けんさく。

けんさく。が、いろいろ趣味のことをやるページです。

2011年11月

骨の語った物語

この話は私が高校生の2年生のときに始まります。
 クラスメイトのデブでオタクの馬飼野君は学校で一言もしゃべらないことで知られていましたが、ただ独り岩野君だけが馬飼野君は人のいない所に連れ込んで思い切り下っ腹にボディブローをかましてやると、その震える唇から美しい古の物語を紡ぎだすことを知っていたのでした。
 二学期の中間テストも終わって一息ついたその日も岩野君は鍵をかけられて物置と化していた屋上へのドアの前で馬飼野君に強烈な一撃を腹部に抉りこませていました。しかしその日半死半生の馬飼野君が語り出したのは遠い過去の物語ではありませんでした。
 「岩野君」と馬飼野君は言いました。「あなたの妹は実は人食い鬼です。明日あなたが家を出た後、あなたの父親と母親は食われてしまい、何も知らないあなたが家に帰ればやはり、彼女の餌食となってしまうでしょう」。岩野君は驚いて、「そんな馬鹿なことがあってたまるか。俺の親父もおふくろも普通の人間だ。そこから人食い鬼が産まれてくるはずがないだろう」、と初歩の遺伝学を使って反論します。しかし憑依状態の馬飼野君は慌てず騒がず、「実はあなたの父親はあなたの妹の本当の父親ではありません。実は彼女の父親はB組の腰崔君なのです」と説明しました。岩野君は腰崔君とは幼稚園からの幼馴染でよく知っていましたが、確かには彼は不死身の人食い鬼でしたので納得せざるをえません。妹の八重歯にしては大きすぎる牙のことも思い出されます。
 岩野君は、馬飼野君の襟首をつかみ、がくがく揺さぶりながら、「それじゃ俺はどうしたらいい」と訊きました。「3年に魔女がいると聞きます。もし彼女が見つかれば、助けてくれるかもしれません」。そこまで言うと馬飼野君は息を引き取ってしまったので、岩野君は仕方なく馬飼野君の死体をそこに放置して、家に帰ることにしました。
 次の日、岩野君は暗い顔をして家を出ました。一晩かけてもなんの解決策も出てこなかったからです。家を出るとき、父親と母親、そして中学3年の妹に笑顔で見送られましたが、恐らくもう妹は父と母をその牙の餌食にしてしまっていることでしょう。今日、家に帰るまでに何とかしなくてはいけません。
 歩いていると、二人の年取ったお針女に会いました。岩野君は意を決して、自分を引き取って一緒に暮らして欲しいと頼みました。すると二人は言いました。「岩野君、私どもはよろこんであなたを引き取りいたしたいとは思っております。しかし、私たちは、もういくらも生きてはいられないのです。この針箱をすっかりこわし、糸箱をぬいあげましたなら、まもなく死がやってくることになっております」。岩野君は泣きだし、さらに先へ進みました。
 長いこと進んで行くと、ヴェルトドゥープのところに近づきました。そこで、「俺を引きとってくれ」と頼みました。「岩野君。よろこんであなたさまをお引き取りしたいとは思いますが、私に残されました命ももう長くはございません。ほら、この樫の木を残らず根こそぎひきぬきましたら、すぐに私は死ぬことになるでしょう」。岩野君は前よりもっとはげしく泣き、さらに先へ先へと進みました。
 やがてヴェルトゴールに近づき、同じようなお願いをしましたが、その答えも、「岩野君、よろこんであなたを引き取りたいとは思いますが、私自身、もういくらも生きていられないのです。ごらんの通り、私は山をひっくりかえすためにここにすえられている者ですが、この最後のいくつかの山をすませれば、すぐに私も死ぬのです」。岩野君ははげしく泣き、さらに先へ行きました。
 長く長く歩いて、とうとう学校に着きました。岩野君は授業を受ける気にはとてもなれず、保健室に行くことにしました。ドアを開けると部屋の中には誰もおらず、それどころか養護教諭の姿も見えません。岩野君はベッドにギシリと言わせながら深く座って頭を抱えます。そうして胸のつっかえを吐き出そうとするようにためいきをついておりますと、どこからともなく、
 「何か悩んでいるようね」
 と声がしました。岩野君は驚いて顔を上げ、
 「誰だ!?」
 と誰何します。しかしやはり保健室の中には自分以外の人影は見当たりません。そのとき岩野君は窓が開いていて、カーテンが窓の外へと風で引きずり出されているのを見つけます。もしかしたら外にいるのかもしれないと思って、彼は窓に走りよって外を見ます。しかしそこには誰もいません。と思った瞬間、突然風向きが変わり外に靡いていたカーテンが保健室の中に吹き寄せられ、勢いよく岩野君の顔を打ちました。そしてもんどり打って尻もちをついた彼が鼻を撫でながら顔を上げると、風に弄ばれるカーテンに体を撫でられるようにしてそこに立っていたのは、一人の女子生徒でした。腰まである美しい緑の黒髪が風に暴れるのを少し鬱陶しそうにしながら、同じように風に乱されるスカートにはほとんど注意を払っていないらしいその姿を見ながら岩野君は、彼女がどこから現れたのか不思議に思っていましたが、その上履きに入ったラインの色を見て彼女が3年生であることに気付きます。そして彼女の姿をもう一度見直しますと、その制服は形だけは確かにうちの制服であるようですが、セーラーのカラーも胸のリボンも全て彼女の髪や瞳と同様輝くように黒く、それが髪に縁取られた顔やスカートとニーハイソックスの間に覗く太ももの白さを際立たせています。そして翻るスカートの中から一瞬ほの見えた下着もまた黒色であることを発見して、岩野君は彼女が昨日馬飼野君が言っていた魔女に違いないと確信しました。魔女でもなければ女子高生がそんな下着を穿くはずがないと彼には思えたのでしょう。
