シャッター街の奇跡

シャッター街に人を集める秘策を知りたくはありませんか?シャッター街に奇跡を起こす物語です。

電力不足と買い溜め行動

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震災から3カ月が経った本日、久し振りにブログを書きました。

 

被災地の復興どころか復旧すら進まない現実に、憤る人は数多くいるのではないでしょうか。

 

各地で起こる原発反対のデモに対して、これからのエネルギー政策をどうするか課題は山積みです。

 

そして福島第一原発の免震重要棟ではギリギリの状態で放射能と戦っていらっしゃる名もなき勇者達が、どんな思いでこの3カ月を振り返っているのでしょうか。

 

福島第一原発の吉田昌郎所長は、東電本店から海水注入を独断で続けていたことを報告せずにいたことを口頭注意処分ということになりました。

 

本格的な夏を迎えるにあたって、定期検査で停止していた原発の再稼働が出来なければ、日本中が電力不足という事態になるかも知れません。

 

節電を意識してルミネでは夏恒例のバーゲンを前倒しで行うことを発表致しました。

 

バーゲン売り場では人の熱気で温度が上昇してしまう為に、設定温度を24℃まで下げなければならないので、夏本番になってからだと15%の節電が不可能であることが理由だそうです。

 

この動きは夏のクリアランスセールやバーゲンセールを予定している百貨店業界やスーパー、商店街へも大きな影響を与えることになりそうです。

 

更にサマータイムを導入したり、休みを平日にしたり各企業が工夫をしているようですが、電力不足の夏を迎える準備にはもう余り時間は残されていません。

 

被災地では買い物がいまだに不自由のようですが、都心ではまったく買い物には困らない状態に戻っています。

 

買い溜め問題は忘れ去られた過去の問題だったとなるのでしょうか。

 

寒い冬から春よりも、夏場は買い物したものを保存しておくには、必ず電力が必要です。

 

冷やす為には電力以外の方法は水しかありませんが、殆どの食料品を冷やすのは冷蔵庫の電力が頼りです。

 

私は夏場にエアコンを殆ど使わずに過ごせる人間なのですが、冷蔵庫の電力が止まったらと想像すると少し背筋が寒くなります。

 

商品を供給するスーパーや商店の電力がもし止まったらどうなるのでしょう。

 

夏の暑い時間なら食料品は1~2時間でもう売り物にならなくなってしまうでしょう。

買い溜め 肉類は腐るだけではなく問題となった大腸菌の繁殖問題があり、下手をすると死人が出る事態も考えられます。

 

昨年の夏も熱中症で大勢の命が失われています。

 

考えたくはないですが、ギリギリの状態で電力供給されているならば、不足の事態は当然起こることを予想しておかないとならないですね。

 

東京23区だけは夏場でも計画停電は行わないと東電は発表していますが、東京23区以外にお住まいの人はどんな準備をするのが良いでしょう?

 

想像してみて下さい!

 

暑い夏に突然停電になり、冷蔵庫の食品は腐って、皆が買い溜めに走り、陳列棚の商品がなくなり、食品を扱う店が皆閉まってしまったとしたら、あなたならどうしますか?

 

全国に600万人いると言われる買い物難民(買い物弱者)の問題を少し考えて貰う機会になるのでしょうか。

 

 

 

 

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吉田昌郎所長の決断

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目の痛みが回復傾向にありますのと、吉田昌郎所長のことが話題になり大変なアクセスを頂きましたのでブログを書かせて頂きました。

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今週は福島第一原発の1号機の海水注入が「中断した」「しない」で大騒ぎになっておりますが、国会もマスコミもその前に真水が無くなって、4時間以上も注水がされないでいたことが問題になっていないことが不思議で仕方ありません。

 

55分間の海水注入が中断したのは誰の指示だったとか、中断が無かったことが報告されていなかったことを騒ぐよりも、3月12日の午後には真水が無くなることが分かっていたのに、官邸も東電本店も現場に注水の指示をせずにほったらかしにした責任を追及するべきだと私は思います。

 

実際には東電本店は官邸の指示待ちで、官邸はアメリカへの対応や各被災地への対応でパニックになっていて、福島第一原発への指示どころでなかったと原子力安全委員の青山繫晴氏は取材して分かったことだと語っています。

 

3月11日の夜には翌日に真水が無くなると分かっていたことなのに、12日の朝ヘリで福島第一原発へ乗り込んで、現場の作業を遅らせて、更には真水が無くなってしまう為に、海水注入が現場で準備されていたにもかかわらず、東電本店は官邸の顔色を伺って注入指示を出さず、官邸はパニックになって菅総理は会議でも怒りながら矢継ぎ早に質問を原子力安全委員会の専門家に行った為に、「臨界が起こる可能性は0ではありません。」という言葉をど素人の菅総理、枝野官房長官、細野内閣補佐官が勝手に海水注入は臨界を引き起こすと勘違いして会議を終わらせてしまったのです。

 

菅総理の最後の指示が「止めろ」ではなかったものの、「詰めろ!」だったとのこと。

 

「詰めろ!」とはどういう意味か?

 

海水注入が臨界を引き起こすのかどうか「コンセンサスを詰めろ!」と会議に出席していた人達は認識していたようです。

 

つまり「コンセンサスを詰めるまでは海水注入が臨界を引き起こす可能性があるなら注入を止めろ!」ということを会議に出席していた人間は皆感じていたそうですが、国会ではそういう経緯の説明もなく「止めろ!とは言っていない。」という嘘の証言をしてしまったのです。

 

しかし、3月11日の夜には非常事態宣言をしているのですから全ての責任は総理大臣が取ることが法律にも明記されているので、既に責任を東電や福島第一原発吉田昌郎所長に押し付けることは出来ないのです。

 

3月12日に海水注入をするかどうかの会議を行っているのは夕方の6時過ぎです。

 

真水が無くなっているのは午後1時過ぎ頃ですからこの間に誰の判断で海水注入を始めたかということになります。

 

免震重要棟もう、こういう重大な決断が出来るのは現場のリーダーである吉田昌郎所長しかいません。

 

つまり官邸がパニックなっている間に、水素爆発が起こり、更なる危険を覚悟して現場に踏みとどまっている人間からすると、官邸や本店の指示等待っていたら、自分達の命と周辺住民の命が脅かせられると海水注入を始めたのです。

 

中断なんてこと自体がおかしな議論であって、実は海水注入の指示が、いつ、誰がしたかを問題にするべきなのです。

 

そして、決断して実行したのは誰だったか。

 

結果として、最悪の事態を起こそうとしたのは決断出来なかった官邸と本店で、最悪の事態を回避したのは現場のリーダー吉田昌郎所長なのです。

 

IAEAが調査に入った為に、今回の海水注入が中断されなかったことを吉田昌郎所長は告白しましたが、6月20日にはIAEAが世界に向けて調査発表を行って全ての過失責任は誰にあって、誰がこの危機を回避したのかが、つまびらかになるでしょう。

 

官邸が一生懸命に嘘をごまかす為に手を打っていますが、東電本店等は口裏を合わせる策を打てますが、IAEAの発表は官邸がどんな手を使っても実際に起きた事実を専門的見地から出してしまえば、もう今行っている官邸のつじつま合わせが全て嘘だったとバレてしまうでしょう。

 

日本の信用は失墜してしまう結果になることは明白ですが、権力だけが欲しかった人間達が権力を持つとこういう悲劇が起こるという典型的な事例として歴史に残るでしょう。

 

菅総理が言う「判断が正しかったかどうかは歴史が証明する。」という言葉はまさにその通りで、歴史に残る政治的人災事故として世界の歴史に残るでしょう。

 

