2011年01月23日

渡辺文樹監督、理不尽な! 2

《JAZZ爺MEN》の本編集を終えて帰宅すると、渡辺文樹監督から「怒りの葉書」が届いていた。

「前略お世話になっております。私共の撮影報告に対しても何ら誠意が見受けられないのは非常に残念です。様々な方の資本をもって製作している以上、このまま看過する事は到底出来ません。近々民事訴訟等で争いたいと考えております。本気で闘いますので宜しくお願いします。1,2月は取材で関西におります」

渡辺監督からは1月3日に『朝鮮物語』の撮影に参加したことについて感謝の意を表し、「ギャラの支払いはもう少し待ってください」という年賀状が来たのだが、5日には手紙が来て「撮影してもらったラッシュを正月休みに見たのだがピンボケなどのNGが多い。もう一度役者を集めなければなりません」という内容と数十に及ぶNGカットが書いてあった。
サインペンで書かれた達筆を解読し、NGカットの内容をチェックすべく、シナリオに書き込んだメモと撮影当日配られた画コンテと自分の手帳の記録を照合してNGカットリストを作るのに2日かかった。
それをプリントアウトして、「カメラマンと撮影助手が行って、16ミリの撮影で、こんなにピンボケが出るとは俄かには信じ難い。撮影途中で帰ってきてしまってラッシュも見ていないのは無責任でもあるので、助手と2人でお宅まで伺ってとにかくラッシュを見たい。来週のご都合はいかがですか?」という手紙を出した。

渡辺文樹さんはパソコンとメールは一切ダメな人なので、手紙を書くしかないのだ。しかし、悠長に手紙の到着を待っていたのでは手遅れになるかもしれないと思い、電話もかけてみた。
携帯電話は「パケット通信中か電波の届かないところにいるか、電源が入っていません」ということなので、自宅に電話すると「撮影に出ております。連絡は携帯電話にお願いします」となっている。一応、留守録にメッセージを残し、その後何回か電話をしたけれど、返事はなく、この「怒りの葉書」になってしまったわけだ。

NG理由の中には、「天井の破損が写っている」というのが3カットあったが、ボロボロの廃ホテルで撮影しているのでどうしようもなかった。ま、北朝鮮の招待所だから、そういうことも現実にはあるだろうという了解の下で撮ったのではなかったのだろうか。

「自衛官の後ろに老人が写っている」というカットは、15人の自衛隊精鋭部隊の半数はシルバー人材派遣の人なので、顔を写さないようにしてくれと言われたのだが、ピンボケでないテイクは老人の顔が写ってしまったという私の不注意なのだ。半数の若い人も、何人かは他の役で登場している人なので、その人も顔が判らないようにしなければならなかった。

「大井川鉄道の遠景は全て露出オーバーでNG」とあるのは、3台のキャノンスクーピックのうち、僕以外はメーターを持っていない監督とボランティア助監督が撮影しているので責任は持てないのだが、最近のフジフィルムは3絞りオーバーでもノーマルに補正できるので、ぜひラッシュを見て判断したいと思った。

「トンネル内の撮影は全カット片ボケNG」というのは、もしそれが本当ならば、撮影助手のフォーカス合わせの問題ではなく、ズームレンズは固定式なので、考えられる原因はカメラ内部のプレッシャープレートが正しい位置に固定されていなかったのかもしれない。それであれば私と助手の責任だが、映写機のせいかもしれないので、これもラッシュを見て原因究明をしなければならないと思っていたのだ。

とにかく、渡辺文樹さんとは連絡の取りようがない状態なのだ。会って話せば解決方法はあると思う。ギャラを払わない方便だとは思いたくはないけれど、そうだとしても、協力者を切っていくようなことはあまり得策ではないように思えるのだが…。
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2011年01月16日

『JAZZ爺MEN』編集終わる? 3

いよいよ『JAZZ爺MEN』の本編集が近づいているので、ファイナルカットプロによる編集はいい加減に終わらせなければならない。って言うか、とっくに終わっているはずじゃあなかったのか?

最近は本編集と言っても、ファイナルカットプロでHDのクウォリティになっているので、色補正とか、スローモーションとか、タイトル入れの作業をするだけになっている。

しかし、これが最後かという目で全カットを眺めていくと、気になるカットが出てくるもので、ふくまつみさんが腹筋しているカットの尻が止まっているように見えるので11コマ切って、その分、上田耕一さんがリズム取りながらキュウリの収穫をしているカットの頭を伸ばしてもらった。

そのほかの気になるカット、例えば、カメラがちょっと斜めになっているとか、人物の頭をもう少し切った方がバランスが良くなるとか、そんなカットがボロボロ出てきて、シツコク編集をしている宮武監督がウンザリした顔を見せた。

オッと時計を見るともう9時に近く、ポレポレ東中野で上映する大谷寿一監督の『ケサル大王』の試写に間に合わなくなってしまった。この映画は大谷監督が執念を燃やしてチベットに通っているドキュメンタリーで、まだ完全版ではないのだけれど、サポーターに見せてくれるという貴重な機会だったのだ。

