2011年12月03日

連チャン授賞式 5

一昨日と昨日、授賞式で東京會舘通い。

一昨日12月1日は第56回「映画の日」で、永年勤続功労賞というものをいただいた。「40年以上の永きに亘って映画の仕事に携われ、今日の映画事業の進展に貢献され、なお映画界に於いて活躍されているその努力と功績は…」ということなんですが、ウチらは団塊の世代なので、66名も該当者が会場に並んでいるのだ。カメラマンは浜田毅、佐々木原保くんら4名、監督は後藤幸一さん1名。でも、中にはナントカカントカ株式会社不動産事業部なんていう人もいるんだけど、それも映画界と言えるのだろうか?
こういう賞があるということは助手の頃から知っていたけど、自分が貰うようになるとは想像できなかったな。Facebookにはたくさんの「おめでとう」メッセージをいただきました。お礼申し上げます。

昨日は「新藤兼人賞」の授賞式。これは独立プロ54社が加盟する日本映画製作者協会のプロデューサーが選ぶ賞で「この監督と仕事をしたい」「この監督に映画を撮らせたい」と思う新人監督に与えられる賞なのだ。この場合の新人監督という定義は長編映画3本までの監督を指すので、《死にゆく妻との旅路》で金賞をもらった塙幸成監督も、《エクレール・お菓子放浪記》で銀賞をもらった近藤明夫監督も、新人というよりもベテランと言った方がイメージに合うくらいなのだ。
新藤兼人賞とだから、トロフィーと賞金目録は新藤兼人監督から渡される。ナント100歳!孫の新藤風監督に車椅子を押してもらい、マイクを持ってもらって選評を話すのだが、ボケてません!内容を正確に覚えていて、的確なツッコミを入れてくる。《死にゆく妻との旅路》に関しては「ドキュメンタリーの手法を使っているが、自分もやってみたい。半分くらいは成功している」とおっしゃった。他人の映画を褒めたことがないと言われる新藤監督としては最大限の賛辞なのである。《お菓子放浪記》に関しては「後半が長い」とおっしゃって場内の笑いを誘った。「金賞の《死にゆく妻との旅路》は縦に進んでいくが、銀賞の《エクレール・お菓子放浪記》は横に進んでいく」というような分析も見せた。

脚本の山田耕大さんも加わって新藤監督と記念写真を撮ったのは家宝となるだろう。《JAZZ爺MEN》でお世話になった松竹の秋元編成局長はじめ、業界のいろいろな人とも久しぶりにお会いできたり、楽しいパーティが続いたのであった。

その後我々は国際フォーラムのレストランに移動して、塙監督の驕りで豪華な二次会を開いた。ふわふわの巨大オムレツなんぞを食べていると、なんとそこに三浦友和さんがドンペリを抱えて現れた!そして富山出身の朴木プロデューサーも絡んで《RAILWAYS》の話になり、富山映像祭の話になり、鈴木ラインプロデューサーの話から《6時間後に君は死ぬ》の話になって、その時の共同監督の高野和明さんの話になって最近のベストセラー『ジェノサイド』の話になった。友和さんは「10年に1本の傑作だ!映画化するにはハリウッドしか無い!」と手放しの褒めようだった。高野和明さんは映画監督になりたかった人で「映画監督になるには原作者になるしかない」ということで小説を書き始めたと言っていたが、『ジェノサイド』は映画化不可能な小説を目指したそうだと友和さんが言っていた。

ワインを10本くらい開けて、デザートにコーヒーまでご馳走になって、忘年会も塙監督の驕りでということになった。「賞金の100万円を使い果すんだ!」と叫んでいたが、残金が唯一《死にゆく妻との旅路》のギャラとなるそうなんで、監督、安いところにしましょうよ。
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この記事へのコメント

とにかく、とにかくおめでとうございます!

心よりお祝い申し上げます。花束に代えまして。
1. Posted by アール・ケイ at 2011年12月03日 11:28 | 5
アール・ケイさま

ありがとうございます。
転職の努力をせずに、ダラダラと流されて生きてきた結果と考えていますが、続けるのも大変だというご指摘もありまして…。
2. Posted by 盍峺治 at 2011年12月05日 14:12 | 4
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