 「助けてくれ、俺はこのままでは妹に食われてしまうんだ」
 岩野君は彼女の腰にしがみ付くようにして助けを求めます。
 「まあまあ、少し落ち着いて。まずは詳しい話を聞かせて頂戴」
 彼女は本来養護教諭が座るべき椅子に座って美しい足を惜しげもなく見せて高々と組みあげると、岩野君に話しかけました。
 「私の名前は、真理亜。森椈真理亜よ。よろしく」
 岩野君は自分がこのままでは授業が終わったら家に帰らざるを得ず、そして家に帰れば妹に食い殺されざるを得ないことを懸命に説明しました。彼の必死の説明を聞き終わると真理亜は指に挟んでいた葉巻をベッドの脇の灰皿に置くと、むき出しの白い足を黒いショーツに通しながらベッドから床へと降り、そして後ろ手で黒いブラジャーのホックを止めます。岩野君は裸でシーツに包まったまま、その姿に呆けたように見とれるしかありません。
 「分かったわ。協力してあげる」
 真理亜がそう言うと、思わず正気に帰った岩野君は喜びの声を上げます。
 「でも、その前に」
 それを押さえるように真理亜はその漆黒の瞳で彼を見据えて言います。
 「あなたの力を確かめさせてもらうわ」
 「一体何をすればいいのか。言ってくれればなんでもやる」
 岩野君は自信ありげに言います。それに対して真理亜は少し冷ややかな笑みを浮かべて、
 「私の家畜たちの世話をしてもらいます。私の家畜たちが逃げ出さないように一日見張っていられたら、あなたの力になってあげてもいいでしょう」
 と言い渡しました。
 そうして2人は服を着ると、森椈真理亜の家畜小屋に向かいます。そこは1年のA組の教室でした。そこの生徒たちは男も女も皆、真理亜の姿を見ると舌を出して彼女の足や手を舐めようと、そして撫でてもらおうと寄ってくるくらい彼女に懐いていました。
 「この子たちはみんないい子たちだけど、ちょっと腕白なの。だから授業の間、座っていることが出来なくてね。先生たちが困ってるのよ。なんとかこの子たちを一日の授業が終わるまで机に座らせていて欲しいの」
 そう言われて岩野君は、これは難題だぞ、と思いました。自分が授業に集中できないのに、どうやって人に集中させることができるのでしょうか。
 「おい、お前座れよ」
 と一人を席に付かせているうちにほかの2人が席を立ってふらふらと歩いて行こうとしてしまいます。これではまるでシーシュポスの岩です。岩野君はたちまち目を回してしまいそうになりました。しかしここで頑張らなくては後がありません。
 「こうなったら智恵を使うしかない」
 そこで岩野君は体育倉庫からたくさんのロープを持ってきて生徒たちを椅子に縛りつけました。そうすると生徒たちは勝手に立つことができなくなり、一見授業を真面目に受けているように見えるのです。これには先生たちも満足の様子。ただ、椅子から立ち上がることができないので、食事や排泄の世話は岩野君がやってあげなければいけませんでしたが、言うことを聞かない生徒たちを席に付かせ続けるという終わりのない苦行と比べれば、努力すればちゃんと結果の出る作業はむしろ喜びですらありえたのです。
 授業が終わって喜色満面の先生たちが教室から去り、生徒たちも家に帰して、糞便で汚れた床を懸命に拭いていると、森椈真理亜が教室の入り口に現れました。
 「どうやら何とかやってるみたいね」
 こうして岩野君は森椈真理亜の保護下に入ることになりました。岩野君はその日から保健室で寝泊まりして、保健室から登校するという、いわゆる保健室登校で学校生活を送ることにしたのです。
 こうして岩野君は真理亜の胸の中で寝起きする幸せな数週間を過ごしたのです。真理亜はまるで自分の息子を面倒みるように、たっぷりと食べさせたっぷりと飲ませてくれました。どうやら養護教諭も真理亜の配下であり、何の問題もないようでした。
 岩野君にとってはここで暮らすのがよかったのですが、しかし、やはりそうはいきませんでした。やがて不意に気が滅入るようになり、自分の家はどうなっているだろうと気がかりになり、ときどき、高い山に登っては、自分の家の方を眺めやり、なにもかも食い尽されて、ただ壁だけが残されている様子を見ると、ためいきが出、涙が流れるということも間々あったからです。
 ある時も、そのように家の方を眺め涙を流して帰ってきました。真理亜が尋ねました。「あなたは今日はなんで泣いているの」。岩野君は「風が眼にしみたからだ」と答えました。次の時も同じようでした。真理亜は、風が吹くのをぴたりと止めてしまいました。三度めも、岩野君は涙顔で帰ってきました。今度はどうしようもありませんでした。総てを打ち明けざるをえませんでした。
