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2014年03月

なぜかニコニコ動画で上がっていたので、Leningrad Cowboysの『ジンギスカン』を貼る。

ほんと「なぜ上がったし」という感じ。
そういや、なんかてっきり以前に紹介したつもりでいたんだが、探してもないので。
 
Leningrad Cowboysなどと名乗っていはいるが、もちろんアメリカ人でもソ連人でもなく、フィンランド人。さすがどこかにある国。さらに言えば、歌っているのは、モンゴルの英雄について歌ったドイツの歌。日本語で歌っているのは缶チューハイのCMソングだったからのはず。
ヨーロッパとアジアの狭間で、文化がカオスにハイブリッドしているフィンランドらしい、実にイロモノじみたバンドである。見た目も強烈。
leningrad_cowboys





とさかのような尖ったリーゼントと同じくらい尖った靴。サングラスに赤軍風の軍服。ふざけるのも大概にしろという感じだが、こう見えて大真面目なバンドだったりするのだ。

このバンド、元はといえば、1989年のアキ・カウリスマキ監督の映画『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』に登場した架空のバンド。
しかし、この映画のヒットとともに、バンドに扮していた「Sleepy Sleepers」のメンバーたちは、本当に「Leningrad Cowboys」として活動を始めてしまったのだ。
1994年には続編の『レニングラード・カウボーイズ モーセに会う』も作られている。

 アキ・カウリスマキは兄でやはり映画監督のミカ・カウリスマキの勧めで見た小津安二郎から強い影響を受けたという。
実際、非常に静かな、不思議な雰囲気のコメディ映画になっている(あんな過激な格好をしているにもかかわらず)。
主人公たちがあまりしゃべらず終始無表情なのは、『ブルース・ブラザーズ』と一緒だが、あちらがウルトラアッパー系の作風に対して、こちらはウダウダダウナー系である。
フィンランドの寒村であの格好でポルカの演奏をしているのも相当変だが、彼らが強欲マネージャーにそそのかされて一山当てるためにアメリカを珍道中をするうちに、だんだんいろいろな音楽に影響を受けてだんだんロックになっていくのも面白い。凍ってしまったメンバーもメンバーの一人だと旅に参加させるために、ボロボロのキャデラックのルーフにくくりつけてしまうのも暢気でよろしい。メンバーが乗り切れないので(なにしろこのバンド、ブラスもいるから大所帯なのだ)、トランクを開いてそこに座ったまま走るのも楽しそうだし、演奏で得たお金をマネージャーがあまりといえばあんまりにピンはねして全部ビールに変えてしまっていることにメンバーがなかなか気付かないのも長閑としか言いようがない。
そして、なにより風景がいいのだこの映画。北欧の風景を撮っても、アメリカの風景を撮っても、どれもいい。旅の醍醐味は風景なんだから、ロードムービーの醍醐味も当然風景なのだ。

「We are Rock 'n' Roll band. Can we play here?」
「Fifty-fifty?」
と日本人にも非常に聞き取りやすい下手な英語で交渉するだけで笑える。
演奏後の、サックスでのおひねり徴収シーンも最高。
これで大体この映画のギャグセンスが分かってもらえたかと。

アメリカの車旅って感じの風景がすばらしい。
ついでに続編のトレーラーも張っとく。

 
前回、彼らを受け入れてくれて凍ったメンバーも溶かしてくれた土地メキシコにたどり着いて、大ヒットしたのだが、結局元の木阿弥に零落してしまっていた彼らの元に、失踪していた強欲マネージャーが返ってきて、モーセに生まれ変わったからお前らを故郷に返すといい始める、これまた奇妙奇天烈な物語。
一作目も二作目もたいした長さではなく、一緒にDVDにも入ってる。ぜひ見よう。

さて、この映画が元で結成された「Liningrad Cowboys」だが、映画のヒットとともに、一躍フィンランドの国民的バンドに躍り出た。 
格好はふざけているが、演奏技術もマジマジのマジなのだ。
1993年には、なんと本物の赤軍合唱団とジョイントコンサートまでしている。
『天国への階段(Led Zepperinカヴァー)』


