けんさく。

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2011年06月

カラオケで歌えるキワドイ歌特集

カラオケにも結構キワドイ、というかアウト! な歌が入っていて、歌いたくなってしまうから困る。

戸川純 『棒状の罪』

野暮を承知で平たく言うと「棒状の罪」とは男のペ〇スのことであり、「従属のスティグマ」とは女のヴァ〇ナのことで、ついでに「液状の罪」ってのは精〇のことですね。
カラオケでは歌詞の「ベラスケス」の部分が間違って「ペラスケス」と表示されているのが笑いどころです。

シ―ナ&ザ・ロケッツ 『レモンティー』

もともとは前身バンドの「サンハウス」時代の曲。そちらもかなりいい。かっこええ曲だが、曲は実は『The Train Kept A Rollin'』というエリック・クラプトン時代のThe Yardbirdsの名曲そのまま。

つぼイノリオ 
金田の大冒険

極付け!!お万の方

インカ帝国の成立

みんなご存じ、愛知が生んだ下ネタソング王。かつては愛知近辺のローカルネタだったが、いつの間にか全国的に有名になっていた。やはり才能というのは隠しておけないものだ。『なごやはええよ!やっとかめ』などの名古屋ローカル歌手としての活動も続けている。ちなみにインカ帝国の前身クスコ王国の初代王の名前「マンコ・カパック」とはケチュア語で「素晴らしき礎」の意味。NHKでインカ帝国の特集しているときもちゃんと発音してました。

たま 『オゾンのダンス』

これを下ネタソングと言ったら各方面からお怒りを受けそうだが。ちなみにCDやカラオケの歌詞は「曼珠沙華!」になっているが、これはパーカッションの石川氏がアドリブで叫んだ言葉を他のメンバーも復唱するのがルール。「万金丹!」だったりすることもある。曼珠沙華なら乾いた土手に露を振らして開くこともあろうが、マンホールじゃ言い訳のしようもない。

ブルーフィルム 『ピエールとカトリーヌ』

ちなみに男の方は今もテレビに出ている松尾貴史。一回転したら後ろ向きにならないような気がする。歌ってくれる異性の相手がいる人は挑戦してみたらいかが。同性でも別の意味で面白くなるぞ!(経験者談)

違う意味でキワドイ歌
CHEHON 『みどり』

普通のラブソングにも大麻へのラブコールにも聞こえる歌。

馬鹿な体重計のこと

新しく買った体重計が馬鹿なんですよ。
デジタルで体脂肪率とかBMIとか基礎代謝とか出してくれるんですけどね。
そう言うのは全部体重が決定されてから表示されるんですよ。
そして体重の表示の最小の単位は0.2キロなわけです。
というわけでわたしが乗ると体重の表示が「〇〇..4」と「〇〇.6」の間を行き来し続けて一向に止まらない。
よって体脂肪率も出ない。
わたしは脱衣所で叫びます。
「この馬鹿体重計め! 正しい体重を教えてやるよ! わたしの体重は〇〇.5だ! だからさっさと体脂肪率を教えろテルミー! ドンビーシャーーイ!!!」
完全なアホだ。
そう考えるとむかしの体重計は良かった。乗ると目盛が動いてすぐに止まってちゃんと体重を教えてくれたんだもの。
体脂肪率は教えてくれなかったけどさ。
デジタルにしていいことはもちろんたくさんある。
でも原因と結果の間のステップが多くなり、直接性が少なくなれば、問題の発生する場所も多くなっていくのだ。
我々は新しい技術を導入するにあたって、ロシアの宇宙船ソユーズの成功の理由を少し考えてみるべきだ。
ロシアは貧乏なのでソユーズをもう50年もだましだまし使い続けている。
その結果、弱点や失敗の要素はすべて分かっているので、最新技術の塊りよりも安全になってしまっているのだ。
もちろんその過程で何人もの人間が死んでいるし、ロシアだって金があれば新しい宇宙船を作ってたかもしれないけどさ。

ソユーズの素晴らしくアナログで直接性溢れる工夫。
乗組員「すみません! この椅子に座るとスイッチに手が届かないんですけど」
技術者「それならこれを持て。ロシアの英知の結晶、ボタン押し棒だ!」
ソユーズのボタン押し棒

