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2012年01月

『チーズとうじ虫』 農民たちの宇宙

コンピュータ・プログラムの練習問題の名前として有名なクワインは哲学者でもあるが、彼が考えた問題というのは、言語を理解する、ということは、それを喋る人びとの世界観を共有することを絶対に含む、ということだ。
クワイン―ホーリズムの哲学 (平凡社ライブラリー)クワイン―ホーリズムの哲学 (平凡社ライブラリー)
著者:丹治 信春
販売元:平凡社
(2009-10)
販売元:Amazon.co.jp
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言語と認識のダイナミズム―ウィトゲンシュタインからクワインへ言語と認識のダイナミズム―ウィトゲンシュタインからクワインへ
著者:丹治 信春
販売元:勁草書房
(1996-01)
販売元:Amazon.co.jp
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例えば、日本人が「狐の嫁入りだ」と言ったり、「後生だからやめてくれ」と言ったりすることの理解には単なる文法の学習以上の、世界観学習が必要になる。アメリカ映画を見ていると、現代的な表面のすぐ裏に広がる豊かな迷信の世界に驚くことがある。彼らの言っていることを本当に理解するためには、その理解が不可欠なのだ。
だから、昔の人間の言っていることを理解するのは難しい。彼らは我々とは全く異なる世界観を持っているのだから、例え同じ言葉を喋っていても、それをそのまま我々の世界観で解釈しては駄目なのだ(時代劇の限界だ)。
だからこそ、時代の違う人間の考え方を調べるのは面白いのだ。書物の中に自分の影を見つけること以外興味がない人間には到底たどり着けない知的興奮がそこにはある。クワインは異なる言語話者の相互理解について悲観的な考え方をしていた(本質的翻訳不可能テーゼ)。しかしクワインは我々の身体性や歴史的地理的連続性など、人間の共通性を過小評価していると思う(異星人とのコンタクトの翻訳可能性については、「やってみないと分からない」としか言いようがない)。歴史上の人物については、世界観の違いを埋めるために必要な資料にどうしても限界があるが、それでも慎重に粘り強く調べていくことにより、少しずつ分かってくるのだ。そんな探偵小説的歴史書物の傑作がこれだ。
チーズとうじ虫―16世紀の一粉挽屋の世界像
著者:カルロ ギンズブルグ
販売元:みすず書房
(2003-04)
販売元:Amazon.co.jp
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イタリアの歴史学者である著者のギンズブルグは、今まで決して開かれなかったウディネの教会裁判所の古文書館にある裁判資料から、様々な資料を発掘している。その中の一つに本名ドメニコ・スカンデッラ、通称メノッキオという16世紀のイタリアの粉挽屋の異端審問の記録が残っていた。その記録によるとこの男は、裁判で次のような証言を行ったのだ。
「私が考え信じているのは、すべてはカオスである、すなわち、土、空気、水、火、などこれらの全体はカオスである。この全体は次第に塊りにたっていった。ちょうど牛乳のなかからチーズの塊ができ、そこからうじ虫があらわれてくるように、このうじ虫のように出現してくるものが天使たちなのだ」
