2011年07月26日

横尾忠則さんのブログに! 4

ある人に「高間さんの写真が横尾忠則のブログに載ってるよ」と言われて、公式ブログを開いてみると、いましたいました、愛機HMC155を構える私メの勇姿(?)が!
横に立つのは中村高寛(たかゆき)監督。ドキュメンタリー映画『ヨコハマメリー』の監督である。
その後ろで首だけ見えるのがこの映画のプロデューサー、矢口義文氏。若いときから横尾さんとは知り合いだったので、今でも時々パシリ扱いされる。

で、こういうスタッフで今、横尾忠則さんのドキュメンタリー映画を撮影しているのだ。
この日は岡山美術館で横尾忠則展を開催すると同時に、公開制作をしていた。つまり、朝から夕方まで、何時間もずっと見続けている観客の前で2枚の大作を描いているのだ。そして気が向くと、デジタルカメラでこのような写真を撮っていらっしゃる。
僕が横から横尾さんの描いている表情を撮っていると「隅っこで横からコソコソ撮っていてもダメだよ。正面から堂々と撮りなさい。カメラマンが遠慮していちゃしょうがないでしょ!絵は刻々と変わっていくんだから」。
表情が撮りたかったので横にいたんだけど、横尾さんのお墨付きができたので、観客の迷惑を顧みず、横尾さんの後ろから絵の正面を撮影することにした。
しばらくすると「観客も撮らないと、こういう場所で公開制作していることがわからないよ」。
「撮ってますよ、ご心配なく」と言うかわりに「ハイハイ」と答えた。気にしてくれてありがたいことです。

ここまで書いて、迎えがきました。今日は横尾さんと田原聡一郎さんとの対談風景を撮らなければ。
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2011年07月07日

リアルJAZZ爺MEN 4

先日、「ハイクラソーナ」というジャズバンドのライブがあるというので、《JAZZ爺MEN》の宮武由衣監督と江古田に出かけた。会場は駅前のカフェバーだった。隣りのゲーセンは金子修介監督の《ホーリーランド》のロケで来たことがある。

ご存知のとおり《JAZZ爺MEN》の主人公・野津手は中学の音楽教師を定年退職して、「まちおこし」のジャズバンドの指導に四苦八苦するという話しになのだが、映画が「ブラストライブ」というジャズ雑誌に紹介されると、その話しと自分の人生がそっくりだという人が現れた。
もともとは本庄に実在する野津先生に取材してシナリオを書いたものなのだが、同じような人生を歩んだ人がいるものなのですね。

その人は四万十川で産湯を浸かった高知県出身の佐野啓さん(私と同じ62歳)で、20代の頃、東京音大在学中からプロのトランペッターとなり、テレビ出演もしていた。あるとき、その道に限界を感じ、小学校の音楽教師になった。教師になるとは考えてもいなかったが、「邪魔になるものじゃないから取っておけ」と言われた教員免許が役に立ったという。そして定年退職して「ハイクラソーナ」というプロバンドを結成した。

オリジナルのシナリオは野津先生をモデルにしているので、元トロンボーン奏者だった。ところが、野津手役を地元在住の清水省吾さんがやってくれることになり、清水さんがトランペットを吹いていたというので、シナリオの方を変えたのだ。で、偶然にも佐野さんの人生に近づいていった。

この日のプログラムの第1部の最後に、《JAZZ爺MEN》のコンサートシーンで演奏されたオリジナル曲「君と駆け抜けた人生」のアレンジバージョンが演奏された。音楽監督の磯田健一郎さんが楽譜を公開してくれたのだ。改めて、シミジミ良い曲だなと思った。
曲の前に宮武監督がステージに呼ばれて、ちょっとだけトークショウ。
ハイクラソーナさんは「僕は3回観ました。1回目は感動するシーンでちょこっと泣きました。2回目はそのシーンが始まる前から泣きました。3回目は映画の始めから泣きっぱなしでした」ですって。

誰もが感動するこの映画、なかなか都内で上映してくれるところが現れないのです。しかしやっと、井上順さんの尽力で、耳の不自由な人のために日本語字幕版を作る助成金を渋谷区からもらい、ホール上映をすることがきまったそうです。宣伝費がまったく無い映画なので、このイベントが口コミとなって、なんとか都内一般上映に持っていけないものだろうか。皆様の応援だけが頼りなんです。
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