そしてこれがガガーリンのころからの伝統である、ぶら下げられたぬいぐるみ。古川さんの乗った機体の打ち上げ映像から。
ソユーズのぬいぐるっみ
これで、重力が強くかかっていたり、無重力になったりしているのが管制塔からでもすぐ分かるんだそうだ。
アメリカならデジタルな計器を開発しちゃうところだろうけど、それをこれですますというのがかっこいい!
うちの体重計ももっと見習うべきだ。

第5回 けんさく。の書評 『官能小説用語表現辞典』を読んで小説の技術とは何かについて考えてみた。

官能小説用語表現辞典 (ちくま文庫)官能小説用語表現辞典 (ちくま文庫)
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普通辞典が誇るべきは扱う項目の多さであろう。ところがこの辞典の項目は何とたったの16個である。書き並べると、
女性器
  • 陰部
  • クリトリス
  •  陰唇
  •  膣
  •  陰毛
  •  愛液
  •  乳首・乳房
  •  尻
  •  肛門
男性器
  •  ペニス
  •  陰嚢
  •  精液


オノマトペ
絶頂表現 

となる。そしてあとは、これらの項目がどれだけ比喩や言い替えにより表現されてきたかを書けば一冊になってしまうのだ。
素晴らしい。これぞ人類の歴史の成果だ。
例えば陰部だけで、文庫本上下二段組み43ページ、膣で42ページ、ペニスでもやはり43ページあるのだ。
世の中に、それの言い替えだけでこれだけの量を持つものが他にあろうか。
詩人が他の物で例えようとする、様々な美しいもの、美しい風景、美しい空、美しい愛、そして女性の美しい顔。どんな物も人類は今までこんなにも言い替えてはこなかったのだ。
ここに、これらの物への人類の飽くなき執着の証拠を見てもなんの問題もなかろう。
比喩の量だけ見れば、女性の顔なんか、この隠された場所には到底敵わないのだ。
そしてこれは小説の技術とは何か、ということを考えさせる。
身も蓋もない言い方をすれば小説の技術というのは、言い替えの技術、はっきり言えば分かりやすいことをわざわざ分かりにくい言い方をすること、鬼面人を驚かす表現を使って読む人を煙に巻くことだ。そしてこれこそが芸術表現の目的だ、と言う考え方が、マニエリスム芸術だ(マニエラ=maniera=手法)。
迷宮としての世界(上)――マニエリスム美術 (岩波文庫)迷宮としての世界(上)――マニエリスム美術 (岩波文庫)
著者:グスタフ・ルネ・ホッケ
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文学におけるマニエリスム〈1〉―言語錬金術ならびに秘教的組合わせ術 (1971年)
著者:グスタフ・ ルネ・ホッケ
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(1971)
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もしこの考えをとるならば、官能小説こそ、芸術の屹立する最高峰であり、この辞書は小説表現のそそり立つ殿堂に他ならないではないか!
私はかなりこのマニエリスムというものに共感を覚えるたちであるので、この辞書をペラペラめくっていると、ものすごく幸せな気分になってしまうのである。
例えば流し読みするだけでも。
「女神の中心」とはなんであろうか? 「明太子」とは? 「アンテナ」とは? 「割れた栗のイガ」って欲思いつくなあ。「小宇宙を思わせる楕円形」ってどういう意味なんだろう。「淑女の竜宮城」って書いてて馬鹿みたいな気分にならないのだろうか? 「欲棒」という言葉を考えたやつは天才じゃないのか? 「淫棒」もアホらしくていい。「女のどん底」ってなんだよ? 「女の迷宮」もだが。あれを「マテウスロゼのワインの瓶」とはまいったなあ、洒落てるけど意味分かんないや。「終末のエキス」ってのは何だか厨二病くさい。「穴という穴から体液を撒き散らし」ってなんだかスプラッターだなあ。全体的に読んでて、女性が脱水症状にならないか心配になりました。枕元にスポーツドリンクを準備しておくと吉。「『よかよかよいよい、わいわいどんどん、よいよいわいわい』どうやら本人も何を口走っているのか分からなくなっているらしい」って、何を書いているのか分からなくなっているのはお前のほうだろ!
とまあ、大笑いできる言葉や文句が次から次へと出てくる出てくる。
なんでこんなにも言いかえるのだろうか? 先ほどマニエリスムとの相似をしてきしたが、努力の涙ぐましさやふとこぼれ出る間抜けさは似ていても、そのモチベーションは違っている。官能小説家はマニエリスム芸術家たちと違って、必ずしも読者を驚かしたり、煙に巻きたいわけではない。むしろ読者に知的労力を要求するマニエリスムと反対に、素直に作品に没入して、頭なんか空っぽにして下半身だけの存在になって欲しいはずなのだ。なのになぜ、結果的に思想的に対極にあるマニエリスム芸術と似てきてしまうのか? たとえそれがかなり牽強付会な部分的類似に過ぎないとはいえ。
その原因は多分、官能小説の持つ、微妙な立場にあるのだろう。官能にとって重要なのは、直接性である。誰だって一番したいことは生身の相手とすることである。それが出来ないからポルノに頼るわけだが、出来ることなら、間接的なものではなく、直接的にそれを見たい。しかし、そのような直接性は小説の技術とは、いやそれ以外のあらゆる表現の技術とも相容れないものである。アメリカではハードコアポルノの登場が、芸術的なソフトポルノ映画を滅ぼした。例えそれがいかに芸術的だろうが、ポルノに人びとが求めるものは間接的なものではなく直接的なものなのだ。そこに芸術の入る隙間はない。
ところが文章とは、そもそもの始まりから目いっぱい間接的なメディアなのだ。直接的な文章は、文章として面白くならない。全ての物を直接的な言葉で表現した官能小説があったら、それは怖ろしく同じ単語の繰り返す、見るに耐えないものになるだろう。それではさすがに興奮も出来ない。
それが官能小説が本人の意思と関係なく芸術的になってしまう理由であり、そしてそこに官能小説のアイロニーがあるのかもしれない。