この異端のコスモロジーは一体どこから来たのであろうか? メノッキオは簡単な読み書き計算ができ、農村の自治の出納係や農民の学校の教師を務めたこともあった。本を読むことはかなり好きだったようで、人から借りたり、ベネチアで本を買った記録もある。『デカメロン』などの禁書を幾つか読んだ形跡もあるし、もしかしたらコーランを読んだ可能性もある。またギターが弾け、祭りのときには他の村に行き演奏をしたようで、その際に、旅芸人と接触することもあったようだ。その他、画家の知り合いなどと自分の考えについて話すこともあり、その際に再洗礼派などの異端と接触した可能性もあるという。
しかしメノッキオの考え方は、当時存在したどの反カトリック(プロテスタント、再洗礼派)の考え方とも違うし、彼が読んだ本を引用するときも、言葉の意味合いは少しずつ歪められ変えられてしまっている。
実際メノッキオは、驚いた裁判官に、誰からそんな考えを聞いたのだ、と聞かれ、自慢げに、「私は頭が精妙に出来ているので、本を読んで自分で考えた」と答えたのだ。
ギンズブルグはこの天才的とも思える男の思想を、「本で読んだ知識人層の思想の言葉で、口承文化の思想をなんとか表現しようとしたもの」と考え、この中から農民の世界観を一部での再現しようとするのだ。
例えば「聖霊」をあくまで、「風」や「呼吸」のようなものと考え、三位一体を否定し、「聖霊」が一番重要という考え。実は、ラテン語のspiritus」や、ヘブライ語やギリシャ語のそれに当たる言葉、それだけでなく太平洋の島々で神秘的な力として信仰される「マナ」、さらには中国の「気」も同様の語源を持つ。これは、メノッキオの所属する文化には上部文化では忘れられようとしていた原初的信仰が流れ続けていたと考えられる。「チーズ」の例えによる即物的天地創造にもそれが現れている。
さらに彼が言う、
「私がトルコ人だったら、キリスト教徒にはなりたいと思わず、トルコ人であり続けたい、と考えたでしょう。しかし私はキリスト教徒ですので、キリスト教徒であり続けたいと考えます」
「私はキリスト教徒ですので、キリスト教が正しいと思いますが、トルコ人も自分の宗教が正しいと思うでしょう」
などの考え方には、民衆らしいプラグマティズムが溢れている。
神を領主、もしくは父として見る見方もこぎみ良い。神を単に天使の一番偉い者とみなすのも凄いが、出色はこれ、
「父親は自分を馬鹿にされても許すでしょうが、子がその兄弟を殺したら絶対に許さないでしょう。同じように、神を愛することよりも、兄弟であるユダヤ人やトルコ人と仲良くすることの方が大切なのではないでしょうか」。
今考えると、当時のカトリックよりよっぽどまともに聞こえることを言ってしまったがゆえに、この男は牢獄に繋がれてしまうのだ。
本来カトリックは民衆の文化に対して寛容であった。実際カトリックの様々な祭日は、古来の祭りを吸収したものだった。だからこそ、この時期まで、民衆の間では古代の信仰根付き続けていた。しかしこの時期、宗教改革とそれに伴う、プロテスタント以外の有象無象の新興宗教の発生にカトリックは締めつけを強くしていたのだ(地動説への弾圧も丁度この時期である)。
カトリックしか選択肢がなかった時代には反対意見がありうるとも思っていなかった人々が、宗教改革によって、必ずしもプロテスタントとは言えない自分の意見を次々と出しはじめていた(その時、いつもレッテルとして「ルター派」と言われるがそれに惑わされてはいけない。実際ルターも農民戦争などに対する不支持をはっきり述べて、そう言う有象無象と一線を画そうと努力している)。
メノッキオが「カトリックの儀式など売り物に過ぎない」「彼らがラテン語を使うのは、民衆に自分たちのやっていることを知られたくないからだ」「福音書は四つの言葉に縮められる」など過激なことを言えるのも、宗教改革の遠い余波とも言える。
しかし、メノッキオの読書暦には『マンドヴィルの旅行記』などもある。
東方旅行記 (東洋文庫 (19))東方旅行記 (東洋文庫 (19))
著者:J・マンデヴィル
販売元:平凡社
(1964-05)
