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2015年04月

これが涙腺崩壊ソングなの!? 『セルの恋』

初めて聞いた時に、あまりの可怪しさにテレビの前で腹を抱えて悶絶した曲なのだが、なんか世間では切ない涙腺崩壊ソングということになっているらしくて、違和感バリバリである。
カラオケで歌うと私以外の人間も悶絶してくれるので、私だけが可怪しいのではないと信じたいのだが。

いやあ、
ぼくだってたった一つだけど
ぼくだって出来る事があるよ
と期待させておいてからの、
I will wait for you あなたに愛されるまで
I will wait for you 天に召される日まで
I will wait for you あなたがくちづけるまで
I will wait for you 空の星になれるまで
の「なんでやねん!」への流れが最高に笑えますな。
待つなよ! 指輪返せよ! 謝れよ! 愛される日なんて来ないし、くちづけてなんてもらえねえよ。責任感じてるなら、もう二度と姫の前に現れんなよ!
と普通の人は思わないんですかね?
もしかして私、何か読み違えてるんですかね? 何か見落としてるから、この歌詞が切なく感じないんですかね? 私が人の気持ちが分からないアスペだから、これが一方通行な恋愛を正当化しようとしているストーカー予備軍の歌にしか聞こえないんですかね?
誰か親切な人がいれば、教えて欲しいくらいです。

マイリトルポニーは女の子向けアニメの新境地を開拓し続けてるなあ

『マイリトルポニー』は大きなお友達の多さから、アメリカの『プリキュア』だと言われたりするけど、内容的には女の子向けに容赦なくえげつないネタを入れたり、パロディネタを入れたりと、どちらかと言うと『ジュエルペット』に近い。特に『ジュエルペットサンシャイン』に。
しかし、その『ジュエルペットサンシャイン』すらそんなのやらねえよ、というネタがだんだんと入るようになって、びっくりする。
なんというか妙にリアルでドキッとするのだ。
もともと『マイリトルポニー』は、「友達の友達がガラが悪くて付き合いづらく、万引きをしているところを目撃してしまったりして、どうしたら良いかわからない」とか、「目立つことが好きな子を差し置いて、目立つことが嫌いな子が芸能界デビューしてしまい、片方は嫉妬の心を隠して応援し、もう片方は本当はそんな仕事したくないのに応援されているからには頑張らなくちゃと思って、両方不幸になる」とか、リアリティにあふれるエグい話が目白押しだった。
シーズンが進むに連れ、ストーリーのエグさは減る傾向にあるものの、普通のアニメではやらないような「女のアルアルネタ」をギャグに昇華する手並みにはほとほと感心する。
例えば、シーズン3のディスコード改心回『Keep Calm and Flutter On』では、皆がフラタシャイのことを内心でどう思っているかが現れてしまうシーンが秀逸。

フラタシャイ自身も、自分がどう思われているかわかっているのもいい。おとなしいキャラだって、心のなかにはいろいろと抱えているのが自然なのだ。フラタシャイはそれをうまく表に出すのが一番下手だからこそ、つまりいつも一番我慢しているからこそ、この話では怒りを内面に抑え続け、最後までディスコードを信じようとすることが出来たのだ。つまり、弱さを持つキャラクターの強さがうまく演出できていて、感心する。だからこそ、彼女にも見捨てられた時のディスコードの驚きが表現されるんだよな。
しかし、その弱さに秘められた強さが、一見ただの「間抜けさ」に見えることをギャグとして提示してしまうのがいいんだ。
次に、シーズン4の傑作『Simple Ways』では、お化粧が大好きなラリティが泣くと、涙でマスカラが溶けて、涙が真っ黒になるという、今まで見たことがなかった描写が入る。

アメリカではこれが萌え要素の一つだというから恐ろしいが、もう腹を抱えて笑いましたよ、ほんと。
この描写はスタッフもよほど気に入ったのか、その後ラリティ号泣シーンの定番となり、さっそくシーズン4の『Inspiration Manifestation』でも黒い涙を流し、しかもアイスクリームを馬鹿食いするという、これまた女特有の行動を取るというおまけ付き。もう可愛いなあ。

シーズン5の最新話『Tanks For The Memories』では、女の子特有の「誰かが泣いていると、関係ない奴まで一緒くたに泣き始める」という謎行動を見事に活写。

泣いてない奴が謎の疎外感を感じるという理不尽なおまけ付き。あとラリティさんまた黒い涙流してるよ。それぞれのキャラクターの違いを行動として表現できているのがグッド。
ここらへんの描写を見事にギャグにしてしまうところが嫌味がなくていいなあ。別に女を批判しようと言うんじゃないんだ。面白いなあ、変だなあ、と男も女自身も思ってるだけで。
愛だよ、愛。
 

