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歴史

『パヴァーヌ』のヨーロッパ中心主義 及び 歴史の必然性について

『パヴァーヌ』は宗教改革がカトリックに潰されたヨーロッパにおいて、科学や技術、商業などの発達がキリスト教によって抑えられながらも、人々が強く生きていく様を説得力をもって描きだした歴史改変物の傑作である。
パヴァーヌ (ちくま文庫)
キース ロバーツ
筑摩書房
2012-10


内燃機関に取って代わられることなく発達した蒸気機関や腕木信号などの、現実には花咲ききらなかった技術に関わる人々の現実的な描写はディティール豊かで、読んでいて楽しいし、そこに人が生きている感じがする。
圧政の元でも知識を伝える草の根組織や人の根元に根ざした自由への欲望が遂に狭い世界をひっくり返すのも気持ちがいい。
ただ最後の科学技術に対する二面性に関するメタ的な(ナチスまで持ち出して実際の歴史を参照する)文章は蛇足だし、入れるならちゃんと物語に組み込むべきだ、という話はまあいいとする。
読んでいて気になり、今回の話の導入にしたいのは、「なんかものすごく自然に世界がヨーロッパだけだと思ってない?」という点だ。
話の筋がヨーロッパ中心なのは当たり前なので仕方ないとはいえ、世界史的視線を持とうと思えば、世界観の根幹にアラブや中国が微塵もないのはどうかと思う。いったいこの世界、ヨーロッパが長い惰眠を貪っているあいだ、広大なアジアの諸国は何をしていたのか。
そう考えると、この小説の世界観の根幹には何か欠陥があるようにも思えてくる。
しかしそれをちゃんと問おうとすると、「なぜヨーロッパに近代科学が生まれ、アラブや中国では生まれなかったのか?」という難しい問いまで引き受けてしまうことになるから厄介だ。
いくつかの答え方があるだろう。ジャレド・ダイヤモンドは『銃・病原菌・鉄』で中国ではなくヨーロッパで近代科学が生まれたのには、世俗の権力が分散していたからではないか、と仮説を出している。


中国では唯一の世俗の権力の中心である皇帝の命令で、簡単に科学研究が圧迫された。しかしヨーロッパは当時群雄割拠状態で、だから科学が権力からの圧力をあまり受けなかったのだと。
しかしこの考え方でアラブが近代科学を生まなかった理由が説明できるだろうか。
また反対からの答え方もある。山本義隆は『16世紀文化革命』で、科学革命の前に出版革命があり、宗教の権威だけでなく、市井の技術者までが出版で持っている知識を発表できるようになったことを描いている。
一六世紀文化革命 1
山本 義隆
みすず書房
2007-04-17


ではなぜそれほど印刷技術が普及したのか。それはその前に宗教改革があったからだ。ヨーロッパでは中世後期からワルド派異端やジョン・ウィクリフの運動など、聖書を民衆の言葉に翻訳しようという運動がかなりあった。それはカトリックの権威から真理の源泉である聖書を自分たちのものへと奪いかえす意味があった。
パキスタンの科学者フッドボーイはイスラム圏では印刷技術自体はあったが、それでコーランを印刷しようとは考えなかったと言う。手で写したものでないと聖性が宿らないと考えたのだ。
イスラームと科学
パルヴェーズ フッドボーイ
勁草書房
2012-01-31


