「正しい食生活」で健康に

体調不良の原因の大半は「食事」です

2007年06月

1−10 食養法の広がり

 前項で、食養法は日本の医学のひとつの潮流であると説明した。しかし、この話はなかなか信じてもらえないと思う。多くの人は、「食養法が現代医学と並ぶほど力があるとは信じられない」とか、「食養法はいかさま療法ではないか」と思うはずだ。

 実は、そう思うのもむりはないのである。大きな病院で食養法を採用するところはなく、食養法をとる医師に出あうこともめったにない。また、食養法は大学で教えられることもない。
 こんな状況であるから、私が、「食べ物でガンが治るとする本がある」などと言っても、まったく受けつけない人がいる。特に、教養の高い人、科学志向の強い人は食養法になじみにくいようだ。

 食養法はいかさま療法でも何でもない。しっかりとした歴史的積み上げと理論的裏づけをもっている。また、食養法を採用する人も決して少なくはない。

 食養法の歴史は、明治時代の陸軍の医者、石塚左玄にはじまる。左玄は食養法の基礎理論を展開しながら、多くの人の治療にあたっていた。食養法は、石塚左玄の後、多くの後継者を得て広まり、今日までつづいている。

 食養法は理論的裏づけも進んでいる。「命は食にあり」は経験的には分かっていたが、それに大きな裏づけを与えたのは、1950年代に発表された腸管造血説(千島・森下学説)である。これは、「血液は腸でつくられる」とする理論であり、「食事を正せば健康体が得られる」ことを解明したものである(3−3参照)。

 食養法を採用する人も大きく広がっている。食養法系の医師、治療士などが日本総合医学会に参加しているが、同学会の2002年総会には、医療・農業関係者や一般消費者など約800人も集まっている。また、食養法の推進者には、医療の専門家だけではなく、自然食品店や健康食品の関係者、料理家、私のような普通の人など、多くの一般民間人がいることにも特徴がある。

 食養法は大病なおしに実績がある。もともと、食養法は、現代医学で病気が治らなかった人、現代医学に見はなされた人がたどり着いたところでもある。食養法の百年以上の歴史は、難病、慢性病なおしに実績があったことを示している。

1−9 医学には幾つかの潮流がある

 ここまで、食養法(玄米菜食健康法)について書いてきた。おおむね理解していただけたと思う。しかし、変に思う人もいるだろう。「玄米菜食にすれば病気にならない」のなら、多くの医者や栄養学者がとり入れ、広く普及しているはずである。ところが、彼らの多くは玄米菜食のよさを認めていない。いや、認めている人がいるかも知れないが、少なくとも指導方針にはしていない。だから、普及していないのである。

 実は、日本の医学(治療法)には、いくつかの潮流がある。
 そのひとつの流れは現代医学である。ほとんどの医者のとる手法である。西洋からきたので西洋医学ともいう。現代医学は、病気の症状に直接働きかけることを得意とし、病気を引きおこした体ぜんたいの動きはあまり考えない。

 食養法もひとつの潮流である。食養とは「食べて育てること」である。食事療法のむかしの言葉と解説する辞典もある。食養法は、病気は食べ物の乱れが主因と考え、食事の改善で病気を治そうとする。この手法は、一部の医者や治療士などによって採用されているが、多くの民間人が広める手法でもある。最近では、食養法は自然医学ともいわれている。

 この2つの医学は、おどろくべきことに、しばしば、まったく異なる考え方をとる。たとえば、肉食であるが、現代医学は、一時ほどではないが、おおむね好意的である。いっぽう、食養法は、できるだけさけるべきであるとする。

 ガン患者のあつかいもちがっている。現代医学はガンを切りとることを基本とする。いっぽう、食養法は、食事を改善し、体の中の働きでガンを消そうとする。

 2つの医学は健康法や治療法が大きくちがっている。ところが、われわれには、この2つの医学からでた断片的な情報が、整理されないまま入ってくる。「肉をとれ」と聞いた翌日には、「肉は少なめに」と聞かされる。「塩分は必要な分だけとれ」と聞いたかと思えば、すぐ後に、「塩分はひかえめに」と聞かされる。だから、われわれは健康情報に接するとき、それがどちらの医学(系統)からでたものかを判別することが必要だ。そうしないと、混乱して引き回されてしまう。判別は、4−1で紹介する食養法の本を何冊か読んでもらえば、難なくできるようになるだろう。

1−8 小食のすすめ

 私の健康のモットーは、玄米、菜食、小食(しょうしょく)である。これをもとに、長年、それなりに節制につとめてきた。ふり返ってみると、この3つのうち、もっとも守るのがむずかしかったのが小食のような感じがする。

 過食(かしょく)という言葉で、食べすぎをいましめるのが普通である。それを「小食」としたのは、明石陽一著『小食のすすめ』の影響である。明石氏はつぎのように言う。

「現代のように栄養の豊富な状況下で健康を保つためには、単に適当とか、腹八分目とかの表現をしていては駄目なのである。だから『小食』こそが半病人を健康に戻し、健康な人はさらにその健康を維持していくための『カギ』になっているのである。『小食』は健康の『真理』といっても過言ではないだろう。」

 なぜ小食なのか。なぜ食べ過ぎはだめなのか。これは、だれもが体でわかっていることでもあるが、こんなふうにまとめてみた。
「過食やカロリーのとりすぎは、胃を痛め、腸のなかで物をくさらせ、血液中の脂肪・糖分をふやし血液をドロドロにする。そして、いろいろな病気を引きおこす」

