2010年06月16日

恐るべき空白 2

全ての仕事が片付いて、何もすることがない、空白の日々を送っている。

10日前まではCMのロケで忙しかった。去年11月に撮影したカラオケマシンのローカルCMの続きで、今回は山形、小倉、和歌山、奈良、大阪、滋賀、京都、神戸を回った。各地で最高に美味いものを食べ歩くことができたのは前回と同じだが、今回は機材のトラブルが多かったのが反省点だ。

このCMは連日各県1店舗のクラブやスナックと周辺の街角できれいなオネーサンを撮影し、その県だけでオンエアするというローバジェット撮影なので、プロの技術スタッフは僕と照明の上保さんだけ。それぞれ自分の機材を持って行く。録音担当は制作のI川君で、ガンマイクとミキサーを借りてきた。「歌おうよ!」と叫ぶオネーサンの声をガンマイクからミキサーを通して僕のPanasonic HMC155に入れる。彼は機材車の運転もしなければならない。前回の制作のW辺君が今回はディレクターに昇格した。

9インチのモニターはいつも便宜を図ってくれるスタジオDUから無料で借りてきた。前回は撮影助手のK村君が準備してくれたのだが、今回は自分でやった。それが間違いの元だった。
明日早朝出発のために、一応チェックをしてみようとしたら、カメラから伸びるケーブルとモニターのジャックが合わずに接続できない。K村君に電話しても留守電になっている。もう1人の撮影助手F屋君は撮影中だ。万策尽きて夜中の1時半、W辺君をたたき起こして「もしかするとモニターは使えないかもしれない」と、とんでもない電話をした。

持ち前の面倒くさがりがこういう準備の悪さという結果になっているのだ。自分を呪いつつ寝床に着くとF屋君から電話が来た。「早朝に撮影が終わる見込みですから、間に合ったら家に帰って、変換ジャックを持って届けに行きます」。地獄に仏だ!
朝6時に近くのコンビニで待ち合わせ、変換ジャックと予備のケーブルを受け取り、おまけに渋谷駅まで送ってくれた。

山形の現場で、いざケーブルを接続するとモニターの映像が横に滲むのだ。さーて困った。いつもは助手任せだから、機械的な知識は全く進歩がない。そこにK村君から電話。「なにか電話もらったそうで…」。今ごろ電話かよと思ったけれど、これ幸いと現状のトラブルを話すと「ケーブル代えてみたらどうですか」。そこで1本あったカメラから途中のDジャックまでのケーブルを代えてみたところ、映像は正常に映るようになった。

夜になって商店街に出た。街路灯を背景の拠り所とし、オネーサンを立たせて望遠で狙う。「ガンマイクをもっと寄せろ」とかなんとかI川君を指導していると、音声ケーブルに引っ張られて、三脚もろともカメラが前に倒れた。ガチャーン!「オー、撮影もこれまでか!」と覚悟したけれど、プラスティックのレンズフードがちょっと傷ついただけで、撮影も再生も何の問題も無くできたのである。Panasonicは信じられないほど丈夫なカメラだ。

また、小倉の現場では今まで使っていたモニターがパタッと映らなくなった。どのスイッチを押しても、何回接触を確認しても映らないので、その日の後半はモニター無しで我慢してもらった。
ホテルに戻り、念のために不調で取り替えたケーブルに戻してみた。と、ナンでもなかったように滲みも無く正常に映るではないか!そんなことがあるのか!じゃ、もしかして、と、元の映らなかったケーブルにまたまた戻してみると、これまた正常に映るではないか!うーん、わからん。

ロケも後半になると、音声ケーブルが怪しくなってきた。ミキサーのメーターは振るのだけれど、カメラのインジケーターが振らない。ということは、マイクとミキサーは問題ないのだけれど、ミキサーからカメラに来ているケーブルがNGで、音声が記録されないというわけだ。騙しダマシ使っていたけれど、京都でどうにもならなくなった。どこのカメラ屋でも売っているというものではない。イベント業者なら持っているはずだというので、手分けして電話したけれど、手に入らなかった。

そのとき、ふと思い出した。『死にゆく妻との旅路』の録音技師・Y方さんが京都で『大奥』の撮影をしているんだった。実は僕もプロデューサーから誘われたのだけれど、『アザミ嬢のララバイ』と重なってしまったので、時間があったら撮影所に遊びに行こうと思っていたのだ。急いで電話すると「今日はもうすぐ終わるから、適当に見繕って持って行くよ」
で、夕闇迫って撮影にちょうど良いころ、祇園の白川巽橋に軽ワゴンが停まり、ひと箱一杯にあるケーブルの中から同じものを選び出し「じゃ、また」と言ってY方さんは去っていったのである。

うーん、最後までドトーの撮影であったことよ。しかし、問題なく編集も終わり、好評に納品も済んで、もう何もやることが無くなった。ここ数日は白井佳夫さんから送られてきた対談集「銀幕の大スタアたちの微笑」を読んでいた。岸惠子、池部良、若尾文子、香川京子、八千草薫、高倉健、吉永小百合、勝新太郎、そして和田誠さんとの面白くてとても貴重なお話しが詰まっていた。

白井さんといえば、日経新聞に『春との旅』の映画評を書いてくださった。『告白』を見にバルト9に行ったとき、壁に貼られていた。評論や紹介でカメラマンにまで言及してくれたのは白井さんだけかもしれない。ありがとうございます、白井さん。渋谷でタン塩焼き定食をご馳走してくれたことも忘れていませんよ。

昨日、母から電話があった。「横浜の西川さんから日経新聞の切り抜き送ってきたよ。仕事は相変わらず不安定だね。退屈してたら遊びにおいで」
弟から借りていた100万は半分返したけれど、母からの20万はまだ返せない。
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