このところ、昔撮った鉄道写真をアップしたことで、改めてスキャンしてある画像を整理していた。フィルムの時代の感覚というのが、今のデジタルが当たり前の世代には理解してもらえない感じがするのだが、フィルムの時代には取り敢えずなんでも撮っておくというのはあり得なかった。私も年令を重ねていく中で次第に色々撮っておく様になったけど、それでも何を撮るのかというのはかなり選別していたものだった。一枚ずつにコストが掛かり、持ち歩くフィルムにも限度がある以上必然とも言えるけど。そんな中で、振り返ってみるともっとこれは撮っておけばよかったなと思うのが、このDD13だ。いつも利用する地元の駅でも貨物の扱いがあって、DD13が来ていたものだった。ごく僅かに気まぐれのように撮影してあるだけで、あの当時はわざわざ撮るというのは考えられなかった。首都圏の貨物扱いのある駅への入換では、DD13の最初期型が活躍していたから一つ目のあの姿は見慣れたものだった。

手元にある一番古いDD13の写真は上野駅で撮ったもの。尾久への回送を出迎えに来た感じに見える。田端区のDD13でナンバーは分からないけど初期型。キャブの右側に常磐線の列車無線のアンテナが付けられている。三河島事故以来の対策で常磐線に入る車両は全てこれを装備していた。1971年9月上野駅にて。
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そして、地元の板橋駅での入換中。品川機関区所属のDD139号機。今は貨物の側線もなくなり、駅ビルが建っている。背景にはランドマークだったガスタンクも見えている。初冬に電車に乗ろうと思って駅のホームに出ると、石炭の燃える香りがしてハッとして周りを見回すと蒸気機関車はもちろんいなくて、貨物列車の車掌車のストーブの煙がたなびいていたりしたのを思い出す。1974年3月板橋駅にて。
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 一眼レフを手にして間もない頃に田端操の写真を撮ろうと思っていった時のもの。EF15と繋がって構内を行ったり来たりしていた。田端区所属のDD1320号機、これもキャブの右側に列車無線のアンテナが設置されている。1977年1月田端にて。
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これは同じ田端で撮ったのだが、改めて見ていたらこれは北王子貨物線を単機で走っている姿だなと気付いた。この線の廃止の頃に久しぶりに撮りに行ったけど、DE10がコンテナ車を引いていたっけ。築堤の上を行くのは初期型の一つ目のDD13。1977年1月田端にて。
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東京機関区の入り口のところで撮ったものと思う。今の三田警察署の裏手。この当時は三田警察署は線路の反対側にあった。ネガの状態が良くないのだが、品川機関区の初期型。DD138号機。1977年2月札の辻にて。
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 これは品川の八ツ山橋のあたりで撮った山手貨物線を行くDD13。丁度ナンバーと架線が重なっていて読み取れないけど 、一桁ナンバーなのは間違いない。品川機関区からどこかの駅に入替えに出掛けていくところだろうか。1977年5月八ツ山橋付近にて。
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品川機関区のDD13は今思うと、もっとちゃんと撮っておけば良かったと思う。初期型のDD13はあの頃は嫌になるほどの日常でしかなかったのだが、こんな風に車扱貨物が廃止されて入替えというのが過去のものになるとは当時は思いもしなかった。EF58の重連で知られた荷35レを撮りに行ったところにDD13も写り込んでいる。EF58、EF65F型、DD13、そして新幹線0系とどれもみんな過去のものになってしまっている。1977年12月品川駅にて。
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品川機関区のDD13揃い踏みという感じ。新製配置以来首都圏の入替え無煙化を達成し、入替えと小運転で車扱貨物を支えてきたのがDD13だった。地味だし、面白味もさしてないと思っていたけど、それは若気の至りというやつだったなと思う。どうしても華やかな旅客列車に目を奪われがちだし、非日常な長距離列車に憧れるというのは仕方なかったと思うけど。1977年12月品川駅にて。
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田端区のDD13は東京北側から埼玉にかけての入換を行っていたようだ。貨物船を単機で下っていくDD1327号機。EF80が12系客車を牽いて東大宮へ向かう回送列車でDD13を追い越していく。1978年8月赤羽駅にて。