しかしもしかしたらそれ以上にイスラム圏にはカトリックに当たる統一的な宗教権威が存在しないことが、作用しているのかもしれない。聖なる言葉を多少の乱暴狼藉しても取り返さなくてはいけない相手がいないのだ。
この考え方では世俗と宗教との違いはあれど、抑圧的な権威が近代科学の誕生にプラスと効果を果たしている。
より偶然的な因子を考えるなら、ちょうど良いタイミングのアメリカ大陸への到達があるかもしれない。16世紀文化革命以前の学問は全て結局は古典の注釈である。正しい知識とは古い本に載っている知識である。文化というものは古ければ古いほど進んでいて正しい。
それがかつての我々全てが共有する基本的思想だった。ルネサンスとはその最たるもので、古くて偉い文化に帰ろうというものだ。決してルネサンスは科学革命の前段ではない。歴史は蛮族の進入による文化凋落と古い文物の再発見によるルネサンスの繰り返しだ。その連鎖を断ち切ったのが16世紀文化革命と17世紀科学革命なのだ。
そのあいだに横たわるのが「古いものが正しい」という常識の打破だ。フッドボーイは未だにイスラム圏ではこの常識が残っていて、丸覚え教育へと繋がっていると書いている。そして宗教改革はここにおいてはなんらプラスの効果は及ぼしてはいない。
ここで重要なのが、おそらく山本義隆が描いた市井の技術者たちによる出版ブームなのだろうが、アメリカ大陸における文化や生態系の報告はその大きな源泉の一つだった。
これによりヨーロッパは初めて聖書に一切記述のない自然や文化と大量に出会ってしまったのだ(往生際悪くアメリカ大陸にヘブライ人の幻を見ようとした人間も多いが)。新しいものの波がルネサンスを押し流した。もちろんルネサンスが起きて文化的に発達した状態だったのが受け入れるための準備になっていたのであろうが。
ここまでを乱暴にまとめると、「近代科学の誕生にはいろいろな偶然の要素が絡んでいる」という面白くもなんともないものになりかねないのだが、分かることは、確かに当時のヨーロッパが近代科学の誕生の場として他より良い状況にいたことは確かだとしても、決してヨーロッパだけにしか起き得ない状況ではないはずだという事だ。
もしヨーロッパが惰眠を貪れば、人間の抑えきれない本能により、それまで沈滞していた歴史ある国の人々がむくりと起き上がって宗教的世俗的圧迫に打ち勝って世界をひっくり返していたであろう。その結果人間が幸せになるかどうかなんて御構い無しに。
最近の研究によれば、狩猟採集民は半日仕事をすればあとは遊んでいても生活ができ、食生活から自然に産児制限も出来て相当豊かだったらしい。狩猟採集民は農耕を知らないのではなく、知っていてもメリットを感じられないのでしないのだ。


もちろん環境が変化すれば死ぬしかなく、場合によっては絶滅するかもしれない。そうすると新しい種がニッチに入り込むだけで、自然界ではじっと起きていたことに過ぎない。しかし人間は変に知恵があったから、農耕なんか始めちゃって、おかげで人類は「技術発達→生産量増加→人口増加→環境悪化→生産量減少→人口減少→振り出しに戻る」という狩猟採集生活より貧しくなってから一万年近く全く生活の向上に繋がらなかった生死を賭けた発明と努力のループに陥ってしまった。ここに戦争など各種競争のファクターを加えれば、このプロセスは事実上不参加の揺らされないものとなる。人間は遺伝子進化の軛から離れ、崖を岩が転げ落ちるように文化進化の断崖絶壁を転げ上がる。人類の生活レベルが向上したのはたかだかこの二三百年に過ぎない。
これからも人間の技術は発達し続けるだろうがそれは我々の幸せと直接的関係はない。幸せになる確率の方がもちろん高いし、ここまでの成果は死亡率の低下といい自由度の飛躍的な向上といい目を見張るものだが、今後ともずっとそうとは全く限らない。しかしだからと言って我々にこれを止めることなどできないのだ。このプロセスにおいて個人にできることはかなり限られている。生物学と経済学の陰鬱な最適化の波に翻弄されるしかない。
『パヴァーヌ』において遅かれ早かれ世界はひっくり返ってしまったように。ひっくり返る前の世界だっていろいろ困ったところはあったけど、それなりに良いものだったのにね。
でも『パヴァーヌ』の登場人物がみんな単に翻弄されるだけの存在じゃなかったように、全く何もできないわけじゃない。
そして何ができるかを見極めるためには、自分が通ったあとに残していく廃墟を見つめながら後ろ向きに邁進する歴史という名の天使をしっかりと見据えなくちゃいけない。そのなかで我々が主人公ではないということも含めて。この世の中を動かしているのが、英雄などの個人の意思決定などではなく、冷徹な最適化のプロセスだと理解すれば、最適化のパラメータをどうにか変化させて少しでも望みの結果に近づけるという方針が立つ(もちろん歴史に必然性も普遍法則はないというポパーの小言を胸に刻み付け続ける必要性は忘れないこと)。
おそらく、私が思弁的SF小説というものに一筋の希望を見るはここら辺が理由なのだろう。
小説とは基本的に個人主義の宣伝ジャンルであるが、思弁的SFは対照的に「人類」を主人公に据えることが可能なものだからだ(『幼年期の終わり』を読もう)。個人という様々な物質の四次元の時空ワームの成す結び目を世界観の中心に据えるのに私は限界を感じている。しかし我々が「個人」という視点を捨てることはおそらくない(集団的知性を意思決定のベースにするのは、情報の伝達速度の面から言って判断のタイムラグが大きすぎ非効率であろう)。
思弁的SF小説は人類全体と個人のバランスをとりながら、あるのかないのかもわからない着地点を想像させてくれる。『パヴァーヌ』もそんな、架空の歴史を振り返ることで未来に思いをはせさせてくれる、いい小説であった。

