2009年09月29日

大変なことになってきた! 4

こんなホームページが出ている。プロダクション・デザイナーだって!

http://www.todayisthedaymovie.com/Today_is_the_Day/News/Entries/2009/9/26_Production_Designer_Made_In_Japan__Kenji.html
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2009年09月20日

『南国料理人』じゃなかった 3

『南極料理人』を観てはいけない。お腹がすいているときにね。
南極では本当にこんな豪華な食事をしているの?
唾液が口の中に溜まってきて、何度もゴクリと飲み込まなければならなかった。
高級旅館のような料理、伊勢海老のエビフライ、巨大なローストビーフ、蟹の食べ放題…。そして行き着く果ての究極の感動料理がラーメン!だったという料理人の心境や如何に!ラストの後味も良かったです。堺雅人を連れてロケに行きたい!

この作品の撮影監督は芦澤明子くん。『60歳のラブレター』に続く快挙だが、こんなの撮っているなんて一言も言わないんだもんナー。
彼女は『みすず』あたりから急速に上手くなった。大器晩成というんだろうか。『火星のわが家』なんかは、まあ普通で、特にどうということもなかったが、そのころ、全国に消えゆく木造校舎を探し歩き、「木造校舎の思い出」関東編、近畿・中国編の2冊の写真集を出した。
僕が『遠くへ行きたい』で連れて行ったのがキッカケになっていると思うのだけど、本人はそうは言っていない。他のことがキッカケだと書いている。とにかく、教育委員会などに電話をかけ、木造校舎の有無を取材し、車の免許がないから、列車とタクシーを乗り継いで撮影に行ったと、やっとのことで聞き出した。彼女ほど、自慢話しをしない人も珍しい。そういう人柄が黒沢清監督や五十嵐匠監督はじめ、多くの監督の指名を受けることにつながっていると思う。

そう言えば『守ってあげたい!』という映画もあったな、と思いながらアカデミー外国語映画賞日本代表に選出された『誰も守ってくれない』を思い出した。単なる語呂合わせだけど。

先日、ポン・ジュノ監督の『母なる証明』試写を観ようと、表参道で銀座線に乗り換え、空席を探してウロウロしているとポンと肩を叩かれた。振り返ると、8月に撮影していた『妻旅(仮題)』のシナリオライター山田耕大さん。
「どこに行くの?」
「し、試写です」と『母なる証明』の試写状を見せると
「あ、僕も行こう」と言って試写状をポケットに入れ、次の駅で降りてしまった。

映画美学校の試写室には、止む無く顔パスで入った。いや、もう少しでドアを入ろうというところで名前を呼ばれた。ムム、うるさい奴が現れたかと振り向くと助監督のジョンくん。『ロード88』のロケでとろろうどんが食べられなかった韓国人青年だ。ポン・ジュノ監督の助監督をしたり、ナンチャッテ監督をしていると言っていた。頑張って欲しいな。

パンフによると、この『母なる証明』がアカデミー外国映画賞の韓国代表に選出されたそうだ。うーん、そーかー、この作品が我らの『誰も守ってくれない』とハリウッドで対決するのか。どっちが強いかなー、微妙なところだなー。『誰も…』の方がスピード感もあるし、現代的な問題意識もあるから外国語映画賞に強いと思うし、『母なる』は特殊な環境であることがグローバル性を欠くとも言えるけれど、いい味出しているからなぁー。
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2009年09月17日

カレーが白い! 1

ステンレス鍋の蓋を取った。二日前のチキンカレーの表面がなんだか白い。昨日の朝はバタートーストにのせて食べたのだけど、とても美味しかった。なのに、匂いを嗅いでみても昨日とは違う。
秋になったと思って油断したのがいけなかった。黴がはえたらしい。即、また、新聞紙の袋へ。

このチキンカレーの作り方は30年ほど前、『銀花』の仕事で吉岡康弘の助手として、京都に住む陶芸家・下村良之助さんの家に行ったとき御馳走になって、作り方を教わったのだ。下村さんはインドに行ったとき覚えたのだそうだ。

材料は、骨付き鶏肉、玉葱、バター、カレー粉のみ。
薄切りした玉葱を狐色になるまでバターで炒める。別のフライパンで鶏肉を骨付きのままカレー粉を入れて炒める。それを玉葱の鍋に移し、水を足して煮込む。それだけなのに、今まで食べてきたどのカレーよりも美味かった。

その調理法を真似して、僕も何回も作った。自信が無いのでカレー粉だけでなく、市販のカレールーも入れてしまう。鶏肉をカレー粉で炒めるとき、みじん切りしたニンニクと生姜も入れる。煮込むときにはローリエも入れる。グローブも入れる。シナモンも入れる。

