けんさく。

けんさく。が、いろいろ趣味のことをやるページです。

疑似科学

誰かが俺を監視している

一日いろいろなことがあって、ふたばを覗くと、なぜかその日に俺の身に降り掛かった出来事についてのスレが立っている。
嘘ではない。あなたも実際にやってみたらいい。
虹覧
その日食べたものや話題に出したもの、久しぶりに読んだ漫画や見たアニメなどのスレを高確率で発見するだろう。
いやそれだけではない。
恐ろしいことに、あなたが考えただけの事柄のスレがあることを発見することも、決して稀ではない。
このあなたや私を監視しているものは、我々の行動だけではなく、我々の心のなかにまで、その監視網を広げているのだ。

こわいですね~おそろしいですね~(アデランスの中野さん風に)

もちろんこれは単なる偶然である。これだけスレが立っていれば、一日の出来事の2つや3つが重なることは決して低い確率ではないだろう。決して誰かが監視しているわけでも、西手新九郎とか内頭新九郎とかの神秘的存在の仕業では決してない。 
しかしそれでも、そのたまたまが結構びっくりするのだ。
そしてそこに妙なつながりを感じてしまう。
それが人間というものなのだろう。 

歴史は失敗をちゃんと伝えているか、

次回、と書いてから長い時が過ぎたが、暇ができたので書く。

世の中、他人の成功体験ほど糞の役にも立たないものはない。
だいたいのところ、同じことやったって成功したりはしない。以前その方法で成功したのは、本人にも分からないいくつものパラメータの織りなす偶然が成した業なのだ。
しかし、他人の失敗を真似すると、大概やっぱり失敗するものだ。野球の野村監督が良く引用する松浦静山の剣術書『剣談』の言葉、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」、もだいたい同じことを表している。
失敗のほうが役に立つのだ。
これまで、人類の歴史で行われてきた愚行の集積と分析、それこそ歴史学の要諦であるべきだ。
愚行の世界史(上) - トロイアからベトナムまで (中公文庫)愚行の世界史(上) - トロイアからベトナムまで (中公文庫) [文庫]
著者:バーバラ・W・タックマン
出版:中央公論新社
(2009-12-22)
愚行の世界史(下) - トロイアからベトナムまで (中公文庫)愚行の世界史(下) - トロイアからベトナムまで (中公文庫) [文庫]
著者:バーバラ・W・タックマン
出版:中央公論新社
(2009-12-22)

しかし、多くの人は残念ながらそうは思っていない。
歴史とは偉人(たまたま成功した人。真似しても意味のない人)の行動の記録だとでも思っている。それどころか、「我々の先祖は偉かった」みたいな、自分たちの存在の正当化が、歴史の仕事と思っている愚か者すらいる。
まさか、『プレジデント』とか読む人がここを読むとは思わないが。徳川吉宗とか、ありがたがられてるけど、前半の経済政策は大失敗で、それと正反対のことやって成功してんだから、大して尊敬できない。「失敗したら反省しよう」みたいな、小学生レベルの教訓を得たいわけでもあるまいに、こんな人物の伝記よむなら、経済学でもちゃんと勉強したらいい。
先人を尊敬するなと言っているわけではない。尊敬することと、崇拝することは違う。祖先崇拝からそろそろ卒業したらいかがだろうか。我々の祖先は愚かである。我々が現にそうであるように。
彼らの失敗を糧にするためにこそ、我々は彼らがどれだけおろかだったか明らかにしなければいけない。

一般向け科学史なんかを見ていると、これらのことを強く思う。科学史を、偉人の羅列にしてはならない。科学史こそ、あとから考えたら愚かな間違いの連続なのに。
とりあえず、基本図書として、次を紹介しておく。
奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究 (ハヤカワ文庫NF)奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究 (ハヤカワ文庫NF) [文庫]
著者:マーティン ガードナー
出版:早川書房
(2003-01)
奇妙な論理〈2〉なぜニセ科学に惹かれるのか (ハヤカワ文庫NF)奇妙な論理〈2〉なぜニセ科学に惹かれるのか (ハヤカワ文庫NF) [文庫]
著者:マーティン ガードナー
出版:早川書房
(2003-02)
トンデモ本の世界 (宝島社文庫) [文庫]
出版:宝島社
(1999-01)

