「正しい食生活」で健康に

体調不良の原因の大半は「食事」です

玄米でも不健康

玄米食なのに不健康(6)

 今日は、食養法指導者の二木謙三(ふたきけんぞう)と桜沢如一(さくらざわゆきかず)の両氏の指導内容とその問題点を紹介します。

 玄米菜食健康法のことを「昔の田舎の食事」のように言った人がいます。
 たしかにそうなのですが、明治以降の文明化(欧米化)のなかで、はじめに玄米菜食健康法を、治療法として説いたのは医師の石塚左玄です。

 その後、彼の影響のもと、多くの指導者が誕生してきたのですが、二木謙三と桜沢如一は後継の有力な指導者でした(二人とも1966年に逝去)。
 しかし、彼らは大きな業績の反面、多々間違いも起こしたようです。
 以下は彼らの指導法と問題点についての記述の引用です(河内省一『健康食と危険食』潮文社1968から)。

 二木謙三について
「二木式食養と言われているものは、陰性に片寄った食法です。
 それは、食塩・みそ・醤油などの塩気は無用であり、むしろ有害であるから使わぬ、ということや、二分間煮の野菜や果物は大いに食べるがよいと言われ、しかも、動物性食品も否定する、などの点から陰性療法に入る食法だと思います。
 事実、二木式の実行で、無気力になり、立ってあるけないほどに筋肉の収縮性を失った人や水ぶくれした失敗者を今日まで沢山診てきました。
 (中略)
 目が細く、丸顔で短躯(たんく)であった氏は典型的な陽性な人でした。
 陽性の二木氏から陰性の食法が創造されたのも肯けないことではありません。」

 桜沢如一について
「桜沢氏は長身で長顔、その目も特別大きくはなかったが、男性としては大きい方でした。
 (中略)
 陰性の桜沢氏から『陽性の食養』が生まれたのも、陰陽の自然だともいえましょう。
 陰陽を基礎にして真の自由を説かれた先生が『桜沢式普茶料理』と名付けたり、『玄米・胡麻(ごま)塩だけで、何時、だれが、どこでも、いかに長く実行してもよい。これが最高の食餌(しょくじ)だ』と言われるようになったころ、世間では『桜沢式食養』という一つの固有名詞が生まれていました。
 そして極端な水分の制限、生野菜や果物の否定、その上に塩からい料理というのが桜沢式であると、一般には受け取られていましたし、事実そういう一つの偏向がつきまとっていました。
 こと乳幼児や結核患者に対する食法として、そのような陽性偏向の食餌が実行された場合に、多くの失敗者を出したようであります。」

 今日の多くの指導者は二木氏や桜沢氏の失敗を知ったうえで各自の指導法を作っています。
 しかし歴史は繰り返すで、いつ片寄った指導法が出てこないとも限りません。

 私たちは一人の指導者を絶対視せず、何人かの指導者から吸収するといった精神をもつことが必要です。
 また、時には「自分の体験を優先させる」「自分の体に聞く」ということも大切だと思います。

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玄米食なのに不健康(5)

 前回、「玄米とヒジキだけ」「玄米ときんぴらごぼうばかり」で体調を崩した人の話を紹介しました。

 では、どうしてそのような食事になってしまったのでしょうか。

 私の推測では「重病人治しの食事法を普通の人が取り入れてしまったから」です。

 それに関連して推測半分・実話半分のお話をします。
 
 食養法の指導者にAという先生がいました。
 この先生に関し、私が講義を受けたことがあるMさん(食養指導者)は、「A先生は病気治しにかけては日本一」などと評しました。食事指導で病気を治すことにかけては日本一の腕前だったということです。
 また、食養法の歴史に詳しいNさんは、日本の歴史上の有力な食養指導者など10人ほどのうちの一人にA先生を入れています。
 私はA先生のことは全く知らないのですが、A先生は真の実力者だったようです。

 ところが、ちまたの噂を分析すると、A先生の本を読んだ人たちが、片寄った食事におちいっているようなのです。
 なぜでしょうか。
 私はその理由を、「A先生が、主に重病人向けに書いたものを、普通の人が自分向けに取り入れてしまった」と推測しています。

