サイゴン・トリビューン

「3年間のサイゴン生活」「海外旅行の思い出」「いつも頭の中をよぎること」などを思いつきと出来心で書き綴るページ
このページはMozilla Firefoxで最適化しています(その他のbrowserでは写真の位置が移動することがあります)

 宮内淳主演の青春学園ドラマ「あさひが丘の大統領」は、「ゆうひが丘の総理大臣」の続編として放映された番組でした。当時は「ゆうひが丘の総理大臣」の原作漫画が週刊少年チャンピオンに連載中でしたので、今風に言えば「ゆうひが丘の総理大臣」からのスピンオフとなります。放映期間は1979年10月から1980年9月までの全36回で、この 「あさひが丘の大統領」が「飛び出せ!青春」から続いていた鎌田敏夫脚本の「青春学園ドラマ」の最終作となります。主演の宮内淳は生徒からあだ名「ハンソク」と呼ばれる大西先生役、ヒロインの教師役には片平なぎさ、職員室の雰囲気を盛り上げる脇役教師には、由利徹や樹木希林、青春ドラマには欠かせない秋野太作などが揃っていました。また、「ゆうひが丘の総理大臣」で教頭役だった宍戸錠が校長役に昇進していることも見逃せません。生徒役にも、当時の「青春学園ドラマ」の定番キャストの井上純一、藤谷美和子、北村優子となくてならないメンバーが揃っています。

 1970年代の後半に青春学園ドラマで優等生役を演じた斉藤とも子は、人気のドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」当時の1978年には17歳で役柄と同じ高校生だったようです。「グレーのブレザータイプの制服が似合う爽やかな秀才女子高生」が、役柄から想像する私の勝手なイメージとなります。その後のあまり汚れ役等の配役が少なかったようですので、爽やかなイメージのままで女優を引退していったように思います。

 学園ドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」は、鎌田敏夫脚本の「飛び出せ!青春」から始まる「・・・青春」シリーズや「俺たちの勲章」から始まる「俺たちの・・・」シリーズの流れを汲む「青春学園ドラマ」です。ブルー・ジーンズとフライトジャケットMA1で出勤して、生徒から「総理」というあだ名で呼ばれる大岩先生役には主演の中村雅俊の存在は言うまでもありませんが、脇役には由美かおる、篠ひろ子、岡田奈々、京塚昌子、神田正輝、小松政夫、前田吟、由利徹、名古屋章、宍戸錠など豪華キャストを揃えている点も注目されます。生徒役には、斉藤とも子、藤谷美和子、小川菜摘、北村優子、草川祐馬、そしていつでも生徒たちの中心的な存在として登場する井上純一などのもう一度見てみたいと思えるキャストとなっています。ロケ地には、八王子市周辺の多摩美術大学や南浅川橋などが利用されていたようですので、八王子市に住む従兄弟から撮影現場の見学に行ったことがあるとの話を聞かせてもらったこともありました。ドラマのエンディングでは、海や河を背景に4行の詩が流れていましたが、同じく中村雅俊が主演した人気ドラマ「俺たちの旅」のエンディング場面と似ているように思いました。

 「おくさまは18歳」「なんたって18歳!」に続く岡崎友紀主演のコメディシリーズの第3弾は、1972年10月から1973年9月にかけて放映された「ママはライバル」となります。国際線パイロットのパパ(高橋悦史)と娘のツバサ(岡崎友紀)の二人暮らしの家に、ツバサの学校に転校してきた同級生でライバルのマリが、父親の再婚相手として登場して三人の奇妙な同居生活を送ることになります。学校では同級生で家ではママという18歳シリーズに欠かせない「秘密の関係」はそのままに、二人のライバルが繰り広げるドタバタ学園コメディーです。主演の岡崎友紀の他には、パパ役に高橋悦史、近所のおばちゃんに冨士真奈美、校長先生に名古屋章など、「なんたって18歳!」と同じく豪華な脇役を揃えています。

 「おくさまは18歳」に続いて、放映された「なんたって18歳!」は、岡崎友紀主演のコメディシリーズの第2弾となります。1971年10月から1972年9月にかけて放映され、「おくさまは18歳」と同じく30分番組で全52回(1年間)という長く壮大なラブコメディーです。バス会社の社長令嬢青木まどか(岡崎友紀)は、許嫁との結婚を嫌がり家を飛び出して青山はるかと偽名を名乗り父親の経営するバス会社にバスガイドとして就職する。お嬢様育ちで世間知らずのはるかは、失敗を繰り返し上司からは最低最悪のバスガイドと呼ばれるが、何でも前向きで明るく乗り越えていく奇想天外なストーリーとテレビを見ている人に話しかけてくる設定が面白い。ドラマの中に登場するバス会社「国際自動車」の社内には個性的な脇役たちが生揃いして、ドタバタ劇を盛り上げます。婿養子で弱い立場の父親が田崎潤、とにかく若い運転手の平泉征、ドン・ガバチョでおなじみの藤村有弘が所長、怖い主任さんに春川ますみ、ちょっと意地悪な先輩の十勝花子、天然キャラで同期の松坂慶子など存在感の塊のような配役でした。

