けんさく。

けんさく。が、いろいろ趣味のことをやるページです。

その他

マリー・アンジュの奇跡(^p^).。o○

奇跡が好きだ。

まずここで言っておかなくてはいけないことは、奇跡と科学は別に矛盾しあわないということだ。
科学とは何回も起こり再現性があって、状況がコントロールできるときにのみ行える。しかし奇跡とは、一回限りで、そのときどんな状況だったかなんて知りようがない物なのだ。勘違い、記憶違い、幻覚、思いこみ、悪戯、詐欺、そして偶然が、よってたかって状況を混乱させることによって奇跡は起こり、科学はそこには手が出せないし、出したいとも思わない。量子力学まで視野に入れれば、この世界というのはどんな素っ頓狂なことだって非常に低い確率で起きうる場所なのだ。原因と結果の関係は多くの場合こんがらがり切ってしまい、とても解せない。結果をコントロールできる主要な原因がちゃんとある場合だけではないのだ。しかし、再現性があるものに限って言えばそれは科学で対処でき、そしてこの世界を生きていくのには、それだけでも万々歳なのだ。今のところ奇跡と呼ばれている現象も、再現性ができれば、つまり起こし方が分かれば、科学の領分に入ってくる。そうして奇跡じゃなくなるのだ。
しかし、奇跡がこの世から消えることはない。計算に入れるのが無理なほど、確率の低い現象は山ほどあるし、人間の心というのはときどき、起こり得ないことが起こってしまったように思ってしまうようにできているのだ。
そういう意味で、奇跡という奴は、何時だって「その他」のカテゴリの住人なのだ。
そして奇跡というものには、人間の本質的な間抜けさがなぜだか染み出してしまうらしい。奇跡と呼ばれる現象にたくまざるユーモアが交じってしまうのはそのためだろう。

「奇跡」カテゴリの記念すべき一個目の記事である今回は、私の大好きな奇跡である、「キリストと接吻した少女」を紹介したい。
エリック・サティやユイスマンスと交友し、19世紀パリでの呪いによる暗殺事件にも関わった魔術ジャーナリスト、ジュール・ボワの『悪魔主義と魔術』にあるエピソードである。

1816年、フランスの田舎にマリー・アンジュという17歳の少女がいた。キリストやマリアの言葉を自動筆記したり、片方のつま先でくるくる回りながら予言をしたりすることで評判だった。しかし、彼女が起こす一番すごい奇跡は、キリストの接吻を受けると同時に、口の中に甘いシロップを注ぎこまれ、やがて後から後から、おびただしい量のシロップを、どくどく吐き出し続けたことだった。
そしてここからが大好きなところなのだが、驚きあきれた人たちが、このシロップを指の先ですくって舐めてみたところ、実に甘くて美味だったというのだ。
舐めたのか、と読んでいて思うでしょ。舐めるかなぁ、と思う人が多いと思う。そりゃ舐めるでしょ、という人がどれくらいいるものか。
ここでは最初からシロップだと分かっているみたいに書いてあるけど、その場にいた人たちにはそんなことは分からない。17の少女が突然恍惚としたかと思うと、口からどぼどぼと粘っこい液体を垂れ流しはじめるのだ。普通はシロップとは思わない。それを、「そりゃあ、舐めてみるでしょ」と本気で言う人と友達になるのは少し勇気がいる。
さらに、キリストの接吻が熱烈になってくると(イエスが熱烈なキスをするというのは、絵的に想像しにくいが)、若い娘は、口から色とりどりのきれいなボンボンを吐き出したという。
ボンボンだと分かっているってことは、やっぱり食べてみたんだろうなあ、とこれを読んで思うのだ。
しかし納豆やチーズや舌ピアスなどを鑑みるに、こう言う勇気ある人たちが人間の文化を発達させてきたのであろう。ゆめゆめ馬鹿にしてはいけない。

あと、この話が個人的に好きなのは、この話にほのかな性的な興奮を感じるからだと、ここで告白しておこう。若い娘が口から大量の粘液を出しているのは異様だが、少しグッと来ないだろうか。私は割と来る。ルチオ・フルチの口から内臓を全部出してしまう女を思い出す。こう言う肉体の不自然で無理やりな変化というものに、私はどうも性的興奮を感じるようで(『ピノキオ』のロバへの変身とか、『解放されたエルサレム』の魚への変身とか)、この話はどストライクではないが、かなりいいところをこすって、じゃなくて、かすっているのだ。