「鰯の頭も信心から」の「から」とは何なのか?

検索エンジンで「鰯の頭も信心から」と入力して言葉の由来を説明しているページに行っても、この部分をしっかり書いてあることが皆無なので、筆をとった。
語源由来辞典
ウィクショナリー
教えてgoo (間違った答えしかなく、質問者もそれに納得してしまっている)

答えを知っていれば、web上に簡単に答えを見つけられる。
「鰯の頭も信心柄」で検索してみれば良い。
石川啄木の『葬列』や狩野亨吉の『安藤昌益」など錚々たる書籍での使用例が青空文庫などに転がっていることが分かるだろう。
あの「から」は「原因」や「発端」を意味する助詞ではなく、「人としてのあり方」を意味する「人柄」や、「家柄」「場所柄」などの使い方と同じように、「~としてのあり方」という意味を付加する接尾辞であったのだ。
つまりことことわざは、「鰯の頭も信心のあり方である」つまり「鰯の頭のような一見つまらないものも、それはそれで信心のあり方である。だからご利益だってあるし、きちんとしなくてはいけない」という言葉なのだ。
私はこのことを塩村耕教授の授業で知った。なので、ネット上で答えに達することができるが、先に答えを知っていないと答えに達することが出来ないのでは役に立たない。
ウェブというものは大概の問題の解答があるが、実際には多くの人の手には届かないままになっていることの例だと思う。
「鰯の頭も信心から」で検索して答えが出てくるように誰かが書かなくてはいけないので、私が書くことにしたわけだ。

もう一つこの記事を書くことにした理由は、この問題を急に思い出すきっかけがあったことだ。
というのも、とある千葉県松戸市の空撮動画を見ていたら、BGMとして流れている曲を聞いていたら、その歌ではまさに「鰯の頭も信心がら」と「から」を濁らせて歌っていたのだ。これは「から」を「柄」と捉えているからにほかならない。
その動画を載せたいところだが、こういう動画を見ているということはあまり良い趣味ではないし、正直いつ消されるか分からない動画なので、その歌の動画を代わりに載せよう。


なんでも「カラコロ」一回300万円なので、この曲一回で1億200万円損害賠償を請求されるらしい。
こわいなーとづまりすとこ 

思考のモラル 『幻想の古代史』

歴史の本でもあり、良質な科学哲学の啓蒙書でもあり、またなによりエンターテイメント性あふれる読み物になっている。
幻想の古代史〈上〉
ケネス・L. フィーダー
楽工社
2009-11