 以下は実名を出しての話です。
 私は甲田光雄さん(医師)の本が好きですが、全般的にみると甲田さんの本は、症状の重い人向けのものとみています。
 その昔、私が良く読み、人にも勧めた小倉重成さん(医師)の本も、同じように判断しています。

 いっぽう、森下敬一さん(医師)の本は重病人と一般人の双方向け、幕内秀夫さん(栄養士)の本は普通人向けと思っています。
 石原結實さん(医師)の一多くの本は、病気のすべての原因は冷えと判断しているように読み取れます。しかし、日本人で冷え性の人は多くみても約7割といわれています。冷え症でない人が石原さんの本を読むと、自分に合わないものを学ぶことにもなりかねません。

 さて、本日の結論です。
 本で玄米菜食健康法を学ぶひとは、複数の先生の本を読むべしということです。

玄米食なのに不健康(4)

 「玄米食なのに不健康」の理由の三番目は「食事の片寄り」です。つまり、食事が玄米と一部の野菜・海草などに片寄っているということです。

 具体例について説明します。

 まず、私が耳にした唯一の例です。
 4年前のある日、ある健康セミナーの出席者(Aさん)から以下の話を聞きました。
「玄米とヒジキだけの食事をしていた女性が30代で亡くなったと聞きました」と。
 亡くなった女性はAさんの知人ではありません。
 Aさんはこの話を食生活の指導的立場の人から聞いたようでした。

 つぎに諸先生の本からの引用です。
 まず幕内さんの本から
「玄米ときんぴらごぼうばかり食べて、自分の体の方まで本当にきんぴらごぼうのようになった人がね。色が黒くなって、げっそり痩(や)せているんです。そういう人には、年間10人ぐらいは接しますかね。」
(帯津良一・幕内秀夫『癒しの食事学』東洋経済新報社、1997)

 次は馬淵さんの本からです。
「ある老婦人が、主食は玄米、あとは野菜ととうふ、納豆などの植物性タンパク質しかとらなかった結果、肝炎と腎炎を併発した。1カ月の入院生活中、小魚などで動物性タンパク質を補給したところ、けろりと治ってしまった。」(馬淵通夫・馬淵恭子『自然治癒力復活療法』主婦の友社、1980)
(注)動物性食品を一切とらないで失敗している人の例は他の本でも報告されています。

 次は明石さんの本からです。
 「理想食を食べていれば良いか」に対して明石さんは否定的であるとした後に
「日常診察をしていて、玄米を食べて胃腸を悪化させ、野菜サラダ、果物で胃腸を荒らし、海草により胃腸の炎症を起こした例をいくらも診てきたからである。
 そして自然食の信奉者には割に『かたより』が多いことに気付くのである。たとえば玄米さえ食べていれば健康になる。野菜ジュースさえ飲んでいれば健康だ、という具合に。
(中略)
 胃腸の弱い場合には玄米ご飯より白粥(かゆ)の方がよい場合もある。
 野菜をそのままサラダにして食べるより、人によっては一定の時期ジュースにしてのんだ方がよいこともある」(明石陽一『小食のすすめ』創元社、1976年)
 明石さんは、「理想的な食生活」も、食べる人の体力によっては合わないこともあると指摘しているようです。

 ここで私が上記4つの例の共通点を述べるのは困難です。
 皆様、それぞれの文面から何かをくみとって参考にしてください。

玄米食なのに不健康(3)

 「玄米食なのに不健康」の理由の二番目は「副食の食べすぎ」です。
 玄米菜食健康法の本を読むと、ほとんどの指導者が「副食は主食より少なめに」と書いています。
 副食の食べすぎは玄米食ではご法度(はっと)なのです。

 ところが、マスコミを通して豊富な食品の紹介があるためか、どうしても副食が多くなってしまいます。
 たくさんの副食を必要とするのは主食が白米の時なのです。

 副食の食べすぎとは具体的にどんな場合でしょうか。
 3つあげておきます。

 第一番目は動物性食品の食べすぎです。
 玄米食をしながらガンになったある女性は、玄米菜食のはずが「もともと乳製品が好きでしたので、その後はついついバターや牛乳が食卓に上るようになっていたのです。」と、病気と再び相対することとなった理由を語っています(森下敬一『ガンは恐くない』文理書院)。

