市原市に憲法と地方自治を活かす会 633
そもそも現在の市原市はどんなムラが集まっていたか、みてみました。写真をクリックしてください。
市原市のムラ 001

市の概要  市原市のおいたち

温暖な気候と海・山の幸に恵まれたいちはらの土地は、縄文・弥生時代を通じて遺跡がおよそ2,500か所、貝塚が45か所あります。
房総の地は良質の麻(昔は総と呼ばれていた)がたくさん採れたことから、総の国と呼ばれました。大化の改新の後、いちはらに上総国府が置かれ、文化や行政の中心として栄えました。
江戸から大正時代にかけては、本市を縦貫する養老川は、物資輸送の幹線として利用されました。

明治22年、大規模な町村合併によって172村が1町20村に統合されました。
蘇我・姉ヶ崎間に鉄道が開通したのが明治45年3月大正14年3月には小湊鉄道の五井・里見間が、昭和3年5月に中野まで全通しました。昭和32年から臨海部は埋め立て造成が行われ、わが国有数の工業地帯となりました。

昭和38年5月、五井、市原、姉崎、市津、三和の5町が合併して市原市が誕生。さらに昭和42年10月、南総町、加茂村が合併して1郡1市の今日の姿になりました。(引用ここまで

平成29年11月1日現在 世帯数及び人口 
★★ 全地区合計 ★★世帯数総数
1姉崎地区14,19229,54115,46414,077
2市原地区24,85252,04526,72525,320
3五井地区40,41987,39845,85741,541
4三和地区6,19214,4467,2747,172
5市津地区6,18313,9126,9027,010
6辰巳台地区5,17411,9086,2915,617
7南総地区10,31623,13211,64511,487
8加茂地区2,4085,1982,5772,621
9有秋地区6,19614,4377,5396,898
10ちはら台地区9,10925,93412,86113,073
今月全地区合計 (a)125,041277,951143,135134,816
先月全地区合計 (b)125,015278,085143,205134,880
増減 (a)-(b)26-134-70-64


世帯125,041戸  人口277,951人

小学校・中学校の所在地及び通学区域一覧小学校市立41校。中学校市立22校

市原市の市政は「これまでの総合計画」を見れば判ります。ここに出ている諸計画に税金を投入して「発展」してきました。

2005年から2015年までの計画は」「市原市基本構想【平成16年12月14日議決】」「改訂市原市総合計画」で推進されてきました。
これについては「総合計画の評価 」において、なされているとしていますが、税金がどのようにとうにゅうささたのか、その結果について、どのように「評価」「総括」しているのか、極めて曖昧です。
こうした市原市政の結果、現在強調されている、「人口減少・子高齢化・財政難」を克服するためというより、対応するために、ちはらづくりの方策として以下の文書が策定され、具体化が始まっているのです。その文書について、ご覧ください。

市原市人口ビジョン(分割版)(PDF:1,272KB) 2016年・平成28年3月
市原市まち・ひと・しごと創生総合戦略(分割版)(PDF:4,997KB) 2016年・平成28年3月 
市原市総合計画基本構想(本体)(PDF:587KB) 2017年・平成29年2月7日