食生活を切りかえるのは楽ではない。好きな物が食べられなくなるからだ。しかし、がまんしようとするとストレスがたまる。私は玄米菜食にしてから27年以上になるのに、いまだに子どものころに好きだったものに手を出している。そんなときに思い出すのが、ある医者のつぎの言葉である。
「土曜の晩など、家族が全員そろい、明日は日曜日というくつろいだ雰囲気のときに、週一回お好みを存分に食べる機会を設けることは、かえって平生を正すのに好都合と考えられる。」(小倉重成『自然治癒力を活かせ』)

 私は玄米を食べることにまったく違和感はない。白米ごはんを食べたいと思うことはない。しかし、白米を使った寿司やカレーライスは食べたくなる。また、ラーメンも食べたくなる。カレーやラーメンは子どものときによく食べていた。私がそれらを食べたくなるのは、おもにストレスがたまったときである。

 私は、好きな食べ物は子どものときに決まると思っている。そして、それは簡単には変えられない。だから、肉好きな人は、玄米菜食にしたからといって、いっきょに肉をへらすのはむずかしいと思う。それをむりやりへらすと、基本の玄米菜食じたいをやめることにもなりかねない。重い病気でもないかぎり、はじめはそれほどきびしくする必要もないし、また、きびしくできないものである。人は機械でないから、機械にさす油を変えるようにはいかないのである。

 ここで、私の体験をひとつ書いておく。私は子どものころからラーメンが好きだった。そして、それはずっとつづき、玄米菜食に切りかえたのちも食べていた。しかし、いまでは店でラーメンを食べることはほとんどない。それは、ラーメン屋さんのラーメンは油が強く感じられ、食後も油の感じがのこりすぎるためである。
 私は、がまんしながらラーメンをやめたのではない。自然と体がほしくなくなったのである。

 肉好きの人も、菜食中心の食事に変えれば、そのうち自然と肉から離れられるのではないか。ちなみに、私はラーメンが食べたいときは、自然食品店で油分の少ないインスタントラーメンを買って食べている。