不勉強なので、ローラン・トポールが小説家だったことを知らなかった。
幻の下宿人 (河出文庫)幻の下宿人 (河出文庫) [文庫]
著者:ローラン トポール
出版: 河出書房新社
(2007-09-04)
私にとって、ローラン・トポールは特異で風刺的かつクロテスクな画風のフランスの画家であり、ルネ・ラルーとのコンビで作った切り絵アニメーションで、世界のアニメーション史に名前を刻みつけた人間だった。
『かたつむり』

『ファンタスティック・プラネット』(冒頭のみ。残りは探せばある)

ルネ・ラルー傑作短篇集 [DVD]ルネ・ラルー傑作短篇集 [DVD] [DVD]
出版: IMAGICA
(2005-03-10)
ファンタスティック・プラネット [DVD]ファンタスティック・プラネット [DVD] [DVD]
出版: パイオニアLDC
(2001-03-23)
(『ファンタスティック・プラネット』いつの間にか一万近いプレミアついてるな)

こんな画風のトポールが小説を書いたら、出てくるのはやっぱりグロテスクなブラック・ユーモアものになるわけである。
この『幻の下宿人』も、ある男が前の住人が自殺した、アパートの部屋を借りてしまったばかりに、不条理の世界に引き込まれていく様を描いている。
アパートの住人達は、少し騒いだだけで、壁をどんどん叩いたり、文句を言いに来たり、弾劾する署名活動をしたりと、主人公を苦しめる。
主人公はそのうちに、住人達の悪意を確信し、彼らの手に乗るまいと必死にあがくようになるが、それもまた住人達の思う壺のようにも思えてならない。

読んでいて思い出したのが、下宿の上の部屋と下の部屋に基地外が住んでいるという知り合いの話で、その上下の基地外は、それぞれけたたましい騒音を出しながら、真ん中に住んでいる私の知り合いが騒音を出していると信じて疑わず、上下から罵り続け、一晩中まんじりともせずtに黙っている彼を挟んで、基地外同士で言葉のドッジボールをしているのだそうだ。
ほんまかいなと思う話だが、本人はたまったものではないのだろう。
彼は酒飲んでツーバス踏みまくるメタルのドラマーなのだが内気で、あまり人に文句を言える性格ではなさそうである。
この小説の主人公も哀れを催すほどの被害者体質であり、一番笑ったのは、住人にいじめられてアパートから追い出される母子のシーンだ。
何とこの母親、仕返しに漏らした糞をアパート中になすりつけていこうとするのだ。ちなみに漏らした理由は心理的なストレスである。
そして、ただ一人彼女の肩を持ってくれた主人公の部屋の前だけは、汚さずに去っていくことを、主人公に告げていく。それを聞いた主人公は焦る。もし彼だけが被害を被っていなければ、他の住人から怪しまれてしまう。
それで主人公は慌てて厚紙を使って、人糞を掬いあげ、自分の部屋の周りにもぶちまけておくのだ。
何と言う被害者根性。加害者が基地外ならば、被害者も同様であるのが世の習いというわけだ。
この手の被害者根性は日本人にだけ宿ると考えてしまうのは、世界の中での被害者妄想を抱きやすい日本人の特質なのだが、別にフランスにだってアメリカにだって、この手の人はいるのだ。

さて、住民の悪意の存在を確信した主人公だが、その悪意とは一体いかなるものなのだろうか?
それは、何と彼を、彼の前にその部屋に住んでいた自殺した女性に改造してしまうことなのだ。
そのために、彼らは、彼女が好きだった小説を読ませ、彼女が好きだった朝ごはんのメニューを食べさせ、だんだん彼を彼女に変えていってしまおうとしているというのだ。
最大級に栃狂った陰謀論者からでもなかなか聞けないスキゾフレニ―臭バリバリのいい話である。
読者には、この主人公の確信が事実なのか、それとも単なる妄想なのか、一切分からないまま話が進む。
それは別にこの手の話じゃ当たり前なので、別に褒めるべきことじゃないのだが、しかし、朝起きたら女装していたとか、敵に自分が逃げ出す気がないと思わせるために、わざと敵の手に乗って、女装したまま街を歩き回るとか、内容の下らなさと、あくまで筆致が真面目なことが相まって、かなり笑える。
特に好きな描写が、主人公が他の住人の行動を知るために、便所を除く部分で、何故か便所に入って数分間ぼうっと突っ立って、なにもせぬまま、水を流して出ていく奴らがいるというのだ。主人公は彼らがなにをしているのか懸命に考えるのだが、なにも分からない。
この部分は作中のその後でも何も解決されない(一応、主人公の病気が進行したときの、女たちが糞便を顔に塗りたくるシーンの前振りにはなっているが)。
この意味のない細部が、不条理さを際立たせているいい描写だが、なんだか吉田戦車の『伝染つるんです。』でそういう四コマがあったのを思い出す。あと、少し違うが佐藤哲也の『ぬかるんでから』にも下宿のトイレをめぐる馬鹿な話があったことも何故か思い出した。あれは笑った。

とまあ、こんな感じで真綿で絞め殺すように主人公への包囲網がだんだん狭まるのが肌にピリピリと心地よいこの小説、妄想と現実がひっくり返るようなオチは予想できるとはいえ、限界まで高まった緊張感が爆発するクライマックスはかなり良く書けてて迫力があるので、せっかくだからみなまで言わないでおこう。
かなりお勧めである。

そして伝え聞くところによると、映画版もあるらしい。
監督は「幼いころ反ユダヤ主義の悪夢を味わったフランス生まれのポーランド系ユダヤ人」とプロフィールの多くを共有するロマン・ポランスキー。
非常に面白そうなのだが、DVD化はされてないらしい。
テナント~恐怖を借りた男 [VHS] [VHS]
出演:ロマン・ポランスキー
出版: パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
(1986-10-21)
VHSなのに、7件もレビューされていて、カルト的受容が窺われる。