今回の人災事故は悪人が誰で、正義のヒーローが誰かが分かりやすいですが、国民の命よりも子供の健康のことよりも、総理大臣の椅子をこよなく愛する菅総理は益々権力を発揮して自分の正当性だけを主張し続けるのでしょう。

 

歴史に残る偉大な活躍を今も続けているのは、福島第一原発で働く名もなき勇者達とそのリーダーである吉田昌郎所長です。

 

彼らの敵は目に見えない放射能だけではありません。

 

これから夏の暑さや来週にも通過しそうな大型の台風等の自然現象と、東京にいる権力を持つ人間達の業と戦っていかなければなりません。

 

勇気ある決断を下してくれた福島第一原発の吉田昌郎所長には本当に頑張って欲しいと思いますし、我々は応援し続けたいと思います。

 

大変な日本の危機を救う決断をした男は吉田昌郎所長なのですから責任を取らせるべき人間は他にいます。

 

危機を救った決断をしたヒーローに責任を押し付けるようなことをしたら、本当に世論は黙っていないと思います。

 

 

 

 

 

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もしも菅総理が大川小学校の教頭だったら・・・

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仕事で目の疲れから目に痛みが出てしまったので、仕事以外では極力モニターを見ないように目を休ませているのですが、たまたま気になる映像を見てしまったので、久し振りにブログを書きました。

 

4月10日に書いた『生死を分けた判断』で書いた宮城県石巻市立大川小学校を襲った津波で生き残った生徒の証言を目にしたのです。

 

生き残った僅かな生徒のうち5年生になる男の子が、津波に襲われた当時の様子を克明に語っていた報道番組を思わず見入ってしまいました。

 

大川小学校の悲劇は報道で多く取り上げられているので有名ですが、校長が留守にしている中で地震が起こり、教頭を中心に海岸近くにある高台を目指すことになった生徒と先生の列を前から津波が飲み込んで、教師11人中10人と生徒108人中74人の生徒が死亡行方不明となった痛ましい惨事です。

 

生き残った5年生の男の子の証言では目の前で津波に飲み込まれていく友達の様子や、流されてきた瓦礫にぶつかって気を失って山に打ち上げられたことをカメラの前で証言していました。

 

助かった生徒の何人かは同じように津波によって山に打ち上げられたおかげで助かったようです。

 

この男の子の母親と妹が津波で亡くなったようですが、「亡くなった人の分まで強く生きなければ。」と語っていたのが印象的でした。

 

4月10日の『生死を分けた判断』では陸前高田市立気仙小学校が裏山に生徒92人を避難させて全員が助かった事例を書いて、判断が生死を分けたことを書きましたが、映像を見て改めて判断の難しい状況だったことが分かりました。

 

大川小学校の裏山を登って助かった市職員の証言ですと、斜面の斜度は35度もあって簡単には登れる山ではないことが分かりました。

 

結果論からすると、津波が来るなら山に登るべきだったと言えますが、果たしてその場にいたならばどう判断をしたのだろうと考えさせられます。

 

4月10日の『生死を分けた判断』ブログでも特に両校の判断に対してのコメントを書いていませんが、亡くなった10名の教師が迫られていた判断の難しさは想像も出来ません。

 

大川小学校の悲劇はこれからも後世に伝えていかなければいけない話だと思いますが、生き残った子供達がきっとその役目を果たしてくれることでしょう。

免震重要棟

 

浜岡原発の運転が停止されましたが、だからと言って浜岡原発が地震に対して安全になった訳ではないですね。

 

福島第一原発の状況は原子力安全委員会のメンバーでリスクマネジメントの専門家である青山繫晴氏によって国民に映像として知ることができました。

 

そして、福島第一原発の免震重要棟で働く名もなき勇者達とそのリーダーの吉田昌郎所長の情報が伝えられて、ようやく少しだけ事実が政府から発表されるようになりました。

 

青山繫晴氏は国会でも堂々と今回の福島第一原発の事故は人災であると国会で証言しましたが、菅総理が吉田昌郎所長達の仕事を邪魔したことは間違いがないようです。

 

もしも、菅総理が大川小学校の教頭だったとしたら・・・裏山に避難誘導するか、海岸近くの高台へ避難誘導するか、それとも何もせずに怒鳴り散らして現場を混乱させてしまうのかと考えてしまうのは私だけでしょうか。

 

3月12日に福島第一原発へ乗り込んで行った菅総理の行動は青山繫晴氏によると、「言うことを聞かないなら東電を潰すぞ!」と怒鳴り散らして、吉田昌郎所長達の仕事を邪魔して帰ったそうですから、多分大川小学校へ来た父兄達と怒鳴り合いをしているうちに津波に襲われてしまうなんてことが想像できてしまいます。

 

菅総理は水素爆発が起こることが予想出来ていたら、震災対策会議を放り出してヘリで福島第一原発まで視察へいくなんて愚かな行為はしていなかったのでしょうか。

 

大川小学校で例えるなら菅総理が自ら津波を視察しに行って現場の教師や子供をほったらかしにして行方不明になっていることになりますね。

 

吉田昌郎所長が愚かな日本のリーダーに圧力を掛けられても、しっかりした信念で仕事をしていることを知って感激しました。

 

これから暑い夏が来ると作業はますます困難な状況になると思いますが、世界中の人が福島第一原発の名もなき勇者達を応援しているので頑張って頂きたいと思います。

 

 

 

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福島第一原発吉田昌郎所長の男気

 

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久し振りにブログを更新することになりました。

 

実は、今月から本来のテーマについて書くことを決めていたんですが、今取り組んでいる仕事が一段落してから書き始める予定でした。

 

しかし、どうしてもこのブログで伝えたいことがあったので、書くことにしました。

 

名もなき勇者達としてこのブログにも書いてきた、福島第一原発の免震重要棟で働く人々とその勇者達のリーダーである吉田昌郎所長の貴重な映像です。

 

いつこの映像が見られなくなるかは分かりませんが、是非多くの方に見て頂きたいと思ったのです。

 

独立総合研究所社長の青山繫晴氏の証言から、いかに福島第一原発の吉田昌郎所長が官邸などから圧力を掛けられながらも頑張っておられるかが良く分かります。

 

免震重要棟で働く勇者達のリーダーが素晴らしい男気のある方で本当に良かったと、私は感動すらしています。

 

昨日、菅総理から東海地震に備えての発表がありましたが、今やらなければいけないことは、次に起こるかも知れない津波対策が福島第一原発に必要なのです。

 

何故ならスマトラ沖大地震は最初がM9.1で大津波が襲い、その3ヶ月後にM8.7の地震で再び大津波に襲われて死者行方不明者30万人が出ているのです。

 

もし再び福島第一原発を大津波が襲ったらどうするつもりなのかを、日本政府は考えなければいけないのではないでしょうか。

 

では免震重要棟内部で働く人々と吉田昌郎所長の肉声をご覧ください。

 http://www.youtube.com/watch?v=Gu1Ul6FiQM8

 http://www.youtube.com/watch?v=UaxPQQ-SphM&feature=related


 http://www.youtube.com/watch?v=BJ6an0wc3xA&feature=related

 

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安全なはずの避難所が・・・

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自治体の指定避難所は「安全のはず」と避難した住民を大津波が襲ったのです。

 

地震発生で東松島市立野蒜(のびる)小学校に、徒歩や車で住民が続々と避難していました。

 

多くの人が体育館に誘導され、校庭や近くの亀岡公民館にとどまる人もいました。

 

教職員と協力して避難車両を誘導し、校庭の一角に仮設トイレを組み立てようとする人もいて、亀岡公民館では、女性たちが中心になって炊き出しの準備を始めていました。

 

野蒜小周辺は1960年のチリ地震津波でも被害がなく、東松島市が2008年に東北大の監修で作った津波防災マップの浸水想定区域にも入っていないのです。

 

体育館の中で先生がステージに立ち、ハンドマイクで子供たちや住民を励まします。

 

