2007年01月18日

オーケストラを救えるか3

NHKのクローズアップ現代で「オーケストラを救えるか 深刻な財政危機」って番組を見た。そもそもオーケストラはなかなか儲からない仕組みになっていて、おっさんは大学の卒論でも書いたネタだ。燕尾服に身をまとい、高価な楽器をずらり揃えたオーケストラって一般には裕福なイメージがあるが、とんでもない。よく言われる例だが、2000人入るホールでコンサートをする場合、舞台にあがる人数は、リサイタルの場合は1人。一方オーケストラはというと100人ほどだから、2000人のお客をを100人のメンバーで割ると20人しかお客のいないリサイタルと一緒。つまりコンサートが満員になっても、全部チケットが売り切れても、ガラガラのリサイタルと同じ状態といえる。つまり演奏収入ではメンバーの給料は賄えない。そこで国や自治体、企業、個人といったところからの寄付に頼らざるをえなくなる。これは日本に限らずヨーロッパでも同じ。ただあまり触れられないがアメリカは状況が違い、個人のパトロンや企業の寄付が大半で公的な助成はほとんどない。この違いはなにかを考えていただきたい。アメリカでは大都市にメジャーオーケストラがほびひとつ。個人の支援がやりやすく税制面での優遇も大きい。大阪の財界が4つのオーケストラをひとつに再編したら支援しやすくなるといっているのは、実はこの点を倣ったものだろう。それと一番大きいのはオーケストラだけでなく音楽監督が地元に密着した活動を行っていることだ。クローズアップ現代ではオーケストラが地元に密着した活動をする必要があると報じていたが、それは確かにその通り。しかしそれだけではたらない。音楽監督自らがそれを行わなければならないと思う。地元のオーケストラの音楽監督とは指揮者の親玉というだけではなく、地元の名士としての「顔」が必要なのだ。そして地元の企業から金を取って来る役目を負わなければならない。現在日本に数あるオーケストラでそれを実践できている音楽監督はいるだろうか。かつては亡くなった朝比奈隆さんはそうであった。関西財界のお歴々からの寄付を集めたのは、まさに大阪だけに限らない、関西だけでもない、日本楽壇の顔であった。音楽監督とはそこまでオーケストラに責任を負うべきだ。それでも大阪フィルの台所事情は苦しかっただろうが、60年という歴史と伝統を持つ日本の代表的オーケストラのひとつとして存在することができたのは、その点を無視して語れないだろう。番組ではその点に触れられていなかったのが気になったね。

風邪未だ快癒せず。ジムはもまだお休み中。体重計がこわい

kenkata at 08:31│Comments(0)TrackBack(0)

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