 そこで、岩野君は、森椈真理亜に、自分を、立派な勇者を、自分の家に帰らせてほしいと頼みました。しかし、真理亜は許しません。
 真理亜はこれが罠だと気付いていたからです。そもそも岩野君に自分の家を遠くから見るように誘いかけたのは彼の幼馴染の腰崔君でした。しかし実は腰崔君は彼の実の娘である岩野君の妹の情人であり、2人で結託して岩野君を真理亜の保護下から誘い出そうとしていたのです。
 それでも岩野君はぜひと嘆願します。
 とうとう拝み倒し、岩野君は家に帰ることを許されました。
 その代わり、道々の用意のためにと、ブラシと櫛と二つの若返りのリンゴを与えました。人はどんなに年をとっていても、このリンゴを食べれば、たちまちにして若くなる!
 岩野君はそれらを持って久しぶりに学校の正門から歩き出ます、
 岩野君はヴェルトゴールのところにやってきました。山はたったひとつしか残っておりませんでした。岩野君はブラシをとりだすと、野原に投げました。すると、どこから出てきたのか、突然、土の中から高い高い山がいくつも生えてきて、その頂は天にも達するほどです。しかも山はいくつあるか分らないほどでした。ヴェルトゴールは大喜びしました。そして元気に仕事にとりかかりました。
 しばらく行くと、ヴェルトドゥープのところへやってきました。もうたった三本の樫の樹しか残っておりませんでした。岩野君は櫛をとりだすと、それを野原に投げました。するとどこからとも知れず、突然ざわざわという音がして、地の中から、樫の樹のこんもりとして森が現れました。どの樹も他の樹にまけないほどに太い! ヴェルトドゥープは大喜びで、岩野君に感謝し、百年の樫の樹をひきぬきに出かけました。
 しばらく行くと、老婆たちのところへやってきました。2人にリンゴを贈りました。2人がリンゴを食べると、一瞬のうちに若返りました。そこで、岩野君にハンカチを送りました。このハンカチは、ひとふりすると、うしろにほんものの湖が現れるのです。
 こうして、岩野君は家に戻りました。
 妹が走り出てきて岩野君に抱きつきます。
 「お兄ちゃん、お帰りなさい!」
 岩野君はすっかり女らしくなった妹の体の感触にどぎまぎしてしまい、警戒の心を一瞬にして解かれてしまいます。妹は岩野君の手を引いて家に迎え入れ、愛想よく言いました。「さあ、そこにかけて待っててね。すぐにご飯の準備するから。それまでグースリでも弾いててよ。久しぶりにお兄ちゃんのグースリ聞きたいから。」岩野君は腰をおろして、グースリをかなではじめました。
 それを弾いていると、穴の中からネズミが出てきて、人の言葉で言いました。「岩野君。用心して、さあできるだけ早くお逃げなさい。あなたの妹は、歯をとぎに行ったのですから。」
 それを聞いて岩野君はドアの鍵穴を除くと、向こうの部屋で妹が腰崔君と仲睦まじ気に乳繰り合いながらお互いの鋭い歯をとぎあっているのが見えました。それで岩野君にもようやく妹と腰崔君が通じ合っていたことが分かり、自分が罠に掛けられたことを理解しました。
 岩野君は部屋を出ると、馬に乗り、元きた道をもどりました。ネズミがグースリの弦の上を走っていたので、グースリは鳴っておりました。
 妹は兄が逃げ去ったのを知りません。歯をとぎおわって部屋に飛び込んで見ると、人っ子ひとりおりません。ただネズミが穴の中へすべりこんでいっただけでした。妹はカッと怒ると歯を鳴らし、追いかけはじめました。
 岩野君に音がきこえました。ふりむくと、すぐそこに妹がいて追いつきそうです。そこでハンカチをひとふりすると、青い湖になりました。妹が湖を泳いで渡っている間に、岩野君はさらに先へと逃げました。
 妹は前よりもずっと速く追いかけました。ああもうすぐそこです! ヴェルトドゥープは、岩野君が妹から逃げようとしているのを察して、樫の樹をひきぬくと、道の上に投げ倒しました。まるで山ひとつをまるまる投げ倒したように。妹は通り抜けることができません。彼女は道の邪魔者をどけはじめ、咬みに咬んでやっと穴をあけましたが、その間に岩野君は遠くに逃げておりました。
 妹は全速力で追いかけ、走りに走り、ああもうすぐそこです。もう逃げられない! ヴェルトゴールが妹に気付くと、もっとも高い山をひっつかみ、それを丁度道の方に向けました。その山にさらにもうひとつ重ねました。妹がよじのぼりはいつくばっている間に、岩野君は、走りに走り、遠くへ行ってしまいました。
 妹は山をやっと越えると、再び兄を追いかけはじめました。兄の姿を見ると、言いました。「お兄ちゃん、もう逃げられないよ。」ああもうすぐそこです、もう追いつきます。丁度その時、岩野君は高校にたどりつき、大声で叫びました。
 「真理亜、真理亜! 窓を開けてくれ!」真理亜が保健室の窓を開けると、岩野君は、馬もろとも、窓の中に飛び込みました。妹は、兄の首を渡してくれと頼みました。しかし、真理亜は、聴きいれず、渡しませんでした。
 妹は真理亜のことを泥棒猫だのヤリマンだのビッチだの魔女だのと、兄のことを甲斐性無しだのヒモだのダニだのミツクリエナガチョウチンアンコウだのと罵りながら帰って行きました。