とまあ、書いてきたけど、こういう小難しい読み方ははっきり言って間違いで、官能小説を読むときは頭空っぽにして下半身いじりながら読むのが正解だろうし、この辞典を読むときは大口開いて大笑いしながら読むのが正解であろう。
現にこれを書いている最中でも、わたしは「声」の
「ホオオオオオッ! キャヒ! キャオオオオオゥ!」
の部分を読んでいて、
「ヤってる最中に相手がそんな叫びを上げたら、救急車をよぶか、それともシーツを腰に巻いて逃げだすわ!」
とのけぞって大笑いをしてしまい、椅子から転げ落ち後頭部を打った。
そのときの私の叫び声は記録に取っていないから再現できないが、上の叫び声と似ていたという。

Phnatom Time Hypothesisとは何か?

山形浩生のサイトに書いてあって笑ったのが、「Phantom Time Hypothesis」(略してPTH。日本語に無理やりすると「幽霊時間仮説」であろうか)である。
しらべてみたら、英語版のWikipediaにはちゃんと記事があるくらいなので、海の向こうではそれなりに有名なのだろう(日本語の文章は今のところ山形浩生の文章のみのようだが)。

どういう仮説かというと、西暦614年から西暦911の初期中世時代は実は存在しなかったというものなのだ!
中世暗黒時代はねつ造だった!