「先生、津波が来るって」と携帯電話を持った保護者が駆け寄ってきた時には、体育館の入り口付近でワゴン車が浮いていたのです。

 

既に市との連絡手段は絶たれ、指示もなかった為、現場で判断するしか方法はありません。

 

津波は一気に体育館へ流れ込んできました。

 

野蒜小に津波が到達したのは地震の66分後、午後3時52分ごろとみられます。

 

泥流は高さ3メートルのギャラリーの床ぎりぎりまで達していて、ギャラリーに逃れた人が、紅白幕をロープ代わりにして投げ込み、水の中でもがいたり、浮き沈みする人たちを救助していたのです。

 

校庭に止まっていた数十台の車が、渦を巻いて流され始めました。

 

降りしきる雪。

 

寒くて、震えが止まらず、しゃべれなかった人々。

 

ギャラリーには150人以上がすし詰め状態。

 

マットを浮かべ、一人でも多く助け上げようとしている男女がいた。

 

「野蒜小、ファイトー」。子どもたちが叫んでいた。

 

体育館の中の水は、日が暮れても引かなかったのです。

 

行方不明のわが子を捜そうと、必死に水をかき分けて体育館に入ってくる来る父親たちもいたのです。

 

野蒜小体育館午後10時半ごろ、ようやく水位が下がったのを見計らって脱出作業が始まりました。

 

校庭には泥水がたまり、がれきや車が折り重なっていたのです。

 

消防団員や父親らが、板や畳で橋を造り、子どもとお年寄りを誘導して、全員が校舎に移動できたのは真夜中。

 

この間、多くの人がぬれた服のままで待っていました。

 

割れた窓から吹き込む冷気とギャラリーの床が体温を奪っていき、お年寄りらが低体温症で次々と息を引き取ったのです。

 

校舎に移った後も、暖房もなく、そこで亡くなったお年寄りもいたのです。

 

体育館の1階フロアで10人ぐらい、ギャラリーで8人ぐらいが亡くなったと住民は証言しています。

 

体育館は震災翌日の3月12日以降、付近一帯で見つかった犠牲者の仮安置所になりました。

 

13日には、100人以上の遺体が運び込まれていったのです。

 

「最初から体育館を使わず、校舎に避難していればもっと多くの人が助かったのではないか」。犠牲者の遺族からは、そんな声が上がっています。

 

住民の証言や目撃情報によると、津波に襲われた指定避難所は野蒜小のほか、鳴瀬川河口に近い新町コミュニティセンターなど市内に複数あるとみられます。

 

「6メートルの津波が予想されます」(午後3時)「(石巻市)雄勝で9メートルの津波を観測しました」(午後3時47分)。東松島市の記録では、防災無線は切迫した状況を伝えたはずですが、野蒜小には届かなかった防災無線でした。

 

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日本では昔から「水と安全と情報はただ。」なんて言葉がありました。

 

最近では水すらガソリンより高い値段ですが、情報に関しては昔に比べるとはるかに安く手に入れられるようになっています。

 

安全もお金を出して買っている時代ですね。

 

現場を仕切るリーダーには冷静に状況を判断する胆力が要求されます。

 

リーダーの資質は正確な情報を早く多く手に入れて、正確な分析力で判断を下すことです。

 

医師が病気を診断するには検査情報が必要なように、震災の場合は一刻を争う状況で情報収集が必要になります。

 

医師が患者の命を救えるのは、明晰な頭脳と数多くの経験があるからです。

 

震災は一生に一度経験するかしないかですから、経験がないことに対処しなければなりません。

 

震災時には現場のリーダーになる危機管理責任者が必要だと思っています。

 

専門知識を有した人に現場指揮を任せるのが、子供達の命を守るために必要なことだと私は思います。

 

日本には安全な避難所など存在しないのかも知れませんから・・・。

 

 

 

震災に備えて日頃から準備をしよう!

 

 

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“おくりびと”と土葬の現実

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児童の捜索にあたっている香川県善通寺市に司令部を置く陸上自衛隊第14旅団は「最後の一人まで捜し出す」と、連日約200人を投入し児童の捜索にあたっています。

 

同旅団が活動を開始してから、17日で1カ月。

 

テント生活を送る宿営地と避難所は近く毎日、被災者の温かい声をかけてくれるのを支えに活動しています。

 

縁もゆかりもない地での必死の活動が、かけがえのない「絆(きずな)」を生んでいます。

 

土葬の現実宮城県の東松島市営墓地で遺族の了承を得た上でいったん土葬し、後に火葬する「仮埋葬」が自衛隊によって進められています。

 

旧リサイクル場敷地内に急遽(きゅうきょ)、造成された墓地には深さ約1メートル、幅は大人が横になれるくらいの穴がいくつも掘られ、ベニヤ板と鉄筋で仕切られているだけです。

 

自衛隊員が遺体の入った棺や袋を車両から運び出し、穴の中に丁寧に収め、最後に整列して敬礼する。

 

それが何度も繰り返されています。

 

市が用意したのは、墓標代わりの木の板と花立てで、板は無地で、故人の名前は記されていません。

 

宮城県内では仙台、気仙沼、石巻、名取各市と南三陸、女川、山元、亘理各町の8市町が土葬する方針を決定しています。

 

東日本大震災では燃料不足などで火葬場が稼働できない状態となり、枝野幸男官房長官が土葬を含めた柔軟な対応をするよう言及。

 

宮城、岩手両県は土葬を認める方針を取っています。

 

 

おくりびと岩手県大船渡市の葬祭業、鈴木洋さん(61)は“おくりびと”として3月11日の震災から極限の現場を見続けています。

 

顔見知りの女性の納棺を頼まれたのは13日の夜。

 

遺体安置所になった中学校体育館。

 

遺族が「裸ではかわいそう。早く旅の支度をさせてやってください」。

 

耳や鼻の穴に詰まった泥と砂をぬぐい、死に装束をまとわせ、遺族が思い残すことがないよう、一つずつ、一つずつ手順を踏んで旅の支度を・・・。

 

いつもなら花や思い出の品に埋め尽くされるひつぎには、納体袋に包まれた遺体しか入っていません。

 

死に装束の在庫が足りず、浴衣で代用し、傷んだ遺体を密封するため、寝袋のような「納体袋」に包んでいます。

 

物流は寸断され、家は流されています。

 

慣例では一つのひつぎには1人しか入れない。

 

それでも、母親の胸に1歳の女児を抱かせて見送りもしました。

 

「こんな状況で、最後まで手をかけてくれて本当にありがとう」と遺族の言葉が、極限に向き合った日々を支えました。

 

 

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最後の一人まで遺体を探す人々の思い。

 

遺体を仕方なく土葬する人々の思い。

 

極限の状態で遺体を旅立たせる人々の思い。

 

震災は多くの命を奪い、悲しい別れを強いる。

 

それでも、現実を受け入れるしかない中でじっと耐える被災者に対して、私達は一体何が出来るのだろうと毎日考えても、何も変わらない現実があります。

 

しかし、出来る限りのことをするしかないと、自分の出来ることをやるだけなのです。

 

希望の光が見えるその日まで前を向いていくしかないのです。


 

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被災した医師たち

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東日本大震災の発生から1か月間に、全国から被災地に医療支援に入った医師や看護師らの数は、1万5000人以上にのぼることが、読売新聞の調べで分かりました。

 

調査は今月14日までに、医療関連の各団体と都道府県を対象に、震災後1か月間に派遣した医療者の人数を電話などで確認。

 

一方、岩手、宮城、福島県の沿岸で、医師の死者・行方不明者が少なくとも計18人に上っていることが3県の医師会などの調べで分かりました。

 

医師不足の中、地域医療を支えてきた開業医が多い為、医師の確保が今後の復興に向けた課題になりそうです。

 