最後に、17歳という年齢も、ちょうどいいという話をしよう。日本でも「霊感少女」を少女が発症しやすいのは大体この年齢だ。自分は特別だと信じ込みたいのに、だんだん信じ込めなくなっていく時期なのだ。そこで霊感というわけだ。霊感には証拠もくそもないので、否定しようがなく都合がよいのだろう。日本の霊感少女もぎゃあぎゃあと喚くだけじゃなく、口から大量のシロップを垂れ流してくれれば、うっとおしい以上の価値を認めてやってもいいのに。

ネタ本
東西不思議物語 (河出文庫 121A)東西不思議物語 (河出文庫 121A)
著者:澁澤 龍彦
河出書房新社(1982-06)
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霊感少女研究ならこれ。
霊感少女論霊感少女論
著者:近藤 雅樹
河出書房新社(1997-07)
販売元:Amazon.co.jp
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この本によると美術学校では霊感少女発生は五月に多いとか。自分の特別性を証明するために意気揚々と学校に通い始めて、自分が特別でも何でもないことに(無意識下で)気付きはじめるのがだいたいこの時期だとか。そう言えば涼宮ハルヒがSOS団を作ったのは……

(追記、3月25日:その後、『霊感少女論』を読みなおしたところ、著者が通っていた美術学校に霊感少女が多く、そして皆自己顕示欲が強く、己れの特別性を信じたがっている女性ばかりだったという話はあったものの、それが五月に多いという話は発見できなかった。しかし私は、この話をどこかで読んだ覚えが確かにあるのだった。もしかしたら私も、何らかの霊感により、「大統領が押し入れからヘルメットを出す」みたいな、見てはいけない物を見てしまったのであろうか。)

古代ローマ人に学ぶ健康法

皆さんいかがお過ごしでしょうか。
暖かくなったり寒くなったりと、寒暖の差が激しく、こういう季節の変わり目には体調を崩しがちです。そのようなときに頼りになるのはやはり、古人の知恵でありましょう。むかしの人が言うことに間違いはないとむかしの人が言っていたので間違いないはずです。古代ローマの軍人大プリニウスの『博物誌』によると、ドラゴンも春にはよく吐き気をもよおすらしく、そんなとき彼らは野生のレタスの汁を使って治すらしいのです。むかしの人たちはこうやって自然の事物をよく観察して、動物たちの知恵からさまざまな知識を得たのですね。そのような知恵が間違っている筈がありえましょうか。問題はドラゴンは果たしてどうやってレタスの汁をレタスの葉っぱから分けたのか、という部分でしょう。プリニウスはその部分をはっきりとは書いてくれてじゃいないのですが、例えばレタスから汁を出すためにドラゴンが苦い野生のレタスをガムみたいにくちゃくちゃ噛んでいるところを想像すると、何とも言えないおかしみが、するめを噛むように滲みでてくるような気がするのですが、どうでしょうか。

プリニウスの博物誌 全3巻
著者:プリニウス
雄山閣出版(1986-06)
販売元:Amazon.co.jp
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人はいかにしてこのブログにたどり着くのか?