1970年9月から1971年9月にかけて放映された岡崎友紀主演の「おくさまは18歳」は、30分番組で全53回(1年間)という今のテレビドラマでは考えられないほど長く壮大な傑作ラブコメディです。当時人気アイドルだった岡崎友紀と個性派俳優の石立鉄男が主演の学園ドラマで、高校3年生の志村飛鳥(岡崎友紀)ととその学校の教師の高木哲也(石立鉄男)が夫婦で、そんな知られてはならない秘密の関係が引き起こす騒動が、毎回波乱に満ちて面白さ満点でした。主演の二人以外にも、寺尾聰、冨士眞奈美、うつみ宮土理などその演技がとても個性的なキャストが脇役に揃っていました。この後、続く岡崎友紀主演のラブコメディ・シリーズの「なんたって18歳!」や「ママはライバル」などの定番のシチュエーションがこのドラマにあると思います。

 高橋由美子と森脇健児の主演ドラマ「お願いダーリン!」は、日本国内の放送が1993年2月から3月がの全5回のとのことですが、私はこのドラマを見たのは、その2年後の1995年に台北を訪れたときに現地テレビ局の北京語字幕版の放送だったと思います。全5回のドラマを一日で一気に放送するという番組編成でしたので、ホテルでボーッとしながらそれらのほとんどを見ることとなりました。内容は、高校生の香織(高橋由美子)とその学校の教師の啓介(森脇健児)が夫婦で、そのことが周囲に知られないように学園生活を繰り広げるコメディです。この当時の私は毎日の仕事に追われて、ほとんどテレビドラマを見る機会はありませんでしたので、当時のテレビドラマの事情もよくわかりませんでした。配役が、人気を誇ったアイドルの高橋由美子と森脇健児の豪華キャストであったことにも、それほど興味をもったわけではありませんでした。興味をもった点は、小学生の頃に見た岡崎友紀主演のドラマ「おくさまは18歳」にそっくりのドラマであるということでした。最近になって、この「お願いダーリン!」は、「おくさまは18歳」のリメイク版であるということを知って自分の中で再評価をしています。

 民放局のラジオ放送には、「ピッポ、ピッポ、ピッポ、パー」の時報音直前に「□□□が○○時をお知らせします。」とスポンサーCMが一緒に流れるラジオ時報CMがあります。代表的なラジオ時報CMには、歌「白いひろがり・・・スジャータ・・・スジャータ。」・・・台詞「スジャータが3時をお知らせします。」などが全国的に知られていると思います。他にも、
台詞「まもなく10時、日本橋高島屋開店のお時間です。」
歌「ヤ・マ・ザ・キ」・・・台詞「ヤマザキパンが正午をお知らせします。」
歌「チョッコ・レート・・・チョッコ・レート・・・チョコレートは明治」・・・台詞「明治ミルクチョコレートが5時をお知らせします。」
など、特定の時間に限定したものもあったかと思います。
 このようなラジオ時報CMは、AMラジオ全盛の昭和時代の遺物かもしれませんが、ラジオが大好きで娯楽の一部となっていた私にとっては、忘れられないものとなっています。その中でも一番記憶に残っているものがスジャータのラジオ時報CMですが、たいへん残念なことに2012年12月31日を最後に終わりとなっているようです。

 私が神田の交通博物館を訪れたのは、昭和40年代後半のことでしたので、私の住んでいる地域でも鉄道路線が電化された頃でした。高速道路もありませんでしたので、年に一度あるかないか貴重でお楽しみの東京への移動には、当然のように国鉄を利用して、上野まで直通の急行列車に乗ることになります。自動券売機や自動改札のない時代でしたので、駅の窓口で駅員さんと対話しながら切符を購入するのが当たり前でした。最寄りの駅で切符を買うときに、「東京電環、大人○枚、こども○枚」と駅員さんに伝えるように父親に言われたのも、交通博物館を訪れるときだったと思います。
 今ではほとんど耳にしない「東京電環」は、「東京電車環状線」の意味で1972年以降は「東京山手線内」という名称に変更されているそうです。自動券売機やSuicaが全盛の現代ですので、窓口で切符を購入する時に「東京山手線内」と駅員さんに伝える機会もほとんどないかと思います。しかし、昭和の時代の人間ですので自動券売機の前でも、「東京山手線内 大人○枚」だと少し長く、「東京 大人○枚」では短く、「池袋 大人○枚」だと具体的で恥ずかしく、もはや「東京電環」とも言えず、どのフレーズがよいのか迷うことがあります。

 自分がこどもの頃に親父に連れて行ってもらった東京神田あった交通博物館での一番の思い出は、それまでに見たこともないような大きさの鉄道模型のジオラマのでした。当時は高度成長の時代でしたので、鉄道路線が次々と電化されて、蒸気機関車やディーゼル車から電車に代わっていく頃でした。電車特急・急行も普及して一般的になっていたかと思いますが、まだまだディーゼル特急・急行も活躍の機会がたくさんありましたので、自分のお気に入りのディーゼル特急「国鉄キハ80系気動車」がジオラマ内を颯爽と走る様子が、今でも脳裏に焼き付いています。新しくなった鉄道博物館のジオラマには、高層ビルが建ち並び、線路の高架化・複々線化も進んで、新幹線や成田エクスプレスが走る現代風なものに仕上がっていました。
DSC00973_RDSC00949_RDSC00956_RBlogPaintDSC00959_RDSC00960_R

このページのトップヘ