今、ちょうど天山山脈を越えている戸井十月さんとオーストラリア一周に行ったとき、砂漠を横断中、僕がカレーを作ることになったのだけど、戸井さんが「ジャガイモとニンジンが入ってなきゃカレーじゃない!」と言い出し、僕が「絶対に入れない!」と反対して険悪な雰囲気になった。
僕はみんなの多数決を採り、「入れない票」を勝ち取ったのだけど、それでも戸井さんは納得せず、妥協してニンジンだけ入れたのだった。
戸井さんはこの事件がひどく印象的だったらしく、あれから10年過ぎても、『わたしが子どもだったころ』のロケで、まだこのカレー事件を話題にしていた。

カレーは1日2日置いた方が美味くなるのに黴させてしまって、返すがえすも残念だ!そんなことならダイエットを考えず、腹いっぱい食べておくんだった。嗚呼…。
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2009年09月02日

DVD三昧の日々 3

ドトーのロケから戻って1週間、だらだらとDVDを鑑賞して過ごしている。その合間にキッチンに立つ。

深鍋にお湯を沸かして塩を入れ、スパゲティを茹でる。ニンニク3片を薄切りにして少量のオリーブオイルで煮る。去年、タイでもらった鷹の爪3本の種を除いて、同じフライパンに入れる。本来はこれだけでもペペロンチーノなのだが、昨日のJSC懇話会も粗食だったので、冷凍してあったベーコンも入れたりしていると尿意が我慢できなくなり、トイレに入る。
「あ〜、そろそろ塙監督にも電話を入れないとナァ…。ラッシュも見たいし」と思いながら出てくると携帯が振動している。塙監督からだった!

時々こういうことがある。「虫の知らせ」というか「テレパシー」というか。
昨日、HDDを受け取ってMacに取り込みを始めたのだと言う。来年冬の撮影も残っているし、編集時間はたっぷりあるから慌てていないのだろう。それより主な用件は、ロケ中にちょっと話題になっていた、お互いの共通の知り合いの某有名プロデューサーとの飲み会の日取りの打診だった。

もう何年前になるだろう。『南極物語』『敦煌』のカメラマン、椎塚彰さんから電話があり「仕事がダブってしまったから、俺の替わりに雪の実景撮りに行ってくれ」と頼まれた。それで、そのプロデューサーの弟さんの勤める日産の営業所で4WDを借り、撮影助手と蔵原惟繕監督を乗せて富山県八尾町に行った。
宿で休んでいるとチラチラと雪が降ってきたので、二人の助手と取り敢えずという気持ちで町の実景を撮影した。雪はすぐに止んだので宿に戻ると、まだ監督とプロデューサーは寝ていたのだが、それっきり二度と雪は降らなかった。

IMAGICAでのラッシュには椎塚さんも来てくれた。主役は北大路欣也さんと高橋惠子さんだと言われていたが、なぜか本編の撮影に入れず、椎塚さんはアルメンドロスの後を追うように亡くなってしまったのだ。
葬式のとき、「椎塚さんの弔い合戦やろうな!」と言ってくれた蔵原監督も、それが果たせないうちに永い旅に出たのだった。

さて、またDVDに戻らなければならないが、これはただ好きで観ているのではない。某機関から、私が劇場で観ていない分の20枚の邦画が送られて来ているのだ。観ている邦画は撮影した作品も含めて5本しかないのだから、如何に邦画を観ていないかの証拠みたいなものだ。この中から、某国の某○○○○ー賞の某部門に送り出す作品を1本決めなければならない。

ここ数十年(はオーバーかな)送っても送ってもノミネートにすら引っ掛からなった。数年前やっと『たそがれ清兵衛』がノミネートされただけだ。3年前、これなら同賞に受けると思った『フラガール』もダメ。2年前、ならば絶対的に良い作品をと思った『それでもボクはやってない』もダメ。やっと去年『おくりびと』がノミネートされ、やれやれと思っていたら同賞を獲得してしまった。本当に嬉しかった。
この作品は予備知識無くDVDを観て(予備知識が無いということが如何に普段サボっているかという証しなのだが)ファーストカットから面白かった。「ナンナンダ、これは!タダモノではない!」と思わせる画に惹きつけられた。

某映画大国の映画はみんな、ファーストカットに工夫を凝らしている。始めにガツンと観客の心を奪わなければならない。それに比べると、今見ている映画は「始めは退屈かもしれないけれど、そのうち面白くなりますよ」的なものが多いので、映画祭には向かない。世界の映画祭では、最初の5分で、観客はどんどん出て行ってしまうのである。また、そういう映画は、最後まで観ていても面白くならないことが多いのである。それにしても外人相手に『○り○カ○誌』は無理でしょう?
でも『○も○っ○く○ない』なんかは最初から最後まで、意外と面白かったですよ。
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