販売元:Amazon.co.jp
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これは実際には作者不詳の旅行記で、途中まではそこそこ正確な地理が書いてあるが、途中からは犬人国、女人国とこの手の架空旅行記のお約束目白押しだ。
メノッキオはこの本を読み、そこにある死んだ人を食べてしまうのが風習になっている土地の話を読んで、風習や道徳の相対性の多大なカルチャーショックを感じたのだ。
これはモンテスキューが感じた同種のショックとそれほど遠くない。このショックが彼を思索の終わりなき旅へ連れ去ってしまったのだ。
ギンズブルグのジレンマは読み書きを知らない人たちの文化を知りたいのに、残っているものは読み書きを知っている者の記録だけで、それはどうしても知りたいものそのものではありえないということだ。同様の試みは次の本でもされており、これも相当面白い。
猫の大虐殺 (岩波現代文庫)猫の大虐殺 (岩波現代文庫)
著者:ロバート ダーントン
販売元:岩波書店
(2007-10-16)
販売元:Amazon.co.jp
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しかし、ギンズブルグの意図とは別にその試みが明らかにしたことは、読書という行為が持つ罪深さだ。このメノッキオという粉挽きは身の丈に合わない読書さえしなければその身を滅ぼすこともなかったのだ。しかし一度甘美な智恵の実の味を知ってしまえばもう遅い。
水車や風車を経営しているので、そこは自然に農民たちのたまり場になる。そして集まった人々にこの男は自分の考えを話さずにはいられなかったのだ。農民たちは「罰当たりなことを言うでない」と言って取り合わない。それだけで済んでいればよかったのだが、ちょっとした人間関係のいざこざからメノッキオの異端の考えが宗教裁判に掛けられてしまう。一度目は何年も牢屋に入れられて悔い改めるだけで済んだ。しかし自分の考えを話したいという欲求には逆らえない。粉挽きという半分農民で半分は農民でないこの男は農村で精神的な孤独に陥っていた。一番可愛がっていた息子は先に死に、残りの子どもたちには煙たがられていた。そして旅のユダヤ人や旅芸人に自分の考えの理解を求め、裁判で二度と口にしないと誓った言葉を繰り返してしまう。
こうしてメノッキオは二度目の逮捕に会い、結局火あぶりにされてしまう。
自分の言葉でしゃべることがどうしようもなく罪悪であった時代の物語だ。
しかし、彼が命を賭して自分の言葉で語ってくれたおかげで、我々は原理的にそのままの形で後に残ることがない口承文化の遠いこだまをそこに聞きとることが出来る。感謝してもしきることがない。
この本を高く評価したフランスの歴史学者グループは「アナール学派」と呼ばれる。このような文化人類学的手法や物語的手法を使って、当時の人々の世界観を再現しようとした人々だ。
この手法はその不確実さによって英米の実証主義的歴史学から批判を受けた。実際、限られた資料から想像の翼を広げて語られたことはちゃんと批判を受けなければいけない。この手法が流行り過ぎたことにより、アメリカで始まったコンピュータを駆使した統計的手法の導入が遅れたことが大きな損失であることも間違いない。
しかしクワインが示したことをちゃんと考えると、結局「確かなことだけ理解する」という目標を設定することは、実際には分かったかもしれない事実を取り逃がしかねない敗北主義に陥りかねないのだ。
ちょっと証拠から言えることよりも多めに語ってしまったことを、よってたかって突っ込まれて、批判に答えているうちに確からしさが上がったり下がったりする。このプロセスが学問を推進させるエンジンなのである。そこにはある種の物語的想像力が不可欠なのだ。

