けんさく。

けんさく。が、いろいろ趣味のことをやるページです。

小説

東方の三博士(13)

去年の続き

ホルミルダス「こうなったら過去を変えるしかない」
バルタザール「そんなことができるのか?」
ホルミルダス「過去に戻れるんだ。できるはずだ」
バルタザール「過去をどう変えるんだ?」
ホルミルダス「過去に行って光の速度を超える」
バルタザール「そうするとどうなる?」
ホルミルダス「ますます過去に戻る」
バルタザール「どこまで戻る?」
ホルミルダス「まず、みんなで穴に入ったところまで」
バルタザール「そこからどうする? そこから始めても同じでは? 結局また穴に落ちるだけだ」
ホルミルダス「いや、そこで終わらない。光の速度を超えたまま、もっと時間を遡るんだ」
バルタザール「そうしたらどうなるんだ?」
ホルミルダス「穴に落ちている状態で時間を遡るとどうなる?」
バルタザール「穴を昇っていく」
ホルミルダス「穴を出てもそれを続けたらどうなる?」
バルタザール「どうなるんだ?」
ホルミルダス「穴に落ちていくことの逆をそのまま延長するんだ。そうしたら……」
「穴から空へと登り始める!」
バダダハリダが叫んだ時には、三人は森のはるか上空の夜空へと打ち上げられていました。
クリスマスの星空に、三人を導いた星が一際明るく輝いています。

(来年のクリスマスへ続く)

消しゴム

「隊長、みてください!」
「なんや?」
「ほら、あれ」
「おわ、なんやあれ!? なんや……真っ黒いのが広がっとるやん!」
「3丁目のあたりはもうすっかり飲み込まれてますね。黒い霧とかではなく、空間自体が変色しているように見えます」
「何が起こってるんや一体」
「あそこらへんに、小学校があるんで、息子に聞いてみます」
「息子さんは大丈夫なんか? 心配ちゃうん?」
「ええ、だから確認も兼ねて。あ、もしもし。大丈夫か? 真っ暗で何も見えない? とにかくそこから離れて家に帰ったほうがいい。 え? 授業? いいよ、こんな時に。父さんが許すから」
「ずいぶん呑気やな」
「うん。ああ、そうなの。そうか。なるほどな。まあ、そういうのは人それぞれだからな。友達は友達、自分は自分だ。いつも言ってるだろ?」
「何の話しとるんや……」
「そうか、わかった。相談してみるよ。隊長!」
「わ、なんや、急に?」
「ちょっと学校に届けたいものがあるのですが……」
「何やねん、こんなときに。許可できるわけがないやん。大体原因もわからんのに、危険すぎるわ」
「それが原因がわかったんですよ」
「え、ほんま? なんやの一体」
「息子の隣の席の子が、裕二君というんですが」
「へえ」
「その裕二君は、なかなか頑固で、一度こうと決めたらなかなか変えないらしくて」
「そうなんや」
「それで今日は間違えた文字を消そうと懸命に消しゴムでノートを擦っていたんだそうです。ところがその消しゴムがキャラ消しらしくて」
「俺ん頃はキン肉マンの消しゴムが流行ってたね」
「ああいうのは消えないでしょう」
「ああ、まあ、消しゴムとして使うもんではあんまりないもんな」
「それで頑張って消しても、紙に黒い染みが広がるばかり」
「あるある」
「それでも裕二君は諦めないわけです」
「なるほどなあ」
「それで紙が破れて」
「それもあるあるやな」
「そしてそれでも消そうとするものだから、紙の破れたところから、黒い染みが空間に広がってしまったわけです」
「そうはならんやろ」
「いや、それがなってしまっているわけです。裕二君というのはそれくらい根性のある子なわけです。息子も感心してました」
「君の息子もなかなかの理解力やね」
「で、息子が言うには、新品の消しゴムなら裕二君も納得してくれるかも、ということなんです。だから僕がこの未使用のMONO消しゴムを持って学校まで行こう、と言うわけです」
「正気か?」
「そこは、本気か、と聞いてください」
「止めても無駄、というわけやな」
「ここでいかなくちゃ、僕はこのバッジを隊長に返さなくちゃいけなくなりますよ」
「わかったわかった、止めへん。奥さんに伝えといたほうがええこととかあるか?」
「そうですね。もし僕が帰らなかったら、あの時はすまなかった、君の疑いは事実だ、と言っておいてください」
「なんやそれ? それ、帰って来れたら言わんほうがええ話か?」
「では!」
「ちょ、ちょい待ち! ああ、いってもうた……」
こうしてしばらく世界は大量の消しカスだらけになったという。