福島で3人、宮城で9人、岩手で6人の医師が死亡か行方不明になっています。

 

特に岩手県は全員が開業医で、陸前高田市で2人が死亡し、大船渡市と釜石市、山田町で計4人が行方不明になっています。

 

岩手県沿岸地域の宮古市周辺などでは、内陸部にある盛岡市の4割と少なく、震災前から問題化。交通の便の悪さ、過疎などで医師不足はさらに悪化する状況が続いていたのです。

 

 

五秒に一回、二十二時間。ひたすら人工呼吸器を押し続けた医師がいます。

 

震災のあった日、茨城県日立市の日立港病院の医師は三年目の岸龍一さん(27)だけでした。

 

地震発生後停電、間もなく非常用電源も使えなくなり、五十代の男性患者の人工呼吸器のバッテリーが切れました。

 

男性は筋萎縮性側索硬化症(ALS)で数年前に入院。

 

全身の筋肉が動かず、目に見える運動表現ができない状態。

 

人工呼吸器すぐに手動の人工呼吸器と、のどに開けた穴とをチューブでつないだ。

 

ゆっくり押し、ぱっと離す。

 

五秒に一回、規則的に繰り返す。

 

握り込む普段のやり方だと続かないと思い、手のひらと腰の間に挟んで続けたのです。

 

呼吸器をほかの人に任せたのは計約二時間だけ。

 

看護師らは転院先を探しても電話がつながらなかったり、ベッド不足だと断られたりして、やっと市内の別の病院が受け入れてくれることに。

 

岸龍一さんは救急車に同乗し、人工呼吸器につなぐまで見届けたのです。

 

しかし、男性は今月5日に亡くなりました。

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医師不足の中、必死に患者と向き合う医師達が震災の影響で更に厳しい状況に追い込まれています。

 

自らが被災者でありながら、被災した患者を診ることは大変なことだろうと思います。

 

医師としての使命感で頑張っているのだと思いますが、本当に凄いことです。

 

人の命を救える医師は凄いといつも思いますし、私自身も医師に助けられて今こうしてブログを書いています。

 

私は2度の大手術によって助けられていますので、医師や看護師を尊敬しています。

 

普段の仕事でも大変な職場なのに、医師不足の中で被災して、電力も乏しい環境の中で医療活動することは想像を絶します。

 

何とか全国の医療支援によって被災した医師の方々には少しの休息が出来ればと願うばかりです。

 

 

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「自分の身は自分で守る」の精神

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人気ブログランキング津波に流される千葉東也さん
岩手県釜石市の釜石港近くで、地元紙・岩手東海新聞社の記者だった千葉東也(とうや)さん(36)が津波にのみ込まれる場面を、国土交通省釜石港湾事務所職員が撮影していました。

 

港湾事務所の近くを流れる大渡川の河口へ取材に行き、写真を何枚か撮ったところで正面から津波が押し寄せ一気に濁流にのまれた瞬間を釜石港湾事務所の屋上から写真撮影したものです。

 

記録のために撮影していた写真ですが、まさに津波に飲み込まれる瞬間を写した貴重な写真です。

 

大津波の映像や写真は東日本大震災を後世に伝える上でとても大切です。

 

人から人へ津波の恐怖を伝承した地域とそうでない地域では、被害の大きさがまったく違っています。

 

生死を分けるのは一体何なのかは人間には分かりませんが、少なくとも過去の教訓を守った地域では被害が少なかったことは間違いありません。

 

 

奇跡的に助かった千葉さん明治時代の津波で壊滅的被害を受けた経験から、「自分の身は自分で守る」の精神を受け継ぎ、東日本大震災の津波に見舞われながら、外出先で不明となった1人を除く74人が無事だった集落が岩手県大船渡市にあります。

 

大船渡市赤崎町の合足(あったり)集落です。

 

海に近い民家4戸が全壊。

 

公民館や漁協の倉庫、約20隻あった船が流失したものの、当時集落にいた全員が無事でした。

 

ただ、陸前高田市の実家に出かけていた女性1人は現在も行方不明ということです。

 

今回の津波では、全員がそれぞれの家の裏山へと逃げて助かりました。

 

年1回の市との合同避難訓練では、公民館に集まっていましたが、今回の津波で公民館は全壊したのです。

 

明治29年の明治三陸津波では、住民約130人のうち81人が死亡、全戸が流失したという記録があります。

 

昭和8年の昭和三陸津波では約20人が死亡、約10戸が流されました。

 

2つの津波での被害を教訓に、高台への移住が進んだ為に被害は最小限でしたし、当時集落にいた全員が無事という結果が出ています。

 

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東日本大震災の教訓はこれからの防災マニュアルの礎になるのでしょう。

 

今回は全てが想定外のことと専門家は言いますが、自然の力は人間の想像を遥かに超えるのですから、これから更に大きな地震や津波が起こることだってあり得るということです。

 

首都東京も地震と津波が襲ってくる日が近いかも知れません。

 

「自分の身は自分で守る」の精神を持たなければいけないでしょう。

 

 

 

大地震や大津波に常に備えましょう!

 

 

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大地震はまだ続く

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今日は幕末の志士、高杉晋作の命日でした。

 

「おもしろきこともなき世をおもしろく」と辞世の句を残していますが、29歳にして病に倒れた高杉晋作の破天荒なパワーは大きく日本を変える原動力となったと思います。

 

古い概念を捨て去り、新しい感性により時代をリードする若者達が日本の夜明けを作りました。

 

復興を目指す日本に必要なことは、高杉晋作のようなパワーを持った若者達の志ではないでしょうか。

 

 

復興を目指す中で心配なことは、東京電力福島第1原発がある福島県浜通りを震源とする地震は、大震災以降80回を超え今日も余震はありました。

 

福島県浜通りでは、震災1カ月の節目となった今月11-13日にかけ、最大震度6弱の余震が2回、5弱の余震が3回発生。

 

大地震が東日本で起きる可能性も・・・今回の大震災のメカニズムは、1896年の明治三陸地震の37年後に、昭和三陸地震が引き起こされたメカニズムと共通していることを京都大防災研究所の遠田晋次准教授(地震地質学)が突き止めたということです。

 

その結果、「今、昭和三陸規模の地震が起きると、仙台市では10メートルの津波が押し寄せる計算になる」と読売新聞が報じています。

 

11日の余震(M7)では、同原発の原子炉6基中3基で注水が50分停止しました。

 

今後の巨大余震で、さらに長時間にわたり注水が止まると大変な状況になります。

 

東京電力福島第1原発の免震重要棟で作業する方々の安全も実に心配になります。

 

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東海、東南海での大地震はいつ来てもおかしくない状況です。

 

首都直下型巨大地震も同様に明日起こるかも知れないのです。

 

3月4日に「大地震が来たら買い物難民」で書いた1週間後に震災は来てしまったのですが、再び同じことを書きたいと思います。

 

明日大地震が来るかも知れません。

 

食料や水の備蓄は常にしておいたほうがいいです。

 

大地震が起こったら大勢が買い物難民になりますからね。

 

この警告は震災で皮肉にも大勢の方々が買い物難民になってしまいました。

 

被災地以外でも明日は被災地になっているかも知れません。

 

被災地に再び大津波が来る可能性もあるのです。

 

原発が大津波に襲われたらと想像するだけで背筋に冷たいものが走ります。

 

縁起の悪いことを書きたくないのですが、「安全ですから」と言って安全でなかったら大勢の命が危険にさらされます。

 

自然の力には人間のテクノロジーなど役には立ちませんが、常に備えることが今回の大津波から命を守った教訓なはずです。

 

 

 

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自衛隊員に精神的ダメージ

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政府は12日、東京電力福島第1原発1~3号機の事故を、国際的な原子力事故の評価尺度で最悪の「レベル7」と暫定評価しました。