 二番目は野菜や果物などの食べすぎです。
 東城百合子さんは「副食が多くなると水分やカリウムなどが多くなって、細胞がふくれてふやけやすい」と書いています(『食生活が人生を変える』三笠書房「知的生き方文庫」)。
 また、多くの方が、生野菜や果物の食べすぎは体を冷やすと警告しています。

 三番目は全体の食事の量が多くなること、即ち食べすぎです。
 玄米菜食は少食とセットであるべきです。
 副食が多くては食事全体の量が増えてしまいます。

 ここで主食と副食の比率について触れておきます。
 私が4年ほど前に何冊もの本で調べたところ、指導者により異なっていますが、おおむね主食10に対し副食は3〜10となっていました。

 終わりに森下敬一さん監修の本から引用しておきます。
「自然医学の食事療法では、玄米や黒パンなどを主食にしますから、人体に必要な栄養分の多くは主食でとれます。
 したがって、副食は少な目でよいのです。というよりも副食を多くとると、かえって栄養のバランスがくずれてしまいます。玄米・菜食を実行しながら、病気がよくならない場合、副食のとりすぎが原因となっていることが少なくありません。」
(森下敬一監修、佐藤成志・阿倍倫子指導、ペガサス編集部編『ガンや慢性病を治す自然医学の食事療法』ペガサス1988)

玄米食なのに不健康(2)

 「玄米食なのに不健康」の理由の一番目は「全体の食事の量が多すぎる」ということのようです。
 諸先生の本を読みながら、そのように思ったのでした。
 しかし、丁寧に本を読んでみると、「全体の食事の量は多いが、玄米は良く噛んで食べている人」が病気になったというケースは殆ど出てきません。

 何故でしょうか。
 それは「玄米食をしながら全体の食事の量の多い人」は副食や間食の量が多いためと思われます。
 そのような人は、もはや玄米食中心の食事とはなっていないのです。

 では、「全体の食事の量が多いが玄米中心の食事」は健康に害はないのでしょうか。
 この点について小倉重成さん(医師)は、間接的ながら過食は危険と警鐘しています。

 小倉さんの本から引用します。
「………玄米は三食すると、かえって具合を悪くする場合がある。
 病の種類により、軽傷では二食でも治ることがあるが、難症、重症となると、一日一食でないと好転しないばかりでなく、しばしば悪化し、ベーチェット病や緑内障などの眼病では失明をまぬがれないことが多い。
(中略)
 重症・難症の治ってゆく食べ方の量と質ならば、健康な人にとっては病になり難い理想的なもののはずである。」
(小倉重成『自然治癒力を活かせ』第6版、1986、創元社)

 皆さんの多くの方は、「常時一日一食でやっていけるのか」との疑問が起きると思います。
 この点について小倉さんは、「一日一食の場合は、量質ともに相当に釣り合いをとるよう工夫する必要がある」と書いています。
 
 少食は大切ですが、私が、ここですぐに一日一食をすすめるものではありません。

(参考1)岡田医師は玄米について次のように言っています。
「(玄米は)脂肪分や蛋白質が多い分だけ食べすぎればその高栄養分が不完全燃焼し、血液をどろどろに濁らせ、酸毒化させることになる。」
 (岡田一好『血液健康法』経済界、昭和53年)
 玄米は白米と同じ感覚でたくさん食べてはいけないということです。

(参考2)私は、玄米食を始めて30年、この間、お医者さん(歯医者を除く)を必要とする病気になったことは殆どありません。これは、私が、「玄米菜食」と「少食」をセットにしていたためと思っています。

(参考3)『粗食のすすめ』(1995、東洋経済新報社)を書いた幕内秀夫さんが、その後、種々な理由があったとはいえ、肥満などで悩んだ時期があります。
 私は、その理由のひとつは幕内さんに「少食」の意識が少なかったためと思っていました。
 幕内さんはその後一日一食などを取り入れ肥満から解放されています。(幕内秀夫『実践・50歳からの少食長寿法』2004年、講談社)
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