 私の食事は1−3で示したとおりである。小食を心がけていても間食、夜食などで食べすぎることがある。ところが、朝食ぬきの私が、仕事にまぎてれ昼食を忘れることがある。そして、食べなかったことに3時から4時に気がつく。そのとき、私は、昼食がぬけたことをくやむのではなく、「今日は朝から食事なしで働いた。しかし、ふだん食べすぎだからちょうどいい」くらいに感じることができた。小食の意味を理解し、モットーとしていたためだろう。

 小食とはどのくらいの量のことだろうか。
 開業医として働いていた小倉重成氏は、「朝は梅干一個にお茶、昼ぬき、夜のみ玄米を茶碗に一杯、一汁三菜に漬物で、ここ三年ほど過ごして」いたそうだ(『自然治癒力を活かせ』)。少なく思うかも知れないが、このくらいの量ですごしている人は何人もいる。もっとも、白米にいいかげんな副食の人の場合、小食ではもたないだろう。小食にするには食べる物の質が問われてくる。

1−7 食べるべき物

 玄米菜食といっても動物性食品は一切ダメということではない。しかし、肉やさしみなどは、あまり好ましくない。そうすると、長年好きだった物が食べられなくなりそうで、ストレスがたまるのではないか。また、食べられる物の種類がへってしまうとの不安もでてこよう。しかし、決してそんなことはない。私もへると思ったことがある。しかし、菜食に切りかえても、食べる物はあり過ぎて困るくらいあった。

 この辺のところに関し、森下敬一氏はつぎのように言っている。
「何が悪い食べ物かということを知るよりも、体にとって必須不可欠な食べ物が何であるかを知ることのほうが、ずっと重要なのである。必須な食品を必要なだけしっかりとっていれば、不必要・有害な食品が入り込む余地がなくなるからだ。」

 さらに、「血液と食事内容との相関性を検討した結果、つぎの食品が健康保持に必須の食品であることが明らかになってきた。」とし、以下の食品をすすめている。食品の豊富さを感じてもらいたい。

〔未精白穀物〕
 玄米、麦、キビ、アワ、ヒエ、トウモロコシ、ソバ、ハトムギ、ライ麦、コーリャン。黒豆、小豆は雑穀と同等に扱ってよい。
〔根菜類〕
 ごぼう、にんじん、れんこん、大根、山いも
〔葉菜類〕
 にら、春菊、玉ねぎ、もやし、しいたけ
〔種実類〕
 ナッツ類(松の実、くるみ、ぎんなん、かぼちゃのタネ等)、ごま
〔発酵食品〕
 味噌、納豆
〔海草類〕
 昆布、わかめ、ひじきなど
〔小魚貝類〕
 シジミ、アワビ、ナマコ、ウニ、イワシ、カキ、イカ、エビなど
〔調味料〕
 しょうゆ、自然塩、自然酒、黒砂糖
〔健康補強食品〕
 胚芽、葉緑素、酵素、高麗人参、ローヤルゼリー、花粉など
〔和漢茶〕
 ヨモギ、オオバコ、クコ、ハトムギ、ゲンノショウコなど

(注)以上は森下氏の推奨する食品であるが、これらをすべて毎日食べるべきだといっているわけではない。
以上、森下敬一『慢性病は食べ物で治る』(135〜150P)による。

1−6 副食はたくさん必要か

 なぜ副食は必要か。考えたこともなかったが、ご飯におかずがあるのが普通と思っていた。ところが、おにぎりですますときは、おかずは梅干しだけであったりする。

 これまで、「玄米は必要な栄養素をほとんどもっている」と書いてきた。それなら、主食が玄米のとき、副食はどんな意味をもつのだろうか。副食は必要なのだろうか。

 いま、われわれは主食と副食を分けて考えるのが普通である。しかし、分けて考えないこともあったようだ。つい数十年前まで、麦やアワに小豆の入ったごはんに、おかずは大根おろしだけといった食事があったのだ(3−7参照)。

 ここでは、玄米を主食とした場合の副食について考えておこう。
 まず、副食の量である。玄米は糖質、たんぱく質、脂質、ビタミン、ミネラル、繊維質など、人間に必要な栄養素をほとんどもっている。そのため、副食の役割は低くなる。いっぽう、白米の場合、栄養素を副食でとるため、量は多くなる。

 主食が玄米のとき、副食はどのくらい必要か。おおむね、主食10に対し、副食3〜10と指導されている。副食が主食より多くならないことが大事とされているが、その理由は、「副食が多くなると水分やカリウムなどが多くなって、細胞がふくれてふけやすいから」と説明されている(東城百合子『食生活が人生を変える』)。

 もっとも、主食と副食の比率がわかっても、多くの人は量を比較するのはむずかしい。これについて、ある医者がつぎのように言っているが、参考となるだろう。
「主食と副食との比率は、水分を除いた比率で六対四ぐらいがよく、副食の中の比は、豆類一に対し野菜と海草三とするのが大体の目安である。この比は水分を除いているので、目で見た量から言えば水分九割以上の野菜よりは主食の方が少ない。」(小倉重成『自然治癒力を活かせ』)

 つぎは副食の質である。副食として何を食べるかということだ。
 玄米は理想的な食べ物で、玄米だけで最低限の栄養素をとれると言う人もいる。しかし、よりいっそう活動的であるために、副食からビタミン、ミネラル、葉緑素、脂質などをとる必要がある。そのため、副食は野菜や海草を主とし、豆類や魚貝類などを加えることになる。また、玄米には塩分がない。みそ汁やつけ物なども必要だ。
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