前回の続き
言葉による説明を排し、リアルタイムで状況を描くアメリカ的演出と、戦いの盛り上がり時に歌を流し、歌の終りと決めポーズをシンクロさせる日本的演出を見事に合成した『RWBY』。
物語は再び、日本のアニメやゲームに影響を受けたと思しき学園物に回帰していくのだが、それでも初期と比べると格段に面白くなっていく。
初期は日本的演出がやりたくて仕方ないという気負いが感じられたが、一通りやってしまったことによって力が抜けて、地力が出てきたのであろう。
キャラクターたちが遠慮会釈なしに本音を言い合うのは、なんともアメリカドラマ的。何回も書くようにドラマとは衝突なので、これでいいのだ。
ワイスはきついことをどんどん言うし、ルビーも人見知りなだけでいったん知り合えば割とはっきり意見を言う。ヤンはそれが誰からかまわずだ。あまり人に口出ししないのはブレイクくらいだ。
『マイリトルポニー』を見たときも、どんどん喧嘩をするのが面白かったのだから、彼女たちにもどんどん喧嘩をして欲しい。でないと、何が面白くてアニメなんか見るのか、とむしろ言いたい。

最近は海外のアニメでも学校で制服着ているのが多い。『ビリー&マンディ』ですら制服だ(あんなフリーダムな学校なのに)。
可愛ければ良し! (なお教室で制服じゃなくなっているのは単なるミスで、修正版も公開されている)
人に見せたくない本を出してしまい、あたりをうかがうブレイクの表情などが、可愛くて感心する。


日本の感覚だと「そこまで言うか!」という会話が面白い(森でのルビーとワイスの喧嘩も相当だったが)。
先生たちの台詞もそれなりに説得力のあるものになっており、脚本家の実力をうかがわせる。
仲直りも早くて後腐れがないのもアメリカドラマ流か。
二期まで見たものの感覚だと、この時期は背景が一昔前の3Dゲームみたいにチャチくて、逆に面白い。他が面白くなってくると、モブが黒いにもどうでもいいや、という気分に。


ここからもう1人の主人公ジョーンが中心に。
童話がモデルのチームrwbyに対して、チームjnprは歴史や神話上の「女装および男装」をした人物の、性別を反転させたものがモチーフ(凝ってて面白い)。それぞれ、ジョーンはジャンヌ・ダルク、ピュラはアキレウス、ノーラは北欧神話の雷神トール、レンは中国のムーラン。




リーダーであることに悩んだルビーがジョーンにアドバイスをして、それがジョーンの成長につながる。ワイスとルビーのリーダー争いの喧嘩が、ここに繋がるのは堅実で良い。このリーダー論はいかにもアメリカ、という雰囲気が感じられる。
正直「オーラ」について何も知らなかったジョーンは、作中の概念を視聴者に説明するために用意されたような無知キャラに感じられ(『スレイヤーズ』ではガウリイがその役を任じられていた。もちろん彼はそれだけのキャラクターではないが)、その安易さが鼻についた。
しかし、ここまで来て、日本アニメ的要素を詰め込んだ『RWBY』に駄目男が努力に努力を重ねて屈強な男を倒しヒロインを勝ち取るという、ハロルド・ロイド以来のクラシックなハリウッド作劇の王道を導入するためのキャラクターであったことが分かる。
実際、ジョーンが話の中心に来ると、ものすごくアメリカ青春ドラマっぽくなって、それが日本アニメ的要素と化学反応を起こして、かなり面白いのだ。


そして、シーズン1のラストエピソード。
明かされるブレイクの過去。チーム内の軋轢。
しかし、やはり驚かされるのは、君たち忌憚なさすぎ、という部分で、獣人(ファウヌス)への差別(コードウェイナー・スミスを思い出すな)に関する話は、少しずつ小出しにしていたのだが、主人公チームの1人(カーディンのように、最初から否定的に描かれているキャラクターならともかく)に明らかな差別意識の篭った発言をさせるというのも、大きな冒険である。
現実だったら、絶交物の事態にさすがに見ているものも安穏とはしていられない。
もちろん、そこに差別に押しひしがれてテロ組織に入らざるを得なかった側と、テロによって身内に被害をこうむった側の、どうにもできないわだかまりをちゃんと描写しようとしている。
テロリズムと抵抗運動、独立運動との区別は流動的なもので、結局勝ってしまえばテロではなく、圧制を倒した英雄になってしまうのが世の常である以上、「全てのテロは悪」などと単純な図式は当てはめられない。ワイスの発言は明らかに短絡的な差別思想だが、家族がテロの標的になったとなれば、テロ組織、ひいてはその背景にある思想や人種に怨嗟を持つのは自然だとしか言いようがない。
世の中のさまざまな問題の多くは決して「解決」などしない。できることはただ「乗り越える」ことだけである。
短い時間の中で駆け足気味ながら、立場の違う人物の衝突を逃げずに描こうとする姿勢は、好感を感じるし、ぶつかり合えば最後には分かり合えるという、『12人の怒れる男』的なアメリカの楽観主義も、現実的かどうかはともかく物語として心地よいものである。

そしてラストバトル。
何も言うことない。
映像を見ていただければ分かる。
まだ日常シーンや、日常の延長のアクションなどのモーションは荒いものの(地面の上を滑ってるように見えたり、重さが感じられなかったり)、戦闘シーンの動きはどんどんすごくなってる。
ちなみにニコニコはスペースキーで停止と再開ができるので、スペースキー連打するとスロー再生になる。とても肉眼で追えない動きも丁寧に描いてることが分かるので、一度はやってみよう。

というわけで、そもそも本編があることすら予想外だった『RWBY』。こうして一期が終わってみると、二期への期待が膨らむ作品になっていた。
なんでもクリエータのモンティはシーズン6くらいまでは考えているということ。
とりあえず、黒幕も出てきたことだし、物語が動き出すのだろうか、というところで次回。