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2012年10月

コピー用紙や感熱紙には、でんぷんが含まれている

ヨウ素とでんぷんを混ぜると、紫に発色する「ヨウ素でんぷん反応」は有名な実験ですが、コピー用紙(PPC用紙)や、ファックスやレシートに使われる感熱紙にヨウ素液を付けても、同様に発色することはあまり知られてはいません。
実は、高級な和紙に使われる三椏、楮、雁皮、のような繊維の長い樹皮を使わない洋紙では、繊維が短くても強度が強くなるように、でんぷんを糊として入れることがあるのです。
それによって、「ヨウ素でんぷん反応」を起こすのですね。
お手元にうがい用のヨードチンキがあれば、一度試してみると面白いですよ。綿棒に付けて塗れば、絵が書けます。
一度紫に発色したところに、CCレモンなど、ビタミンCを多く含んだ液体を塗ると、酸化還元反応を起こして、色が消えるのも観察できます。

僕の考えた「世界三大師匠」

サッカーファンの業界語である「師匠」とは何の関係もありません。
ただ単に、世界中に散在する真の意味での「師匠」の中から、三人ピックアップして世に問おう、という試みです。
苦節1時間に及ぶ黙考のすえ、出した試案が以下です。

1.東方不敗マスター・アジア
とりあえず基本で。モビルファイターを素手で倒す偉人。
個人的には、「東方不敗」の名を継ぐ者は、やっぱ男がいいですね。
「東西南北中央不敗・スーパーアジア」には笑うしかありません。

2.マイケル信州
ゆいぐるみ職人。ぬいぐるみ「薄幸ちゃん」の生みの親。
どうしても、つまようじ職人のお師匠より、この人のほうが印象が強い。
本人は完全に忘れていたが、実はぬいぐるみの国の王子様。が、本人も知らないうちに失権していた。わざわざ伝えに来なくてもいいのに。
必殺技は破傷風チョップ(多分)。

3.師匠
天狗の師匠。
名前はない。
なぜなら、彼を見た人は皆弟子になってしまうので、「師匠」だけで十分だから。
一度自信を失いかけるが、「自分は師匠だ」という自己認識を取り戻して復活。
Z氏事件の後、どこへともなく飛び去ってしまったが、今もどこかで師匠しているのでしょう。
貧乏臭く、臆病なところがあるのが好きです。

映画が始まった瞬間にいきなり肩すかしを喰らわすってのは、相当な荒技と言わざるを得ない エリック・ロメール 『美しき結婚』

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心理学の簡単な成果の一つに「第一印象の重要さ」がある。人はなにかを続けて観察するとき、2回目以降の観察は、第一印象を変えないようにしようとするバイアスが発生する。
第一印象が良ければ、どんなことでもいい方に解釈しようとするし、第一印象が悪ければどんなことでも悪い方に解釈しようとする。いちいち「客観的に」「中立に」判断しようとすると、いくら頭があっても足りないこの世の中を生きるために脳が、長い年月幾世代も掛けて手に入れた「生きる知恵」である。
しかし、これがために、様々な悲劇が起こるのも事実。
人は、「あるがままの世界」なんか決して見ない。世界に、自分の思いを投影するだけである。世界の真実を知りたいと願う人間には幸いなことに(自分の思いだけを世界に見ようとする人間には不幸なことに、)、必ず世界はそんな思いの投影を裏切る(とりあえず経験的には必ず。アリストテレス自然学もニュートン力学もフロギストン仮説も、あの娘はきっと俺のこと好きに違いない、などのどんな仮説も、それが間違っているなら、みんなちゃんと裏切ってくれた。もちろん間違っているけども、まだ裏切られていない思いの投影もまだまだ無数にあるのだろうが。我々が間違っていることを知ることができたのは、世界がすでに裏切っているものだけだ)。
そんなときに、正しく思いを修正できるように、心の準備をしておきたいものだが、それと同時に、できることならあまり現実とかけ離れた第一印象を相手に与えないことも、重要な処世術と言えよう。

そこから分かることは、音楽でも映画でも小説でもマンガでも、時間に添って展開していく芸術形式はすべて、冒頭が重要だ、ということだ。当たり前な話だが。
最初が良ければ、一気に人々を世界観の中に引き込むことができ、そうすれば人々はもっとその世界を知りたいと思いはじめる。そういう正のフィードバック・ループを始めることができる。
私はいつか、『モーヴィー・ディック』『猫のゆりかご』『旅路の果て』『薔薇の名前』『舞踏会に向かう三人の農夫』など幾つかの小説の、冒頭だけを評論しようと考えてたりする。冒頭だけでご飯三杯はいけちゃう小説というのが、この世には存在する。
また、様々な楽曲のイントロだけを集める、というのも面白い試みで、実際いろんなところですでに行われている。