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横浜は臨港貨物線があった。高島の横浜機関区所属のDD13が臨港線を走っていた。これは入替え作業中のところ。今は臨港線も廃止されこの辺りの風景も一変している。多分この写真では知らない人には場所の特定も難しいだろう。DD13190号機。1980年5月横浜新港埠頭にて。 
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この時は横浜開港120周年でC581号機が臨港線を走るというので、珍しく行く気になって撮ったもの。上の写真は事前にロケハンに行ったときに撮ったもの。今となってはこの辺りの当時の写真も貴重なものになってしまった。踏切待ちをしているのは、逆スラントノーズのいすゞ・ジェミニ。お祭り騒ぎの中でもしっかりお仕事中の横浜機関区のDD13190号機。これは山下ふ頭から貨物を引いてきた列車だと思う。背景はあんまり見えていないけど赤レンガ倉庫の辺りだ。1980年6月新港埠頭にて。
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入替えにお出かけの田端区のDD13113号機。貨物線を下っていく。後期型のシールドビーム二灯のこの姿よりも、一つ目の初期型がやはり懐かしく思われる。1980年9月東十条付近にて。
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もう一つ、これも撮った時には何も気にしていなかったけど、今見るとと言うやつで115系の非冷房車が走っているけど、左手の方には北王子貨物線の列車が写っていた。これも田端区のDD13。シールドビーム二灯の後期型のようだ。ワムが連なるこの北王子貨物線の紙輸送列車、この頃から変わらずに運行されていたのだなと思う。左手の工事中の高架線は東北新幹線である。1983年4月王子〜東十条にて。
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このDD13には仲間がいた。派生車種として北国でロータリー式の除雪車のDD14とラッセル車のDD15。この両車は雪国に配置されているので普段は中々お目にかかるチャンスがなかった。新津で出会ったロータリー装備の姿のDD14。1974年3月新津機関区にて。
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機関車部のアップはこんな感じ。ロータリー式の除雪部は外すことが出来るようになっている。とはいえ、外すのはかなり大事だけど。冬季以外は外して入替えに使えるという触れ込みだけど、冬季の入替えはどうするんだろう?というのは素朴な疑問。そのためにこの前の冬までは冬季の除雪予備として9600型蒸気機関車が一両新津には残されていた。1974年3月新津機関区にて。
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凸型の車体の多い国鉄ディーゼル機関車の中では、DD14は相当に異色の存在。ちょっと雰囲気がアメリカの長大貨物列車を牽引するディーゼル機関車を思わせるものがあった。タイフォンを装備しているというのも面白い。1974年3月新津機関区にて。
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ラッセル車のDD15はもう少し地味で、姿形はほぼDD13後期型のままである。これも脱着式のラッセル装備が特徴。ただ、これも簡単につけ外しできないから、冬季は除雪専業になるのだろう。新津では扇形庫に入っていて暗くてよく分からない姿。複線用のラッセルヘッド。DD1519号機。1974年3月新津機関区にて。
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そして、こちらはラッセルを外した夏姿。通常の運用に就いているとDD13と見た目は分からないくらい。金沢区所属のDD1531号機。これを撮った記憶がほぼ残っていないので、場所が特定できないのだが他部分富山だと思う。1976年3月富山駅にて。(多分)
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というわけで、DD13とその仲間を集めてみた。EF58なんて整理するのが嫌になるほどたくさん撮っているのに、DD13は身近な存在だったのにロクに撮影していない。もっと丁寧に撮っておけばとは思うけど、フィルムの時代というのは限られた資源で対応するのが基本だったから、中々目が向きにくいものは簡単に撮影する気にはなれないものだった。それでも、残っているものを見ていると、懐かしいと思う。