トイレット・ペーパーが変なふうに破れるたびにスタージョンの『〈ない〉のだった―本当だ!』をどうしようもなく思い出す。

時間のかかる彫刻 (創元SF文庫)時間のかかる彫刻 (創元SF文庫)
著者:シオドア・スタージョン
販売元:東京創元社
(2004-12-11)
販売元:Amazon.co.jp
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ここに収録されてる。
「物質を取り除くと強度が弱まるんだったら、トイレット・ペーパーはミシン目でちゃんと切れるはず。でもそうはならない。ということは、物質を取り除くと逆に強度は強まるんだよ!!」

(; ・`д・´) ナ、ナンダッテー !? (`・д´・ (`・д´・ ;)

「すると、すべての物質を抜いた状態。つまり何もない状態は、銃弾を跳ね返すくらいの強度を持つはずなんだよ!!!」

(; ・`д・´) ナ、ナンダッテー !? (`・д´・ (`・д´・ ;)

というアホな与太話で短編つくってしまった、という作品。スタージョンはいろんな作風の作品があるけど、ときどきベイリーやラファティに並ぶくらいの法螺話SFを書くから油断ならない。
この他にも、機械を叩いて直す名人が体や精神の調子のおかしくなった人まで叩いて直す話が出てくる。



機械は叩いて直すのは世界共通ですか……

ちなみに短編集の表題の「時間のかかる彫刻」とは盆栽のことで、これが「人間を育てるのには時間と忍耐が必要だよね」という教育論に掛かってくる話。サイボーグ009に影響を与えた名作『人間以上』にもあった、スタージョンの妙な説教臭さが炸裂してるぞ。
人間以上 (ハヤカワ文庫 SF 317)人間以上 (ハヤカワ文庫 SF 317)
著者:シオドア・スタージョン
販売元:早川書房
(1978-10)
販売元:Amazon.co.jp
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ええっ! 今こんな表紙なの!?

練乳×がぶ飲み×転落人生

やはりあの練乳がまずかったとしか言いようがない。あれが原因で私の転落人生は始まってしまったのだから。それ以来、際限なく転がり落ちていくばかりだ。しかし、慣れれば重力に身を任せ転がり落ちていくのも悪くはない。今まで苦労して坂を登ろうとしたのが馬鹿みたいだ。自然の法則に逆らおうとすることは愚かなだけではなく、罪悪ですらありうるだろう。彼らは宇宙を掻き乱し、徒に世界の調和を崩す。昇っていく者には分かるまい、転がり落ちていく者の平静さが。昇っていく者には体の重さによる優劣がある。体の重い者はより天に近い軽やかな者達を、憧憬と怨嗟のこもった目で見上げるしかない。しかし転がり落ちていく者は平等だ。重い者も軽い者も、みなガリレオが観察したように同じスピードで転落していく。そして基本的平等の上に生きる技芸がある。今まで位置エネルギーを運動エネルギーに変えるやり方に、これほどの種類があるとは思わなかった。もちろん改めて考えてみれば、どんなものにも極めれば極めるだけ様々な技術があり流儀がある。転がり落ちることだって同じだという話だ。私は先ほどの練乳の力の効果でたちまち際限なくぶくぶく太りながら、名古屋大学前から本山に掛けての、はるかな昔名城線名古屋大学駅が出来る以前には何人もの大学生達が自転車で殺人的な滑降を行い、幾多の現地住民に名古屋大学への苦情の電話を行わしめたと伝説に語られている坂を、まるでカボチャを坂に転がしたようにごろんごろんと転がり落ちていった。ああ、このままどこまでも転がり落ち続けられたらいいのに、と私は願った。そしてその可能性を探るために、どうやったら転がり落ち続けられるかを頭の中の地球儀に描こうとして、中心に向かって収斂していく螺旋に目をクラクラさせている途中で、早くも底が見えてきた。しかし、そこには驚くべき光景が広がっていたのだ。それはなんと、牛乳風呂のような一面の真っ白い湖だった。まさか登別か? と一瞬考えたがそんなはずもなく、次に私の脳裏に閃いたのは想像出来る限り最悪の可能性、練乳が追いかけてきて私を待ち伏せしていたのだ。一体、どこまで私を追い詰めれば気が済むのだ、練乳の奴め。私が練乳に何か悪いことをしたであろうか? 私には一向に身に覚えがない。もしこれほどの仕打ちにあう理由を知っているものがいたら、ぜひとも御一報願いたい。私は懸命に体の回転を止め、まるで崖のような坂に身をとどめようとするが、しかし充分以上に加速の付いた体はそうは止まらない。しかも、先ほど飲んだ練乳により今この瞬間にも私の体重は増え続けている。これではますます止まるものも止まらない。私は罠にかかったのだ。やはりこの世は罠だったのだ。そもそも、この世界に生まれ落ちたのが罠に落ちたようなものなのだ。