幻想の古代史〈下〉
ケネス・L. フィーダー
楽工社
2009-11

まさに「in one sitting」という感じに読み終わってしまった。
もともと教科書として書かれていることもあり、歴史書としてはかなり異質なことに、最初の2章がまるまる科学哲学における「仮説演繹法」の説明に当てられている。
通俗歴史読み物的な「方法論なき歴史科学」に飽き飽きしていたので、まずこれが面白かった。現代において考古学はハイテク化し、自然科学との境界を失っていこうとしている。もちろん、文献を渉猟し、その解釈を熟考するのも大切だが、その議論のプロセスが科学的でなければ、アカデミックな評価を得ることは出来ない。
では、その科学的な議論のプロセスとはなにか。
もちろんそれは一言では示せないし、完全な合意だって得られていない(そもそも得られない)が、ポパー以外なら誰でも認めるであろうものとして、この本では仮説演繹法を紹介する。
仮説演繹法とはなにか?
我々は説明のつかない現象Pを見ると、それを説明するために仮説Hを立てる。そのHは「Hが成り立てば、高い確率でPが成り立つ」という性質を持つものだ(これをPに対してHの尤度が高い、という)。
例えば、「様々な古代文明が普通では考えられないほど高度な技術を持っているのは、古代に宇宙人が地球を訪れているからではないだろうか?」などだ。実際、宇宙人が古代に地球を訪れていたら、古代文明に高度な技術の祥子が残っているだろう。これは別に間違いではない。
これを科学哲学では「アブダクション」という。
仮説演繹法では、今度はこの仮説から何らかの検証可能な結論を導き出そうとする。
例えば、「もし様々な古代文明に宇宙人が訪れていたら、どうなるだろう。きっと同じ技術で出来た物品が全地球的に出土するだろう」などと考えるのだ。
そして、もしその結論が実験や調査によって否定されれば、その仮説は棄却される。もし肯定されれば、その仮説は補強され、さらに同じプロセスを繰り返し、十分に補強されれば定説となっていくのだ。
この手法を使って大きな結果を出した有名な人はハンガリーの医者センメルヴェイスである。彼は病院での出産における産婦の死亡率の異様な高さ(自宅出産の10倍)が医者が死体を触った手を洗わずに妊婦に触ったことが原因と突き止めたのだ(まだ細菌発見前であり、病気は体液の過多や悪い空気で起こると思われており、手を洗うという発想はなかったのだ)。
このことは、科学史・科学哲学の多くの入門書に書いてあるが、この本には最初どんな仮説を出して(患者が死者を弔う牧師の姿を見てショックを受けたからではないか、なんて仮説も立てたのだそうだ)、どんな実験をしたのか(牧師の歩くルートを変えた)を、普通の科学史・科学哲学の本よりも詳しく書いてあるのが、歴史書らしくて面白かった。ちなみにこの本には書いてないが、センメルヴェイスはこのことを世に広めようとするが、なぜ手を洗うと死亡率が下がるのかが説明できなかったり(彼は死体の破片が悪さをしていると思っていたらしい。もう一度いうが、細菌発見以前の話である)、態度が脅迫的だったりしたこともあり、医者がたくさんの死者を出したことを認められない医師の集団に精神病院に入れられそうになって、逃げ出そうとしたところを集団暴行にあい、その怪我が元で死亡している。今も昔も我々は統計データよりも「こうこうこういうプロセスでこうなります」という物語に重きを置きすぎる傾向があるので注意しよう(気功とかホメオパシーとか、統計的裏付けはなくても、効く理由を提示されると納得してしまう人が多い)。