笑える奇妙な説をまじめに主張している人々の数々に目から鱗が落ちる。もう少し、歴史的に重要な例と、それにたいする理論的な分析を知りたければ、次が良い。
疑似科学と科学の哲学疑似科学と科学の哲学 [単行本]
著者:伊勢田 哲治
出版:名古屋大学出版会
(2002-12-10)
レントゲン線が発見された直後にフランスで発見された「ナンシー線」、しかしこれはドイツに対抗意識を燃やしたフランス人にしか見えない、存在しない放射線だった。
そのほか、細いガラス管に水を通すと、高分子化してぶよぶよの物質になる「ポリウォーター」。繊維業界に革命をもたらすはずが、単にガラス管のゴミが水に溶けただけだった。
どちらも、ある教訓的な疑似科学の見分け方を教えてくれる。
「投入量を増やしても、結果が見えるか見えないかにとどまるものは怪しい」
つまり、自然界の多くのものは、投入量(原材料とかエネルギーとか)が増えれば、線形にとは言わないまでも、結果も増える。自然、薬物の過剰摂取は危険だ。
しかしナンシー線もポリウォーターもそうでは無かった。
さて、マイナスイオンは? 気功は? 考えてみよう。
注意しておくと、これらは科学と疑似科学を確実に見分ける方法では無い。しかし疑問を持つきっかけは与えてくれる。
もう一つは、ナンシー線の背後にあった、反ドイツの感情だ。判断に、感情やイデオロギーが絡んでいないかはいつも反省すべきことだ。スターリン政権下のソ連において、「獲得形質が遺伝しないダーウィン説およびメンデル遺伝説は反革命的で、努力が次の世代に繋がるラマルク主義こそマルクス・レーニン主義の弁証法的唯物論を証明するもの」とするルイセンコ主義が国是とされ、ソ連、中語、北朝鮮の農業に壊滅的打撃を与え、数多くの餓死者を出したことを忘れてはいけない。

もう一度言う。歴史の役目は、現体制の肯定では無い。旧約聖書や日本書紀じゃねえんだからさ。いつまでも神話の無批判な需要は止めなければいけない。
歴史は神話では無い、と言いたいわけでは無く、神話の批判的受容をしよう、と言いたいのだ。つまり科学だ。歴史を科学にちゃんとしよう、ということ。
「自分科学」という言葉は科学が入ってるから「人文学」じゃなきゃヤダヤダとごねる幼稚な人々には無理なのかも知れないが。

でも希望は見える。科学的態度で、歴史を見直し、過去の失敗を未来につなげようとしている人々が確実に出てきている。
古代文明と気候大変動―人類の運命を変えた二万年史 (河出文庫)古代文明と気候大変動―人類の運命を変えた二万年史 (河出文庫) [文庫]
著者:ブライアン フェイガン
出版:河出書房新社
(2008-06-04)
歴史を変えた気候大変動 (河出文庫)歴史を変えた気候大変動 (河出文庫) [文庫]
著者:ブライアン フェイガン
出版:河出書房新社
(2009-02-04)
文明崩壊 上: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)文明崩壊 上: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫) [文庫]
著者:ジャレド ダイアモンド
出版:草思社
(2012-12-04)
文明崩壊 下: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)文明崩壊 下: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫) [文庫]
著者:ジャレド ダイアモンド
出版:草思社
(2012-12-04)

これらには、いくつもの為になる失敗がこれでもかと書かれている。逆に、後世に名を残した偉人の功績は一切書かれていない。覚えなくてはいけない人物がそもそも登場しない。
これこそ、これからの歴史読み物の姿だと、堅く信じている。 
FIASKO‐大失敗 (スタニスワフ・レムコレクション)FIASKO‐大失敗 (スタニスワフ・レムコレクション) [単行本]
著者:スタニスワフ レム
出版:国書刊行会
(2007-01)
 