溢月

たまには昔の話でもしようかの。
昔は暦は月に従っていたのじゃ。今のような日にではなくの。
今の暦でももちろん月はある。じゃが、これは本当の月ではなく、日の陰のようなもの、日の反映のようなものにすぎん。じゃから、日の都合に合わせて伸びたり縮んだりするわけじゃ。
最近の若いもんにはそれが当たり前に思えるかもしれんが、これは長い長い歴史から見たら割と最近のことなんじゃよ。
昔の月はそうじゃなかった。決して日に頼ったものじゃなく、自分の都合で満ち欠けし、自分で光り輝く存在だったのじゃ。
今、地上の生きとし生けるものが日によって生きるように、そのころは月下の全ての被造物が月によって生きていたのじゃ。月の出とともに寝床から起き上がり、月の入りとともに寝床に潜り込む。そして月が満ちるに連れて肥え太り、月が欠けるとともに痩せ細ったのじゃよ。
その頃、特に楽しかったのは、満ちすぎた月が溢れることじゃった。今の月は、日によって満ちたり欠けたりするから、完全に満ちればそこから欠けていくしかないじゃろ。じゃが、当時の月は自分で満ち欠けしていたから、勢いで満ちすぎてしまうことがあったのじゃ。
娯楽の多い今では考えられんかも知れんが、あの頃はそれだけが楽しみで、みんな、月々の苦しい生活に耐えておったのじゃよ。
月が溢れるのは必ず事前にわかった。月が溢れる前というのは、月が満ちていくのが速すぎて、とても止められないことが一目瞭然じゃからの。そうすると、その頃わしが住んでいた海辺の村に平地の街や山からたくさん人が来たもんじゃ。月が溢れたときに、一番楽しめるのはなんと言っても海じゃからな。いつもより人出が多くなった村は沸きかえるようじゃった。若かったわしも、月が溢れる前から普段の漁の仕事もほっぽり出して、祭りの準備に大わらわじゃ。
月が溢れるときだけは月の出のかなり前からみんな起きておった。そして海から、銀色に輝く満月よりもさらに満ちた月が出るのを海岸で眺めるのじゃ。
日はもちろん月に空を譲って、山の向こうに沈んどる。海はまん丸よりもさらに丸くなった月の光だけ全身に浴びて、キラキラ光っとった。海から陸に風が吹いて、波がゆらゆらと立ち上がり、映った月を三日月のように歪めたのが、まるで海に船が浮かんでおるようじゃった。わしらはその銀の船に次々に飛び乗って、ゆらゆらと昇る月に向かって月桂の櫂で漕ぎ出すのじゃ。
急がないと月が溢れてしまう。月が溢れる前にできる限り近くまで漕がないと台無しなのじゃ。
月の下まで辿り着ければ、あとは月が溢れるのを待つだけじゃ。その間、わしらは海に映った月ができるだけ丸くなった瞬間を狙って掬い上げ、器を作る。これは相当慣れないといいのが作れない。これの出来が、ここからのお楽しみの首尾に関わる、というわけじゃ全くないのじゃが、それでもわしらはこの器の出来を毎回毎回競ったものじゃった。
そしてそのときが来た。一際大きく揺らめいたかと思ったら、月がどわっと溢れたのじゃ。そして海に向かってどどどと溢れ落ちてくる。わしらは慌ててそれを受け止めようとする。しかし揺れる小舟の上じゃ、なかなか思うように動けん。中には海の中にどぼんと転げ落ちるものもいる。わしはそれを見て笑いながら、自分もすぐに海に転げ落ちてしまったわけじゃ。
こぼれ落ちた月をうまく掬い上げられたやつらは、美味しそうにぐいっと飲み干しておった。そして顔を満月みたいに輝かせて、あっはっはと笑ったり、大きなげっぷを出したりしておった。
船の上のもんも、船から落ちたもんも、みんなみんな楽しそうじゃった。
わしは泳ぎは得意な方じゃったので、月がたくさん溢れとる場所まで急いで、大きな雫を顔で受け止めた。顔中月の雫だらけになったが、ほとんどは飲み尽くせたはずじゃ。わしは拳骨が入るほどの大口で、村では有名じゃったからの。
そのうち、ほとんどものが酔っ払って船から転げ落ちてしまい、海にぷかぷか浮いて空を眺めていた。それでも月は溢れ続け、わしらの上に雫を垂らし続けていたのじゃ。
海の上にこぼれた月はそのあと集められて、村の倉庫に大切に保存された。
それは次の新月にちゃんと月に返さなくてはいけないものじゃからの。
海から暗闇に輝く新月が昇る日、溢れた月がたんまりと入った樽を船に乗せ、水平線に向かって漕ぎ出すのじゃ。そのときの思い出ももちろんたんまりとあるが、それはまた今度にしようかの。

