小説執筆の漢字変換にSKKを使い始めた。
SKKを聞いたことがない人のために一応説明を書くと、SKKとは、普通の漢字変換ソフトと違って、変換の区切りを変換ソフトが一切判断せず、全て書き手が区切るソフトである。こちらの方が、手書きで文章を書く感じに似ていると考えたのだ。手書きで文章を書くときに、文単位で漢字を考えたりはしない。1つ1つの漢字を選んでいくはずだ。
通常の漢字変換ソフトで書く漢字は、手書きではなく、口述筆記をしてもらう感じだ。
通常の文書を書くときはそれでもいいのだが、小説を書くからには、1つ1つの漢字変換に対して書き手がもっと責任と支配力を持つべきだ、と考えて、SKKが正しい、と考えるに至った。
これまで通常の漢字変換ソフトで書くと漢字が多すぎてしまう気がしていたが、これも是正されたし、私は書き損じや変換ミスが多いたちであったが、これも減った気がしている。まだタイピングが少し遅くなっているが、これも慣れであろう。
これ以外にも、コンピュータ関連技術と小説執筆について、色々と考えていたことが溜まってきたので、どこかで書きたいものだ。小説を書いていて、文字コードなどを気にする人もあまりいないだろうが、現在の英数字のいわゆる「半角・全角」の使い分け方などを見ると、これでいいんだろうかと思わざるを得ない。
小説を書く人間は「ワープロソフトで縦になるか横になるか」という理由で半角・全角英数字を使い分けているが、本来文字に半角・全角などがあるのは歴史的理由にすぎず、現在のフォント環境でこれらが半角・全角で表示されているわけでもなく、それどころか見分けられるフォントが用意されているとも限らない。これらは本来どちらも同じ文字を表している。なので文字コードの原則から行ったらそれらに別々の文字コードを与えるのは間違いである。Unicodeでこれらに別々の文字コードを与えられているのは、歴史的理由からの事前の解決にすぎない。そうである以上、それらを使い分けることがそもそも問題の先送りに過ぎないはずだ。印刷したときに縦になるか横になるかは、フォントなどのレベルで解決すべき問題であろう。
ただUniodeにも問題がある。三点リーダのUnicode正規化における取り扱い方などを小説を書く人間が知れば驚くのではなかろうか。
正規化とは、本来同じであるはずの文字に別々の文字コードを与えられてしまっている場合、それを1つの形に直すための処理だ。
しかしそうすることによって、正規化を施す前と後では違う文字列になってしまう場合もある。それだけではない、その正規化が正しいという保証もない。
例えば三点リーダは、Unicode正規化の一種NFKDやNFKCでは、ピリオド3つに分解される。これは正しいのであろうか。日本語で小説を書く人間は絶対に正しくないと思うのではなかろうか。中黒3つでも正しくない気がする。
パソコンは小説家にとって小説を書く道具である。パソコンに詳しくなくても、漢字変換や文字やフォント周りの知識くらいは持っていても損はないと思う。