閑話休題。
この「仮説演繹法」を使ってこの本が示しているのは、「超古代文明」「古代宇宙人仮説」「インディアンはユダヤ人の末裔」「全ての生物は神が作った」「地球の寿命は約6000年程度」「恐竜と人類は同居していた」「ダウジングや超能力による発掘」など、考古学における奇説珍説は、大概この前半のアブダクションのところまでで止まってしまっていて、そこから検証可能な結論を導いて検証するという、科学のプロセスを通っていない、ということだ。だから、何らかの仮説に出会うたびに、「ここから検証可能な結論は導けるかな? その結論をこの仮説はちゃんと検証しているだろうか? 何らかの反論があるなら、それにちゃんと答えているだろうか?」と考えるだけで、割りと簡単に論難出来てしまう。
この本では、それを読者に練習させるために、的確な練習問題まで用意している。素晴らしい。
読者は、妙ちきりんだが一度は聞いたことがあり、もしかしたら信じていたかもしれない歴史のトンデモ話を楽しみながら、いつの間にか現代人の教養でありモラルである、科学的思考を身に付けることが出来るのだ。
そうなのだ、これは教養なだけではなく、モラルなのだ。
高度化したエンターテイメント産業によって欲望を刺激され、ひたすらポルノ(「受容者の欲望を満たすためだけの作品」を広義のポルノと呼ぶ)を消費するだけの人々の思考は、どこまでもだらしなくなっていきがちである。
そこに規律と緊張感を与え、より良き生を生きるためにも、科学的思考の桎梏はぜひとも必要なのだ。 
より良き生、それは現代においては「面白い情報を生産する生」にほかならない。
ポルノを消費するだけの消費者が何を喚こうと、彼らが享受している情報、そして彼らが生み出している情報は、質が低く、すぐに腐ってしまう(それどころかこの世に産み落とされた瞬間から腐臭を放つ)。つまりつまらない。
なぜなら、結局どれもこれもどこかで見た意見の引き写しにすぎないからだ。
この本で紹介されているトンデモ話も、最初に出会った時は面白いかもしれないが、少しコレクターを気取って収集しようとすると、とたんに後悔するものばかりだ。何冊読んでも何冊読んでも、同じ話ばかり。多少毛色の違う話があっても、途中から結局いつもの話に経路が収束していってがっかりさせられる。結局この手のものは集合としては興味深いが、個別としては退屈な存在に過ぎない。
当たり前だ。いつもと違う話を考えられるくらいの想像力があれば、自分の言っていることに疑問を持つであろうことは、上での仮説演繹法の説明を読めば分かる。
彼らは時に科学者の凝り固まった想像力のなさをあげつらうが、自分の後頭部にブーメランが突き刺さっていることにも気づけない鈍感さには憐れみすら覚える。
山本弘を始め、多くのSF作家がこれらのオカルトを嫌う理由は簡単だ。「こうなったらどうなるだろう。ああなったらどうなるだろう」というような、SFのシミュレーション的想像力から、これほど離れた存在も他にないからだ。
ネットに溢れる無害有害取り混ぜた珍妙な言説も同様である。想像力の欠片もなく、その結果単調で代わり映えしない。しつこいくらい何回も同じ話をする(同じ人物がしているわけではないのだろうが。ないよね?)。一体何のために? 世界をつまらなくするのがそんなに楽しいのか。救いようがないな。