結局、編集が終わったのは12時過ぎで、終電1本前の電車で帰る破目になってしまった。
これから家に帰って晩飯の用意というのもナンなので、駅の近くの松屋に入り、カレーとカルビ焼きを食べた。松屋でカレーを食べたのは初めてだったけど、これが意外に美味い。3軒隣りにCoCo一番屋があるのだけど、そこはどんなに辛いカレーを注文しても、どんなトッピングをしても、なぜか満足感が得られないのだ。松屋のカレーは思いがけない拾い物だった。
それに松屋は白ご飯がすばらしく美味い。数年前、山形駅前の松屋に入ってその美味さに驚き、しばらくの間、シミジミと白いご飯だけ味わって満足したことがあった。

明日はカラコレ打合せ。全688カットを一覧表に書き出し、それをもとに技術者に明るさ、色合い、コントラストなどの微調整をお願いする。特に最後のコンサートシーンは朝から夕方まで、晴れようが曇ろうが陽が落ちようが撮り続けなければならなかったので、それを一様に見えるように調整するのは至難のワザだろう。
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2011年01月14日

『わたしを離さないで』 1

昨日今日と『JAZZ爺MEN』の音楽録りだったのが、音楽監督が来ないでくれと言うので、20世紀フォックスの試写室に行って『わたしを離さないで』を観て来た。
この映画は東京国際映画祭に出品されたそうだが、サボってしまったので、全く予備知識は無かった。でも、試写状の写真がきれいだったので、映像が美しい映画なんだろうなぁくらいの期待で観に行ったのである。

確かに美しい映像だった。主人公たちの子供時代はお揃いではないけれど、抑制された淡いブルーグレーの色調の使い古された衣裳に統一され、古城のような学校が建つイギリスの田園は絵に描いたようだった。
しかし、そこに語られるストーリーは、映画が進むにつれ、非情極まりないものであることが解ってくる。

その時代、医学が進歩して、人間の平均寿命が100歳になったというテロップが冒頭に入るのだが、時代設定は1960年代という、ちょうど1987年に作られた『1999年の夏休み』を2011年に観ているという感覚だと思えばよい。結末は本当に衝撃的で、希望を持たせるような甘いモンではない。静かな静かな映画で、ASCにもこんなに審美眼に優れたカメラマンがいることに驚いた。ただ、どこにもピントが合っていないようなカットが少なからずあるのはどういうことなのだろう。

でも、美しかったなぁ……。女の子がきれいだったなぁ……。

音楽監督の猛獣のような顔を見なくて幸せな日だった。彼は今日も『JAZZ爺MEN』の音楽を録りながら泣いたそうだ。エンドロールに入れるチェロの奏者は泣きながら弾き、サックスの奏者もラストシーンだけ観て泣いたそうである。僕もパソコンでカット表を作りながら、ラストの井上順さんの表情を見てウ、ウ、ウ……
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2011年01月06日

清水章吾さん 4

清水章吾さん、ブログに書き込み、ありがとうございました。

前回、『JAZZ爺MEN』のラストカットのことを書きましたが、慌ただしい撮影条件のなかで、よくあれだけの集中力が保てたものだと本当に感心しました。で、清水さんのブログを拝見したところ「あれは演技ではなく、本当に泣いていたんだ」ということが書かれていました。
そうだったんですね。

実は、2曲目の撮影をしていたとき、移動車に載せたプロジブで観客の頭上にカメラを突き出し、頭をナメながらバンドメンバーにトラックアップするというカットがありました。カメラが寄っていくと段々はっきりとメンバーが見えるようになるのですが、そのとき気が付くと、右端にいる清水さんが指揮をしていなかったのです。
僕は演技をしていないのかと思い「ヤバイ!フレームに入っていないつもりなんだろうか?」と反射的に、早く清水さんが切れるようにカメラを左にパーンしてしまいました。と言っても切れるほどパーンしたら変な画面になってしまうので、すぐにやめました。それで、ちょっとグラっと揺れたみっともないカットになってしまいましたが、編集でよく見ると、清水さんは泣いていたのです。リハーサルもロクにできない状況だったので、本当にすみませんでした。

監督はまだ、ハードディスクを家に持ち帰って、1秒とか数コマ単位で編集を直しています。だから、撮影した素材で最高のリズムを持った映画を作っているはずですが、編集を終わらせたら自分の手から離れて行ってしまう、それが寂しいと思っているのではないでしょうか。

いいお知らせもあります。
普通の映画は現像所でフィルムを焼くので、その現像所で完成試写をしますが、この映画はデジタル撮影デジタル上映なので、現像所が介在していません。なので、東京で試写をする場所に困っていたのです。そこでIMAGICA映画部の担当者に相談したところ、好意で試写室を使わせてくれることになりました。2月20日の本庄での招待上映の前に東京でご覧になれるチャンスが…、あ、清水さんは本庄にお住まいでした!うーん、じゃあ、本庄の早稲田芸術科学センターでも試写できるよう、頼みましょうか。
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