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けんさく。の映画評 アンバランスなこの作品が日本アニメのその後を決定した 『太陽の王子ホルスの大冒険』

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何と言っても伝説の作品である。
高畑勲が最初に作った大作映画であり、宮崎駿が本格的に作品制作の中核になった初めての映画である。またその他の名前を見ても、森康二、大塚康生、小田部羊一、奥山玲子、林静一などそうそうたる名前が並ぶ。
しかしこれは、それを作った人間がその後ビッグになったというだけの作品ではない。
そもそも「作画枚数15万枚」という宣伝文句。1997年の『もののけ姫』が133分で約14万枚、1968年のこの作品が82分で15万枚というのはどれだけこの作品が異様かを表している。しかもこの作品、はっきり言ってしまえば未完成なのである。途中、村が狼に襲われるシーンと鼠に襲われるシーンは結局完成せず原画だけで、中割りなし、つまり紙芝居みたいな感じになってしまっているのである。後半もそれほど動いていない。
ではどこにそれほど作画しているのか?
いや、この映画が始まったときは心臓止まるかと思ったよ。信じられないくらい動くんだもの。まず最初に鳥が飛ぶところから凄い。鳥がバラバラに動いている。その後ホルスと狼の群れの戦闘シーンになるんだけど、異様な気合いの入れ方がこちらに伝わる。描くのに技術のいる手前から奥へ、奥から手前への奥行き方向の動きをバンバン入れる。紐に結んだ斧をブンブン振り回すのもひたすら爽快である。
そこから30分はアニメーションの醍醐味を感じさせてくれる至福に時間である。船出のシーンのマストを透かして太陽を見る透過光表現は、その後の宮崎アニメを彷彿とさせるし、適役グルンワルドとの最初の対決シーンの計算され尽くした構図とカット割りによる緊迫感は演出の天才高畑勲の本領発揮である。
しかしその後はアニメーション的にはあまり見るところは多くない。もちろん、イギリスのアニメーション映画『動物農場』を思わせる労働賛歌シーンや、ロシアのアニメーション映画『冬の女王』そっくりの氷の宮殿、エイゼンシュタインの影響を受けた最後の決戦シーン(やはりヨーロッパ方面の影響が目立つ)などはあるが、前半と比べると力を入れるバランスを欠いている印象が強い。
一体どういうことだろうか。
そこにこの作品の伝説立つ理由がある。
この作品は東映動画の上層部からではなく、労働組合が中心になって自主的に作った作品なのだ。当時東映動画では、大塚康生、東大仏文科出身のインテリ高畑勲、学習院出身のお坊ちゃんながら軍需産業に関わっていた生家に複雑な気持ちを抱えていた宮崎駿、などを中心に労働運動史に残るくらい盛大な運動が運動が繰り広げられていたのだ。
その結果、もっと労働者が自分たちの手で悪を倒すような革命的作品が作られるべきだ、という熱気の中作られた作品がこれなのである。
この作品が持つアンバランスさの原因の一つはその熱気の暴走によるのであろう。本当は8カ月7千万円で作るはずの作品に3年1億3千万円もかけてしまったのも、熱気だし、スピードアップと合理化を求めた上層部と何回もぶつかったのも熱気だ。
コントロールを失った作品は明らかに間違った力の掛け方をし、冒頭は必要以上に動き(今ならあんなに動かさなくても、「動きているように見せる」技術が出来ている)、途中は動かない(先日亡くなった出崎統らが、ハーモニー処理などのあまり動かなくても画面が持つ演出技法を開発するのはもう少し後である。そう言う意味でこれは日本アニメーションがフルからリミテッドへの舵を本格的に切った作品でもあるのかもしれない)。
また必然的にストーリーも切り詰められ、説明は不足し、キャラクターも掘り下げが足らない。
そこがこの作品のもう一つのアンバランスさを成している。
この作品は善のヒーローが悪を倒すという勧善懲悪のヒーロー物のテンプレートで作られている。しかしその中に、明らかに異物である違う様子がぎごちなくぶち込まれているのだ。