あのときどうして私はこの世界に生まれようなんて考えたのだろうか。私はあのときの判断ミスを一生悔やむことになるだろう。なにしろ、あのとき生まれようなんて思わなければ、一生生まれなかった可能性だって充分あるのだから。まるで、夜店で売ってる水風船のヨーヨーのようになった惨めな私は抵抗空しく粘り気のある白濁液の中に飛び込んでしまい、自分の体重で徐々にその中に没していく。見れば体の軽い子どもたちはこの粘性の高い液体の上で華麗に走り回って遊んでいるではないか。落ちていく者にも体の重さによる貴賎があったのだ。あのときの思わず高揚させられる平等感は所詮かりそめのものに過ぎなかったのだ。彼らは否応なく沈んでいく私の姿を見て指をさして笑っている。私にだって彼らのように身軽な子ども時代があったのだ。あったはずなのだ。それなのに、この世界で大人になるというのは体が重くなるということなのだ。すべては練乳のせいなのだ。私は練乳を呪った。しかし呪っても何も出来はしない。このまま、練乳の湖に没して息絶えるのを待つしかない。それは悔しくて悔しくて仕方なかった。確かに私は落ちるところまで落ちてしまった人間だ。落ちていくのはそれなりに楽しかったし、落ち切ってしまった今、奇妙な満足感も感じ始めてしまっている。しかし、ようやくすべての諸悪の根源がこの練乳であることに気付き、この練乳を絶やしさえすれば、この無意味に費やされる生命の連鎖を断ち切り、私のような生まれ落ちなくても良かった人間をこの世に生まれ落とさなくてもすむことを知ったのに、それに対して何も出来ないのは口惜しかった。しかし、今はもうどうでもいい。もうすぐ口が水面の高さまで沈んでいき、私の中にこの汚らわしい白濁がなだれ込んでくるだろう。その時が私の終わりのときなのだ。そしてその時が来た時、私は気付いた。これは練乳ではない。この味は、私と同じように坂を登ることを諦め、ひたすら坂を転がり落ちることを選んだ人間達が、そのやる気のない態度ゆえにとうとう人間の形を保つ最低限の意思さえ失って液体化してしまった成れの果ての味だ。ああ、そうか。私は一人ではないのか。私は多数の中の一人であり、私はこの大自然から生まれて大自然の中に返っていくのか。私は流れの中の、大河の一滴であったのか。私もあなたもないユートピアが来るのだ。私は嬉しかった。口の中が塩辛くて、自分の涙の味か、他人の汗の味か分からなかった。私もこの巨大な白濁になり、次の生命を生み出す種となり、命をはぐくむちちとなるのだ。私は輪郭を失って溶けていく。そしてその時、湖全体が大きく蠢動し、道路が四方から下り坂になってちょっとした底になっているこの地点から一方に町を破壊し、別にやる気がなかったわけでもない関係ない人々をその中に取り込みながら流れ落ちていく。向かっていく先は決まっている。母なる海の胎内である。
こうして人類の時代は終わり、新しい生命の胎動が始まるのだ!
何書いてるのか分からなくなったからやめます。

おまけ、受験生応援動画。

練乳オレ

【10%OFF】森永 たっぷり飲めちゃう練乳オレ 500ml 20本
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「練乳」というのは「濃くした牛乳」という意味で、「オレ」ってのは「牛乳入り」という意味のはずだから、何かおかしいと思うのだが。
それはただ単に練乳を薄めた物とは違うのか?(例え牛乳で割っているとしても)
もしくは、練乳を作る過程を途中で止めたものとも成分的には一致するような気もする。
しかも、成分表示見たら、怖ろしいほどカロリーが高いし。こんなもんたっぷり飲んだら糖尿になるわ!

恐怖の関連商品集
【10%OFF】 森永そのまま練乳みたいなヨーグルト 12個
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【期間限定】 森永 ハイチュウ 森永れん乳いちご 12粒 ×12個[ボール販売]
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【20%OFF】森永 れん乳モナカ 20個入
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書くことがない時のために

書くことがない時のために、書くことがないのに書くことがある振りをする練習をしておこうとと、書くことを捏造して書こうと思っているのだが、書くことを捏造してしまうと書くことがあることになってしまうので、書くことがない時のための練習にはならなくなってしまう、というジレンマを捏造したので書くことがなかったのに記事を書くことが出来ましたとさ。
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