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東方の三博士(9)

去年の続き

旅をしながら旅を探すバルタザールとホルミスダスとバダダハリダの三人組は、深い森の中へと入っていきました。
あまりに深くて暗いので、自分の顔も見えないことにホルミスダスは気づいて、パニックになってしまいました。
バルタザールとパダダハリダの顔をペタペタ触ったあとに 自分の顔を触って、「やっぱり見えない」と叫びます。
「もともと自分の顔なんて見えないだろう」
そう言うバルタザールの言葉も耳に入らないようです。
パダダハリダはホルミスダスを押さえつけて耳元で叫びました。
「ホルミスダス、考えてみろ。自分の目を見ることができるやつはいない。自分の右手で右手と握手できるやつはいない。これは普通のことだ」
「ではなぜ脳は自分のことを考えられる? もしお前の脳が何かを考えたことがあるというなら、答えてみろよ」
「そりゃ、右手で左手とは不器用ながら握手できるし、鼻がよほど引っ込んでれば右目で左目を見ることだってできるだろう。脳ってのは多分、そういう色々組み合わさったものだから、脳の一部がほかの部分を考えることはできるんだろうさ」 
「なるほど、では俺の顔というのは、どちらかというと、分けることのできない一体なものに近いということか?」
「いや、そういうことじゃないが……」
 バダダハリダの言葉が止まります。ホルミスダスの顔が中心の一点へと潰れ始めてしまったからです。顔自体が、分けることのできない一体なもの、つまり窓のないモナドへと潰れて行こうとしているのです。
「あわわ、どうしようどうしよう。このままではブラックホールになってしまう」
バダダハリダは慌てふためいて、何もすることができません。
「鼻だ!」
バルタザールが叫びます。
「「鼻?」」
二人には何のことかわからない様子。
「バダダハリダがさっき言っただろう。鼻だ。鼻があれば、誰だって寄り目にすれば自分の鼻が見える。唇を尖らせれば唇だって見えるさ」
そう言われて、ホルミスダスはもうほぼ一点に潰れてしまった顔で寄り目にしたり、唇を尖らせたりします。
「なるほど、確かに自分の顔が少し見られる」
ホルミスダスは納得して、元の顔に戻りました。綺麗でも格好良くもない顔だけど、この時ばかりは安心できる顔でした。
「どうやらこの森はどこか変だな」
バルタザールが呟きます。
「人の心に迷いをもたらす森かもしれないぞ」

(来年のクリスマスに続く)
 

