だと言っていた。
それが終わると氷見市民病院に移動して、赤ちゃんに沙織と名付けるシーン。赤ちゃんの機嫌が良かったので助かった!

これで夏の氷見ロケは終了、一行は鳥取へと向かう。が、実景班は機材車とボンゴで神戸に向かった。夜の神戸ポートタワーをボンゴから撮影して鳥取のホテルに入ったのは午前2時!

23日は4時半に出発!鳥取砂丘で撮影。小高い丘に5尺イントレを立て、日の出を待つ。5時半頃、雲の割れ目から朝陽が射し、砂丘が美しく浮かび上がるが、二人の俳優さんに向かって自分の長ーい影が出てしまった。「どうしよう、どうしよう」と慌てふためいている間に太陽は再び雲の中へ。太陽待ち。待っている間に陽も高くなるから影問題も解決するだろうと思っていたら、早くも長蛇の観光客がロングに現れた!「ウワッ!あれが画面に入る前に撮らなければ!」と太陽を諦め、曇りで撮影。その後、ドアウェイドリーなど使って数カット撮影したが、太陽が出ることは無かった。太陽が出たら出たで、光線はどんどん変化するから、また別の苦しさがあったはず。この映画は曇りこそ相応しいのだ。シナリオ上は雨設定だったし。

で、僕たちは自棄になることも無く姫路に移動。
フィルムコミッションの助けで、姫路城敷地内もスムーズに撮影。見物人から急遽募集して通行人をやってもらった。
ここで台湾から来た龍くん演じる写真屋さんが記念写真の勧誘をする。その彼が持っているカメラはCanon EOS-1Dsという最高級のデジタル一眼レフカメラだ。わざわざキヤノンが送ってくれたものだが、数秒しか登場しなかった。すみません、キヤノンさん。
昼食は撮影でご迷惑をかけた食堂で、ほぼ全員がカツカレー。食べるとすぐに明石に移動。

明石に着くとすでに陽は西に傾き、ボンゴの後部ドアを跳ね上げて、レール2本の移動撮影。西陽がピカッ、ピカッと画面に入ってきていい感じだった。

終わると静岡県清水まで行って宿泊。この日も2時。

24日の朝はホテルの朝食バイキング。久しぶりに普通のサラダが美味しかった。スタッフと「恐怖のケイタリングは野菜が…」なんて話してたそこに「お早うございます!」と入ってきたのが「もちきんのケイタ」!ナンナンダ、このタイミングは!
で、昼食は昨日も食したカツカレー!
いちご街道、三保の松原、ヨットハーバーで撮影し、夜は清水駅前で雨降らし。消防車1台と水道栓からのホース。地方では消防署が雨降らしに協力してくれることが多い。しかし、それが専門職ではないので、上手いとは言い難く、細かく具体的に指導しないと良い雨は降らないのだ。びしょ濡れになった。

夕食は夜目にも貧しいケイタリング弁当。しかも数が足りない。足りない分はプロデューサーが買ってきたのだが、そっちの方がずいぶんと豪華に見えた。

25日、いよいよ最終日。清水を出発し、甲府駅前に移動。友和さんがホームレスを見るシーン。これは予てからウチトラ(スタッフがエキストラ出演すること)が予定されていたのだが、それに相応しい人に拒否されたため、フィルムコミッションの協力を仰いだ。

昼食はゆり子さんオゴリのうなぎ弁当!幸せ〜。

午後はボンゴを暴走させる山道を探して撮影し、終わると陽が暮れていた。山の中の湖畔で冬の再会を誓ってお疲れ乾杯!

富山、石川、福井、鳥取、岡山、兵庫、静岡、山梨…。4000キロを超える旅であった。思えばこのロケは差し入れに支えられていた気がする。そもそもケイタリングの米2俵からして、地元出身プロデューサーの実家からの差し入れだったのだから。ありがたや。
    • 0 Comment |
    • 0 Trackback |
2009年08月19日

差し入れの日々、氷見カレー 2

金沢から宿泊地を氷見に移して、昨日は撮影始まって二度目の撮休!と言っても、撮影部と少数のスタッフはボンゴの走りの実景撮りに出発。

富山県滑川で、悪天候のため撮りこぼしていた○田○○子さんのアパートの窓から見た目の景色。そして石川県小松市に移動して、ボンゴのタイヤなめの走り実景撮影。そして福井県三国海岸に移動。高台から海岸線を走ってくるボンゴを撮影。しかし、乗っているはずの○浦○○さんと○○ゆ○○さんはお休みなので、スタッフがスタンドインをやらなければならない。と思って見回しても、三○○○さんに似ているのは私メしかいないので、カメラを助手君に任せてハンドルを握る。隣には石○○○○さんといい勝負の美人プロデューサー○木○○さん。

それが済むとまた石川県に戻って東尋坊の夕陽を撮影。ラストカットに使用する予定。そして暮れなずんでゆく道をボンゴの車内から撮影しながら氷見に戻る。

氷見という町は、町をあげて撮影に協力的で、今日は夕食に氷見牛カレーを直径50センチの大鍋2杯、差し入れしてくれた。これは、氷見牛カレー研究会というのがあるそうで、数日前から差し入れの申し出があったのだ。ならば、我がケイタリング君には、日ごろ野菜不足なので、サラダでも作ってもらおうとリクエストしたのだけど、出てきたのは味噌汁!カレーに味噌汁!夜の浜辺で受け取ると、モッコリ膨らんでいるのだ味噌汁が!ヨッコラセとスプーンで持ち上げてかじると、それはアブラゲに餅が入ったいわゆる巾着餅!味噌汁というよりは巾着餅の味噌煮込みだ!

