2013年09月21日

なぜ不評な過剰演出が再現され続けるのか

パチンコパチスロプレイヤーの動向調査をしているのですが、特にパチンコプレイヤーの「リーチ演出」に対する回答には、過剰な長時間演出(「リーチ演出が長すぎる」)というものが多く見当たります。恐らくこの感想は、プレイヤーのみならずホール関係者も同感なのではないでしょうか。

現在のパチンコ遊技を客観的な目で眺めてみますと、セル板を走る玉の動きを楽しむのではなく、液晶画面に表示される映像を楽しんでいることが分かります。リーチ演出が「発展」すると、最近の機種はかなりの時間、演出表現を行いますので、プレイヤーもハンドルから手を離して、この演出が終わるのを待つという遊技スタイルになっています。

いうまでもなくリーチとは大当たりの入口。通常回転でそのまま大当たりというケースが無いに等しい最近のパチンコ機では、 リーチが始まってからが「別の世界」になっているようで、そこから先は、パチンコ玉は一切関係のない、単なるゲーム空間ともいえます。
そのゲーム空間で、リーチ演出が展開されるのですが、これがプレイヤーである消費者のニーズやウォンツとマッチしない、ただ単に過剰なだけの演出。そんな指摘が、プレイヤーの動向調査からは見えてくるわけです。 

いわゆる「ガセ」という言葉は、いつごろからパチンコ機の演出について使われるようになったのでしょうか。消費者から「ガセ」と呼ばれているということは、すでにその信頼を失っており、嫌悪の対象として整理されてしまったことを意味します。よって、パチンコ機開発においては、直ちにこの「ガセ」と呼ばれる要素を排除し、常に新鮮な「フェイク」を作り込む必要があるはずです。にも関わらず、「ガセ」と呼ばれる不評な過剰演出が、毎機種再現されているような気がするのです。

もちろん、プレイヤーが必要以上に厳しく製品評価を行い、「ガセ」という言葉を誇張して使っていることも否定できませんが、それでも「ガセ」という概念の払拭に、なぜ現在のパチンコ機は近づかないのでしょうか。

消費者は、単に演出時間が長いということだけでこれを嫌っているわけではないでしょう。最近の大ヒット機種でも、そのリーチ演出が相当長いものもあります。でも、一部のプレイヤーがこれを「ガセ」といいながらも、大半はこの演出を「楽しんでいる」という側面もある。面白ければそれで問題ないのですが、つまらなければ「ガセ」という表現になる....そんな気がするのです。

つまり、面白いリーチ演出を作ればいい.....そういう話なのですが、どうも見ていると、リーチ演出における発展などの現在のスタンダードを、崩してはならない鉄則的に捉えているようで、無理をして演出を発展させている感すらするのです。

鉄則と思っている前提を再検証して、消費者のニーズに製品をフィットさせることは、製品開発において当然必要なこと。消費者ニーズを置き去りにした「業界スタンダード」への安易な依存は、よりよい製品の開発の障害になっているように思えてなりません。

翻れば、これはホールの広告宣伝についても言えるかもしれませんね。
消費者から「ガセ」と呼ばれることに対して、鈍感にならないようにしたいものです。

有限会社オベーション 岸本 正一
http://www.ovation.co.jp






 

トラックバックURL

記事検索
プロフィール

岸本 正一

カテゴリ別アーカイブ
livedoor × FLO:Q
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