2011年09月27日

古湯映画祭にご招待 5

第28回だというのに、「古湯映画祭」を知らなかった。
映画祭にカメラマンが招待されるということは全くと言ってよいほど有り得ないことなので、関心が薄れてしまうというのが事実なのだ。

同じ九州には有名な「湯布院映画祭」があるけれど、映画祭が始まる前の昔に湯布院温泉に行ったことはあるが、映画祭には行ったことがない。僕がずっと撮ってきた金子修介監督の映画はこの映画祭とは相性が合わなかったらしく、金子作品が湯布院で上映されたことは長い間なかったのである。
上映されたとしても、招待されるのは3人で、通常、監督/俳優/脚本家/プロデューサーの順で優先されるので、「自腹で来てください」と言われても、九州までの旅費と宿泊費を捻出できるほど恵まれた経済的状況にはないところが寂しいところなのだ。

ところが今回はスタッフを招待したいという方針だったので、温泉に浸かれるという誘惑も後押しして、2ヶ月も前からこの日が来るのを楽しみにしていた。
3日間の開催日の初日第1回目の上映が宮武由衣監督の《JAZZ爺MEN》で、第2回目の上映が塙幸成監督の《死にゆく妻との旅路》! ナント、私メの撮影作品が連続上映されるのでありました!
3回目の上映は、企画から完成まで6年かかったという恵那の地域映画《ふるさとがえり》で、そのあと、その林弘樹監督を中央に据え、両脇を塙・宮武監督、さらにその脇を山田耕大シナリオライター、私メ撮影監督、桑原啓子プロデューサーが固めるというステージでシンポジウムが行なわれました。
メンバーはそれぞれ仕事上のつながりがあったので、最初から何も心配していなかったのですが、林監督だけが誰とも初対面だったので、上手く話が運ぶかどうか心配でした。ところがやはり、知らない土地で全人口5万6千人を巻き込んで自主映画を撮っただけのことはあって、とても親しみやすく気配りも行き届くという素晴らしい人でした。
時間が1時間しか無かったので、全員一言ずつ発言して観客とのQ&Aに移りましたが、積極的なツッコミもあり、熱気を感じました。この会場は前半分がゴザ敷きで、その一番前に陣取っていたYAS.さんという《つづく》のカメラマンが「3本ともシネスコなのはどういう意味ですか?」という質問をして、それからしばし技術的な問答が続いたので、一般観客にはちょっと退屈させてしまったかもしれません。

シンポジウムが終わると旅館に引き上げ、速攻、温泉に入ったのは言うまでもありません。ちょっとぬるめのアルカリ泉で、何時間でも入っていられそうですが、それを振り切って夕食会場へ。映画祭顧問の西村某氏が佐賀の地酒をあれこれと持ってこさせているうちに、後片付け終わった実行委員たちがドドッと乱入し、広間はラッシュ状態!一頻り飲んだあと、ゲストを拉致して二次会会場に出ていきましたが、既に酔ってしまった私メはスルリとかわして貸切露天風呂へ。山の空気が美味しくて、何度も深呼吸してしまった。

今回は1泊2日の招待だったので、自分が撮影した映画を会場で見ることができなかった。一緒に見て、観客の反応を直に感じることができれば良かったのにと思う。どうせ暇なのだから、飽きるほど新幹線に乗って前日入りしたかったのだが、変更が許されなかった。

《JAZZ爺MEN》は10月15日から那覇の中江裕司監督が経営する桜坂劇場で上映。そちらは既に沖縄に住み着いている河原さぶさんが仕切っていて、「ちゃんとやるから来ないでくれ」と言われている。行ったらマズイ理由でもあるのだろうか?遊びに行きたいと思っていたけれど、9月末には収入が無いということに気がついた。
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