なんでそんなけったいなことを言うのか?
まずは事実の話から。1582年にヨーロッパの暦はユリウス歴からより正確なグレゴリウス暦に切り替えられた。そのときユリウス歴のズレが溜まっていたので、10日ほど調整したので。
ここまでは事実。
しかし実際の一年の長さとユリウス歴のズレを計算してみると、ユリウス歴は1年より11分ほど長くて、それを1582年続けたので、11×1582≒17.500≒12+αで12日から13日調整しなければいけないはずなのだ。
なぜ10日の調整ですんだのだろうか?
Heribert Llligというドイツ人が1991年に出した仮説によると(Lは三つ続くってどないな名前やねん! どういう風に発音するべきなのか、ドイツ語に詳しい人教えて!)、その2年は何と、存在しない300年を足してしまったがゆえにできてしまったズレだというのだ! そして、中世初期の300年が資料などがあまり残っていないのは、全部それらがすべて後世の捏造情報に過ぎないからだというのだ!
素晴らしい! 素晴らしすぎて屁が出そうだ!
もう20年の歴史がある仮説だが、今でも支持者たちは、歴史資料の一貫しない部分や不明確な部分を指摘して、捏造の証拠だとして、一体これが誰の仕業か研究し続けているらしい。この人たちは、他の時代の歴史資料に一貫しない部分や不明確な部分がないとでも思ってるんだろうか? そしたら全人類史が捏造になってしまいかねないぞ。「世界は五分前にできた!」ってそれじゃラッセルの屁理屈だ!
他にも突っ込みところがよりどりみどりすぎて、どこから突っ込めばいいのか悩むが、とりあえず「誰はやったにせよ、何が悲しゅうてそんな下らないことせにゃならんのだ?」てとこから処理しよう。
なんでも支持者たちによると、主要な容疑者はオットー3世(通常の歴史では980~1002)が自分がミレニアムの教皇として後世に名を残したいがためにやったらしい。つまりこいつは在位中に「今年はは690年ですけど、今日から990年です」てことを言ったのか。頭悪すぎる。大体、こいつらの中では、「1000年が近づくにつれ、最後の審判が来るのではないかと、ヨーロッパで不安が広がった」って話はどうなってるんだろうか? それもねつ造なのか、そうですか。すると、中世の人たちがかなり不信心なキリスト教徒になってしまうような気がするんだけど、それでいいんだろうか?
でもまあしかし、この突っ込みは歴史学的に言えば、それほど致命的なものにはならないかもしれない。歴史学ってのは(多分だけど)「なんでやったか?」よりも「何をしたか?」を追求する学問だろうから。しかし、こちらの方面でも問題は山積みだ。大体、教皇が黒を白だと言いくるめれば、全世界で黒が白になると思うなんて、ヨーロッパ人はなんて田舎者なんだろうと絶望せざるを得ない。
だいたいこの時代は新興宗教イスラムが大躍進した時代だ。ドイツの片田舎ならイスラムなんて世界の外の出来事かもしれないが、イベリア半島やイタリア、トルコなんかじゃ、キリスト教徒とイスラム教徒が日々激突したり、交流したりしていた。ことはヨーロッパで収まる問題ではないのだ。どうして教皇が偽の300年間を捏造したとして、他の文化圏まで辻褄合わせに参加しなくてはいけないのか。

たぶん、この人たちの頭の中では「ヨーロッパ≒世界」なんだろうなあ。
そう考えると、陰謀論を持たない民はいないが、こういう陰謀論は日本人にはなかなか持てないなあ、とも思ってしまう(江戸時代とかならともかく)。こういうのはアメリカ人とか、ヨーロッパの田舎の方とか、中国人とか、もしかしたら韓国人とか、そういうお目出度き人々だけに許される甘美な果実であり、我々日本人のような粟散辺地にすむ小国民には手の出ないものですなあ、と羨ましくなってしまうなあ。

などと下らない冗談を言ってると、アホな日本人がとてつもなくアホで自国中心主義なことを言い始めそうで怖いけど。
「日本以外の国はすべて、自虐史観の日本政府の捏造だ! 日本はアメリカに負けていない! なぜならそんな国本当はないからだ!」
とか(それって自国中心主義か?)。

なっとくできない世の中をなんとなくなっとくするためになっとくPのVOCALOID曲を聴こう

ニコニコ動画に、のちの「なっとくP」と呼ばれることになるVOCALOID作曲者が降臨したのは2007年のクリスマスである。そのことからも彼がこのなっとくできない世の中の救世主であることが分かる。しかも彼が降臨したのはなんと、日本の最高峰である富士山であるというではないか!