『Bad (Michael Jacksonカヴァー)』

007にQueenの『Another One Bites the Dust』と当を得た混ぜ方。
そしてこれを赤軍合唱団が歌うというポスト冷戦的おかしさ。
しかし、この奇妙なサングラスを見ると、どうしてもX星人を思い出す。『勝手な奴ら』に出てきた宇宙人でもいいけど(もっと分かりにくい)。

『Always look on the bright side of the life(Monty Pythonカヴァー)』

この曲はやっぱりみんなで大合唱だよね。沈んでいく空母に乗ったときには、ぜひとも歌いたい一曲。

いろんな映像とともに
『There must be an Angel(Eurythmicsカヴァー)』

『Space Tracter』


レニングラード・カウボーイズの一生

トラクター大好きだなこいつら

Sleepy Sleepers時代の映像
『Nein Nein Nein』

反り返ったタイにその後の活動の片鱗がうかがえる。

ニコニコで、『ジンギスカン』一曲のみはそこそこ有名な主な理由


『Gimme your Sushi』
 
よく分からない何か 

2010年代最高のテレビアニメ『アドベンチャー・タイム』

2010年代最高のテレビアニメは残念ながら、すでに当確だ。
それは『アドベンチャータイム』。
初めて見たときから、私は魅せられてしまい、もう目が離せなくなった。
今まで見たことのないアートスタイル、頭おかしいんじゃないかと思う破天荒さをアングラ文化や民俗学の知識で支えたストーリーライン、ハチャメチャさやブラックさの裏に人生の辛さや世界の残酷さを垣間見せるギャグ、そしてファンタジックで不思議な軽いお話かと思っていたら話が進むうちに「世界崩壊後のミュータントのみの世界に一人生き残った人間の少年」という重いSF設定がほの見えてくるストーリー展開、そして一見記号的に見えて、見ているうちに一枚岩せはない重層性を見せてくる魅力的なキャラ設定。特に思春期に入って成長していく主人公と、彼を取り巻く年上の女性陣の微妙な関係は正直もだえる(いわゆる「オネショタ」)。公式女性化もすばらしい出来で感心するばかりだ。
日本アニメの影響を消化しきったアメリカン・カートゥーンの最高の成果だ。
その最高のテレビアニメが、今なんとニコニコ動画でかなりの話数見られる(残念ながら全話ではない)。
基本有料だが、無料公開されている分もあるから、ぜひとも見ていただきたい。
そして気に入ったら有料分も。決して損はしないと確約しよう。
1話 『恐怖のパジャマパーティ』

一話から飛ばしてる。
元カレ発言もどうかと思うが、いきなりゾンビもの。しかも、対応策が「ごまかす」。結果として、生者がゾンビをむさぼり食らうという、とんでも展開。すばらしい。
カートゥーンらしい、世界観も登場人物も一切説明なしの第一話なので、軽く説明。
主人公は、フィン。12歳。シーズンが進むごとに一歳ずつ年をとる。なお、原語版の声優も同じ年。
その相棒、犬のジェイク。理由は不明ながら、大きさや形を変える特殊能力を持つ。
ピンクのお姫様は、プリンセスバブルガム。キャンディ王国の支配者でマッドサイエンティスト。やさしそうに見えて結構冷たいところがあり、城には明らかな地下牢や拷問部屋があり、本人も積極的に拷問道具を取り出す。起こると主人公たちにも冷酷な仕打ちをする。フィンの初恋の人であり、その無神経なあしらい方から後の彼の心に深い傷を負わせる。
細長い虹色の生き物は、レィディ。レイニーコーン。ジェイクの恋人で、なぜか韓国語を話す。ビビンバなど、フィンいわく「変な臭いがする」、韓国料理をジェイクに教える。レイニーコーンの種族と犬の種族は、前の戦争で戦ったらしく、そのことが両親に会うジェイクを心配させる。どうやら、かつては人間を食べていたらしい。 