それは例えば、ヒーロー一人だけでは悪は倒せず、村人全員が力を合わせる必要がある、という部分だったりする。そこには明らかに共産主義的テーゼの影響があるのだろうが、作品的に未消化で唐突な印象を受ける。
しかしやはり白眉はヒロインであるヒルダの存在だ。彼女は敵を追う途中でホルスが見つけた湖に沈んで水浸しの廃墟で高い柱の上に座ってハープを弾きながら歌を歌っているところが初登場である。このシーンは恐らく宮崎駿のイメージではないかと思われるが、ファンタジーの想像力として20年は早いような気がする。今見てもカッコイイシーンだ。
そして彼女は、村をグルンワルドに滅ぼされてひとりぼっちだとホルスにいい、彼は自分と同じ境遇(ホルスの故郷もすでに滅ぼされている)の彼女を村に連れ帰る。しかし実は彼女はグルンワルドの妹であり、スパイであり、歌の力で人びとの心にお互いへの疑いを植え付けることができるのだ。
そして今となっては定番ながら、彼女は自分の役割について悩む。結婚式を見てそれに憧れながらも、自分がそこにふさわしくないことを思い知らされ、「裁縫なんて出来なくても自分にはほかに出来ることがある!」「人間なんかいつか死んでしまうんだから、こんなことしても無駄だ」と叫んで村から飛び出し、村に鼠をけしかけて結婚式を台無しにする。そしてさらにホルスを敵のスパイだと村人に思わせて、ホルスを罠にかけていく。
この手のダークヒロインが日本アニメに登場するのはずっと後の話である。宮崎駿も試写会までヒルダがどんなヒロインなのか理解できなかったと言っているのが、このキャラクター造詣の先進性を表しているだろう。これはもう高畑勲の天才性というしかない。子どもアニメの中に大人の物語の要素を入れるなんて当時は誰も思いつかないことだったのだ。
しかし、これが後の日本アニメ、子供向けアニメでもなく大人向けのアートアニメーションでもない、どの年齢層に向けているのかよく分からない浮遊するアニメの原型になったのだ。
森康二のデザインも良いし(この作品は合議制で作られており、キャラクターデザインも何人もの人が原案を持ちよって作ったのでキャラクターごとにデザインが違う。例えば主人公ホルスはどこをどう見ても大塚康生のデザインである。アニメ版『侍ジャイアンツ』の主人公番場蛮と同じ顔してるもん)、声を演じている市原悦子も上手い。特に、村の権力欲の強いナンバー2にホルスを蹴落す協力を求められたときの高笑いは、ダーク系クール系美少女の王道で痺れる。ヒルダが自分の正体を明かして、ナイフでホルスを刺そうとするところもよい。
でも、掘り下げが甘い。
ホルスが単なる馬鹿で、ヒルダのことをどう考えているのか全く分からないのも面白くないし、ヒルダが自分をどう考えているのかもよく分からない。
結局、「善と悪の間で引き裂かれるヒロイン」という魅力的なテーマを入れたものの、ちゃんと扱いきれていないのだ。
この作品自体が、「単純なヒーロー物」と「アンチヒーロー物」、「単純な勧善懲悪物」と「善と悪の間の存在を描く作品」の間に引き裂かれてしまっている。
まさに過渡期の作品の悲劇というのが、この作品には滲んでいる。
しかし、見方を変えれば、こここそがこの作品の唯一無二のところなのかもしれない。このアンバランスさこそ、時代がこの作品に刻んだ跡であり、この作品の存在理由である。
だからこそこの作品はとびきり魅力的なのである。
高畑宮崎の両巨頭が死んだ辺りでこの作品をリメイクしてみるというのも手かもしれない。例えば京都アニメーション辺りで。この作品で語りたらなかった部分を上手くおぎなって、たくさん出てきたわりに掘り下げられてないサブキャラクター群にもひとつずつくらいエピソードを割り振って。
そうすれば、この何十年の間にどれだけアニメーション技術が進歩して、手抜きしてそこそこ見せることができるようになったかが分かるだろう。
そして、アンバランスさを調整して「ホルス」は恐らく普通に面白い作品となり、それによりこの作品が持っていた奇妙な魅力は失ってしまうんじゃないかな。
それを見てガッカリしてみたいなあ、なんて思ったりするのである。

