俺たちはどす黒い雲の下、その雲にとけ込んでしまいそうな黒い服を着て、しかも悪い冗談みたいにみんな同じような色をしたこうもり傘の下に身を隠して立ち尽くしていた。傘の下から少しでも体を出して雨に濡れてしまって、その雨まで黒かったらどうしようと考えてしまったりしていた。案外、この場面には実に適切だと納得してしまいかねなかった。
 俺たちな前には墓があった。雨に濡れた、冷たい、もの言わぬ石の固まりだ。塵は塵に、灰は灰に。どんなに優美に見えようが所詮柔らかい肉でできた人は早晩滅び、そのかつての存在を証拠立てる石だけが長く残るのだ。おそらく記憶よりも。
 俺たちは肉のはかなさに思いを馳せながら、在りし日の墓の主を思い浮かべていた。内気で、どちらかというとクラスでも目立たない方だったこいつは俺たちの格好のいじめの的だった。そしてそのいじめが、今回のこいつの死の直接の原因だったのだ。責任は俺たちに、そしてこの俺にあるのだ。直接手を下したのは俺だったのだから。その自責の念が、全員の心をあの日へと飛ばしていく。今日につながる選択が行われたあの日に。

 退屈な授業しか提供してくれない学校生活に退屈した俺たちは、その数日前からいろいろなものをあいつに無理矢理食べさせることを暇つぶしの遊びにしていた。あいつは最初は嫌がっていたものの、少し脅せばあきらめてどんなゲテモノでも目をつぶってなんとか口にして、遮二無二飲み込んだ。目に涙を浮かべて、見ている俺たちすら吐き気を催すような代物を必死に嚥下するあいつの姿を見ていると、それだけの根性を俺たちに抵抗するのに使えばいいのに、と不思議に思わずにはいられなかった。今思えば、多分追いつめられないとその根性が出ないタイプなんだろう。
 そしてあの日、追いつめられたあいつは初めて俺たちに反抗した。それが自分の死に繋がるとも知らずに。
 あの日、俺たちはあいつの前に学校の裏庭からたくさん拾ってきた石を持ってきて並べた。そして、それを食べろと、周りを囲んで口々にどやしつけた。あいつは、目の前に並べられた石を見つめ、時々手に取っては戻してぶるぶる震えていた。いつまでもそうして食べようとしないので、業を煮やした俺は石の一つを手に取って、あいつの唇にぐいぐいと押し付けて無理矢理口の中に押し込もうとした。
 「ほら、食べろよ! いつも見たいにさ! いつも喜んで食べてたじゃねえか! ゲロみてえなもんをな! さあ!」
 周りの連中も、「そうだ!」「いけ!」と囃し立てた。しかし、唇はこじ開けられても、その中にある歯は固く閉じられたままだった。俺は首をよじって逃げようとするのをしつこく追いかけて、顔に石を押し当てた。そして、とうとうあいつの中で何かが爆発した。
 「もうやめてって!」
 あいつが出したのを聞いたこともないようなでかい金切り声を張り上げて叫び、俺の手を強くはたき落とした。俺の手にあった石ははじき飛ばされて、ころころと地面を転がっていった。
 場がしんとした。初めての表立った抵抗に空気が凍り付いた。騒ぎ立てていた奴らはみんな、驚きに口をぽかんとあけて、俺とあいつの姿を交互に見ていた。俺はたたかれた手を押さえて、立ち尽くしていた。
 「くれるなら、食べられるものをくれよ!」
 あいつはぼろぼろ涙を流して顔をぐちゃぐちゃにしながらそう叫んだ。その後もいろいろと喚いていたが、よっぽど怒りが溜まっていたのだろう、もう言葉にはなっていなかった。
 しかし、言葉になっていなくても、それが罵倒であることは俺にもわかり、そして突然の抵抗に呆然としていた俺は、気を取り直すとともに、俺自身にもコントロールできない怒りが心中で沸き上がるのを感じ、もうどうにでもなってしまえと思った。
 そして俺は、
 「じゃあ、これでも食えばいいじゃねえか!」
 と偶然持っていたバナナをあいつに投げ与えた。あいつは、顔に投げつけられたそれがしばらくなんだかわからなかったようだが、触ったりにおいを嗅いだりしているうちに、それが今まで見たことも聞いたこともないほど甘くおいしい食べ物だということに気づいたらしく、むさぼるように食べ始めた。最初は皮の剥き方もわからずに苦労していたが、すぐにこつをつかむと、あっという間に何本も平らげてしまったのだ。

 「そうしてバナナをえらんだあいつの生命はバナナの生命のようになったんだ。バナナの木が子供をもつときには、親の木は死んでしまう。そういうふう に、あいつは死に、あいつの子どもがあとをつぐんだ」
 俺たちは、花を捧げ終わった墓から立ち去りながら、静かにそう語り合った。あの花もまた。すぐに萎んでしまうだろう。
 「もしもあいつが石をえらんでいたならば、あいつの生命は石の生命のように不変不死であったろ うに」
 あのとき、バナナなんか与えなければ。悔やんでも悔やみきれない思いが俺の脳裏をよぎり続ける。
 「おい、雨、止んできたみたいだぞ」
 誰かが言ったその声に俺は顔を上げる。すると、雲間から指してきた光が、今まで真っ黒い雲の中に沈んでいた街を照らし出している。墓場を一歩出れば、そこは住宅地であり、商店街であり、公園だ。そこでは、何人もの人間たちが忙しく立ち働き、何人もの子どもたちが楽しそうに遊んでいる。
 みんなあいつの子孫だ。あいつが石ではなく、バナナを選んだからこそ手に入れた子どもたちだ。死と引き換えの、悲しく美しい繁栄だ。
 俺は涙を拭いて歩き出した。過去の行為が何らかの意味で正しくなったわけではない。でも、だからといって立ち止まるわけにはいかない。今、ここから、歩き出さなくてはいけないのだ。
 どうやら、雨が石の表面を洗い、少しずつ形を変えていくように、俺から何かを洗い流し、少しだけ形を変えてくれたようだ。

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