アメリカが目撃したUFO UFOが目撃したアメリカ 『なぜ人類はUFOと遭遇するのか』

私は、「ロズウェル事件の宇宙人解剖フィルム流出か?」という、今のところUFO事件史最後の騒ぎのときに、多感な時期を過ごした人間である。
あのころは、年末などになると超常現象スペシャルなどがあったりして、UFOだけでなく、超能力や予言、未確認動物や心霊現象などの特集がテレビを騒がしていた。心霊写真特集も、デジカメの普及に消し飛ばされる前は、夏の定番番組だった筈だ。
さらに少し遅れてグラハム・ハンコックの『神々の指紋』による超古代文明ブームも沸き起こった。私はというと、丸善で「グラハム・ハンコックに先駆けて、超古代文明ブームを起こした男」というポップとともに特集コーナーに平積みにされていた、エーリッヒ・フォン・デニケン(スイスにあったデニケン・ランド、閉まる前に行きたかったんだけどなあ)に見事にはまってしまっていた。あのころの丸善はまだ元気で、粋なことをしてくれたもんだ。
神々の指紋 (上) (小学館文庫)神々の指紋 (上) (小学館文庫) [文庫]
著者:グラハム・ハンコック
出版: 小学館
(1999-04)
未来の記憶未来の記憶 [単行本]
著者:エーリッヒ・フォン・デニケン
出版: 角川書店
(1997-02)
ちなみに、その手の知識に最初に触れたのは小学校高学年で、オカルト雑誌『ムー』の出版元である学研の今は亡き名雑誌『科学』の古代文明特集で、「モヘンジョ・ダロの遺跡には核爆発の痕跡がある」とか「ナスカの地上絵には宇宙からではないと見えない地上絵があり、古代の宇宙船発着場だ」とか書いてあった記事である。あの雑誌にもときどき変な記事があって、嫌な小学生だった私はそっちに影響を受けてしまったのだ。『ムー』はオウム真理教ブーム牽引の責任をすっかり忘れてしまっているが、もう少し反省しろ。
さて、そうやってすっかりオカルト科学にハマってしまっていた私は、何とトンデモさんの話を直接聞きに言ったことまである。
学校施設を開放し、市民が講師となっていくつもの講座を持つ、というイベントがあって、意識が変な方向に高かった中学生であった私は、「環境問題」とか「コンクリート化された川をもう一度自然化する」などの講座に参加していた(嫌な中学生だ)。そんな中に、「日本のピラミッド」についての講座があった。
数人しか聴衆がいない中の一人がまだ私で、その人は、「どこそこの山はあまりにも形が整っているのでピラミッドでしかありえず、その中には古代の超技術が眠っている」「それはきっと役に立つものに違いないから、太陽の光と空気と水から食べ物を作る装置に違いない」などという話をし始めた(ドラえもんだね)。そして、「なぜ掘らないのか?」という質問に対して「自衛隊が邪魔をするからだ」と答えていた。
今考えるととんでもない話だが、中高生ばかりだったその数少ない聴衆たちは、割と真剣に受け止めていたように思いだされる。私はと言えば、その講師が理解していなかった、地球の自転がだんだん遅くなり、反作用で月の公転が早くなって月が離れていく現象をどうにか説明しようとしていた。私も、決定的な疑いはまだ持てないでいたのだ。
人が言っていることや本に書いてあることにどう疑いを持つのかは、誰も教えてくれなかったので自分で学んでいくしかなかった。
結局、真面目に考え真面目に調べ続けていくと、オカルト科学を信じつづけることのほうが辛くなりはじめる。おかしな点がいくつもではじめるし、全てを説明しようとする馬鹿らしさも分かってくる。
矛盾だらけの方法で、全てを説明しようとするくらいなら、一つ一つを個別に説明しながら、分からないことは保留し、自分がどれだけのことができ、どこからがまだ無理なのかを把握しながら、それでも大きな夢を持つ方がどれだけ現実に役に立ち、ロマンチックな生き方であろうか。
私はオカルトを信じる人間がロマンチックだとは全く思わない。
高校生に入ったくらいの、そう言う疑いを抱いた時期に『トンデモ本シリーズ』や『おかしな論理』などに出会って、健康な懐疑主義のあり方を教えてもらえたのも大きいであろう。
トンデモ本の世界 (宝島社文庫) [文庫]
出版: 宝島社
(1999-01)
奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究 (ハヤカワ文庫NF)奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究 (ハヤカワ文庫NF) [文庫]
著者:マーティン ガードナー
出版: 早川書房
(2003-01)

