前回の続き
ケイト・ブッシュの曲の中で私が一番好きなのがこれである。
『Cloudbusting』
歌われているのは「ヴィルヘルム・ライヒ」について。
ライヒはフロイトの弟子の精神分析学者なのだが、フロイトからは嫌われていたらしい。マルクス主義と精神分析(20世紀の2大カルトだね)を結び付けようとして、共産党と精神分析協会の両方から除名をくらったらしい。
1933年には彼の著作で唯一そこそこ読む価値があると噂の次の本を出し、ナチスと共産党の両方から発禁にされる。
ファシズムの大衆心理 (上)
著者:ヴィルヘルム・ライヒ
販売元:せりか書房
(1986-10)
販売元:Amazon.co.jp
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ファシズムの大衆心理 下
著者:ヴィルヘルム・ライヒ
販売元:せりか書房
(1986-10)
販売元:Amazon.co.jp
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彼の思想の根本は、諸悪の根源を「性的抑圧」「性的欲求不満」に見ようとすること。ここまでなら、曲解されたフロイト思想と言う感じだが、彼はそれを政治 にまで結びつけ、プロレタリアート(労働者階級)の性的欲求不満が政治的委縮をもたらすと主張したり、ファシズムの問題を性的抑圧からのサディズムの発露 に見ようとしたりした。その上で彼は、すべての性的抑圧からの解放を主張したのだ。
そんな彼が後世に名を残したのは、なにより「オルゴン」の「発見」による。
彼はナチスに追われて亡命したノルウェーのオスロにて、滅菌した肉汁の中に、青い光を発するものを発見する。彼はそれを目や皮膚を傷つけるものと考え、中は金属で外は木でできた箱の中に入れる。
そして彼はこの新発見のエネルギーを「orgasmus(性的絶頂、いわゆるイクというやつ)」「オルゴン(Orgon)」と名づけた。
彼はこの性的エネルギーが光を放ち、また溜めたり放出したりできると考えたのだ。
そしてそれこそが、すべての生命の根源を成しているとみなしたのだ。
ちなみに、このオルゴンを溜めることが出来る装置「オルゴンボックス」、いまだに売っている。
生活活性研究所
驚きの、189万円。基本は内側に金属、外側に木の単なる箱と考えてよいはず(ライヒのオルゴンボックスがそうなんだから)。
アマゾンでもオルゴン関連の本は普通に売っているので、暇で酔狂な人は読んでみたらいかが?
オルゴン療法に目覚めた医師たち―医者の命を救った!西洋医学の限界を破った!
著者:小松 健治
販売元:JPS出版局
(2010-10)
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ライヒはアメリカに行ってからは、メイン州レーンジュエリーに「オルゴノン」と言う名の研究所を作ってオルゴンの研究をつづけた。
ライヒはこのオルゴンでラジウムの放射線を中和できると考えたらしいが、その結果実験動物は死に、研究員は吐き気や頭痛で研究所から退避しなければいけなかった(どこまで本当の話かよく分からないが、本当なら単なる放射線の効果なんじゃなかろうか?)。
ライヒはこのとき発生したものを、」Orgone Anti-Nuclear Radiation(反放射性オルゴン)」略称「Oranur(オラナー)」と名づけた。
そしてその後1カ月、研究所の上に黒い雲が掛かり続けたのを(ここはすでに単なる妄想とみてよさそうである)、オラナーが「死のオルゴン(Deadly Orgone)」になったと考え、オルゴンを集中的に放射する装置(下部を曲げて流水にアースさせた中空のチューブを単に並べたもの)を使ってその雲を追 い払った。
そして彼はそれを「クラウドバスター」と呼んだ。

この雲を消すという実験、いまだに超能力とか気とかでで実演する人がいたりするのだが、晴れた日の低い雲はずっと見ていないから気付かないだけで5分くらいで現れたり消えたりしているものなので、別に気を送らなくてもずっと見ていたら消える。なので騙されないでね。
ライヒはその後UFOを目撃し、それを「死のオルゴン」を利用した侵略宇宙人と断定、クラウドバスターを使った撃墜の必要性を訴えた。
こうやって時系列でみるとライヒの頭のピントがどんどんボケていく様子が見えて面白いのだが、しかしそんな彼をだんだん国は遊ばせておくわけにはいかなくなってくる。
彼は旧来の精神分析(生物学的オルゴン療法)とオルゴンボックスを使った新しい療法(物理学的オルゴン療法)を組み合わせた治療行為を行っていたが、その 後者によるがんの治療行為が、FDA(米国食品医薬品局)によりがん治療機の不法製造販売にあたると訴訟をされたのだ(妥当な判断である。ただオルゴンと 関係のないライヒの著作まで出版差し止めが行われたため、言論弾圧だという批判が持ちあがった)。
その時ライヒは、裁判所の命令に従わなかったため、法廷侮辱罪により投獄、1956年コネチカット刑務所で心臓発作で死亡した。
ライヒは獄中で、空を飛ぶ飛行機を見るたびに、係官に「彼らが私を見守ってくれている」とこぼしたと言う。彼らって一体誰だったんだろうか。
ライヒのオルゴン理論は完全な疑似科学である。実験には一切再現性がないし、結果の統計的有意性もない。根幹において、現代科学と相いれない部分が多すぎる。
科学と疑似科学の間には広いグレイゾーンが広がっているのも事実だが、これが今現在科学ではないのもまた事実だ。
しかしライヒはいまだに多くの支持者を得ているのも、怖ろしいことに事実なのだ。
ケイト・ブッシュはこのライヒの息子の書いた本を読んで、曲を書いたと言う。彼女はこの曲とpvの中で完全にライヒの側から世界を見ている。
仕事をしているだけのFDAは政府の犬だし、ライヒはときの権力に迫害された殉教者だ。
馬鹿言っちゃいけない、と思うし、これはひどい、と思った。
息子が、「パパの意思を僕が引き継ぐ」だなんていいはじめたときには、「頼むからやめてくれ」と悲鳴を上げたくなる。
だが、である。
それにもかかわらず、である。
