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2014年07月

『続・夕陽のガンマン』は一歩間違えると『エル・トポ』になっちゃいそうな作品だった

続 夕陽のガンマン MGM90周年記念ニュー・デジタル・リマスター版 [Blu-ray]
クリント・イーストウッド
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2014-07-02

前作『夕陽のガンマン』とは直接的な繋がりのない作品だけど、なぜか「続」ってことになってる。ファンの間じゃ、もし時系列に並べるなら、『ドル箱三部作』の残り二作、『荒野の用心棒』や『夕陽のガンマン』よりも前を描いているということになっている。
まず、作品の最後で、クリント・イーストウッドのトレードマークであるテンガロン・ハットを中盤で、「汚い毛布」と個人的には読んでいるポンチョを終盤で手に入れるからだ。あのガンアクションが始まる前にポンチョを捲って肩に掛ける仕草は、「さあ始まるぞ」と見るものに期待させるので、とても良い。最後の最後であの仕草が出てくると、ぐっと来るものがある。
また、南北戦争が舞台なので、前二作で使っていた、コルト・シングルアクション・アーミーは出てこない。全て南北戦争当時存在した銃器だけで描かれているのも、この映画の特徴なのだ。
でも、ストーリー的には繋がってないし、製作者もそんなつもりはなかったらしい。宣伝する側はともかくね。
しかし、すごい映画だった。
セルジオ・レオーネは前二作で「マカロニ・ウェスタン」というものを0から作り上げ、完成させてしまった。このジャンル、世界的には「スパゲティ・ウェスタン」と呼ばれているが、日本では宇宙で五本の指に入るくらい映画を見ていた淀川長治が、「スパゲティじゃ細くて弱そうだ」とマカロニに変えた。中身がない、という意味も込められているとかなんとか。実際、マカロニ・ウェスタンは古参の西部劇ファンに複雑な気分を抱かせたという。
アメリカの伝統的な西部劇は、法と秩序の守護者である保安官が主人公で、あくまでも正義のために悪漢と戦い、勝利して、女を手に入れたり、もしくは手を出さずに去っていったりするものだった。当時のアメリカ映画の例に漏れず、世界の標準から見ても、非常にお上品だったのだ。
それに対して、マカロニ・ウェスタンをはじめとしたユーロ・ウェスタンが提示したのが、乾いた暴力と復讐のための私闘である。正義はどこへやら。女は犯され、主人公も復讐のためなら殺しでも何でもやる。下品。
セルジオ・レオーネの作品はそこまで下品ではないのだが、やはりこの流れの口火を切ったのも確かだ。
しかし、創始者にありがちな話だが、なんと彼は三作目で、自分が前二作で作り上げた世界をあっという間に切り崩してしまう。
『続・ 夕陽のガンマン』は少しもマカロニっぽくない。西部劇ですらないように見える。
話はかなりアッチコッチに揺れる。途中でいろいろなところに寄り道する。適役のエンジェル(吹き替えだとハゲタカ)がほとんど出ないところも多い。この時間のゆっくり流れるさまは、ヨーロッパ映画っぽさを漂わせている。前作の『夕陽のガンマン』が息付く暇も与えないほどのスピード展開で、ある意味今のハリウッド映画みたいな感じなのと好対照だ。
北軍と南軍の戦闘を終わらせるために、担架に爆弾乗せて、けが人を救助する振りをしながら橋を爆破するシーンなんて、マルクス兄弟の映画かと思ったよ。担架を持ってるのがチコとハーポでも何の違和感もない。戦争の狂気を描く、なんてのもあんまりマカロニっぽくないなあ。もっと私怨で動くべきたよね、マカロニは。
そのあと、大爆発のあと、気付いたら誰もいなくなってるシーンは、全く現実感がなくて、逆に面白くなる可能性を感じた。
川を越えた後、瀕死のけが人を看取って、その服をもらい受けながら、宝の隠されたどこまでも続く墓場にたどり着くシーンを見て、私は気付いた。
監督やカメラマンが気付いているかは知らないが、これはとても古い象徴なのではなかろうか。一見語っていることとは別の、もっと古い時代から続いている我々の世界観の核について、この映像は知らず知らず語っていやしないだろうか、と。
ここでセルジオ・レオーニは(意識しているかは分からないが)、フランシス・フォード・コッポラが『地獄の黙示録』で意識的にやろうとして、結局失敗したことの、すぐそばまで来ているのだ。
そうすると、この映画が長いことの意味も分かる。象徴的な旅は、さまざまな場所を通っていかなくてはいけないものと、相場が決まっているのだ。
そのような旅を経てこそ、最後の墓場での三すくみの決闘シーンが盛り上がる(もう少しエンジェルが出るべきだったとは思うが)。ここの音楽は、エンニオ・モリコーニ畢生の仕事である。ここだけは、「まさにマカロニ・ウェスタン! これぞマカロニ・ウェスタン!」とうなるシーンだ。この一番重要なところで、リモコンの操作を間違えて、台無しにしてしまって、一緒に映画を見ていた人にはすまないことをしたと本当に思っている。
しかし、もしこの映画の象徴的な要素を、もっと意識的に拡大すれば、この映画は『エル・トポ』になったかもしれないな、と割と本気で思っている。
エル・トポ HDリマスター版 [Blu-ray]
アレハンドロ・ホドロフスキー
Happinet(SB)(D)
2013-09-03

