けんさく。

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On Lispを読み終わった

On Lisp
ポール グレアム
オーム社
2007-03-01


面白かった。
途中から「ポール・グレアム頭いいなあ!」と思うだけの本と化している気配はあるが、とにかく流れを追っていくと、ポール・グレアムが頭がいいことがわかる本だ。
Lispのマクロをガンガン書いてくれる本というのがそもそも貴重である。そして、ポール・グレアムがマクロを駆使して、分配束縛、パターンマッチ、非決定計算、擬似prologによる簡易論理プログラミング、ATNによるパーサ、簡易オブジェクト指向、などを短いコードでどんどん実現していく。
これはめくるめく体験と言って良い。
これを読んでLispのマクロが書けるかと言われると微妙である。実際に書こうとするとまた苦労しなくてはいけないだろう。
実際この本はマクロを教えてるというより、ポール・グレアムのマクロカタログ、と言った方がいい感じになっている。あんまり教えてはくれてない。
でも、Lispを問題領域にぴったり寄り添った言語(DSL)に育てていく。そのためのLispの上にLispを置いて、抽象化の層をどんどん追加していく。というLisp独特の考え方は学ぶことができる。
そして何より一番はマクロの力を知ることができる。
自分で素早くマクロを書くことはできなくても、この本を読んでおけば、「これってポール・グレアムが賢く解決してたタイプの問題だよなあ」と気づくことができる。
そうするとマクロを試してみようとするし、そうすればマクロを書く苦労もできるし、マクロを書く能力も上がっていくという寸法だ。
マクロの書き方を教える正しい方法って、もしかしたらまだ開発されてないんじゃないか、って気もする。

ここから、Lisp本をとにかく読んでいって、どこかに書評をまとめよう。
そして、いつか自分でLispの本でも書こう。

Twitterの右上のキラキラ

Twitterの右上のキラキラの正体は一体なんなのだろうか。いくら考えてもわからなかった。
色合いからクリックなりタップなりできる要素であることは、長いインターネット経験からわかった。しかし、こんな得体の知れないものをクリックしたくない。
UIというのは、見ればそれを操作した時に何が起こるか自然にわかるものであってほしいし、理想的には意識することすらなく使えるものであってほしい。しかしこのキラキラは一体俺に何を求めているのか。何をしてほしいのか。全くわからなかった。
もしかして、このボタンは押して欲しくないのだろうか。Twitterはこのボタンを押されると困るのであろうか。
おそらくTwitterは何かを隠している。しかし隠しきれずにその光が漏れている。その光がこの右上のキラキラなのだ。
私はこのキラキラの正体を明かさねばならない。そう思った。どんなに長い旅になろうと、このキラキラの光源を求めて、野を越え山を越えなければならない。
しかし、旅に出るわけにはいかない。なぜなら仕事があるから。有給はコミケ休みに使わなければいけないので、あまり贅沢に使うわけにはいかないのだ。
だから、頭で考えるしかない。Twitterのタイムラインが表示されたディスプレイだけが青白く光る、暗い部屋の中で一人、考え続けるしかないのだ。
なぜTwitterはそれを隠そうとするのか。隠すからにはそれは大事なものに違いない。そして、それをTwitterは独り占めにしているのだ。
それがなんなのかは、Twitterが我々に何を提供しているかを考えると、逆にわかるかも知れない。
Twitterが我々に提供しているもの、それはホームだ。
TwitterのWebクライアントだと家のアイコンの横にホームの文字が見えるだろう。
しかし、本当にこれがホームと言えるのだろうか。「トップツイートがタイムラインで優先的に表示されます」とあるが、そんなもの見たくない。私はただフォローした人のツイートとリツイートが見たいだけなのだ。選んでもいないツイートは見たくないし、フォローした人がフォローしてる人のツイートも見たくないし、「いいね」したツイートはなおさらだ。
しかし、Twitterは我々をこのホームにどうしても縛り付けたいらしく、一定時間アクセスしないとこのホームに戻すとまで言っている。まあ、私がTwitterをしていない時間というのは、私がこの世界に存在していない時間しかありえないので、そんなことはとてもありえないだろうが。
なぜ、Twitterは我々にこのようなまがい物のホームを押し付けるのか、それは恐らくTwitterが本物のホームを独り占めにするためである。
そう考えると、世の中の全てに説明がいくことがわかるだろう。電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、全てこれが鍵だったのだ。
恐らくTwitter社の地下奥深くに、それはある。本当のホーム。選ばれた少数の人間だけが、それを見ることができるのだ。
きっとそれは輝かしいものに違いない。
いつか我々は立ち上がらなくてはいけないだろう。本当のホームを自分たちの手に取り返すために。
Twitterの右上の光は、我々にそう告げているのだ。そうに違いない。