私はこの映像を見て泣きそうになっている。
呉智英が中国のプロパガンダ映画『農奴』について語っていたことと似ている(この映画、私は呉智英の上映会に見に行った。字幕なしでよければyoutubeで見ることが出来る)。
『農奴』は封建体制下で苦しめられているチベットの農民を中国共産党の人民解放軍が助ける、という今見たら噴飯物のプロパガンダ映画なのだが、見ればその美しさに文句なしに感動できる。
それと同じように、ケイト・ブッシュのこのpvも何もかも間違っているにもかかわらず、その美しさに感動せざるを得なかった。
そう考えると美と言うものは、かなり危険で怖ろしいものだ。事実と異なっていても、視点がかたよっていても、露骨な利益誘導がなされていても、美しければ人を感動させることが出来るのだ。
プラトンがどんなに寝ぼけたことを言っても、美しいものは別に正しくもなければ、良いものでもない。
だいたいこんなところにドナルド・サザーランドを使うのは卑怯だ。だって、ブラックユーモア戦争映画の傑作『M☆A☆S☆H』からの反権力のイコンじゃな いですか。大好きな『アニマル・ハウス』で、学生のガールフレンドを寝取っちゃう、半ヒッピーっぽい大学教授をやってた時には、「学生があの魅力に勝てる わけねえわな」と思ったものだ。
このキャスティングからいっても、このpvではライヒを権力に潰された悲劇のヒーローに仕立て上げようとしている。そしてそれは大成功しているのだ。
ああ怖い怖い。
『Cloudbusting "The Organon Re-mix"』
やっぱいい曲だ。
マッシュ [DVD]
出演:ドナルド・サザーランド
販売元:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
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アニマル・ハウス スペシャル・エディション [DVD]
出演:ジョン・ベルーシ
販売元:ジェネオン・ユニバーサル
(2012-05-09)
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ケイト・ブッシュの曲の中で私が一番好きなのがこれである。
『Cloudbusting』
歌われているのは「ヴィルヘルム・ライヒ」について。
ライヒはフロイトの弟子の精神分析学者なのだが、フロイトからは嫌われていたらしい。マルクス主義と精神分析(20世紀の2大カルトだね)を結び付けようとして、共産党と精神分析協会の両方から除名をくらったらしい。
1933年には彼の著作で唯一そこそこ読む価値があると噂の次の本を出し、ナチスと共産党の両方から発禁にされる。

著者:ヴィルヘルム・ライヒ
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彼の思想の根本は、諸悪の根源を「性的抑圧」「性的欲求不満」に見ようとすること。ここまでなら、曲解されたフロイト思想と言う感じだが、彼はそれを政治 にまで結びつけ、プロレタリアート(労働者階級)の性的欲求不満が政治的委縮をもたらすと主張したり、ファシズムの問題を性的抑圧からのサディズムの発露 に見ようとしたりした。その上で彼は、すべての性的抑圧からの解放を主張したのだ。
そんな彼が後世に名を残したのは、なにより「オルゴン」の「発見」による。
彼はナチスに追われて亡命したノルウェーのオスロにて、滅菌した肉汁の中に、青い光を発するものを発見する。彼はそれを目や皮膚を傷つけるものと考え、中は金属で外は木でできた箱の中に入れる。
そして彼はこの新発見のエネルギーを「orgasmus(性的絶頂、いわゆるイクというやつ)」「オルゴン(Orgon)」と名づけた。
彼はこの性的エネルギーが光を放ち、また溜めたり放出したりできると考えたのだ。
そしてそれこそが、すべての生命の根源を成しているとみなしたのだ。
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ライヒはこのとき発生したものを、」Orgone Anti-Nuclear Radiation(反放射性オルゴン)」略称「Oranur(オラナー)」と名づけた。
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だが、である。
それにもかかわらず、である。
私はこの映像を見て泣きそうになっている。
呉智英が中国のプロパガンダ映画『農奴』について語っていたことと似ている(この映画、私は呉智英の上映会に見に行った。字幕なしでよければyoutubeで見ることが出来る)。
『農奴』は封建体制下で苦しめられているチベットの農民を中国共産党の人民解放軍が助ける、という今見たら噴飯物のプロパガンダ映画なのだが、見ればその美しさに文句なしに感動できる。
それと同じように、ケイト・ブッシュのこのpvも何もかも間違っているにもかかわらず、その美しさに感動せざるを得なかった。
そう考えると美と言うものは、かなり危険で怖ろしいものだ。事実と異なっていても、視点がかたよっていても、露骨な利益誘導がなされていても、美しければ人を感動させることが出来るのだ。
プラトンがどんなに寝ぼけたことを言っても、美しいものは別に正しくもなければ、良いものでもない。
だいたいこんなところにドナルド・サザーランドを使うのは卑怯だ。だって、ブラックユーモア戦争映画の傑作『M☆A☆S☆H』からの反権力のイコンじゃな いですか。大好きな『アニマル・ハウス』で、学生のガールフレンドを寝取っちゃう、半ヒッピーっぽい大学教授をやってた時には、「学生があの魅力に勝てる わけねえわな」と思ったものだ。
このキャスティングからいっても、このpvではライヒを権力に潰された悲劇のヒーローに仕立て上げようとしている。そしてそれは大成功しているのだ。
ああ怖い怖い。
『Cloudbusting "The Organon Re-mix"』
やっぱいい曲だ。
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