あなたが動画サイトを見始めた頃に見た動画をもう一度探してみよう

初めて動画サイトを見始めた頃、宝の山のように思えただろう。
すぐにいくつかのお気に入りを見つけたことと思う。
それから長い時が経ち、あの頃の新鮮な驚きは忘却の彼方、ランキングに上がるような動画もどこかで見たことあるようなものや、小学生が作ったと思しきものばかり。
退屈だ。
それでも惰性で見続けてしまうのは、あの頃の喜びの残り火が今でも胸の奥に微かに燻っているからなのか。
たまには初心に返って、昔お気に入りだった動画を探しなおしてみよう。ブックマークやお気に入りした動画がなくなっていたりするかもしれない。そもそも記憶があやふやで思い出せないかもしれない。今考えてみるとあまりにも幼稚で、思い出したくもないかもしれない。
「太陽も死も直視出来ない」と言ったのはラ・ロシュフコーだが、無意味とか自分とかに関しても同じだ。
まあ、どれも何らア・プリオリに決まっているわけではなく、単なる我々の構造的弱さから来ている点も似ている。
というわけで、太陽はともかく、他は鍛えたら結構どうにかなるものだ。太陽は、ずっと見つめていて目を悪くした馬鹿な友人を知っているのでお勧めしない。
その手始めに、昔好きだった動画を探そう。断片的な情報しか持っていないなら、ついでにweb検索の練習にもなるしな。
というわけで、私が動画サイトを見始めた時によく見ていた動画はこれだ。
 
植物にCGを付け足したものだが、ニコニコではこの動画が本物なのかどうかを問うコメントが多くて鬱陶しかった。
今でもこの手のものは好きで、実際今見てもそこそこの出来で感心する。 
ちなみに、多少グロテスクなので、苦手な人は注意してください(遅い)。 

誰かが俺を監視している

一日いろいろなことがあって、ふたばを覗くと、なぜかその日に俺の身に降り掛かった出来事についてのスレが立っている。
嘘ではない。あなたも実際にやってみたらいい。
虹覧
その日食べたものや話題に出したもの、久しぶりに読んだ漫画や見たアニメなどのスレを高確率で発見するだろう。
いやそれだけではない。
恐ろしいことに、あなたが考えただけの事柄のスレがあることを発見することも、決して稀ではない。
このあなたや私を監視しているものは、我々の行動だけではなく、我々の心のなかにまで、その監視網を広げているのだ。

こわいですね~おそろしいですね~(アデランスの中野さん風に)

もちろんこれは単なる偶然である。これだけスレが立っていれば、一日の出来事の2つや3つが重なることは決して低い確率ではないだろう。決して誰かが監視しているわけでも、西手新九郎とか内頭新九郎とかの神秘的存在の仕業では決してない。 
しかしそれでも、そのたまたまが結構びっくりするのだ。
そしてそこに妙なつながりを感じてしまう。
それが人間というものなのだろう。 

デイヴィー・ジョーンズのロッカー

ゼラズニイの『心はつめたい墓場』を読んでいたら「デイヴィー・ジョーンズのロッカーでも踊った」という言葉があった。
ロジャー・ゼラズニイ
早川書房
1984-04

デイヴィー・ジョーンズなんてキャラクターいなかったからなんのことかなと思った。この言葉は様々な世界の名所(「チベットのスキー・ロッジからデイヴィー・ジョーンズ・ロッカーまで、軌道上ステーションでのハロウィーンからデルフィでのメーデーまで」)に行った、という独白に再登場するので、固有名詞かとも思ったがどうも違う。いろいろ調べて分かったのだが、どうやら「海底」を意味する慣用表現らしい。
デイヴィ・ジョーンズの監獄 
デイヴィ・ジョーンズとは船乗りたちが信じていた悪魔らしく、語源的には旧約聖書に出てくる巨大な魚に飲まれた聖人「ヨナ」に関係があるらしい。そういう名前のパブの店主が船乗りを酔っ払わせて売り払っていた、といううそ臭い伝説もあるとか。なるほどなるほど。
当時はインターネットもなく、おそらくさしもの浅倉久志もそのまま訳してしまったのであろうか。
しかし、今これを訳すとしたらどうだろうか。そのまま「海底」と訳すのはあまりうまくない。なぜならこの文章は、読者に少し「うん?」と思わせることが目的だろうからだ。
ゼラズニーが活躍した時は、SFがそれ以前よりも知的に、場合によっては難解になっていった時期だ。この短編小説の他の部分では、洒落た会話として、「ミクロプロソプスのイブ」だの「アダム――カドモン」だの「われわれ、堕ちた霊魂は、このマルクトでいっしょにがんばらなくちゃ」だの、カバラの用語が一切説明されずに使われている。ここは読者の知識を試しているわけで、全ての人がすんなり読めるわけではないように書かれている。
そうすると、「Davy Jones's Locker」も同様の意図があると考えていいだろう(「floating Palace of Kanayasha」という言葉は、インターネットで検索してもこの小説以外hitしなかった。さらなる研究が必要である)。
だったら、ここも日本語にするなら、ある程度知識がある人にはすんなり分かるけど、そうでない人にはピンと来ない言い回しをうまく選ぶべきではなかろうか(おそらく「デイヴィー・ジョーンズのロッカー」ではその効果は出ない。あまりに馴染みがないから。逆にカバラはそのままでいいのだ。アメリカでカバラを知っている層と、日本でカバラを知っている層はそれほど違わないだろうから)。
そこでいろいろ考えたのだが、例えば「安徳天皇の墓所」なんてどうだろうか。少し知識のある人なら、安徳天皇が壇ノ浦の戦いで海中に没したことくらい知っている。そうすれば「安徳天皇の墓所」で海底を意味することもそれほど不自然であるまい。
と思ったのだが……
安徳天皇陵墓ってあるんかい! なんでやねん! 


ちなみに『心は冷たい墓場』は未来を生み出す理系と過去を夢見る文系が時代という名の女を取り合って時を超えた神話的痴話喧嘩をする素晴らしい作品でした。 
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