まあとにかく歴史を言えば、金と時間をふんだんにかけた割にはこの作品はまったく受けず、責任をとる形で大塚康生、小田部羊一、高畑勲、宮崎駿らは東映動画から退社、しかし当時は敗者に見えた彼らが、後の日本アニメを動かす原動力となっていくのである。
歴史とは面白いものだ。

けんさく。の映画評 『ガリバーの宇宙旅行』に日本アニメの(というか宮崎駿の)その後の方向性を見る。

ガリバーの宇宙旅行 [DVD]ガリバーの宇宙旅行 [DVD]
出演:坂本九
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1965年の作品。まず、冒頭のスタッフの動画担当の最後の方に宮崎駿の名前があることに少し驚く。まだ24歳の若造でようやく名前が出るようになったころであろう。原画の森康二や大塚康生や月岡貞夫(『北風小僧の寒太郎』のである)や脚本の関沢新一(特撮ファンにはたまらない)や音楽の富田勲の名前にすでにホクホクしていた私はこの時点で興奮を禁じ得なかった。ただ動画ならそれほど個性はまだ発揮できないだろうなあ、と思って本編が始まるのを待っていた。
内容としては浮浪少年のテッドが犬と兵隊人形をお供に老ガリバーと出会って、ガリバーが最後に計画し、寄る年波に半ば諦めていた宇宙旅行に旅立つというもの。そして、あまりに科学が発達してロボットに反乱を起こされて衛星に逃げている国を助ける、というのが後半のメインだ。
まずアニメーションの技術になにより目を見張る。前半のテッドが忍び入った遊園地でのドタバタはディズニーやフライシャー兄弟のアメリカン・カートゥーンを思い出させて楽しい。しかし圧巻はやはり中盤、宇宙に出てからである。ロケットの発射シーンがまず良い。なかなか上がっていかないところもリアルだし、煙や炎、衝撃波もちゃんと出るし、加速度描写も迫力があるし、なにより多段ロケットなのがうれしいじゃないか。宇宙で変なゾーンに迷い込んで時間が逆さまに進んでみんなの年齢が小さくなっていくというのはビートルズの『イエロー・サブマリン』(1969)でもあったけど、当時の定番だったのか。宇宙空間を彷徨う円錐形の宇宙船(ロケットではない。ロケットは発射装置であり、宇宙船とは切りはなされる。ここ重要!)が回転しながらデッサンに一切狂いがないところはアートの風情が漂う。
前半がアメリカン・カートゥーンぽいなら、後半ロボットに脅かされている星の描写はヨーロッパのアート・アニメーションの香りが色濃い。特にチェコの人形アニメーションを私は思い出した。イジー・トルンカの『電子頭脳おばあさん』(1962)のあの建築的なセットの上を人形が滑るように動くのをセルアニメーションで再現したような塩梅だ。実際この星の住人は一見ぬいぐるみに見える。
またロボット達に支配されるまでの歴史を描いた部分のアニメーションや学者たちが侃侃諤諤の議論をするときのアニメーションなどは本編と違うタッチで描かれており、ここはやはりヨーロッパ伝統の風刺アニメーション(いジー・トルンカの『バネ男とSS』(1946)とか)を思い出させて、歌と相まって非常に楽しい。
ちなみにこの作品ではミュージカル風に歌がふんだんに取り入れられており、そのために主人公テッドの声も歌手の坂本九が当てている。最初は少年役にしては声が老けているな、と心配したものの、歌を聞けばこの人選は正解だったと言わざるを得ない。
そしてロボットたちが攻めてきて建物を光線で壊すところのアニメーションなどは並々ならぬセンスを感じさせるし、巨大ロボットが暴れるところはフランスのポール・グリモーの『やぶにらみの暴君』(1952)(現在は改作され、『王と鳥』(1980)という題名になっている。『カリオストロの城』(1979)の城の元ネタが出てくる映画)を嫌でも思い出す。ここも良く出来ている。
というわけでここまでなら前半はアメリカのアニメーション、後半はヨーロッパのアニメーションのいいとこどりをして非常に楽しいけどオリジナリティはあまり感じない、よい意味でも悪い意味でも「手先が器用で物真似が上手い日本人」という当時の日本人のイメージに沿った佳作で終わっていたであろう作品である。しかし最後の最後でとでもない爆弾が仕掛けられているんだこの作品には。
(ここからネタバレである)
敵に捕まっていたぬいぐるみのお姫様の中から何と生身のお姫様が出てくるのだ。どうやらこの人たちはロボットを作ったときに自分たちもロボットになってしまっていたのだが、中にはちゃんとした人間が入っていたのだ。
ここがなんかエロいのである。そもそもぬいぐるみの中にいたときには単調で抑揚のないロボット的な喋り方をしていたお姫様が突然「私の服が!?」なんて慌てた口調で言うのがそもそもエロいし、しかも裸だ。ガリバーが自分のコートを脱いで彼女に掛けてあげて、テッドが彼女の肩を抱いて「見て、朝日だ」だなんて日の出を指さすのである。お姫様は風がビュービュー噴くものだからコートを描きあわせて自分の肩を抱きながら「寒いわ」だなんていうのである。コートの襟や裾が風でめくれて白い首筋や足首なんかが垣間見えたりするのである。エロい、異様にエロい。なんか思春期少年が書いた小説みたいで恥ずかしい。
だいたい物凄く唐突な設定である。しかも作品の中でここだけ物凄く浮いている。そもそも女の子なんてそれまでまったく出てこない映画なのだ。話もそもそも子供向けである。その中で少しだけ覗く首や足首のエロスを描かれても物凄く困るのである。だいたいこの女の子だけ瞳がキラキラしていて明らかにほかのキャラクターと目の描き方が違うじゃないか!
私はこのシーンを見て思わず
「は~や~お~~~!!!」
と叫んでしまった。犯人は一人しかいなかったからである。このシーンをこんなふうにした下手人は宮崎駿でしかありえない。私はそう確信して、パソコン端末に走りGoogle先生に質問した。そうしたらやはりこのシーンは宮崎駿のアイディアで変えられたというではないか。
お~ま~え~~~!!! 下っ端の分際で!
どうしてそうやって子どもを、二次元のキャラクターに恋をしてしまうような茨の道に誘おうとするかな。
しかしここにこそ日本のアニメーションが諸外国のアニメーションの影響下から離れて独自の道を歩む契機があったのである。
という意味でこの作品は日本アニメーション史からいっても宮崎駿個人の作品史からいっても過渡期の作品として重要な気がするのである。