さて、カテゴリを見ても分かるように今回の本来のテーマは映画だ。
映画もまた、最初の一撃が、その後の映画体験のテンションを決定し、全体の印象に強く影響を与える。
制作会社や配給会社のクレジットから映画は始まっているのだ。
だから製作者は、見るものがこの映画で最初に何を認識するのかに、注意せざるを得ない。
そして人間の認識というのは、視覚よりも聴覚のほうが反応スピードが早い。まず認識されるのは映像ではなく音だ。
最初の音、それが音楽でも、効果音でも自然音でも、それが見るものの胸をノックできるかどうか。それは凄く重要なはずだ。
私が今思い浮かべているのは、東宝特撮映画における、伊福部昭の劇伴だ。
『ゴジラ』『大怪獣バラン』『空の大怪獣ラドン』『地球防衛軍』『モスラ』『フランケンシュタイン対地底怪獣』『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』、どれrも始まった瞬間、「東宝」場合によっては「TOHO SCOPE」のクレジットが出た瞬間に見る物の心を音楽で鷲掴みにする。
『大怪獣バラン』の民族音楽的な情緒はたまらないし、『フランケンシュタイン対地底怪獣』『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』の妖しい雰囲気も素晴らしい。『ゴジラ』や『ラドン』のように、音楽をバックにけたたましい吠え声が入るのも言わずもがな、『地球防衛軍』みたいにいきなり超アップテンポで度肝を抜くのも良い。
とにかく、伊福部昭は、最初の一音、特大の一音で相手の頭をガツンと殴りとばす。そのショックから立ち直れないうちに映画が始まってしまうのである。
あの音楽がなければ、あのオープニングがなければ、いくら円谷英二の特撮技術があっても、東宝特撮映画の印象は随分弱いものになっていただろう。

と、ようやくここで、今回の主役であったはずの、エリック・ロメール監督作『美しき結婚』の話が登場する。
この映画、何がすごいって、始まった瞬間に、腰砕けになって倒れるかと思った。もちろん座って見てるからそんなことにはならないが、それでもそんな気分だった。
始まって最初に流れる音楽があまりにチープで、あまりに弱々しくて、あまりにダサくて、それで死ぬほど脱力してしまったのだ。
youtubeにトレイラーがあった。その最後の部分でその音楽が流れる。

これだと、衝撃度が少ないかもしれないけど、これが冒頭に流れると威力あるよ。
映画の印象を決定しかねない冒頭にこれを持ってくるってのは、相当勇気がいるはずである。
多分、エリック・ロメールはこれによって、伊福部昭が目指したのとは全く逆の意味で、見る物の頭をガツンとやりたかったのではなかろうか。
どんな映画でも共通して、見る者の期待が高まる瞬間、それが冒頭だ。作る側が冒頭に気を配るのと同じく、見る側も冒頭に気を配っている。そこで、その映画が楽しめるかどうかが大きく左右されてしまう。見る側は楽しみに来てるのだ。
ロメールは、その期待を、音楽をジャブにして軽く挫くのだ。もちろん「軽く」というところが重要なのだ。
見ている側は、思わぬ肩透かしにバランスを崩しながら、気を取り直して物語世界の中に入っていく。すると、これが「期待を裏切られること」に関する映画であることがだんだん分かってくる。
主人公のサビーヌは思いこみが激しい女学生で、妻子持ちの男との肉体だけの関係が嫌になって、相手もいないのに結婚を決意する。そして、たまたま電車で向かい合わせの席に座った男が自分のことを好きだと思いこんで、猛烈なアタックをかけるのだが……
そう、この論考の本文となんの関係があるのかよくわからないと思われた前置きがここで効いてくるのだ(自分でもびっくりだ)。これは「第一印象」とその「裏切られ」に関する物語だったのだ。
そして、本人以外からはどう見ても脈のない恋愛に邁進する主人公が期待をもっとも昂ぶらせ、すぐあとに決定的に裏切られる(裏切られるも何も一方的に思い込んでいただけなのだが)シーンで我々は、もう一度あのヘナヘナミュージックを聴くことになる。
そこで聴くとこの音楽、このどうしようもなさがそのどうしよもない雰囲気に実にあっていて、なんだか悪くないような気がするのだ。
すると、映画の冒頭で食らわされた肩すかしが、まさにこの映画のテーマに則ったものであることも納得できる。
もっとも期待した瞬間に肩すかしを食らわされた主人公の気分を、冒頭で見るものに予習させていたのだ、この映画は。

エリック・ロメールという男、派手さはないが、なかなかやりおる、と言わざるを得ない。

最近の犬のリードは細くて長い

最近の犬のリードは細くて長いのが多いですね。だから夜にはよく見えないこともあります。
つい昨日のことですが、夜10時頃自転車で走ってると、前方にライトの光に浮かび上がるダックスフント。驚いてハンドルを切ってよけようとしました。
もうおわかりでしょう。そのあとわたしがどんな目にあったか。
死ぬほどびっくりした。
でも、おとなしいダックスフントでよかった。凶暴なやつだったら、抵抗もできずにふくらはぎをがじがじかじられるところだった。

いろいろ書きたいネタは溜まってるけど

疲れてて、文章書く気分じゃねえや。
今日は早めに寝よう。
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