 

免震重要棟内の写真公開レベル7は、過去には旧ソ連のチェルノブイリ原発事故(86年)しか例がありません。

 

東京電力福島第一原発4号機の核燃料貯蔵プールの水温が90度まで上昇していることがわかり、東電は13日未明、緊急に195トンの水をプールに放水しました。

 

こんなニュースが続く中、福島県の佐藤雄平知事は13日、菅直人首相が福島第1原発の避難区域に「当面住めないだろう」と発言したとの情報が伝わると「こうして苦労しているのに、そんな報道があったとは信じ難いし、信じられない」と強い不快感を示しました。

 

免震重要棟に泊まり込みで働く作業員の方々は、今どんな思いで過ごしているのか本当に心配になります。

 

毎日頻繁に起こる余震と先の見えない状況に精神的なダメージは相当なものだと思います。

 

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東日本大震災の被災地に即応予備自衛官として出動していた高知市の精神科医、小南博資さん(44)が7日、同市内で活動報告を行いました。

 

宮城県女川町を拠点に4月1日まで被災者の診療に当たった小南さんは、毎日の活動を終えた深夜には自衛隊員の相談を聞くこともあったそうです。

 

「明日も捜索に当たるが、正直つらい」「遺体の様子が夢に出てくる」という相談を受けたと報告しています。

 

世界の震災現場で活動してきた自衛隊員でも、同じ日本人で男女の区別もつかない遺体を毎日のように目にしたら、精神的におかしくなって当然だと思います。

 

想像するだけでも胸が苦しくなってしまうのに、毎日、遺体をがれきから救い出して運ぶ作業はどれほど辛いことだろうと思います。

 

昨日は助けられた被災者の方々が精神的に苦しんでいることを書きましたが、捜索を続ける自衛隊員もまた精神的に苦しんでいるのです。

 

確かに大津波が去った現場は、まるで戦場のようだったのでしょう。

 

相手が人間ではなく自然だったというだけで、そこは生死を分けた戦場だったのですから・・・。

 

 

 

日本は今こそひとつになって前へ進もう!

 

 

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生き残った罪悪感

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豪華客船ポセイドン号が、海底地震による大津波で転覆します。乗客の1人であるフランク・スコット牧師(ジーン・ハックマン)は、大混乱が鎮まると奇跡的に助かった人々と共に脱出を試みます。

 

9人がスコット牧師に従うことになり、あとの生存者は、救急隊がくるまでじっとしていた方がいいという事務長の意見で動きません。

 

一行はスコット牧師の指示に従い、船底に向かっていきますが、迫りくる海水と爆発により、一人また一人と命を落としていきます。

 

スコット牧師も元水泳選手だったベル(シェリー・ウィンタース)に助けられますが、彼女もスコット牧師を助けた後心臓発作で命を落とします。

 

お互いが助け合いながら必死で迫りくる海水から逃げながら船底を目指します。

 

そして、あともう少しのところまで来てスチーム・パイプが破れ、熱いスチームが噴き出し始め行く手を遮ります。

 

ポセイドンアドベンチャースコット牧師は一行を助ける為に、パイプに飛びつきハッチを閉めながら、神に向かって叫びます。

 

「私は全力を尽くしていれば必ず神が手を差し延べてくれると教えてきました。しかし、なぜ全力を尽くしているのにあなたは手を差し延べようとしないのですか!」

 

やがて力尽きて水中に落下してスコット牧師は命を落とすのです。

 

スコット牧師や元水泳選手だったベルのお陰で船底に辿り着いた6人は救助隊に救助され助かるというご存じパニックムービー・ブームの先駆けとなった記念碑的名作映画『ポセイドン・アドベンチャー』です。

 

子供の頃、この映画を観て「俺の死に方はこれだ~」とクラスメイトに興奮して話していたのを今でも良く覚えています。

 

誰かを助けるために命を投げ出す死に様は、私の中のヒーロー像なのです。

 

以前このブログで愛する人を助ける為に、死を覚悟して遺書を書いた話を書きましたが、今でもこの子供の頃に決めた覚悟は変わりません。

 

だから、常にその覚悟のもとで生きています。

 

これは物心ついたときから「男は女を守るもの!」という教えを何百回も聞かされて育ったせいかもしれません。

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今回の震災では大勢の方々が、誰かを守る為に自分の命を犠牲にして行方不明になりました。

 

そのことを罪悪感として苦しんでいる被災者が大勢います。

 

「自分だけ助かってしまった」と毎日思い悩んでいるのです。

 

しかし、助けてくれた人々は悲しんで欲しいとは思っていないと思います。

 

私からすると誰かを助けて行方不明になった方々は全員がヒーローです。

 

もし、私が命を落としたとしても、助けられた人が一人でもいてくれて、その人が「自分を助けてくれた人はこんなことをしてくれた!」と大勢に語ってくれたら嬉しいと思います。

 

だから、悩まないで名もなきヒーロー達の為にその生きざまを語り続けて欲しいと思います。

 

それが助けてくれた名もなきヒーロー達への一番の恩返しだと私は思います。

 

せっかく助けられた命なのですから、亡くなった人の分まで笑顔で生きてください。

 

どうかこの願いが届きますように・・・。

 

亡くなった人の分まで笑顔で生きましょう!

 

 

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二人のヒーロー

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世界の名手(マスター)が集う「ゴルフの祭典」マスターズ・トーナメントが閉幕しました。

 

松山日本のアマチュアで初出場した東北福祉大の松山英樹選手が27位と健闘し、ベストアマとして日本人初の表彰式に出席して、世界一の栄誉を受けました。

 

出場を迷った末のマスターズ出場でしたが、被災者の為に頑張った成果がローアマチュアという最高の栄冠を手にしたことは、どれだけ東北の人達に勇気を与えたことでしょう。

 

本人も「最終ホールのグリーンに上がった時の拍手にぞくぞくした。特別な1週間だった。こういう時期だし、応援がなければ出られなかった。日本はとても大変な状況だが、少しでも勇気を与えられたと思う。」と話しています。

 

本当に素晴らしい活躍で、アマチュアゴルファーのヒーローです。

 

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そして、もう一人のヒーローはご存じ石川遼選手です。

 

マスターズ開幕前のインタービューではこんな話をしていました。

 

 --気持ちを整理するのは難しかったか

 

 「日本ではスポーツが中断したり、延期したりという状態です。でも、今はスポーツ選手として、できることをやるしかない。スポーツをこういった機会にアピールしたい。スポーツの力は無限です。ゴルフの力も大きい」

 

 --今季の獲得賞金は全額寄付すると聞いた

 

 「家族とチームで話し合って決めました。プロになって4年目。過去3年、ボクはスポンサーに支えられて、ここまでこられました。今まで恵まれてきたので、今度は恩返しをする番。自分の日本における影響力は自覚しているつもりです。1年間寄付することで、ボクと東北はつながっていると思います。長い期間をかけて支援したい」

 

 --今、ゴルフをするのは大変ではないか

 

 「被災地では食料がないのに何百人が何時間も列を作って順番を待ちます。日本には、冷静で他人を思いやる気持ちを持っている人たちがいます。ボクは日本人でよかった。日本人であることを誇りに思います」

 

 --選手として被災者支援に責任を感じているようだが

 

 「(全額寄付という)大きな決断で、ゴルフに100%集中できる気がします」

 

まさに日本人の誇りを胸に、被災者と一緒にオーガスタ・ナショナルGCという難コースに挑んだのです。

 

そして、見事期待にこたえて20位という素晴らしい結果を残しました。

 

世界のトッププレーヤーだけが集まるこの大会で20位に入ることは、本当に大変なことです。

 