なっとくの最高峰である。
ピアノによるメランコリックなイントロを裏切りまくりの出オチがすばらしい。そして返す刀で「カバとカバとで何なんだ?」というなっとくできない絶望のどん底に聞くものを貶める手腕には感動せざるを得ない。
そしてそこからの転調、さらには突然の他楽器の参入とテクノ的なキック音によるビートの導入である。これで内容のない感動を盛り上げておいて、曲名である「都会」の冷たさを歌詞に歌うことにより、どんな人でも思わずなっとくしてしまうこと請け合いだが、同時に「いやいやなんにもなっとくすべきどころなんかねえだろ」という声が頭の片隅から聞こえてきて、心が引き裂かれるような気分になること必定である。こんなネタ動画を作るには確かすぎる手腕をまざまざ感じさせるデビュー作、これぞまさに「なっとくマジック」!

そしてその4日後には2作目投下というなっとくのはやさ。

Gabbaである。ロッテルダムテクノである。電子ドラッグであるこれをVOCALOIDに歌わせるのも凄いが、なぜセロテープなのか一ミリもなっとくできないのも凄い。ちなみに真空中でセロテープをめくると結構な量のX線を出す。おかげで、セロテープを使うときにときどきこれを歌ってしまう。
途中で挟まれる風景写真もいい味出していて、なぜ小樽なのか全く分からないこともきせずなっとくしてしまいそうになるが、どうにか踏みとどまった塩梅だ。

そして年が明けて一週間で三作目っていうのがなっとくだよなあ。

なんでもできるんだなあ。自作の絵もいい味を出している。そして何より、抒情SFとして実に王道な展開を、力技で王道として貫徹したのが何より力量を感じさせてすばらしい。この手の物は語りの中で少しずつ世界の全貌が見えてくるのがカタルシスなのだが、そこをちゃんと押さえている。JOYSOUND交渉中。

そしてその一ヶ月後、なっとくP誕生の瞬間。
まずは予習 ご存じ谷山浩子の『まっくら森の歌』! みんなのうた一二を争うトラウマソング!

そして伝説の迷曲 『なっとく森の歌』

くだらねえ。しかもなぜ榎本俊二風なんだ? なっとくのしようがない。
しかし、これによりなっとくPは有名になりVOCALOID殿堂入りも果たす。そして、もちろん彼はこの動画により「なっとくP」の名前を手に入れたのだ。なっとくしましたか?
さらににこの曲は思わぬ余波をもたらす。何と谷山浩子本人が自分のウェブページで、彼の動画を見ていることを告白したのだ。特にお気に入りは、三作目の『百年目のあなたへ』だそうだが、そうなればもちろん『なっとく森の歌』も見ている筈。一体どう思ったんだろうな、とまわりが思っているうちに次の動きが? なんと、なっとくP本人が谷山浩子のライブに現れて『なっとく森の歌』をリクエストしたのだ! 何たる強心臓! 普通できることじゃねえだろ! しかも谷山浩子、歌ったんだって。さすがだ。さすがすぎる。
そしてオチ。谷山浩子のDVDに収録されてしまいました。
うたのえほん [DVD]うたのえほん [DVD]
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世の中何が起こるか分かりませんね。なっとくしましたか?

その数日後には5作目。なっとくできない驚異的ペース。

fuckin' baby fuckin' baby fuckin' baby
ドラムンベースだと! いちいちこちらのツボをついてきやがって。ちなみにこの作品はascii.jpで紹介されたりしてた。
さて皆さま。頭のいい皆さまの中にはすでにお気づきの方もいるんじゃないかと思います。なっとくPのバイオリズムに! つまりなっとくPの行動パターンにはある周期があるのです!

一ヶ月後の6作目。すでに仮説がある方はどうか確かめてください。

今のところ唯一のJOYSOUND配信曲。理系ホイホイのタグが付いていたり妙な弾幕が張られていたりするように、理系の心をくすぐる何かがある曲のようだ。自分のことを「〇〇屋」と呼びたがるのも、その世界に足を突っ込んだことがある人特有である。ちなみに私は「数学屋」だった。
ニコニコではかなり人気があり、pvをつけたり歌って見たりした人も多い。
そして少し間が空いて数ヵ月後、なっとくPによる続編(?)らしきものが投稿される。
そう! 物理屋は帰ってきたのだ! トランス十字軍となって!