つい最近、「どのような検索をしてけんさく。にたどり着いたのか?」を調べる機能がけんさく。に付いていることに気がついた。自動車学校や引っ越しの準備などで、本当はそんなことをやっている場合ではないのだが、本当はそんなことをやっている場合ではないことをやっているときに私は最も輝くと、昔占い師に言われたので、しばらく遊んでみた。
最近ではやはり「no pan night」や「松井周 岸田」などの時代の流れに棹差したフレーズが人気のようですが、それは当たり前なのでどうでもいいのです。そんなことよりも興味があるのが、その他の、謎に満ちた検索ワードたちなのです。
まず今月既に「CAROLINER RAINBOW」で5人も訪れているのが気になります。「松井周 岸田」をこの時点でリードしている。もしかして同一人物なのかもしれませんが、すると3月8日に三回もこのキーワードできたことになりますね。たいしたこと書いてなくてすみません。
なお3月8日には謎の検索ワード「姉妹干ばつのラブ。カバー」が記録された日でもあります。 確かにこれで検索すると、小説『流水プールデート』のページがヒットします。果たして小説は気に入っていただけたのであろうか。もし今もこのページを見ているなら、お願いですから何を調べようとしていたのか、教えてください。気になって夜も寝られません。
なおこの『流水プールデート』という小説は盛りだくさんな内容だったためか、不思議な検索でヒットすることが多いらしく、1月10日には、「射影平面 直線 体心点 同一視」なるワードでここを訪れた人もこのページがヒットしたようです。その人にとって何か有益な情報が得られたのならいいのですが。さらに1月13日に「超膨大基数」なる単語でここを訪れている人もヒットするのはこのページ。巨大基数論は日本語のいいページがなくて困りますよね。
ちなみにこの1月10日にはまた「ヒトラー ウザキャラ」と「突然物が二重に見えてくらくらする」なる検索でここをそれぞれ一人ずつ訪れています。果たしてヒトラーはウザキャラなのでしょうか。 そして後者はさっさと病院に行きなさい。
あと、なぜか後者の検索は私がやってもこのページにはたどり着けませんでした。Googleの検索結果は日夜変わるし、履歴を消さずにいると、使っている人ごとに検索結果をかえる機能も最近ではついているので、再現できないのは分かるのですが、やはり「どうしてそんな検索でけんさく。にたどり着くのか」が疑問なのは変わりません。
例えば、1月25日の「カナリーヤシ 棘 足が腫れる」もヒットするとしたらやはり『流水プールデート』しかないのですが、総検索結果が21件しかなく、けんさく。にはどう考えたってたどり着けません。 同じようなケースとして1月7日の「バイオリン演奏 体重移動」があげられ、これはたどり着くとしたら小説の『A Midsummer Midnoght』だが、膨大なより適正なページがあるので、どう考えたってここにたどり着くことは無いと思う。
2月15日には「老人と 飛行機に乗る のアドバイス」で2回来ている人がいますが、これは昔書いた『受け渡し』という小説が何ページ目かにヒットするようだ。何の関係もないけどな。
つい昨日、3月10日には「世界 真相 謎」でこのページを見ている人がいるが、これも普通ここには辿り着かんと思うのだが。ところで真相は見つかりましたか、見つかったら教えてください。
逆に2月15日の「鏡と父性は忌まわしい」については、このフレーズでここを読みに来てくれるのはうれしいけど、簡単にここに辿り着けてしまうのが少し寂しいな。もっとみんなボルヘスについて語ろうよ。
『流水プールデート』以外に人がよく不意に訪れるページは『ピンク・フラミンゴ』の映画評をしたページのようです。例えば、1月17日には「努力は下品だ」によってこのページにたどり着いた人がいる。下品になるように努力している、って内容なのにね。
2月15日の「映画 知恵遅れ マラソン」でヒットするのもこのページ。どんな映画だ。なお「知恵遅れ」で来る人たちは時々見かける。3月2日にも「知恵おくれけんあ」という謎の言葉が記録されている。なおこの日には「対称性を破りし昼子」なる迷フレーズもみられる。なんだそりゃ。
その他にも「彼氏 嫉妬心 けん」とか、「むかしむかしあるとこころに 強姦」などよく分からないのがあるけど、長くなりすぎたのでこのくらいにしておきましょう。

今後の目標としては、まともな検索では絶対ヒットしないけど、クリティカルに意味不明な単語で検索するとヒットするような、そんなウェブサイトを目指したいですね。 

その他のことについて

「その他」というカテゴリを作ってみた。
その他のことについて語るためである。「その他のこと」とはつまり、他のカテゴリでは語れないこと、ということであり、つまり本質的にカテゴリに入れることができないようなことであろう。しかし、いまそのようなことを「その他」というカテゴリに作ってしまったので、これらのことは「その他」というカテゴリに入れられてしまったことになる。それは矛盾だ。そこらへんの細かい話はカテゴリ論の入門書でも読んでもらうしかあるまい。
圏論の基礎圏論の基礎
著者:S.マックレーン
シュプリンガー・フェアラーク東京(2005-06-30)
販売元:Amazon.co.jp
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しかし、カテゴリを作ってみた物の、このカテゴリ内で一体何を語ったものか。「その他」のカテゴリの対象の具体例が一向に思いつかない。世の中の、思いつく限りのものは、何らかのカテゴリに入れることができ、よって「その他」のカテゴリの対象には入らない。もしかしてこれが対象のない「射のみのメタカテゴリ」という奴なのであろうか。しかし、そもそもこのカテゴリの射ってなんだ。
とりあえず、このカテゴリではその他のことについて話す。そのときに、何が「その他」のカテゴリに入るのかが明らかになるであろう。
わくわくするではないか。
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