丁度その頃、オカルト特集番組がだんだんマンネリに陥って、つまらなくなっていった時期でもあった。毎年毎年同じことばかり放送し、番組中で行われる議論でも、頭に血が昇りやすいビリーバーと、頭から全てを否定する懐疑派の、議論でもなんでもない喧嘩を映しているだけで、それを見ているゲストの芸能人も馬鹿にしたような顔で喧嘩を眺めているだけで、不愉快この上ないものになっていた。
そもそも懐疑派の代表が、海外ではユーフォロジストに一人に数えあげられたりもする大槻義彦なのも、納得が言っていなかった。あれほど非科学的な言説を垂れ流す御仁もいないのに。
今思えば幸運なことに私には、オカルトにハマるというよりも、オカルトを笑うことが好きな友人がそれなりにいた。私は彼らと一緒に、全てを宇宙人や心霊で片付けようとするビリーバーを笑い、全てをプラズマで片付けようとする大槻教授を笑った。オウム真理教も私たちの茶化しの対象で、駅前で配っていたチラシを皆で笑いながら回覧したり、学園祭の劇の出し物で、尊師の歌の替え歌を歌ったりしたものだ。
私はそれらの「全てを一つのお題目で片付けようとする議論」を「この紋所理論」と名づけ、例えば二人で「心霊」と「プラズマ」に分かれ、色々なものをそれぞれの手札で説明して遊んだものだ(嫌な高校生だ)。
私が発明した「全てを忍者で説明する」技術は、短い間ではあったが、我々の間でブームになった。
心霊写真は移動中に写ってしまった忍者だし、火の玉は忍者の火遁の術だし、ミステリーサークルは忍者の暗号だし、ポルターガイストも忍者が起こしているし、UFOは忍者の乗り物か、それとも忍者自体なのだ。
超常現象忍者説を文章としてまとめたのは大学に入ってからだが、大学に入って驚いたのが、割とオープンな大学だったせいか、一般向けの講習になると必ず出現してテーマと関係ないのにUFOについて質問する名物おじさんとか、大学構内で学生を捕まえて「お前は物質とは何か分かっているのか」「社会とは何か分かっているのか」と聞いたかと思うと、「ものには形があるはずだから、形のない水はものではなく状態だ」とか「動く物とは動いて見えるものだから月は自転をしていない」とか、不思議な高説を垂れ流して、「お前の意見など聞いてない」「お前は馬鹿だ。学者どもは基地外だ」と、暴言を吐いて終わるこれまた名物のおっさん(身なりがいいので、一見教授か何かだと勘違いしてしまうらしい。学会などにも平気で潜入してくる)など、怪しい人がたくさんいることだった。しかし、すっかり嫌な大学生になっていた私は、何故か彼らに話しかけられることはなかった。

思い出話が長くなってしまった。
かくの如く、私は宇宙人が地球に来ているなど全く信じていないのだが、UFOは大好きだったのだ。
そのUFOの目撃史、受容史、研究史、そして人々の妄想史について徹底的に書いたのが、次の本である。
人類はなぜUFOと遭遇するのか (文春文庫)人類はなぜUFOと遭遇するのか (文春文庫) [文庫]
著者:カーティス・ピーブルズ
出版: 文藝春秋
(2002-07)