経営者の資本主義とは実は社会主義なのかもしれない


これは歴史学者が、最近様々なところで猛威を振るう「測定と評価」について書いた本だ。
例えば大学改革で、研究の効果をインパクトファクターとかなんやかんやの指標を測定して評価して、予算を与える。
よく聞く批判では、学者は本当に良い研究ではなく、指標がよくなるようにチューニングされた研究をしようとしてしまうし、指標をあげようと不正をしたり、そもそも数字を改竄してしまったりする。
そしてそもそもそのような「測定と評価」によって研究業績は伸びていないし、下がりさえする。
更に言えば、もともと測らなくてよかった数値を測定するために、研究者たちに追加の雑務が与えられ、研究する時間を削いでしまう。
最後に、研究者はそのような目先の評価を求めて研究しているわけでは必ずしもないので、そのような評価づけは、研究者のモチベーションを下げたり歪めたりする。
etc...
と言う感じだ。そしてこれは著者の実感でもあり、そこで著者は教育・医療・警察、などの公共性が高く、そして同じように近年「測定と評価」の方法論が導入された他のジャンルについても事例を集め、どこでも似たような問題が発生していることを突き止める。

さて、そう言う意味ではこの本はひたすら事例を集めた本だ。私などはこの手の本は少々退屈だったりする。しかし、私がこの本を結構好きな理由は、この本には実に良質なアイロニーが含まれていることだ。それは、これらの「改革」が、市場から離れた分野に対して「経営者の視点」を取り入れようとしていることだ。
市場が導入できるジャンルであれば、市場が勝手に最適化していくので、滅多に間違ったことは起きない。
しかし、これら市場の導入が難しい公共事業では、どうしても無駄が多い。
そこで市場の申し子である「経営者の視点」を導入すれば、無駄が省けるだろう、と言う発想だ。
そして、「経営者の視点」を導入した結果、教師や学者や医者や警察官の行動を監視し、測定し、ランクづけをし、能力給をあげたりペナルティを与えたりする、と言う手法が導入される。
確かに経営者ってこう言うの好きかもね。従業員を監視したがるし、従業員を評価して、ボーナスをあげたりペナルティをあげたりすれば、頑張って働くと思ってる。数人知ってるよ。
しかし著者はこれに、とてもクリティカルな寸評を与える。
「それって社会主義ってやつでは?」
これは一級品のアイロニーだ。憎んだ相手から離れよう離れようとした結果、その憎んだ相手と見分けがつかないくらいそっくりになってしまうとは。
でも、笑ってる場合じゃないかもしれない。
これはこの本に書いてある話じゃなくて、僕が勝手に考えている話だけど、ここには何かもっと普遍的なものがあるかもしれない。
何が言いたいかと言うと、経営者の多くって資本主義の申し子ではあっても、実は資本主義を全く理解しておらず、彼らの考える資本主義って、実はミニ社会主義なのかもしれないってことだ。
資本主義は統計的現象であり、そして統計を理解している人は少ない。
資本主義的に見れば、ある成功した経営者が、成功した理由は偶然と見たほうがいいかもしれない。偶然、と言う言葉の意味は、同じその「成功した経営者」が成功していない可能世界が想像しやすい、と言うことだ。
資本主義にとって、いくつもの経営者がランダムに動いてくれれば、その中から偶然1つが、その状況下で正しい選択肢にたどり着き、生き残ればいい。そうしてある程度無計画に広く問題空間を探索できることが資本主義の強みだ。
この時、たまたま偶然正解にたどり着いた経営者は、自分が成功した理由を理解しているとは限らない(と言うか多分理解していない)。
ところが、当の経営者にとってはこの世界での彼の成功は、必然的で絶対に変えられないものに見えるかもしれない。そして自分が成功した理由を、彼がたまたまその時考えていたことが正しいからだと勘違いするかもしれない。
そんなか彼にとっての資本主義は「俺が様々な情報を評価して、俺の考える通りに進めばうまくいく」である可能性が高い。
そしてそれって社会主義の計画経済だよね、って話になる。
経営者が一見社会主義を嫌うのは、それが国家という「ビジネスのわかってないやつの社会主義」だからであり、そして「わかってないやつ」が彼の邪魔をしようとしてくるからに過ぎない。
「わかってないうえに邪魔してくるやつらの社会主義」は嫌いでも「自分の社会主義」は嫌いじゃないのだ。
これからも、人類はたまたま成功した経営者とかに色々な舵取りを頼み続けるだろう。
その度に、人類は同じ轍を踏む可能性がある、
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