我々は世界を面白くするために戦わなくてはいけない。そのためにこのモラルをもっと広めなくてはいけないのだ。
一人でも多くの人に、偽の謎より本物の謎のほうがロマンチックで面白いことを知ってもらわなくてはいけない。 
聖書に書いてあることは本当にあったとか、エジプトやマヤのピラミッドを宇宙人が作ったなんて与太話より、人類の精神がどう進化してきたかとか、エジプトやマヤが独自性にあふれる文明をどうゆっくりと発展させてきたのかのほうが、ずっと夢があって、楽しい細部に満ちている。
愚かなオカルトと違って、こちらは日進月歩、年ごとに新しい情報が追加され、目が離せない。
この認識を、私の否定的な話に対して、「ええ、夢が壊れたあ、そんな話聞きたくなかった」などと喚いたあの女のような人にも持ってもらえたら、どれだけ世の中が面白く、そして良くなるだろうか。
あんたら選挙権持ってるんだよ、分かってんの?
これが王政の国だったら、国王が「朕は夢のある話が好きだから事実は嫌い」などと言い始めたことになるんだよ。どうなると思う。革命不可避。いつやるの? 今でしょ!(微妙に古い)
 

なぜ英語の月の名前は2ずれているのか?

九月を意味する「September」の「septem」の部分は英語の「seven」つまり「7」であり、十月を意味する「October」の「Octo」は英語の「eight」すなわち「8」である。もちろん蛸を意味する「octopus」の「octo」でもあり、これは「八本の脚」を意味している。
以下同様に、「November」 は「9月」、「December」は「10月」 を意味している。
なぜ2ズレるのであろうか。
教育者というやつは嘘を教えるのが昔から好きで、いつ誰にだったか忘れたが、確か小学生のとき私はこれを「カエサルとアウグストゥスが自分の名前を月の名前(それぞれJulyとAugust)に加えたからだ」と教わった覚えがある。子ども心に皇帝たちの我儘さが印象付けられたものだ。
それからしばらくして知識人となってデュメジルを読んでたときに、「当時のローマの暦は3月が一年の始まりであり、マルスの化身である老人が町に入ってくる儀式が植物の成長する春の始まりを意味していた」という文章を読んで、強く印象に残った。「March」という月名もそこから来ている(ラテン語では「Martius」)。


なぜ印象に残ったかというと、これも教師に教えられた話で、あれはたぶん浪人時代の河合塾だったと思うが、「Januaryは一年の始まりだから、出入り口の神である二つの顔を持つヤーヌスの名前を与えられた、というのは民間語源で正しくない」という話を覚えていたのだ。そんなこと言っても大概の塾生は理解できないと思うのだがまあよい。
とにかく私は、
「ああ、なるほど、一年の始まりが三月だったら、一年の始まりだからヤーヌスだ、という議論は成り立たないなあ」と感銘を受けた、というわけだ。
それからまた何年も過ぎ、暇な知識人として町を歩いているときにふと私は、月名の数字が2ずれている正しい理由に思い当たったのだ。
三月から一年が始まるとすれば、普通に月名と順番が合うではないか!
勢い込んでWikipediaなどで調べてみると、確かに「July」と「August」はそれまで「Quintilis」「Sextilis」(普通に「五番目の月」「六番目の月」を意味する)と呼ばれていたものを、本人たちが暦を修正したおりに「Julius」「Augustus」と名前を変えただけだ(自分の名前を平気で月名につけてしまう古人のセンスが好きだ)。
どうして今まで気付かなかったのだろう。というかデュメジルを読んでいるときに、気付いてもよさそうなものだ。いや、真実というのは得てしてこのように、伸ばせば手の届くところに無造作に転がっているものなのかもしれないな。
さらにいろいろ読んでみると、古代ローマの最初の暦(伝説上のローマ建国者の名前を取って「ロムルス暦」と呼ばれる)では、一年は10ヶ月で、農業をしない冬の間は月を数えず、春めいてくると王が一年の始まりを宣言していたらしい。それが私がデュメジルの本で読んだ記述なのだろう。
その後、冬の間も月を数えるために、「Ianuarius」と「Februarius」が付け加えられるが加えられた(これは、伝説上の二代目の王の名前をとって「ヌマ暦」と呼ばれている)。
ここでも、まだ一年の始まりは「Martius」だった。
今でも閏年に二月で日数の調整をするのは、二月が一年最後の月だった、このころの名残である。思わず膝を打つ。
この時代は、一年は355日だったので、二年に一回、「Februarius」のあとに「Mercedinus」という月を挟んでいたようだ(この記述を読んだとき、私はラファティの『草の日々、藁の日々』を読みなおして、これに関する記述がないか調べてしまった。ぱらぱら見ただけでは見つからなかった。私の言っている意味が分かる人は友達だ)。
どろぼう熊の惑星 (ハヤカワ文庫SF)
R.A. ラファティ
早川書房
1993-03