素晴らしい本だ。UFOは基本的には、1947年6月24日(全世界的に、UFOの日だ)のケネス・アーノルド事件から始まるのだが、その前史、幽霊飛行船目撃事件や、幽霊ロケット目撃事件、フーファイター目撃事件からあつかっている。
その頃から、墜落した円盤や死んだ乗組員、見たことのない金属など、その後のUFO事件の道具立ては、この時点で全てそろっていたりする。
それらの話は上記の本の訳者である皆神龍太郎の次の本が良いだろう。
UFO学入門―伝説と真相UFO学入門―伝説と真相 [単行本]
著者:皆神 龍太郎
出版: 楽工社
(2008-03)
いや、それどころか、空に何か不思議なものを見てしまうことは、中世からいくつも報告されている。
それらを徹底的に調べ上げて描かれた次の小説が詳しい。
神は沈黙せず〈上〉 (角川文庫)神は沈黙せず〈上〉 (角川文庫) [文庫]
著者:山本 弘
出版: 角川書店
(2006-11)
神は沈黙せず〈下〉 (角川文庫)神は沈黙せず〈下〉 (角川文庫) [文庫]
著者:山本 弘
出版: 角川書店
(2006-11)
しかし、やはり近代のUFO神話はケネス・アーノルド事件に始まる。これが報道されることにより、UFO目撃は急激に増えた。
そしてUFO目撃をメジャーにした「UFO目撃三大クラシック」にも多くのページが割かれている。UFOが好きとか言いながら、三大クラシックも知らない若いのが増えて全く困る。
特撮映画好きなら、『空の大怪獣ラドン』、さらには『ウルトラQ』のケムール人が登場する「2020年の挑戦」の冒頭や『ウルトラマン』の第一話の冒頭に影響を与えた「マンテル大尉事件」は覚えておいて損はない。

この本は、UFO前史から、ケネス・アーノルド事件、三大クラシック、空軍によるUFO研究「プロジェクト・ブルーブック」、アダムスキーなどのコンタクティたち、ヒル夫妻事件に始まるアブダクション事件(筋肉少女帯好きなら、
「レティクル座」という言葉を聞いたことがあるだろう)、キャトル・ミューティレーション事件、UFO墜落騒動、とUFOに関わる伝説を網羅的に記してある。
特に面白かったのが、CIAがUFO目撃に興味を持っていたという事実である。彼らは別に宇宙人に興味があったわけではなく、民衆の集団幻覚を見やすい気質が、ソ連の情報戦に利用されたり、先制攻撃に反応するのに遅れを生じさせないか危惧していたのだ。
しかし、それが陰謀論者達に「政府が何かを隠している」をいう疑いを抱かせ、疑いを抱かせないために情報を隠すとさらに疑いが高じ、本当に何もないことをちゃんと情報を開示して示しても「何か開示してないものがあるはず」とさらに疑いを生じさせ、「なにもないなにもない」と言えば言うだけ、それがパラノイア達には何かある証拠とみなされていく歴史は、業の深さに、哀れさと滑稽さが漂っている。

大半がアメリカの事例からとられているこの「UFO遭遇史」は、アメリカのパラノイアの一大クロニクルである。
アメリカ人ほど陰謀が好きな人たちはいないが、その妄想の細部はその時代時代で、なにがアメリカ人の恐怖の対象だったかを如実に表している。
ケネス・アーノルド事件や、その後の三大クラシック、そして空軍が本当に何かが飛んでいるのかを調べはじめた40年代終わりから50年代は、共産主義への恐怖に彩られた時代だった。赤狩りという、集団ヒステリーでしかない魔女狩りが行われた時代だ。
空軍は最初、ソ連の秘密兵器がアメリカ上空を飛んでいるのではないかと調べはじめたのだ。その後、もしかしたら宇宙人の乗り物かも、と少し考えて、結局ほとんど見間違いで、見間違いだと判定できない者はデータが足りなすぎて何とも判断がつかないものだと考えるようになっていった。
その後も、UFOの諸相は、アメリカの世相とともにある。
コンタクティは広く影響を与えた映画『地球の静止する日』に強く表れている宗教色の強い救世主願望に彩られており、陰謀論はベトナム戦争で民衆が合衆国への信用を失ったころに流行りはじめ、ケネディ暗殺とともに炸裂する。アブダクションには個人主義の時代の「心の奥の隠された真実」という神話が刻まれている。