昨年までは自分の為の戦いだったのが、今回は被災者の為のゴルフだったことが、初の予選突破に繋がったのではないでしょうか。

 

今回の賞金は9万3200ドルで13バーディー、1イーグル分を合わせて約930万円が被災者へ寄付されます。

 

本当に素晴らしい日本の19歳2人です。

 

 

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生死を分けた判断

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想像してみて下さい。

 

もし、大勢の人の命が自分のとっさの判断で決まるとしたら・・・。

 

 

宮城県石巻市立大川小で、被災時の状況が目撃者の証言などから明らかになりました。

 

保護者や住民らの証言では、児童は11日午後2時46分の地震直後、教諭らの誘導で校舎から校庭へ移動しました。

 

大津波警報が出て、教諭らは校庭で対応を検討。

 

校舎は割れたガラスが散乱し、余震で倒壊する恐れもあった為、学校南側の裏山は急斜面で足場が悪いと判断。

 

そうした状況から、約200メートル西側にある新北上大橋のたもとを目指すことになったのです。

 

堤防を乗り越えて北上川からあふれ出した巨大な津波は、児童の列を前方からのみ込んでいったのです。

 

列の後方にいた教諭と数人の児童は向きを変えて裏山を駆け上がるなどし、一部は助かりました。

 

全校児童108人のうち7割が死亡・行方不明となりました。

 

市の防災マニュアルは、津波対策を「高台に上る」とだけ記しており、具体的な避難場所の選択は各校に委ねられていたのです。

 

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陸前高田市の気仙小では、避難訓練通りに机の下に身を隠した後、上履きのまま校庭に整列し、地域住民も集まり、避難は無事終わったかのようだったのですが、防災無線から「津波が堤防を越えました」とかすかな音が響いたのです。

 

堤防から約500メートルに学校はあります。

 

教師たちはすぐさま学校の裏山に児童を誘導したのです。

 

山には竹やぶが茂っていたため、比較的体格がいい高学年を先に登らせて低学年のための道をつくらせ、裏山に避難したのです。

 

校庭から12メートルほど高台に移って約1分後、ごう音と共に「茶色の水壁」が姿を現し、3階建ての校舎はのみ込まれ、逃げ遅れた人や家は流されたのです。

 

全児童92人が、教師たちの機転で津波から逃れ助かったのです。

 

命を救った瞬時の判断に保護者や児童からは感謝の声が上がっているということです。

 

 

福島県新地町のJR新地駅に停車中の電車が大津波にのみ込まれました。

 

相馬署地域課の斎藤圭巡査(26)と吉村邦仁巡査(23)は震災当日は福島市の警察学校から相馬署に赴任中でスーツ姿でした。

 

地震で電車が揺れた電車の乗客は20~70代の約40人。

 

乗客の携帯電話のワンセグテレビ機能から大津波警報が流れていたのです。

 

斎藤巡査は乗務員に「私たちは警察官です」と手帳を見せ、2人で乗客に「役場まで避難しましょう」と声をかけ続けたのです。

 

相馬署巡査2人、決死の避難誘導吉村巡査は『大丈夫。家族が来るから駅で待つ』というおばあさんを懸命に説得しました。

 

余震で車両がゆがみ閉じ込められないようすべてのドアを手動で開け、約1キロ山側の高台にある町役場へ誘導しました。

 

半信半疑だった乗客も、役場に着き背後を見ると不気味な大波が車や建物をのみ込んでいたのです。

 

誘導するときは「もし津波が来なかったら…」と多くの思いが心をよぎったそうですが、「警察官として何をなすべきか」を考えて行動したのです。

 

現在、斎藤巡査は相馬港に近い尾浜地区で行方不明者の捜索を続けています。

 

新地駐在所で捜索を続ける吉村巡査は、住民の声に元気をもらっているそうです。

 

約40人の乗客と乗務員の命を救ったのは、偶然乗り合わせた2人の巡査です。

 

彼らの行動を後押ししたのは警察学校で学んだ「制服を脱いでも『心の制服』は脱ぐな」という教えでした。

 

相馬署には、涙を流しながら訪れてくる乗客や礼状が相次いでいるということです。

 

大勢の生死を分けたのは一瞬の判断力でした。

 

津波から大勢の命を救ったのは、ほんの僅かな時間で判断を下したヒーロー達だったのです。

 

ヒーロー達の勇気ある行動はとても素晴らしく尊敬致します。

 

 

 

 

 

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明暗を分けた漁港

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アメリカの「タイム」誌が実施している、
2011年の「世界で最も影響力のある100人」のインターネット投票で「福島第一原発の現場作業員(Fukushima Power Plant Worker)」が12位にランクインしました。

 

昨日は福島第一原発重要免震棟の写真公開で、現場作業員の方々の顔も見ることが出来ましたが、メディアに登場して頂く日を全世界が待っていると思います。

 

福島原発事故が二つの漁港の明暗を分けました。

 

請戸漁港福島第一原子力発電所から約6キロ、避難指示区域(半径20キロ圏)にある福島県浪江町の請戸(うけど)漁港に入った漁業男性が、港に置き去りにした船が心配だった為、3月23日港に向かいました。

 

そこで目にした光景は、住宅に突っ込んだ状態の船。

 

港に面した場所に8年前に建てた自宅は、基礎部分だけになっていました。

 

人影の絶えた港町、漂う異臭、カラスの群れと男女の別もわからない遺体。

 

漁師達は震災後に捜索が出来ていればと、原発事故での避難指示で漁港に入れなかったことを後悔しています。

 

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東日本大震災で壊滅的な打撃を受けた宮城県気仙沼市に、地元のマグロ漁船「第18滝浜丸」が青森県八戸市沖から戻ったのは、震災翌日の3月12日。

 

乗っていた相楽直樹さん(39)が目にしたのは、重油まみれの海に投げ出された人々のおびただしい遺体。

 

遺体があまりに多く、接岸できない。海上保安庁に連絡しても「すぐには行けない」と言われ、逆に収容を依頼されたのです。

 

「こんな冷たい所に残していけるか。一人でも多く連れていこう」。

 

流されていく車の中に赤ちゃんを抱いたまま閉じ込められた女性、屋根につかまったままの姿で水に漂う男性…。

 

仲間六人と船のクレーンで車を釣り上げては中から遺体を引き出し、浮いている遺体は抱えて積んだのです。

 

作業の合間に、港に近い集落も見えました。

 

だがそこにあるはずの自分の家はなく「家族もだめなのか…」と絶望的な気持ちで、計二百体余りの遺体を収容して別の船に運んだのです。

 

三日後にようやく陸に戻っても家族とは連絡が取れません。

 

妻尚子さん(42)は宮城県大崎市の病院に手術のため十二日に入院する予定でした。

 

五日後にインターネットの安否サイトを見た人から、家族の無事を知らされやっと再会を果たしました。

 

検診が一日早まり、二人の娘と病院にいたため助かったのです。

 

いまだに行方不明者を探す被災者の方々が大勢いるなかで、相楽さんたちのお陰で家族の遺体を葬れた方々からするとどれだけありがたかったことでしょう。

 

自分の家が流された中での遺体収容作業は、どれほど辛かったことだろうと想像を絶します。

 

海の男達の本当に素晴らしい行動に敬意を表し、収容された方々が安らかに眠れますようお祈りいたします。

 

 

 

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免震重要棟内の写真公開

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本日、東京電力は復旧作業の拠点となっている同原発の「免震重要棟」の内部を撮影した写真を公開しました。

 

東電は事故発生後、1号機の北西約200メートルのこの建物に対策本部を設置しました。

 

2階建てで、自家発電機やテレビ会議用の部屋を備える。ゴム製の基礎部分が揺れを吸収し、震度7クラスの地震にも耐えられる設計です。

 免震重要棟

地震発生から4週間が過ぎました。

 