今日の夕食に並んだ差し入れはそのほかに、トマト、きゅうり、きゅうりにつける味噌、いわしの缶詰、瓜の奈良漬、卵豆腐などなど。○○○和さんと石○○り○さんからは毎日のようにお菓子。昼間は近所の島尾海浜植物園からジュース類。制作部からは向かいのお店で100円かき氷食べ放題!

肝心の氷見牛カレーの味はどうだったんだ?

大鍋カレーの差し入れで思い出したのは、20年前、戸井十月監督の『風の国』の山の中のロケで、弁当に飽きたスタッフに出されたのが○○友○さんが持ってきた大鍋のカレー。スタッフは当然「ウワッ!○も○ちゃんが作ったカレーだ!」と小躍りして喜んだ。で、○和さんが「僕が作りましたァ」 で、スタッフが「あ・・・・そうなの」
でも、美味しかったです。

    • 2 Comment |
    • 0 Trackback |
2009年08月13日

快調!北陸ロケ 4

金沢にやって来て10日、撮影が始まってから6日、明日はやっと撮休になる。
クランクインしてからずっと異常気象に祟られ、雨の合間をかいくぐっての撮影をスケジュール通りに進めている。

連日朝5時から7時の間にホテル金沢を出発し、帰ってくるのは22時ころ。唯一のエネルギー補給源でもあり楽しみである食事は『真夏の夜の夢』に劣るとも勝らない粗食ケイタリング。

主役の○○友○さんの発案で、一昨日は昨日の分のナイターも撮影した。そのため、昨日は久しぶりに夕方、撮影が終わった。そこで、香林坊にあるマイバンクの支店に駆け込み、この映画の今月分のギャラの入金を確認をし、女房に生活費を振り込み、遅れていた先月分の家賃を振り込んだ。やはり、今月分までは無理だった。比較テスト撮影用にクレジットカードで購入したLEICA D VARIO-ELMARITの代金が引き落とされていたもんで…。今回はHMC155で撮影することになったので、このPanasonic LUMIX GH1用の10数万円もするズームレンズが無用の長物になってしまった。

ちょうど昨日、フジフィルム取り扱い会社のTさんが金沢まで遊びに来てくれた。フィルムを使ってないのに! 目的は僕達にご馳走してくれるためなのだ。仙台にも来てくれたし、伊是名島にも来てくれた。

で、それならば、初日に滑川のアパートで出演してくれた田島令子さんが「金沢だったらここがいいわよ」とメモまでくれたお店に連れて行ってもらうことにした。Tさんが予約を入れると、そこはおでんのお店であることが分かった。
タクシーに分乗して行くと、その「三幸」というお店は香林坊の犀川の近くの、かなり分かりにくい雑居ビルの奥にあった。知らずに来たら、絶対に入らないだろうと思う佇まいだ。
「田島令子さんの紹介で…」と告げると「やっぱりそうだったんだ。田島さんから映画のスタッフが行くはずだからという電話がありまして…」と喜ぶ女将。わざわざ電話を入れてくれるという気の遣いように感動!

10人ほどのカウンターに座ろうとすると「お座敷へ」と言われて襖を開ける。と、もう、そこにはおでんの鍋が。そして、カウンターに並んでいる大皿料理を次々に注文すると、瞬く間に御膳が料理でいっぱいになってしまった。どれもこれもが美味しくて、僕達はドトーの如く食べて、呑んだ。ここのおでんは鶏がらで出汁をとってあるそうで、スープだけ飲んでもすごく美味しい。夏におでんか?と思うでしょうが、これがなかなかいいんですよ。女将が「いいちこ」を1本サービスしてくれた。

もう、これ以上は食べられません状態の幸せ感に浸っていると「もう一軒、場末のスナックに行きたいんですが」とTさんが言う。女将が紹介してくれたお店だけど、僕は限界だったので、先に帰してもらうことにした。路地からバス通りに出ようとすると、お腹がパンパンになっていることにビックリした。うわっ!これでバスで帰ってホテルでバッタンと倒れたら、全部皮下脂肪になってしまう!