読みながら呆れた。これは「アメリカ史」そのものだ。

ニ十世紀後半の世界史は、ほとんどアメリカ史である。アメリカとは何であったかを考えることが、ニ十世紀とは何であったかを考えることの半分になってしまう。(ちなみにニ十世紀前半は「ヨーロッパとは何だったのか」であり、「ソ連とは何だったのか」はアメリカのコインの裏側である)
そして、アメリカについて考えるというのは、不思議な行為で、例えばアメリカンコミックの傑作であり、映画にもなった『ウォッチメン』を読んで驚くことは、ヒーローについて考えることで、アメリカについて考えることが可能であることだ。
WATCHMEN ウォッチメン(ケース付) (ShoPro Books)WATCHMEN ウォッチメン(ケース付) (ShoPro Books) [単行本]
著者:アラン・ムーア
出版: 小学館集英社プロダクション
(2009-02-28)
ウォッチメン BDコレクターズ・バージョン [Blu-ray]ウォッチメン BDコレクターズ・バージョン [Blu-ray] [Blu-ray]
出演:マリン・アッカーマン
出版: パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
(2011-02-25)
特に映画版のオープニングのボブ・ディランをバックに流れる、改変アメリカ史は圧巻だ。
「ああ、アメリカについての映画だ」
と思うと涙が出る。
日本人は日本についての作品が果たして作れるのだろうか?
そもそも「ヨーロッパとは何だったのか?」「アメリカとは何だったのか?」「ソ連とは何だったのか?」は大きな問題になりうるが、「日本とは何だったのか?」がそれほど大きな問題になりうるのか?
トマス・ピンチョンの『V.』や『重力の虹』、リチャード・パワーズの『舞踏会に向かう三人の農夫』など見事な作品を読みながら、ときどき考える。
V.〈上〉 (Thomas Pynchon Complete Collection)V.〈上〉 (Thomas Pynchon Complete Collection) [単行本]
著者:トマス ピンチョン
出版: 新潮社
(2011-03)





重力の虹〈1〉 (文学の冒険シリーズ) [単行本]
著者:トマス ピンチョン
出版: 国書刊行会
(1993-03)

舞踏会へ向かう三人の農夫舞踏会へ向かう三人の農夫 [単行本]
著者:リチャード パワーズ
出版: みすず書房
(2000-04)
閑話休題。
「アメリカを語る方法は驚くほどたくさんある」。このことを思い知らされた別の作品は、例えばスティーブン・キングの息子で、こっちの方が実力は上だと思っているジョー・ヒルの『20世紀の幽霊たち』だ。
20世紀の幽霊たち (小学館文庫)20世紀の幽霊たち (小学館文庫) [文庫]
著者:ジョー ヒル
出版: 小学館
(2008-09-05)
これは映画について語ることで、ニ十世紀後半のアメリカ史について語ることの代わりとしている。
その時代時代の重要な映画について語れば、その時代のアメリカがどんな不安と希望を抱えていたかが分かるのだ。
フィルムに刻まれたアメリカの神話たちの「幽霊」の題名の連なりもまた、見ているだけで私に涙を誘わせる作品だ。
そしてこれは、『人類はなぜUFOを目撃するのか』を呼んでいるときに感じた感覚と似ている。もちろん、『20世紀の幽霊たち』は良質なエンターテイメントで、『人類はなぜUFOを目撃するのか』の冷徹な筆致はエンターテイメントからは程遠い。
しかしどちらも、アメリカについて語っている。
アメリカとは何と言う国だろうか。UFOに関して、人々が国家と宇宙人についてどんなパラノイアックな妄想を抱いていたかに関して語ることが、そのままアメリカについて語ることになるのだ。

これがこの記事の題名の理由だ。
この本は、アメリカがどうUFOを目撃したかに関する本だが、UFOがどうアメリカを目撃したかの本でもある。
アメリカの神話の本であり、アメリカという神話の本でもある。