過酷な作業をしている作業員の方々の写真は公開されていなかったですが、この人達が世界から注目を集めているヒーローなのだと改めて思います。

 

名もなきヒーロー達がいつ家族の元へ帰る日が来るのでしょう。



3月31日のブログ「自慢の息子は、悪者なのか」に書きました、浪江町の自営業、佐藤安志さん(69)と妻敬子さん(67)の長男勝志さん(43)もこの中にいるのでしょうか。

 

1日も早く福島第一原発が危険な状況から脱して、放射線と戦う作業員の方々に休息の日々がくることを祈るばかりです。




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がれきから思い出の品を・・・

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被災現場を捜索する自衛官ががれきの中から取り出している物があります。

 

泥だらけになった写真やアルバム、トロフィー、賞状等、被災者の思い出の品々です。

 

人間にとって記憶は曖昧なもので、時間の経過共に変化していくものだと脳科学者は言います。

 

その記憶の変化を補うものとして写真があります。

 

家族の写真はとても大切なもので、亡くなった方の写真は必ず見えるところにあるものです。

 

私は子供時代と大人になってからと2度、思い出の写真を全て失う経験を持っています。

 

思い出は誰にとっても大切なものだと思います。

 

思い出探し隊ボランティアボランティアで写真を探したり、写真を洗ったりすることで被災者に思い出を届けることをしている人達がいます。

 

宮城県南三陸町で、町災害ボランティアセンターが被災現場で写真や卒業文集などを探し出す活動に取り組んでいます。

 

名付けて「思い出探し隊」。

 

被災者を少しでも癒やそうと、隊員たちはがれきの中を歩き回っているのです。

 

至る所にくぎやガラス片が散乱するため、鉄板入りの安全靴とマスク、軍手という完全防備です。

 

がれきをかき分け、目を凝らした隊員たちは廃材や泥に埋もれていた写真やネガ、年賀状、表彰状などを次々に発見していきます。

 

顔が写っていたり名前が書かれていたりと、所有者の特定が可能な品を拾い集めています。

 

お金は無くしても、また、稼げばいいですが、思い出の品はお金では買えません。

 

しかし、被災現場での作業は本当に大変なことだと頭が下がります。

 

そして、諦めたはずの思い出の品が戻ってきたときに被災者はどれほど感激するものでしょう。

 

お金も必要ですし、物資も必要ですが、人間が生きていく上では思い出もとっても大切だと思います。

 

私は思い出の写真や品々を失った経験を持つからこそ、思い出の品々を失った方々の気持ちが分かります。

 

今、地震が発生して揺れています。

 

宮城県沖で強い地震と速報がでましたが、また東北地方に津波注意報が出ました。

 

何とか被害がこれ以上出ないように祈るばかりです。

 

 

 

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心に沁みる炊き出し

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俳優で歌手の杉良太郎さん(66)が2日、妻で演歌歌手の伍代夏子さん(49)と、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市で手作りのカレーライスや豚汁、野菜サラダなどの炊き出しをして被災者を励ましました。

 

同市立大須小学校など11カ所の避難所を回り、昼夜合わせて計8500食を振るまったのです。

 

カレーのほかに水3トン、灯油3600リットルなどを用意。

 

20トントラック、タンクローリー車など計12台で総勢24人のスタッフとともに石巻市水浜地区に入りました。

 

杉良太郎「幼いころ母親から、『人さまのためになる生き方をしなさい』と諭されていたという杉さん。

 

駆け出しの歌手の頃は、約3年間食うや食わずで、アルバイト先のカレー店のまかないカレーしか口にできなかったそうですが、その経験がカレーライスの炊き出しに生きているのでしょう。

 


神戸市長田区出身の杉さんは、1995年の阪神淡路大震災などで
も救援活動を行った経験をもっているのです。


 
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義援金などは実はまだまだ被災者に届くまでには相当な期間が掛かります。

 

被災者にとって暖かい炊き出しは何よりありがたい支援だったと思います。

 

自ら車で寝泊まりしながら被災者に直接カレーライスを振る舞うことは、本当に素晴らしいですし、感動しました。

 

人間として人の痛みを良く分かっているからこそ出来ることです。

 

被災者にはとてもありがたみが心に沁みたのではないでしょうか。

 

とても尊敬します。

 

私の心にも沁みた炊き出しです。

 

 

 

 

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伊達直人現象再び

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4月2日のブログ「石川選手が被災者に・・・」でプロゴルファーの石川選手が今シーズンの賞金総額とバーディ、イーグル1個10万円の寄付を発表したことを書きました。

 

その石川選手が4日朝、TBS系の情報番組「みのもんたの朝ズバッ!」に生出演して、今週マスターズ・トーナメントが行われる米ジョージア州オーガスタから、全額寄付を決断した思いを初めて生で語りました。

 

石川オーガスタ記者会見「今はゴルフをしている場合じゃないとも思った。そんな中、自分のやるべきことは、被災者が前を向くことができるよう、手を差し伸べること。この(寄付の)決断はマイナスになる決断ではない。前に進めるはずだと思った」 「今まで賞金は両親が(ボクの)ゴルフのために使ってくれた。復興までには長い時間がかかると思うが、今後は被災した子供たちを支援していきたい」と語りました。

 

実に立派としか言いようのないコメントです。

 

マスターズでは石川選手が大注目されて全米のメディアが彼を報道しまくり、一躍日本の石川遼から世界の石川遼へとなっていくことでしょう。

 

多分、マスターズチャンピオンになることよりも世界中の一流プレーヤー達から尊敬を集めることでしょう。

 

たとえ、予選落ちをしたとしても・・・アメリカはヒーローを好む国ですから、石川遼選手は既にアメリカではヒーローになっているのではないでしょうか。

 

もし、マスターズチャンピオンになったら優勝賞金全額が義援金になるのですから、マスターズ史上初の歴史的快挙になります。

 

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被災者の為に頑張っている人達は大勢いると思いますが、その中でも一人の芸人さんに注目しました。

 

東日本大震災と原発問題で孤立化していた福島県いわき市に、支援物資を極秘で届けていたお笑い芸人がいます。

 

物資を届けようと思い立ったきっかけはNHKで「いわき市が原発の問題で救援物資が届かない。しかも老人たちが孤立してる」との話を聞いたことだそうで、その瞬間「『エガちゃ~ん…エガちゃん助けて~』『エガちゃんしかいないよ~』『エガちゃんの登場だ~』」といわき市から声が聞こえたらしいのです。

 

ご存じお笑い芸人の江頭2:50さんです。

 

何と消費者金融からお金を借りて苦労の末トラックを借りて、水やおむつ、ペーパータオルなどの物資を2トン車いっぱいに買える分だけ購入し、いわき市の老人ホームへ物資を届けたのです。

 

いわき市にある老人ホームで、スタッフからは本当に必要な物資だったと、何度も何度も感謝されたそうです。

 

江頭江頭さんは「感動しました」と言われることに対し、「いや、違うんだよ。ほかの芸能人はお金をもの凄い金額で募金してるじゃない。オレはお金ないからさ。体で払ってきただけなんだよ」と謙虚な姿勢を崩さず、「オレはちょっとの人間を喜ばせて、ちょっとの物資だよ。ながーく何日も何日もボランティアやってる奴に比べたら、全然大したことじゃないんだよね。いや正直な話言うと。ほんとなんだよ」と語っています。

 

言っておくけど、オレはこの話をするつもりはなかったんだよ。でも、新聞とかツイッターでいろいろ騒がれてるから、もうその真相を話すから」と、支援活動の裏側を話すのは本意ではないとコメントしています。

 

江頭さんはお笑い芸人なので堂々と名前を売るために活動していいと思います。

 

それが、芸能人なのだから。

 

でも、使命感に突き動かされて借金までして支援活動をすることに感動しました。

 