国体

 いくら愛していても、相手のことはよくわからないものだ。私はてっきり彼女は右翼なのかと思っていた。なにごとにつけ、自分を国家と同一視したがるからだ。しかしそれは違っていた。彼女は国家になりたがっていたのだ。ルイ14世でもあるまいし、今どきそんな世迷いごとを言う人間がいるとは思わなかった。だから彼女が本気であることになかなか気づけなかった。早く気付けていれば彼女を止めることができただろうか。いや、そもそもやはり止めなかったのではなかろうか。なぜなら私は彼女を愛していたのだ。私は彼女の望むことはなんでもかなえてあげたいと思っていた。彼女が国家になりたいというなら、それを手助けする以外の選択肢は私にはなかった。一介のマッド・サイエンティストとして私にできることと言ったらそれくらいだ。
 彼女が本気で国家になろうとしていることに私が気づかされたのは、彼女が手術で胃を拡張してまでものを食べ続け、際限なく太っていこうとしたからだ。国家になるためには、やはりそれなりの大きさが必要、と彼女なりの知能で考えたのだと思う。日に日に彼女の体はぶよぶよと膨張し、いつしか彼女はベッドから立ち上がることもなくなった。彼女の体は明らかに軋みをあげて崩れていこうとしていた。通常の肉体は国家を成すほどの大きさに耐えることはできないらしいのだ。私はなんとかしなくてはいけない、と思った。
 そこで彼女の体にナノマシンを注入していくことにした。血糖値の以上によって破壊されていく細胞を、ナノマシンが少しずつ置き換える。それによって、より強靭な組織が彼女を支える。
 この処置が彼女を変えてしまうのではないか、という心配もあった。しかし、どの瞬間にも彼女は彼女のままだ。我々の体は普通に生きていたって、毎日多くの細胞が死に、代わりの細胞に置き換わる。神経細胞などを別にすれば、我々の体の大部分は3ヶ月で入れ替わってしまう。だからと言って、我々が別の存在になってしまうわけではない。同じように、その巨大な体を抱えてまた生き生きとし始めた彼女は、やはり私の愛する彼女だったのだ。
 新しい組織を手に入れて、彼女はますます巨大化していった。そこでいくつかの問題が発生した。まず、末端の感覚が希薄になってしまった。例えば尻で私を押しつぶしそうになっても、彼女はそれにあまり気づかないようだった。彼女の神経細胞は、そんな巨大な体の隅々にまでいきわたるようにはできていなかったのだ。また、いくつかの感覚器官が、彼女の肉体に対して小さすぎることも判明した。彼女の目は、重い肉の間に埋もれて、外界から隔離されて以降としていた。私はそれを機械へと置き換えようかと考えていたが、予算的に厳しいことが判明した。そこで人を雇うことにしたのだ。最近では、機械よりも人の方が安い。そこで彼女の目を摘出し、その空いた空間に観測員を配置し、その観測員が私が設置した装置で彼女の脳に様々な情報をインプットするようにした。神経については電気ケーブルや光ケーブルに置き換えたので、様々なインターフェースを設置することが可能になった。
 予算の関係の苦肉の策であったにも関わらず、この決定を彼女は喜んだ。自分が国家に一歩ずつ近づいていくことが実感できたのだ。徹底的な面接の末に選んだ彼女の目は、もう片方の目と連携して、立派にその仕事を果たしてくれた。この成功が後押しになり、次々と彼女の部品が人間に置き換えられていった。人選の失敗も何度かあったが、次第に組織のルール作りがなされて、運営は軌道に乗り始めた。
 いつしか私は、彼女の部品を雇った人間に置き換えることに疑問を感じなくなっていた。それは彼女の細胞をナノマシンに置き換えることと、大した違いがないことのように思えたのだ。
 そのころには彼女の内臓は巨大な工場になり、厳格な監督のもと、訓練された工員たちが秩序正しく働いていた。警察や軍隊が組織され、彼女の体の中の平和を守るため、身体の隅々まで監視の目を光らせていた。そして脳も、もともとの彼女の脳を中心に、コンピュータ網が構築され、先端的な研究をする何人もの技術者集団によって運営されていた。彼らは彼女の体の中に住み、彼女の体の中で生産される様々な食品によって養われていた。そしてとうとう彼女の体の中で彼らが子どもを作り始めていた。
 ついに彼女の夢が叶おうとしている。彼女は国家になるための準備を終えたのだ。私は思わず涙ぐんだ。彼女の目も思わず涙ぐんでいた。彼女の中の最古参である彼女の目は、彼女が少しずつ国家に近づいていくところを、その目で見続けたのだ。彼女の口が言った。
 「ありがとう。あなたがいなければここまでくることはなかった」
 と。
 それは、昔の彼女の声とは似ても似つかないものだった。そもそも今の彼女の口は男性だった。しかし私にとってはそれは小さな違いだった。私は彼女の口に口づけした。彼女の口もそれを受け入れてくれた。
 彼女は言った。
 「子どもが欲しい」
 と。
 それは彼女なりに考えに考え抜いた言葉だったのだろう、と思う。個人として子どもを産むことは、国家になりたいという彼女の夢と大きく矛盾する。しかし、これ以上彼女の国家化が進んでしまえば、じきに子どもを作ることどころか、私の意思疎通を図ることすら困難になってしまうだろう。今が最後のチャンスなのだ。
 私たちは、彼女が国家になることを本格的に目指して巨大化し始めたときから、肌を重ねたことはなかった。あれからもう10年以上の時が過ぎてしまったのだ。感慨がないと言えば嘘になってしまう。
 彼女の残り少ない肉体の部分である彼女の女性性器の前に立って、それを覆った布を懸命にはぎ取ろうとした。昔から得意だとは思っていなかったが、こんなにも大変だったろうか、と考えた。彼女の手たちが何人かやってきて手伝ってくれたおかげで、どうにかこの仕事を終えることができた。そう言えば昔からこうだったかもしれない。
 露になった彼女の性器の前で、私も服を脱ぐ。彼女の手がそれを手伝おうとするが、なんとなく自分で脱ごうと思った。彼女の目が私の裸を見ていた。
 「あの頃よりも貧相になったかな」
 と言ったら、彼女の口が
 「もとからだから大丈夫」
 と冗談を言った。
 私は彼女の入り口にキスをした。何度も何度も。彼女の手たちが私の体を撫でて、私を奮い立たそうとした。彼女の入り口が湿ってきて、私を受け入れた。それは私を飲み込まんばかりだった。
 久しぶりだったこともあって、私は夢中になってしまった。あまりに夢中になりすぎて、ことの真っ最中にいつの間にか彼女の性器も性器役の人間に置き換えられていたことに気付かなかった。私はその中に精を流し込んだ。それは彼女の子宮役の人間に受け渡されて、そして私たちの子どもが生まれた。それは奇しくも、彼女が主要国家に国として認められたのと同じ月の出来事だった。
 私も、私の子どもも、今では彼女の国民として生活している。私は古い骨を溶かす仕事をしている。毎日忙しくて、家に帰るとクタクタになっている。しかし、男手一人で育てている娘の顔を見ると、その疲れも吹き飛ぶようだ。その娘は彼女には全く似ていない。肌の色も髪質も何もかもが違い過ぎる。
 それでも彼女が大きくなったとき、彼女の周りのすべてが彼女のお母さんなのだと説明したい。

友人が死んだ

彼が、消えていきたい、とずっと思っていることは折に触れ聞いていた。
本気だとは分かっていた。
薬でべろんべろんになっているときは、少し消えられて、楽なんだと思っていた。
だが、なぜかその日が今日だとは思っていなかった。
明日も、消えていきたいと思いながらそこにいると思っていた。
そんな明日は来なかった。
消えていく文化が好きな奴だった。
消えていく文学が好きな奴だった。
そういえば奴はバンドの「たま」が好きだった。カラオケでもよく歌っていた。「たま」の歌は、メンバーでハーモニーするので、私もパートの一つを担当することがあった。
「たま」には、美しく消えていくことを歌った歌がいくつかある気がする。
今夜は「たま」を聞こうと思う。

奴のいない世界に、知久寿焼の声が妙に移ろに響き渡る。美しいハーモニーとともに消えていくことなど、我々には出来ないのに。
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