もちろん、どちらも映画史に残る作品なので、『続・夕陽のガンマン』が『エル・トポ』になる必要は全くないんだけど。 
しかし、この作品でも、エンジェルをやったリー・ヴァン・クリーフはかっこよかった! 前作と違って、今作ではえげつないほどの悪役なんだけど、その悪役っぷりがまたさわやかでいい。前作よりも、男臭さがましている!(しかし女の出てこない映画だ)
世界中のハゲの人は、こういうかっこいいハゲを目指すべきだね! もちろん、イーライ・ウォラックも良かったよ(とイーストウッドについてほとんど何も語らないままこの記事は終わるのである)。 

『夕陽のガンマン』の吹き替え補完がとても良かった

夕陽のガンマン [Blu-ray]
クリント・イーストウッド
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2012-04-21

テレビ版の吹き替えのカット部分を2009年に、納谷悟朗や小林清志や大塚周夫など当時の吹き替え陣が補完再録しているのだが、山田康雄(おっと、1stルパンのルパンファミリーと銭型警部じゃないか)だけはすでになくなっていたので、その部分を、声質が似ている多田野曜平が代役を務めている(出演していた『姫様ご用心』を見て、決めたという)。
これがものすごく自然で驚いてしまうくらい。

多田野曜平といったら、ドゥーフェンシュマーツだろうが、渋い演技もうまいのだ。50代で、演技に脂が乗り切っている時期だ。硬軟どんな役でもやれる幅の広さは、かつての山田康雄や納谷悟朗や大塚周夫を思い出させる。それこそ、もし今モンティ・パイソンの吹き替えするんだったら、この人は絶対に入るだろうし、先輩たちに負けずにはっちゃけてやり遂げるだろう。そういえば、この人テアトル・エコー(アニメ草創期から、声優を輩出し続け、また劇作家として井上ひさしも出している名門)所属だから、山田康雄や納谷悟朗の後輩なのだ。
今、日本アニメで演技派の声優というと、なぜか一昔前の大御所を持ってくることしか思いつかないようなのだが(すぐガンダムとかのネタに頼るから)、海外のアニメ、ドラマ、映画の吹き替えを見ていると、多田野曜平や岩崎ひろしなど、日本アニメにはあまり出ないけど、まじめな演技も崩した演技もむちゃくちゃうまい人がたくさんいることが分かる。この人たちをもっと使えばいいのにね。
さて本題に戻ると、この時点で納谷悟朗は残念ながら相当衰えていて、違和感がぬぐえない。それに比べて、小林清志と大塚周夫はほとんど違和感がなくて、やはりすごいと感心させられる。
一見の、いや一聴の価値あり。
映画もむちゃくちゃ面白いしね。荒野の超ロングショットに響き渡る銃声から入る超かっこいいタイトルロールから最後まで全くだれるところがなく、いつも何かが起こり続ける。セルジオ・レオーネは、ロングショットとクローズアップを対比させる自分の手法を確立させただけでなく、独特の音楽、乾いた雰囲気、凝ったガンアクション、暴力、そして秘めた復讐、とマカロニ・ウェスタンの定番を一つ残らずこの作品で完成させた(お色気以外は。この映画、ものすごく男くさくて、一応回想シーンでヌードは出てくるものの、主要登場人物は全員男)
次作の『続 夕陽のガンマン』でそれを完全に破壊しちゃうんだけどね(創始者にありがちな話なのかもしれない。ちなみにこの作品はさらに男しかいない)。
俳優もいい。クリント・イーストウッドもいいけど、リー・ヴァン・クリーフはもっといい!
クリーフ






