◆一物全体食(1)
 一物は「いちもつ」とも読みますが、「いちぶつ」でよいでしょう。
 一物全体食(いちぶつぜんたいしょく)は、自然医学・食養法の多くの本に出てくる言葉です。「正しい食生活」のあり方を熟語で述べたものです。
 意味は実に簡単です。
 ひとつの食べ物の全体を食べなさいということです。
 魚なら、頭もしっぽも取らずに、骨まで、丸ごと食べなさいということです。
 小魚なら簡単にできますね。
 大根なら、根だけでなく葉っぱも食べなさいということです。しかも皮もむかないで。 穀物なら、精白せず、表皮も胚芽も食べないさということです。
 なぜ、一物(いちぶつ)の全体を食べる必要があるのでしょうか。
 ある食生活の指導者は、体調不良の原因に関し「ビタミン・ミネラルが不足しているから」と、よく言います。
 いまの日本人は、ビタミン・ミネラルが不足している人が多いのです。
 その理由は、白米、魚の切り身、皮をむいた果物などを食べ、食物の全体を食べないからです。
 前にも書きましたが、米を例にとると、ビタミン・ミネラルに関し、白米は玄米の5%くらいしかないのです。
 他の食べ物については、こういったデータを見ることはほとんどできません。
 しかし、丸ごと食べるとビタミン・ミネラルの不足を解消できることは疑いのないことです。
 丸ごと食べることができない物や、できないときがあります。しかし、できるだけ一物(いちぶつ)の全体を食べようと努力したいものです。少しづつの積み重ねが健康につながります。
(二〇〇五年七月五日)

◆一物全体食(2)
 一物全体食(いちぶつぜんたいしょく)は、野性の動物にとってはあたり前のことです。
 人間以外は道具を使いません。ですから、ごく普通に食物の全体を食べることになりがちです。もちろん例外はありますが。
 ここでは犬(家畜ですが)の例を紹介します。
 昨年のお盆の日、親戚宅でのことです。
 この家では犬(ラブラドール・リトリーバー)を飼っています。
 親戚が集まった日、ここのご主人、まず、犬にピーナツを殻(から)のままあげました。
 そうしたところ、犬は殻ごと(殻も皮も実も)食べました。
 私は「殻まで食べるのか」と少し驚きました。
 われわれの多くは、ピーナツの殻どころか薄皮も食べません。実だけを食べます。
 つぎに、枝豆を、さやのままあげました。
 こんどは、枝豆は食べましたが、さやは口から出しました。
 犬にとっても、さやは固すぎたようです。
 さて、このように、人間以外の動物は、人間に比べると、ずっと一物全体食的です。
 しかし、何が何でも全体を食べるわけではありません。物によりけりです。
 私たちも、動物に見習い、できるだけ一物の全体を食べたいものです。
 一物の全体を食べれるば食べるほど、ビタミン・ミネラル、食物繊維が豊富にとれます。
 その結果、高血圧、糖尿病、肥満といった慢性病的なものと縁が薄くなります。
(二〇〇五年七月八日)

◆一物全体食(3)
 一物(いちぶつ)の全体を食べるためには、料理の段階が大切です。しかし、料理しない人にも努力の余地はあります。
 たとえば、リンゴは皮をむかないで食べるとか、ピーナツなら皮つきのものを買うとか、その気になれば色々と工夫の余地があります。
 私の子どもの時代(物不足の時代)のことですが、梅干しの種を石で割って実を食べたり、魚の骨をストーブで焼いて食べたり、みかんの皮を乾燥させて食べたり(苦くて美味しくはない)、いろいろやっていました。
 その気になれば、いろいろあるものです。食べ物の豊富な時代にはむずかしいかもしれませんが。
 ここで、私が森下敬一さんから学んだ2つのことを紹介します。
 最初は、小魚(こざかな)に関してです。
 森下さんは動物性食品の過食をいましめています。
 いっぽう、一物全体食の関連では小魚を勧めています。
 しらすからいわし(小さいもの)くらいまでなら、だれでも全体を食べることができます。骨も食べますから、気になるカルシウムも補えます。
 森下さんは、牛肉に関し、「もし牛を丸ごと食べるのなら良い」といったことを書いています。逆にいえば、牛は丸ごと食べられないから、牛肉は勧められないと言っているのです。
 つぎは海草に関してです。
 つい最近知ったのですが、森下さんは「海草はどの部分を食べても一物全体食になっている」といったことを書いています。昆布などの、食べ物としての良さを言っているわけです。そして、無理に根昆布を食べる必要はないということにもなるでしょうか。
 私たちは、もっと海草を食べてもよいような気がします。
 ただし、異常に沢山食べるのは禁物ですが。
(二〇〇五年七月十一日)