宗教と科学の微妙な関係 『イスラームと科学』

イスラームと科学イスラームと科学
著者:パルヴェーズ フッドボーイ
販売元:勁草書房
(2012-01-31)
販売元:Amazon.co.jp

もともとは1990年の本で、20年たってのようやく翻訳だが、未だにいろいろなところで言及されているらしい。
著者はパキスタンの原子物理学者で、平和運動家としても有名。
この本の刊行後、9.11やアフガン戦争、イラク戦争など、様々なことが起こったが、その中でも積極的な発言を行い続けている。
その文章の日本語訳はここで読める。
疑似科学マニアにはアラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン著『知の欺瞞』の翻訳で、物理ファンには熱力学の非常に良い教科書を書いたことで有名な田崎晴明氏の翻訳である。
「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用 (岩波現代文庫)「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用 (岩波現代文庫)
著者:アラン・ソーカル
販売元:岩波書店
(2012-02-17)
販売元:Amazon.co.jp


この本は、イスラームによる教条的なくびきが、どれほどイスラーム圏での科学の発展を遅らせているかという、告発の書である。
この本刊行後20年たって、イスラーム国での、教育にかける予算は大きく伸び、研究者の数も論文数も大きく伸びた。
しかし、まだ国民の隅々にわたる科学教育は行われておらず、また科学研究における世界の中での位置もまだまだ高くない。有能な研究者も、例外的な個人でしかないという状況。
よって、イスラーム世界はまだまだこの本の射程内にあると考えてよいだろう。

で、内容であるが、一つにはその当時パキスタンやサウジアラビアでいくつも会議が開かれていたという、「イスラーム的科学」についてだ。
それは、近代科学を「西洋的科学」として退け、真にイスラーム的な科学を追求することだけが、かつてのイスラームの輝きを取り戻す方法だというのだ。
それらの研究によると、
「計算によると神の角度は、円周率の自然数分の1、つまりπ/Nになるという。Nの具体的な値は与えられていない」
「ムナーフィカート(偽善)を計算する式を発見したある科学者によると、西洋社会のムナーフィカート値は22、ただしスペインとポルトガルは14」
「ムハンマドが昇天して帰ってきても、地上ではあまり時間が経っていなかったのは相対性理論で説明できる」
「ジン(火の精霊)の組成を研究すれば、エネルギー問題は解決する」
などなど、驚くべき物が並ぶ。一体これは何だろうか。
著者は当然のことながら、これらの研究を非科学的な物と退ける。
そして「イスラーム的科学」などないと断言する。
それは、ソビエト連邦が追求した「唯物論的弁証法科学」や、(この本では触れられていないが)ナチスドイツが追求した「ドイツ的科学」などと同様の幻に過ぎない。

この本では、現在の惨憺たる有り様を概観するだけでなく、かつてイスラーム世界が古代の遺産を受け継ぎ、それを発展させてきた8世紀から13世紀までの黄金時代についても語る。
多くのヨーロッパ中心の歴史書において、何の発展も見られない「暗黒時代」と言われていたこのころに、どれだけの知識が人類にもたらされたことか。「アルゴリズム」「アルジェブラ」「アルカリ」「アルコール」「アルデバラン」などの科学用語にその痕跡が残っている。
それはイスラーム教徒が、非イスラーム教徒や非アラブ人の知恵を貪欲に吸収し消化した結果だった。
しかし、それはいつも宗教といつも緊張関係にあった。
このイスラーム黄金時代は、現代の「イスラーム復興派」から「イスラーム的科学」の模範の時代とされている。
しかし、かつてイスラームの黄金時代栄えていた科学、それは「イスラーム的科学」ではなくただ単に「イスラーム教徒の科学」なのだ。
それどころか、その科学や哲学を支えてきた者たちは、当時異端的だとして、社会から弾劾されて、名誉や生命までも危険にさらしてきたのだ。
彼らは決して、イスラーム正統主義者がいうような、「敬虔な」イスラーム教徒ではない。
イスラームの偉大な科学者として良く名前が上がる、天文台長にして詩人であるオマル・ハイヤームなんて、詩を見る限りただの近代人である(ちなみに彼は三次方程式の解法の発見と、非ユークリッド幾何の発想の源泉として数学史に名前を残している)。
アビケンナことイブン・シ―ナーもアベロエスことイブン・ルシュドもみな、信仰より理性にしたがおうとしたがゆえに、正統派から睨まれ、不信心者の疑いをかけられている。
そして最終的に勝ったのは、理性よりも信仰を重んじる正統派だった。
カ トリックのような教会組織を持たなかったイスラームは「ウラマー」と呼ばれる「教義の専門家」が説教などを行っていた。それがイスラームにおいて、中世か らヨーロッパにおいて行われた凄惨で組織的な異端審問がなかった理由だが、だからと言って宗教的抑圧がなかったわけではない。ウラマーには「タクフィー ル」と呼ばれる、誰かを不信心者だという告発を行うことができ、これは多くの場合社会的に積極的な排除対象となることを意味する。
この本では、イスラームが教会組織を持たなかったがゆえに知的に低いレベルのウラマーが、民衆を扇動するためにタクフィールを乱発したことが、イスラーム圏における科学の発達に大きなダメージを与えたのではないか、と推測している。