3話 『教えの書』
 
冒険物としての『アドベンチャー・タイム』の真骨頂。ヒロイックファンタジーものの、定番をうまく捻っている。一つの展開が終わって、安心したタイミングで次のショックを与えるお手並みも凄い。
「急所蹴り」という俗な単語を、ヒロイックファンタジーの文脈に配置して違和感を出すギャグ手法もさすがだといわなくてはならない。

10話 『ブンブン山の思い出』

後半の、斜め上に畳み掛ける展開が、「これぞカートゥーン」な感じ。何もかもがむちゃくちゃな世界で、主人公は割りとまじめで本式の「ヒーロー」になろうとしている。そんなわけでフィンは定期的に「ヒーローとはなにか」について悩む。それは少年が、どうやって大人になればいいのか悩むのと一緒だ。しかも、誰一人見本のいないむちゃくちゃな世界で、それでもいろいろな人生の先輩をどうにか見本にしようとしながら。ハチャメチャなように見えて、骨太な成長者としての背骨がちゃんと立っている。

12話 『恐怖のマーセリン』

これぞ、「オネショタ」というマーセリンの初登場。歌が入るのもカートゥーンならでは。
そして、最後の最後まで油断できないのも「アドベンチャータイム」。笑っていいのか泣いていいのか感動していいのか呆れていいのか、感情の触れ幅が大きすぎて、見終わった後どんな感情でどんな表情をしていればいいのか全く分からなくなって「はあっ!?」って大口開けて呆然としてしまうのが、視聴の正しい作法。その心の空白に、『パンティ&ストッキング』に並び称される『浄化エンディング』が染み入る。

14話 『魔女の庭』

無料公開分では、これが一番好き。
閉ざされた庭の中に、お菓子の実のなる不思議な魔女の庭があるっていうのは、グリム童話や中世寓話物語からの影響だと思うが、それがこんな狂った話になるのはさすが。「ゴミの川」というところに、この話が文明崩壊後の世界を舞台としていることをうかがわせる。
ジェイクが心の声と踊るシーンや、ジェイクが心の声の死に泣くシーン、それを魔女が大喜びするシーンは何度見ても笑える(文章だけ見てもわけわかんねえな)。

21話 『マーセリンはご主人さま』
 
バブルガムとマーセリンは良い感じに対称を成していて良い。ちなみに話が進むと、この二人の微妙な関係も描かれる(かつて深い仲のカップルだったのでは、とほのめかしが入る)。

有料公開分の中で、ぜひとも見るべき作品。
4話 『かわいいジグラー』

アメリカの子供向け作品は、日本より暴力や血の表現の規制が厳しいことで知られている。
『アドベンチャータイム』はその中で、直接的な暴力表現を一生懸命描いて、規制に挑戦している。血の表現もそうで、どうにか規制を潜れないかと画策している。この話もその一つで、正直普通のアニメよりよっぽどグロい。

6話 『ツリートランクの冒険』
 
「なんだこのオチ」の一言。
ちなみに、最初に作られたときは、会社から「分けわかんないから作り直せ」といわれたらしい。そして、最後のツリートランクが笑っているシーンを付け加えたとか。
少しも改善されていないのですが、それは。

11話 『魔法使いになりたい!」

魔術を手品と区別するため、「magic」ではなく「magick」とスペルするようになったのは確か「アレイスター・クロウリー」。スタッフはアングラ文化にも、かなり造詣が深いと見える。

13話 『泥棒だらけの街』

このシリーズの基本路線は、必ずしも心優しくはない世界に、どうやってヒーローとして立ち向かうか、ということ。そこには、必ずしも巨悪が存在するわけではないが、何もかも思った通りにはならない。