てっきり名前の由来は泥棒と商人の神「Mercury」かと思ったら(神出鬼没なところがピッタリだ)、一年の終わりなんで、「賃金」という意味から来ているらしい。まあ、語源は同じか。
ちなみに「April」はギリシャからエトルリアに伝わった「Aphrodite」、「June」は結婚、出産、育児を司るユピテルの妻「Juno」である。「June Bride」という習慣の起源もここにある。「February」が何の神様なのかは、いろいろと物を書き残し始めた時点のローマ人にもよく分からなくなっていたらしい。
その後、紀元前153年にヒスパニアでの反乱への対応のため、執政官が例年の3月15日より早く着任した。これがきっかけで、一年の始まりが1月になったのだ。
その後、閏日を入れる役割を持つ最高神祇官が、政治的理由で好き勝手に閏日を入れたため(昔の人のこういう適当なところが好きだ)、一年が正しい暦から90日もずれてしまった。
カエサルがこれを正すために、紀元前46年に、445日というものすごく長い一年を用意した。カエサルはこれを「ultimus annus confusionis(最後の混乱の一年)」と呼び、人々は「annus confusionis(混乱の一年)」と呼んだ(作品の題名にしたいくらい好き)。 
これ以降カエサルはそれまでの太陰暦である「ローマ暦」を廃止し、4年に一回閏年のくる太陽暦「ユリウス暦」を採用し、7月の名前を自分の名前に変えた。
しかし、その後間違えて3年に一回閏年を入れていたので(昔の人のこういう馬鹿なところが好きだ)、アウグストゥスがそれを調整したおりに、8月の名前を自分の名前に変えたのだ。
ここからグレゴリウス暦まで、しばらく大きな変化はない。そのときのごたごたはこちらへ。

さて、一つの謎は解けたが、まだもう一つの謎は残っている。結局、一月が一年の始まりだからヤーヌスだ、という話はどうなったのだ。
月の名前が2ずれている理由はWikipediaなどを調べればすぐに真相に当たったものの、そこには普通に「一年の始まりだから出入り口の神ヤーヌス」と書いてある。
しかし、今までの話を総合すると、やっぱりそれはおかしい。「Ianuarius」という月名が導入されたときには、まだそれは一年の始まりじゃなかったのだ。
どういうことなんだろうか?
結局「Feburus」がどんな神様かよく分からないように、これも歴史の忘却の彼方に消えてしまったのだろうか。

やっぱり真相は手の届くところになんかないじゃないか、うそつき! 

YとVとUとWとFはもともと同じ文字

全てフェニキア文字のwaw という文字から来ている。これは今の大文字の「Y」そっくりの文字だ。当時の文字体系には母音はなく(母音は文脈で埋めた。なんj民がTDNで誰か分かるのと同じである)、これはなんとw音を表していた。
これがギリシャ語のウプシロンになる。これは大文字はYだが、小文字はuに似ている。ギリシャ人が母音を表す文字を発明した。これは「ウ」の音を表している。 よって「w」の音は別の文字を作る必要があり、それをYを横に曲げたFの形にした文字で表した。これはΓ(ガンマ)を二つ並べたようなので「ディガンマ」と呼ばれた。しかしその後この文字はギリシャでは使われなくなる。
それを拾ったのがギリシャから文字を借りたエトルリア文字である。時とともに発音は「w」→「v」→「f」と実に有り勝ちな変化をしエトルリアの影響を受けたラテン語に至る。(ローマ字でΓがCに変化したのは、エトルリア語に「g」音がなかったからだ。Qも初期のギリシャ文字にあったがギリシャでは消えてしまった文字である。) ローマ字では、ギリシャ文字のウプシロンはVになる。これが母音としてと子音としてと、両方に使われていた(IもJが出来る前は同じ)。 ギリシャ文字のウプシロンはウムラウト化し「ユ」の音を表すようになり、最後には「イ」の音になってローマ字に再輸入され今に至る。おかげで「イプシロン」と書かれても「υ」なのか「ε」なのか分からない。私はそれぞれ「ユプシロン」「イプシロン」と呼んでいる。「エプシロン」はなんか慣れない。
中世ロマンス語において、だんだんと母音としての使用を表すためにVの小文字(当時は丸く書かれた)からUが作られた。
さらにゲルマン語にはロマンス語にはない「V」音があったので、それを表すために「V」が使われて、「w」音を表すためには、「v」を二回続けるルールができた。そこから「W」ができたのである。
今でもスペイン語などのロマンス系言語には「v」音がなく「b」音で発音している。
ドイツ語やオランダ語では「V」がまた「f」の音を表すようになり「W」が「v」音を表したりする。
こう考えてくると「すべての文字は唯一の文字を源泉とする」というボルヘス的カバラ的妄想に多少のリアリティが感じられるかもしれないね。
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