で、駅前のホテルまで2km、歩いて帰りました。

で、今日もTさんのありがたさを実感するケイタリングでした。


    • 0 Comment |
    • 0 Trackback |
2009年08月06日

『プライド』DVDデラックス版発売 5

昨年撮影した金子修介監督の映画『プライド』のDVDデラックス版が発売となった。

この映画はオペラ留学を目指す音大生ステファニーと満島ひかりが熾烈なタタカイを繰り広げる話なので、当然、二人がオペラを歌うシーンがある。
当初、金子監督は二人を3ヶ月間特訓し、本人にオペラを歌わせて、それをこの映画の「売り」にしようと考えた。ところが、本人は半分覚悟をしたものの、この計画に全ての関係者が反対した。「そんな甘いもんやおまへん!」と。
ポピュラー歌手であるステファニーは、もしかしたら歌えるようになるかもしれない。しかし、発声法が全く違うので、歌えるようになったら、今度はポピュラーが歌えなくなってしまうだろうと。

オペラコンクールで落ちていく歌手は本当に何年も練習している学生なのだから、3ヶ月練習した主役がそれ以下だったら、優勝しても映画のリアリティーが無いでしょう。プロの吹き替えだったら、声質の違いはあるかもしれないけど、発声法が違うのだから、ちょっと違って聞こえても許されるんじゃないか。『サウンド・オブ・ミュージック』のジュリー・アンドリュースだって吹き替えなんだから。

撮影中にも感じたことだけど、もちろん、映画を観てもらえれば分かることだけど、二人がステージで堂々と歌っている姿には「本物」を見る感動があるのだ。その大きな要因は「振り付け」の指導が良かったことにある。

『プライド』のピンチヒッター撮影を依頼されたとき、上野中学の同級生で、ポスターを撮ってあげたこともある青木美稚子というプロのオペラ歌手がいるので、プロダクションに紹介してあげようかとも思った。でもまあ、プロダクションだって当然、そういう人を手配しているだろうからと思い、僕は遠慮した。
そしたらドーヨ、撮影の日に現れたその人は、青木美稚子だったのである!ということは、もしかすると僕と同い年?絶対そうは見えない!ウッソー!ナンダ、この差は!
彼女の振り付け指導があってこそ、あのシーンは感動モノになったのである。

2ヶ月ほど前、青木さんからコンサートの招待状が来て、久しぶりに毎日その前を通った上野の東京文化会館に行った。
エスカレーターに乗ると、戸井十月さんから電話がかかった。「はい、高間です」と答えると、すぐ前の和服を着た旦那が振り返った。それは浅草三社祭を取り仕切る内田君だ。若い奥さんを連れている。
小ホールに入ると、同期会で会う顔が何人もいる。後ろの方には料理評論家の山本益博さん。在学中は顔を見た覚えがなかった。ベビーブームで1学年14クラスもあったからね。今回のコンサートの衣装は奥さんのデザインだそうだ。

終わって、上野駅下のイタメシ屋で打ち上げ。僕の隣には坂田明さん。この方は同期生ではありませんが、青木さんと一緒に活動したこともあるそうです。
「山本くーん、美味しいお店で同期会しようよ」と婦人部が言うと、「ウン、それじゃ京橋のサカキで」ということで、後日、フィルムセンターの向かいのレストランでフレンチグルメの同期会となったのであります。

持つべきものは友達だなあ…と改めて感じ入っていると、某国営放送の「言葉のおじさん」も同期生なんだって!
    • 4 Comment |
    • 0 Trackback |
2009年08月05日

『春との旅』の初号と次のロケ 3

4月に撮影した小林政広監督の『春との旅』が完成し、7月31日、東映ラボテックで初号試写が行なわれた。
出演者の仲代達矢、淡島千景、徳永えり、美保純、戸田菜穂さんたちも、ほとんどのスタッフも、初めてフィルムとなったこの作品を見たのであった。2時間13分は誰も長いと感じなかった。
試写室を出た仲代さん、淡島さんはスタッフに握手をして回っていた。

1日は土曜だったけど、翌日には塙幸成監督作品の金沢ロケに出るため、いろいろ支払いを済ませておかなくてはならないので、駅の側にある銀行に行った。ところが、期待していた大口の入金がなく、滞納している家賃も別居中の妻の生活費も2ヶ月連続振り込むことができなかった。『春との旅』以来、3ヶ月間、ほとんど無収入なのだからどうしようもない。

絶望的な気分でとぼとぼと歩いていると、正面から「こんにちわーーー」という明るい女性の声が!見上げると、チョー美人が笑顔で近寄ってくる。「ウッ、まずい!何の勧誘か?」と身構えるが、よく見てみると昨日も会った仲代さんのお付きをしていた長尾奈奈さん。ホテルの受付役で出演もした。この近くに無名塾の稽古場があるそうだ。
奈奈さん曰く「仲代が自分で自分の演技を見て泣いたのは初めてだと言ってました」

3週間ほど留守にするので、冷蔵庫のものを食べておかなければならない。で、レタスをサラダにしたら、どんぶり山盛になってしまった。食べても食べても、どんぶり平ら盛にしかならない。どうしよう。タッパに入れて持って行こうか。というようなことを考えて寝て、目が覚めたら新宿出発時刻の30分前!
ウワーーー遅刻だーーー!!!
サラダを持って行くどころの騒ぎではない。

あ〜〜〜、今ごろどうしているだろうか、サラダくん。
    • 0 Comment |
    • 0 Trackback |