18話 『暗い橋の下で』
 
「気味の悪いものは、みんな橋の下に捨ててしまえ!」
橋の下に、この世からはみ出したフリークたちが住んでいるという、民俗学的なテーマを見事に作品にしている。世界中どこでも、橋はこの世とあの世の中間のトポスであり、妖怪が現れる場所だ。それは現実的にも、河原や橋の下が、旅芸人や乞食などの非常民の住処であったことにもよる。今でも、京都の鴨川沿いを歩くと、橋の下にホームレスが住んでいる。フリークの表現も、生理的嫌悪を催す直接的な肉体変形表現でかなりグロイ。
そして、やはり乞食(社会の外の存在であることの表現)の姿をした魔術師は、世界の本質的な不条理さ、理由や意味の欠如を意味している。それにあくまでも教訓を見出そうとして(ヒーローとしての役目)、見出せないとこが面白い。世界に教訓はないという教訓。

 25話 『金ぴか強盗あらわる』

ジェイクかわいすぎ。おっさんなのにかわいいという無敵キャラ。自分を「セクシー」と呼ばせるのも、おっさんでしかもかわいい。原語では「hot」。
ちなみに、ジェイクをかわいがる住人たちは、英語版でも「kawaii!」と言っている。「kawaii」は国際語。
「おしっこもれちゃうう」て言うシーンは、テレビの前で唖然としたよ。女の子の失禁シーンが無修正で見られるアニメ。ただしおしっこは脇から出る。 
心の中のコントロールできない野獣が目覚める、という厨二設定は、『ハルク』などアメコミでは定番。

と、めぼしいものはこれくらいだが、シーズン2、シーズン3と、『アドベンチャータイム』はどんどん面白くなってくる。隠れた重い設定も、だんだんとその全貌を現してくるし、フィンとプリンセスバブルガムや、マーセリンとの関係もどんどん変化していく。今回は紹介できなかった重要キャラ「アイスキング」も単なるギャグキャラではなくなり、新しいヒロイン「フレームプリンセス」はフィンに新たな「生きる苦しみ」を植えつける。
カートゥーンネットワークでの日本語版の放送もどんどん盛り上がって、早く次が待ち遠しい。
ニコニコでの、一挙放送とかそろそろすべきなんじゃないかなあ、と思うんですが! 

Linuxの設定をいじってたら、立ち上がらなくなった(涙)

VirtualBox上の実験用仮想OSだから、捨ててもいいんだけど、復旧するのも修行だと思って、がんばっている。
ネット上に書いてあることをそのまましたんだけどなあ。
まあ、ネット上だし。 

sun of a bi***の言い換え。

コンピュータに罵られるのが好きなので、プログラミング練習用スクリプトのエラーメッセージには大概汚い言葉を書いてしまう。
というわけで、汚い言葉を調べていたら、日本でも有名な英語の罵言「sun of a bi***」の言い換えというのが目に付いた。
Sun of a biscuit  
Sun of a bishop 
なんだかほほえましい。ちなみに、下のほうの言葉の説明には「少年コーラス隊に性的 悪戯をするものの子どもであることは、bi***の息子であることよりもましであるわけではない」と書いてある。辛辣。
向こうの人たちは、いちいち問題のある感嘆詞に言いかえを作っていて、「God」とか「Jesus」とか言っちゃだめだから、「Oh my gosh」とか「Oh my goddness」とか「Gee!」とか言わなくちゃいけないから、大変だよなあ。昔の映画とかで、「クリストファー・コロンブス」とか叫ぶ人を見るとほんとそう思う。
我々日本人は、その手の「微妙に意味のある感嘆詞」がないから、良く分からないけど。「おい!」とか「うええ!」とかは言うけど「アマテラス!」とか「スサノオ!」とか「おお、天皇よ!」とか言わないもん。 

GIMPを触ってみている。

写真の補正をしなくてはいけないことが多いので、GIMPの使い方を練習している。
教材はこの本だ。
GIMPのドリル!
長谷川 アンナ
ソシム
2009-12

今のところ、割とできるが、調べていたら、Schemeでスクリプトが書けるとか。
Schemeは勉強しているので、やってみたいな。
対して、AviUtlLuaでスクリプトを書く。
ソフトに拡張用のスクリプト言語をつけるのは、とても良い習慣だが、もうちょっと統一できないのか。
でも、これを機会にLuaを勉強するモチベーションがあがると思えば、いいのか。
 
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