◆身土不二(1)
 ヨーグルトの過食の可否との関連で、「身土不二」という四字熟語を思い出しました。 身土不二は、しんどふじと読みます。
 普通、ほとんど聞かない言葉です。
 手元の国語辞典や漢和辞典には出ていません。
 ところが、身土不二は、自然医学・食養法の多くの本で解説されています。
 前に取り上げた一物全体食と双璧です。
 意味ですが、身土不二の身は人の体、土は草木を含めた土地、不二は一体であることです。
 全体としては、「人は自分の暮らす土地と一体であるべきだ」といったことです。
 食べ物に関しては言えば、「人は自分が暮らす土地から、季節ごとに得られるものを食べるべきだ」ということです。
 そして、そうすれば病気になりにくいというのです。
 さて、ヨーグルトに戻ります。
 「ヨーグルトは沢山食べたほうが良い」という意見と、「ヨーグルトの過食は危険である」という意見の両方を聞いたとします。
 皆さんどうしますか。
 どちらが正しいか迷うでしょう。
 だからといって、私たちが学術論文を読むわけにもいきません。
 こんなとき「身土不二」がひとつの判断基準になります。
 高温多湿で草木のよく育つ日本の土地では、乳牛を飼う必要も習慣もありませんでした。
 ですから、「ヨーグルトは日本では常食にはしていなかった。だから、たくさん食べるのは良くないかも知れない」と考えてみるのです。
 この説明、ちょっと「身土不二」とニュアンスが違うかも知れませんが、拡張解釈の範囲かと思います。
(二〇〇五年十月一日)

◆身土不二(2)
 身土不二は食べ物に関していえば、「自分が暮らす土地から…季節ごとに得られるものを食べるべきだ」ということです。
 これを読んで、皆さま、どのように感じますか。
 私の場合、普段食べている物が、どこでとれたものかは殆ど意識していません。
 私は、東京圏に住んでいます。
 私の自宅の周辺には田畑はほとんどありません。
 私の食べ物の多くは他県、他国でとれたものです。
 ですから、「自分が暮らす土地から得られるもの」にこだわっていられません。
 そのため、普段、身土不二を意識することはほとんどありません。
 身土不二に関連して、多少意識するのは果物についてです。
 いま、果物は南方産のものがたくさん売られています。
 バナナとかパイナップルなどです。
 これらのものは水分が豊富です。
 そのため、熱帯など暑い地域向きの食べ物です。
 熱帯地域の人が食べれば、果物が体を冷やしてくれます。
 ところが、これを温帯地域に住む人が沢山食べると、体が冷え、病気につながりかねないのです。
 熱帯産に限らず、国内産の果物についても、たくさん食べるのは弊害がでてきます。特に寒い季節に。
(追記)身土不二によれば、野菜や果物は、初物(はつもの)でなく、最盛期(旬、しゅんと読みます)のものを食べるべきだ、ということになります。そのため、経済的でもあります。
(二〇〇五年十月六日)

◆対症療法
 対症療法(たいしょうりょうほう)は、病気治療を考えるうえで、極めて重要な言葉です。
 しかし、あまり聞かない言葉でしょう。
 たとえば財政改革について、「税のアップなどの対症療法ではダメで、行政改革など本質的な問題を解決しなければならない」といったふうにです。
 医学用語としての対症療法(対症適応)ですが、私の手元にある南山堂医学大辞典では、つぎのように説明しています。
「治療上、病の原因を顧慮することなく、病の結果である症状にのみ着目し、これを除くために種々の薬物を適用することをいう」
 つまり、対症療法は病気の原因を基にした本質的な対策ではなく、症状だけをみた対策だというのです。
 そして、その例に薬の使用をあげています。
 なお、病の原因を考慮した措置は原因療法(原因適応)といいます。
 さて、われわれの病気に話を移します。
 現代日本人の慢性病の原因の大半は「食事の乱れ」にあります。
 そのため、慢性病に直面した人は、「正しい食事」に戻ることが原因療法です。
 そうでなく、薬や手術など、食事に着目しない多くの他の療法は対症療法なのです。
 対症療法は必要です。
 長い人生のなかで、対症療法のお世話にならない人はいないのです。
 しかし、対症療法では将来に向けて病気の完全に近い回復はないのです。
 ところが、病院で行う多くの治療は対症療法です。
 このことは、お医者さんも認めるところです。
 お医者さんによっては、「病院は病気の進行を(対症療法で)くい止めるだけです。ですから、回復のために、ご自分で病気のために良いと思ったことはしてください」などと言っています。
 さて、食事を変えるのが原因療法といいましたが、すべての場合にあてはまるのではありません。
 過労死するほど働いて病気になった人は、仕事を減らすことが原因療法です。
 その場合、食事を変えるのは副次的対策で対症療法といえるでしょう。
(二〇〇五年十月十六日)