今日は疲れたのでお勧めのCDを紹介して終わりです。






プリンセス・ジブリプリンセス・ジブリ
アーティスト:オムニバス
販売元:Independent Label Council Japan(IND/DAS)(M)
(2011-04-13)
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火を噴くRAMMSTEIN特集

ライブが燃えるバンドと言ったら誰が何と言おうがRAMMSTEINである。
メタル、インダストリアル、テクノを融合した「tanz-metal」というスタイル(英訳するとdance metalなのか?)で近親相姦やらカニバリズムやらアメリカ批判やらヤバ気なテーマについて重く歌い上げる彼らだが、その一番の特徴は全員高身長なこと、一人のガリガリ除いてマッチョなこと、そしていつも燃えていることだ!
そもそもバンドの平均身長が191.5という化け物じみたもので、それだけでもうかっこいい! 画面映えするのである。とにかく彼らのライブを見てみよう(ニコニコは消されたので、youtubeにあるのは復帰させますが、念のためfullはここです)。
『Feuer Frei!」

燃えてるねえ。

というわけでメンバー紹介
ヴォーカル:ティル・リンデマン 1963年生まれ、190センチ、デブマッチョ。ライプツィヒ生まれ、元水泳選手、モスクワオリンピックのとき、控え選手として東ドイツ代表に選ばれ、ポルノ雑誌を買うために宿舎から勝手に抜け出して選手権はく奪。ソウルオリンピックの代表にもなっている。パイロ技師(火を使う技師)の資格を持っている。
リード・ギター:リヒャルト・Z・クルスペ 1967年生まれ、187センチ、イケメンマッチョ。シュヴェリーン生まれ、元レスリング選手。バンドの事実上の創始者、ティルの2人目の妻の娘の父親はこの人。
リズム・ギター:パウル・ランダース 1964年生まれ、178センチ、普通マッチョ。ベルリン・バオムシューレンヴェーク地区生まれ。一番背が低い。元ボイラーマン。
ベース:オリバー・リーデル 1971年生まれ、203センチ、巨大マッチョ。シェヴェリーン生まれ。
ドラム:クリストフ・シュナイダー 1966年生まれ、193センチ、マッチョ。
キーボード:ドクトル・クリスティアン・ローレンツ 通称フラケ 1966年生まれ、198センチ、ガリガリ。ベルリン生まれ。「ドクトル」というあだ名は医者志望だったから。
メンバー全員離婚歴あり。あと、メンバー全員東ドイツ生まれの東ドイツ育ち。

まあ、そんなことはどうでも良くて火! 炎! 燃えろ燃えろ! である。
『Reise,Reise』このライブの一曲目。

ティルがフランケンシュタインの怪物にしか見えない。しかもナチス的歩き方。かっこよすぎるぞ。ちなみに彼らは実際にネオナチと罵られたことがある。そのアンサーソングが次の『Links 2 3 4』(2はzwei"ツヴァイ"ではなくzwo"ツヴォー"と読んでる。東ドイツの方言?)