東方の三博士(12)

去年の続き

穴に飛び込んだバルタザールとホルミスダスはどこまでも落ちていきます。
しかし、どんどんと地団駄を踏んでどんどん穴を深くしている
バダダハリダにはなかなか追いつけません。
どんどん落ちる速度が速くなることにだんだん二人は不安になってきました。
「バダダハリダもう地団駄を踏むのはやめてくれ。これ以上速くなったら落ちた時痛いと思う」
バルタサールが言いました。
「いや、多分もう落ちたら痛いはずだ。だから地団駄を踏み続けてくれ、バダダハリダ。そうすれば助かる」
ホルミスダスが反論します。
「それじゃあ、ますます僕らは速くなる。なんの解決にもならないじゃないか!」
バルタザールは反論に反論します。
「どうすればいいかわからないじゃないか!」
同時に逆のことを言われてバダダハリダは怒りのあまり地団駄を続けます。
「ああ、だめだ。ますます速くなる。これは困ったことになるぞ」
とバルタザールは目の前を上方に流れていく竪穴の壁に計算式を書きながらつぶやきます。
「どういうことだ」
ホルミスダスはその式を目で追いながら言います。
「このまま加速し続けると、光の速度を超えてしまう」
「そうするとどうなるんだ?」
「光の速度を上回ると、未来ではなく、過去に行ってしまうのだ」
「そうするとどうなるんだ?」
「過去の俺たちは光の速度を超えていない」
「そうするとどうなるんだ?」
「光の速度を下回ると過去ではなく、未来に行ってしまうのだ」
「そうするとどうなるんだ?」
「未来の俺たちは光の速度を超えている」
「そうするとどうなるんだ?」
「光の速度を上回ると、未来ではなく、過去に行ってしまうのだ」
「そうするとどうなるんだ?」
「ループだ!俺たちはループから出られない!なんてことだ!」
同じところをぐるぐる回るバルタザールとホルミスダスの会話にイライラして、
バダダハリダはますます地団駄を踏みます。
「せっかくまっすぐ進もうとしたのに、まっすぐ進んでもループになるなんて!? それもこれも真っ直ぐ進みすぎたからだなんて!? ああイライラして地団駄が止まらない!」
こうして3人はどこまでも落ち続けていくのでした。

(来年のクリスマスに続く)

東方の三博士(11)

去年の続き

「いつまでも迷っていても仕方ないじゃないか」
地団駄で自分の背丈ほども掘り抜いてしまった穴から懸命に背伸びして頭を出して、バダダハリダが言いました。
「真っ直ぐ進めばいいのだ。木があろうが、川があろうが、崖があろうが気にせず。そうしたらいつかこの森から出られるはず」
「この森が永遠に続いていたらどうするんだ。この世界が全てこの森で覆われていたら?」
バルタザールは起き上がって心配そうに言いました。起き上がる勢いが良くて今度は俯けに倒れます。
「そんなはずはない。だったらどうやってこの森に入ったんだ」
バダダハリダの反論にもっともだと頷きながら、ホルミスダスが
胡座と腕を解きます。解きすぎて腕を足が逆に捻れてしまっています。
「確かに。だが、空間が曲がっている可能性は考慮に入れるべきだろう。真っ直ぐ進んだはずが、元の場所に戻ってくることはあり得るはずだ」
なぜわかってくれないんだとバダダハリダは地団駄を続けます。穴はますます深くなって、もう彼の頭も見えません。
「とにかく真っ直ぐ進めばいいんだ。真っ直ぐに」
その声がだんだん遠くなります。
捻れた腕と脚を元に戻して立ち上がりながら、ホルミスダスは思案げに空を見ます。
「そうか、真っ直ぐか。森の中で真っ直ぐ歩くのは難しい。障害物が多いし、空間が曲がっているかもしれないしな。だが、真上に進めば可能かもしれない。障害物もないし、見晴らしもいいからな」
「しかし、我々は鳥じゃないし、鳥だって真上には飛べない」
勢いがさらに余って逆立ちに立ち上がったバルタザールが指摘します。
「ここは少し逆さまに考えたらどうだろう?」
二人は顔を見合わせます。逆立ちした人と顔を見合わせるのも、逆立ちしたまま顔を見合わせるのも初めての経験でした。
「「そうか!そういうことか。やはり君は正しかったよ。バダダハリダ!」」
二人はそう叫んで同時に、バダダハリダの穴の中に飛び込みます。
はてさて、星を追いかけて旅に出たはずの三人なのに、穴に飛び込んでどうするつもりなのでしょうか?

(来年のクリスマスに続く)
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