なっとくPいわく、「前作とは別個の世界として聴いていただければ幸いです」だそうです。だから感動をかえせ、とか言わないように。感動は返せません。
説明すると、若い人は分からんかもしれないけど往年の名バンド「フォーク・クルセイダーズ」の名曲群のトランスによるミックスとミクによる替え歌カヴァーである。バンドのリーダーであった加藤和彦(自殺してしまった)は結構いろんな実験的なことをしていて、今聞いても相当面白い曲がたくさんあるから聞いてみてね。JOYSOUND交渉中。

ここらへんでなっとくPバイオリズム説を説明したい。
大雑把に言うと、なっとくPはmod 3(つまり3で割ったときのあまり)で行動が決まるということなのだ。
3で割ってあまり1の動画(1作目、4作目、7作目……)ではパロディ志向の作品。
3で割ってあまり2の動画(2作目、5作目、8作目……)ではバキバキのテクノ志向の作品。
そして3で割り切れる動画(3作目、6作目、9作目……)では真っ向勝負で真面目なテーマを持った作品。
こうしてみるとなっとくPのアーティストとしての融通無碍さになっとくがいくと思う。憧れる自由自在さ。

ということは次はテクノ志向の曲が来るはず、と言うところで8カ月ブランクが開いてしまう。今までが投稿周期が早すぎたくらいなのだが、心配になりはじめたところに8作目が投稿される。
そしてそれは期待通りの

脳が溶ける感じでいいね!
コメントがすでになぞ解きをしてしまっているけど、これは英語で歌っている振りをしている、「ユーキャン」の資格教室の宣伝なのです。まさかユーキャンも頼んでもいないのにここで宣伝されているとは思うまい。ああ、脳が溶ける。

次は間があくことなく2ヶ月後、真っ向勝負の9作目が投稿される。

重いテーマの3作目6作目に対して、身近なテーマを扱っているが、真っ向勝負の王道なのは同じである。こういうのがちゃんと作れるのが底の深さを感じさせる。

それから1年の時が過ぎた。みななっとくPの帰還を待ち焦がれ続けていた。私も待ち焦がれていた。焦げ付いて、すっかり忘れていたくらいだ。だが彼は帰ってきた。なっとくの10作目を引っ提げて。

MMDだと? 説明するとMMDは無料の癖にかなり高度に可愛くキャラクターを動かせる神ツールである。そしてそれを使ってミクに落語をさせるなんて……最高じゃないか! 曲はポケモンて、お前……天才か?
しかも、動画の説明文がかなり面白い。引用すると、
落語は大きく、江戸落語と上方落語に分けられます。 今回は上方落語にスポットを当てましたが、生で見たことがなかったり、映像が手に入らなかったネタに関しては、江戸側を参考にした物もあります。 (たとえばイントロのパラパラの振り付けは、コナンを参考にしました。)
いや、そういうことじゃないとは思うんだが。
ちなみに私はそれほど落語には詳しくないので、分からない物の方が多いくらいだが、それでも知っているのがあるとうれしくなってしまう。『ロボットしずかちゃん』とか。

3ヶ月後、今回はそれほど間を開けずに11作目。

映像の点滅するドットは「Life Game」というもの。いろんなことをやり過ぎて専門がなんなのかよく分からなくなってしまった数学者J・H・コンウェイの奇抜な仕事の一つで、簡単なルールで点が生まれたり消えたりするのだが、最初の配置をうまくとると、まるで生命みたいに様々なパターンを見せる。理論的には、内部でコンピュータも再現できるので、内部で人工知能や人工生命を作ることも(理論的には)可能である。あくまで、理論的にはだが。
最初の方に出てくる三人の僧侶はむかしニコニコで流行った『Delay Lama』と呼ばれる変な声のソフトウェアシンセサイザである。

ここからまた少し間があいてしまうのだが、今月の初め、最新作の12作目が投稿されたのである。それがうれしくて記事にまでしてしまった。と言うわけで真っ向勝負の12作目、みんなで聞いてみましょう。

いい歌だなあ、まったくそのとおりだよなあ。
ちなみにこれがなっとくPのtwitterだそうです。
twitter http://twitter.com/masason
この嘘は私がついた嘘ではなく、なっとくPがついた嘘なので、私の責任はいっさいありません。

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