江頭さんをとても凄い人だと思います。

 

誰にも気付かれずに活動をすることは、昨年末から日本中に吹き荒れた伊達直人現象と同じですね。

 

私も毎日睡眠時間を削って活動をしていますが、誰にも何をしているかは話していません。

 

ブログにも書きませんし、これからも誰にも話そうとは考えていません。

 

被災者の方々に何かしたいだけだからです。

 

 

 

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平成の龍馬は孫正義社長

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ソフトバンクの孫正義社長(53)は3日、東日本大震災の義援金として個人で100億円を寄付することを明らかにしました。

 

また2011年度以降、社長を引退するまで役員報酬(09年度は約1億800万円)を全額寄付することも発表。

 

これとは別にソフトバンクグループとして10億円を寄付も発表しました。

 

先月、ツイッターでは震災孤児が18歳になるまで無償で提供することや証明書なしで被災者の新規契約を受け付けることを決定していましたが、とてつもなく凄いことで流石は「平成の龍馬」と言えるのではないでしょうか。

 

龍馬気取りをする政治家も多くおりますが、龍馬は民間人で日本初のカンパニーの社長ですから、やっぱり「平成の龍馬」と言えるのはソフトバンクの孫正義社長だと私は勝手に昔から思っています。

 

私がソフトバンクの孫正義社長と初めてお会いしたのはお互いにまだ若い頃です。

 

ソフトバンクはまだ上場前でしたが、その存在はベンチャー起業家では有名でした。

 

私の友人は当時、孫正義社長を若い頃から良く知っていて、「孫君」と呼んでいたのですが、「もう孫君とは言えないな~。」等と言って笑っていたものです。

 

私はその友人から呼ばれて行った場所に孫正義社長がいらして、随分と生意気なことを長々と話してしまったのですが、孫正義社長は私に自ら右手を差し出してくれて、私の意見に対して「私もそう思います!」と共感してくれたことを昨日のことのように思い出されます。

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孫正義社長人間としての懐の深さや発想の壮大さを思うといつしか「平成の龍馬」は孫正義社長だとずっと昔から思っていました。

 

2000年に孫正義社長がナスダックジャパンを作るときには、私にも上場オファーを頂き上場の為のプレゼンを行ったりしました。

 

ナスダックジャパン説明会のときに「もう詐欺師だ何だと言われることには慣れました。何かやろうとすると必ず叩かれるものです。」と話してくれたことは良く覚えています。

 

苦労して子供時代を過ごして単身16歳で高校を中退してアメリカに渡ったその行動力は、脱藩した龍馬と重なります。

 

龍馬はお金持ちの家で育ちましたが、交渉力の天才とプレゼンの天才と言われる孫正義社長が重なると思います。

 

ビル・ゲイツは慈善活動家になっていますが、孫正義社長もいつかそういう行動をするのだろうと思っていました。

 

しかし、このタイミングでこれからの役員報酬を全額寄付することを発表することは凄いとしか言いようがありません。

 

孫正義社長の社長室には大きな龍馬の写真が飾られています。

 

常に写真を見ながら龍馬ならどうするか考えるのだそうです。

 

今回の寄付に関してもきっと龍馬ならどうするのかを考えて決めたのではないでしょうか。

 

薩長同盟、大政奉還と大事業を成し遂げた龍馬は権力の為ではなく、志を持った実業家だったことから考えると、平成の大震災に何をするべきかを考え続けていたのでしょう。

 

そして出した答えがとてつもない寄付を継続していくということだったのですね。

 

「平成の龍馬」としてかどうかは別としても、歴史に名を残す人物となったことは間違いありません。

 

もう誰からも「詐欺師だ何だ」と言われない存在になられたことを私はとても嬉しく思っています。

 

これだけの行為をして、まだ叩く人間がいるとすればそれは人間の醜い嫉妬心しかないでしょう。

 

龍馬が斬られた真相は分かりませんが、私は「平成の龍馬」としてもっともっと孫正義社長がご活躍されることを期待しています。

 

きっと震災孤児達にも孫正義社長によって笑顔になる日がくることでしょう。

 

孫正義社長は歴史に残る偉大なる英雄です。

 

 

 

 

 

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東電社員2人が遺体で・・・

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福島原発で不明の20代東電社員2人が、遺体で発見されました。

 

死亡が確認されたのは、福島第1原発第1運転管理部の小久保和彦さん(24)と寺島祥希さん(21)の2人です。

 

2人は3月30日午後、4号機タービン建屋地下1階で発見されました。

 

現場は放射性物質で汚染された水がたまっており、お1人は水面に浮いた状態で見つかりました。

 

2人は震災当日の3月11日、4号機タービン建屋地下1階の調査に行ったまま行方不明になっていたものです。

 

死因は多発性外傷による出血性ショックで、死亡推定時刻は3月11日午後4時ごろで、津波に巻き込まれたとみられます。

 

福島原発で被災した作業員の方々は大勢いらっしゃると思います。

 

小久保和彦さんと寺島祥希さんは原発を守ろうとして津波に巻き込まれ命を落としたのです。

 

24歳と21歳ですから、これから楽しいことが沢山待っていたであろう人生だったと思います。

 

どんな思いで4号機タービン建屋地下1階の調査に行ったのかは想像するしかありませんが、使命感で危険を顧みずに決死の覚悟だったのだろうと思います。

 

小久保和彦さんと寺島祥希さんの死を無駄にしないためにも、過酷な作業をしている作業員の方々には頑張って耐えて頂きたいと願うしかありません。

 

お2人には心から深い哀悼の意を表します。


 
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3月31日のブログ「自慢の息子、悪者なのか」で書きました、現場作業で線量計が不足していて人数分が無い状況は改善されたようですが、過酷な状況下での作業には変わりはありません。

 

作業環境を心配する声が高まる一方、作業員らが危険を覚悟で臨んでいることも事実です。

 

ある東電関係者は「作業員たちは『とにかく自分たちで何とかするしかない』という思いを話している」と話しています。

 

作業員を出している協力会社も、派遣される可能性がある社員対象にアンケートを実施。

 

「派遣を拒否できる」ことや、拒否しても査定にも影響しないということを明示したが、全員が「行きたい」と答えたということには感動いたしました。

 

仲間が頑張っているのに自分だけ逃げる訳にはいかないという、日本人気質を表していると思います。

 

被災している家族を避難所に残して、原発で作業することはとても辛いことだと思います。

 

誰だって家族と一緒にいたいに決まっています。

 

しかし、自分達がやらねば誰がやると思っているのでしょう。

 

福島原発4号機現在、第一原発の敷地内で、防護服を着ずに過ごせるのは、外気が入らない特殊な構造になっている「免震重要棟」(2階建て)だけです。

 

2階の床や廊下での雑魚寝状態は続いています。

 

社員や協力企業社員の中には、自身が被災者であるケースも多く、「家族の健康や今後の生活など不安も多いだろうが、大半は口に出さずに頑張っている」と言います。

 

ケーブル敷設や水の除去などを終えた作業員たちは入り口で防護服やマスクを脱ぎ、下着1枚になって放射線量の検査を受けたうえでこの棟内に入るのです。

 

防護服や替えの下着も不足しているらしいのです。

 

原発内にとどまる時間が長くなれば、浴びる放射線量は多くなるのですが、先は見えていません。

 

原発の専門家は「300人では人数が足りない。5000人は必要だ。」と話しています。

 

海外からヒーローとして作業員50人が話題になっていますが、100倍のヒーローが必要な状況ということです。

 

東電社員が攻撃を受けているような記事を目にしますが、問題は東電経営陣と日本政府であって福島原発で働いている方々を責めるようなことはしないようにしましょう。

 

 

福島原発で作業している方々をみんなで応援しよう!

 

 

 

 

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