サイゴン・トリビューン

「3年間のサイゴン生活」「海外旅行の思い出」「いつも頭の中をよぎること」などを思いつきと出来心で書き綴るページ
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 厳島神社からの帰路は、JR宮島口駅から山陽線を利用してJR広島駅へ戻りました。駅ビル内で遅いランチを食べた後に、宿泊先の最寄り駅の銀山駅まで広島電鉄の路面電車を利用しました。広島電鉄には、レトロな車両から最新型の低床車両まで多種多様な車両を揃えているので、乗り物好きの私にとって、以前からとても気になる鉄道でした。広島市内の大きな通りを颯爽と走る路面電車は、メルボルンのトラムの雰囲気に似ているように感じました。
 2016年8月14日に広島市内を走行する広島電鉄を撮影した映像を掲載します。

 厳島神社のシンボルの朱色の大鳥居は、高さ約16メートルで木造では日本一高い鳥居となります。大鳥居は、本殿から100mくらい離れた海上に立っているので、満潮時には海に浮かぶように見えたり、干潮時には歩いて行けたりと変化する様子を楽しめます。干潮満潮の時刻は、ウェブサイトや神社入口に掲載されているので、大鳥居まで歩いて行けるタイミングを確認しておくとよいかと思います。
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 ユネスコ世界文化遺産や日本三景のひとつなど様々な表現で形容される厳島神社は、平清盛が一族の繁栄を祈って建てた千年以上の歴史のある神社です。海の上に建てられた建造物は、山や海の自然物と一体となる景観を作り、島全体が信仰の場所として作り上げられているようです。朱色の回廊で結ばれている数々の建物はそれぞれが荘厳で、平清盛から直接パワーをもらえる強力なパワースポットのように感じました。
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 7月末に広島・宮島を旅行した弟からは、「やまだ屋」のもみじ饅頭が美味しいと薦められていましたので、数あるもみじ饅頭のお店の中から「藤い屋」と「やまだ屋」に入ってみました。「やまだ屋」では、注文してからその場でもみじ饅頭を焼き上げてくれるコーナーがあり、焼きたてを店内で楽しむことができます。
 焼きたてのもみじ饅頭を食べる機会はなかなかありませんので、外側の皮の香ばしさとほかほかの中身の餡の絶妙なバランスに触れることができて、冷たいもみじ饅頭にはない味わいを知ることができるように思います。焼きたてのもみじ饅頭よりも、「もみじ饅頭ソフトクリーム」に興味津々の子どもたちは、アイスクリームコーンに付いてくる杓子せんべいですくいながらソフトクリームを楽しんでいました。
 お土産には、「もみじ饅頭」と「杓子せんべい」の他に、餅の入った生地で餡を包んだやまだ屋の人気商品「桐葉菓」を買いました。今回は滞在時間の関係で諦めましたが、この本店ではもみじ饅頭の手焼き体験もできますので、次回訪れる時には、是非ともやってみたいと思います。
やまだ屋 宮島本店
広島県廿日市市宮島町835-1
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 宮島の表参道には、数え切れないほどのもみじ饅頭を取り扱うお店が並んでいます。滞在先ホテルの送迎車のドライバーさんからは、もみじ饅頭を店内で焼いている「藤い屋」がお薦めと聞いましたので、参道を歩きながら立ち寄ってみました。広島で一番のシェアを誇る老舗とのことで、表参道を歩いている人々の多くが、「藤い屋」に吸い込まれるように入っていく様子が見られました。
 広島土産に「もみじ饅頭」をもらうことはありましたが、自分でお店を訪れるのは初めてでした。加えて、漫才ブームの頃のB&Bの島田洋七の「もみじ饅頭」のギャグで広島名物と認知しただけで、もみじ饅頭本舗のような一社が独占しているお菓子と思い込んでいました。広島・宮島を初めて訪れてみて、京都の八つ橋のようにもみじ饅頭にもいろいろなお店があることを知って、なんだか少し得をしたように思いました。
藤い屋
広島県廿日市市宮島町幸町東浜1129
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 宮島のフェリー乗り場を出ると奈良公園のようにたくさんの鹿が放たれています。奈良公園の興福寺から東大寺へ向かう参道ほどの数には及びませんが、餌を目当てに観光客に近づいてきます。東大寺の南大門前で餌を狙って向かってくるたくさんの鹿に驚いて逃げ回った苦い経験のある次女は、宮島到着直後は鹿に近づくことができませんでした。長男が鹿の角に触ろうとチャレンジする様子を見て、奈良公園にいる鹿のような観光客を背後からつついたり、服に噛みついたりするような飢えた鹿ではないことがわかり、帰る頃には恐がりの次女も東大寺南大門以来の鹿の恐怖を克服することができたようです。
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 宮島のフェリー乗り場から厳島神社までの表参道は、たくさんのレストラン、カフェ、もみじ饅頭屋、土産店が建ち並んでいます。観光客で賑わう通りの様子からは、浅草の仲見世通り、江ノ島の弁財天仲見世通り、東尋坊の東尋坊商店街などと共通するものがあるように思います。宮島グルメの「もみじ饅頭」「焼き牡蠣」「穴子飯」などを扱うお店を中心に、真夏に嬉しいかき氷やアイスクリーム、ちょっとお洒落にエスプレッソやカフェラテなどを揃えたお店など、伝統と流行が融合した面白さを感じます。
 また、宮島代表する伝統工芸品の杓子は、表参道商店街の一角にある「大杓子」や杓子の専門店「杓子の家」など、そのスケールの大きさや豊富な品揃えに圧倒されます。
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 オーストラリアのキャンベラ留学の前には、ブリスベンの語学学校に通っていました。ブリスベン郊外のホストファミリーの家にお世話になっていた時に、外国航路の船乗りをしているホストファーザーの弟さんと話す機会がありました。
 彼は日本への航海も度々あるとのことで、日本人に合うと必ず「Inland Seaって知っているか」と質問するそうです。多くの日本人は、The Pacific OceanやThe Japan Seaは知っていますが、Inland Seaは知らないと答えるようです。正確な標記は、Inland Sea of Japanとなるようですが、これが瀬戸内海の英語表記の一つとなります。宮島口からのフェリーに乗りながら、瀬戸内海を眺めている時に、ふとそんなことを思い出しました。

 宮島への旅行から戻って、旅行好きの私の父親と宮島航路の話をしながら、国鉄時代には4つの連絡船があったという話題になりました。国鉄が運航していた4つの航路は、鉄道連絡船の「青函航連絡船」「関門連絡船」「宇高連絡船」の3つと鉄道間連絡のない「宮島連絡船」でした。「関門連絡船」は関門トンネル開通の第二次大戦中に、「青函航連絡船」は青函トンネル開通の1988年に、「宇高連絡船」は瀬戸大橋開通の1990年にそれぞれ廃止となり、宮島航路は旧国鉄時代から残る最後の連絡船となります。「連絡船」という響きは、船上をカモメが飛び交う様子が白黒で映し出されるようなノスタルジックな雰囲気があります。演歌の歌声や旧国鉄時代を映し出す映画のなど、昭和時代のイメージにつながっていきます。
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