自分たちは右翼じゃなくて(ネオナチなんかじゃなくて)むしろ左翼(心臓が左側)というのを歌で歌うわけだが、それを軍隊の行進の合図で歌うというのが皮肉が効いている。登場も軍隊風だし。曲もいい。

『Asche zu Asche』

マイク熱いだろ。
この単純で力強いリフとそれに合わせて歌われる低く重厚な歌がRAMMSTEINの音楽的特徴である。そこに奇妙に爽やかな電子音や捩じれたノイズを被せてくるセンスが素晴らしい。

『RAMMSTEIN』

火炎放射重そうである。あと戻っていくときまだ少し火が出てるのが気になる。
ちなみにRAMMSTEINというバンド名の由来は1988年に航空ショーで事故が起きた村「Ramstein-Miesenbach」かもしくは「Ramme(激突する)+Stein(石)=破城槌」という意味ではないかと言われているが、メンバーいわく「響きがカッコイイから」だそうな。

『Morgenstern』

最高のラブソング

『Du Hast」

おい、客に撃ったぞ。

『Du Riechst So Gut』

最初に持ってた弓はなんなんだ。しかし全員『北斗の拳』とかにいてもおかしくない感じだな。「汚物は消毒だ」的な意味で。

『Mein Teil』

フラケが楽しそうでなによりです。しかしすごい演出だな。
ちなみに「Mein Teil」とは「俺の一部」という意味で、まあ局部を意味する言葉と思って間違いない。これには「アルミン・マイヴェス事件」という元ネタがある。これは食べられたい人をインターネットで募集したら本当に応募者が現れて、その男、本当は直接陰茎を噛みちぎって欲しかったらしいが、さすがにそれは無理なので、失敗しながら陰茎を切り取って料理して2人で食べたらしい。マイヴェスはその一部始終を映像に撮って残しており、それを見た者はこの食べられている方の男(被害者と呼んでいいものか?)自分の一部を食べながら明らかに出血多量で死にそうになっていた模様。その後マイヴェスは、同意の下にこの男を殺し、保存して数カ月にわたって食い続けたらしい。その後、次の獲物を募集して事件が発覚した。撮られた映像は警察が押収、見た者はセラピーが必要だったとか。ゲオルグ・カール・グロスマンや「ハノーファーの屠殺人」フリッツ・ハールマンに並ぶドイツの偉大な食人鬼である。この男、なんとRAMMSTEINを名誉棄損で獄中から告訴している。えー?

『Amerika』

セグウェイ!
東ドイツ出身の人間がドイツ語英語交りでこんな歌を歌うメッセージ性はかなり強そうだ。「Coca-Cola, somtimes war.」の歌詞は辛辣だね。
ちなみにこのパフォーマンス中にフラケがティルを引いて来日がキャンセルになったことがある。それ以来来日はしていない。

違うライブからの映像やpvも
ベルリンでの『Bück Dich』

ヨーロッパや日本ではおとがめなしのこのパフォーマンス、アメリカでやったらティルとフラケが逮捕されました。しかしフラケは虐められている時が一番輝いているなあ。あとティルの腰を落とした状態でのヘッドバンギングはいつ見てもカッコイイ!

『Weißes Fleisch』

いきなり火花に包まれての登場! ティルのヘドバンカッコイイ! フラケの謎ダンスカッコイイ! 長い手足をジタバタさせてキモいのがいい。そしてなんか指に付けてると思ったらやっぱ花火か。
歌詞は幼児の性的虐待の連鎖について歌ってるみたいね(ドイツ語分からないので)。

『Du Hast』のpv


『Keine Lust』のpv


『Ich Will』のpv

始まったかと思ったら死んでるフラケ△。

『Benzin』のpv

こいつらが消防隊って時点で嫌な予感しかしない。そして安心のオチ要員フラケさん乙であります!

『Mann gegen Mann』のpv

変態だー!!

『Amerika』のpv

グローバリゼーション賛成派の私でもこのpvは好きです。

『Sonne』のpv

こいつらが小人の役をやるというのが面白い。どう見たって白雪姫がさらに巨大なようにしか見えないが。

『Haifisch』のpv

確かにマリリン・マンソンがいる。あと今までのpvの総集編みたいで面白い。

『Ich Tu Dir Weh』のpv

頬に穴開けて口の中に電球仕込んでんのか!

『Rosenrot』のpv

珍しくフラケではなくティルがやられ役。

『Pussy』のpv

やっぱりフラケはヤラれるほうなのか。これのボカシてないバージョンはポルノサイトに行かないと見えません。逆に言うとポルノサイトに行けば見られます。

ベルリンでの『Asche zu Asche』も良い。


日本での『Mein Teil』

客層が……

最後に有名なMADを一つ。『Engel』のエヴァMAD。

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