目つき鋭すぎ! この人が家族に俳優をやるのを進められるまで会計士をやってたなんて絶対に信じられない。こんな視線で人を殺せそうな会計士がいてたまるか。
デビュー作の『真昼の決闘』の悪役でも、一人だけ異彩を放っていたもんな。『ニューヨーク1997』でも、とてもいい雰囲気をまとっていたし。悪役のエル・インディオをやっていたジャン・マリア・ヴォロンテも良くて、二人でイーストウッドを食い気味である。
あと、私の大好きな悪役俳優クラウス・キンスキーが敵一味の一人として、出ています。これまた一人だけ妙に目立っていて、いいぞ。
kinsky




ちなみにこれが、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』に出てくる「変な顔の男」(役名)である。
キンスキー









うわあ、これはキンスキーですね。たまげたなあ 

今気付いたのだが、

以前、このブログの更新画面の、タイトル入力のテキストボックスに、なぜか以前の入力の履歴が残っている機能がついていたはずだが、今気付いたら消えている。
同じ題名の記事を書くはずもないのだから、そんな機能が必要ないことくらい、作る前に気がつきそうなものだが……
まあ、世の中にはこれ以外にもそんなもので溢れているがね…… 

以前ニコニコ動画でよく聞いていた音楽の題名が思い出せない

検索しても良く分からない。
なんか「Duran Duran」みたいな同じ言葉を二回続けた名前のバンドで、年代はたしか80年代、音楽はパーカッションがリズミカルな、ブラジルっぽいニューウェーブだったような気がする。もちろんうろ覚えだが。pvは手描き感あふれるアニメーション。これは確か。風景がなんか、ニューヨークぽかった覚えが。
気になって、コミケの原稿がかけない……

解決しました。

これでコミケの原稿がかける……

スケジュール管理が出来ない

スケジュール帳やメモ帳を持ってても、書かなくてはいけないときに書かない。書かなくてはと思っていても、書かなくてはいけないときに、それを思い出せない。メモしようとしても、メモしなくてはいけないものにメモできない。適当な紙にメモしてしまい、結局行方不明になる。よしんばメモが残っていても、適切な書き方がされていないから、後で読んでも分からない。その場その場で別々のものにメモしてしまうから、ダブルブッキングになっていても気付かない。メモの精度が低すぎて、普通に覚えているほうがまだマシなので、メモしようという気力が湧いて来ない。さらに、メモしてあっても、メモを見るということを忘れている場合がある。実はメモしていたのだが、メモの存在をすっかり忘れていたり、メモの存在を覚えているのに、なぜかメモを見るということを思いつけなかったりする。
願わくは、近い将来さらに賢くなったSiriたんが知らぬ間に私のスケジュールを管理してくれる日が来たらんことを…… 
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