信仰によって理性を攻撃した有名な人物にアル・ガザーリーがいる。
誤りから救うもの―中世イスラム知識人の自伝 (ちくま学芸文庫)誤りから救うもの―中世イスラム知識人の自伝 (ちくま学芸文庫)
著者:ガザーリー
販売元:筑摩書房
(2003-08)
販売元:Amazon.co.jp
彼は物理的な因果関係まで否定しようとする。
綿に火を近づけて、綿に火がつくのは、決して火が綿が燃える原因になったのではないというのだ。
世界はある一瞬存在したあと、神によって破壊されたのち、また神によって創造される。
だから、綿に火がつく原因は神に他ならない。
そこに物理的原因を見出すのは不信心だ。
(これは、観察される事実は原因と結果が相次いで現れるだけで、そこに因果を見るのは単なる人の思考習慣だと喝破したヒュームの議論の先駆けだとみなせるかもしれない。あらゆる先入観を排除しようとして、奇跡を次々に否定し、ついには因果まで否定しようとしたヒュームとは完全に目的が反対なのが面白いが)
彼らの思想の最終的な勝利とともに、イスラーム圏は思想的な成長を止めてしまう。
その結果、彼らの学問観は「啓示によって与えられた知識を丸覚えするだけ」というものになってしまう。神が最初に全てを知られているのだから、人間が何を付け加える必要があろうか。(この思考はヨーロッパにもあった。それが、エーコの『薔薇の名前』におけるホルへ神父の考え方に集約されている)

私は、イスラームが教会を持たなかったことが、科学の発展に悪い影響を及ぼしたのでは、という著者の推測にそれほどの説得力を感じていない。宗教が科学の発展を阻害しようとしたのは、ヨーロッパでも同様だったからだ。
しかし、この指摘は少しずらせばかなり鋭いものになるかもしれない。
それは印刷機の普及の仕方についてだ。
イスラームでは印刷したコーランには神性が宿っていないのではないかとして、印刷機が普及しなかった。読まれるべき物はすでに過去にあり、新しく付け加える者はない、という典型的な啓示宗教的な立場だ。
しかしヨーロッパでは印刷機は大きく社会を変えた。それは、カトリックという巨大権力へ対抗するための道具となりえたからだ。
そして、神の言葉を民衆の言葉に変える装置として普及した印刷機が、そののち民衆の言葉が世界を席巻し、神聖な言葉を駆逐するために使われていく。それにより、言語革命が起こり、美術革命が起こり、科学革命が起こった。
それによってヨーロッパは「正しいことは古い本に書いてあり、古ければ古いほど人間は知識を持っている」という「ルネッサンス的な世界観」から地球上で初めて抜けることができた。職人や船乗りなど、古典語を解さない市井の職人たちが、自分たちの発見を民衆の言葉で印刷しはじめたからである。
その様子は山本義隆の『16世紀文化革命』に描かれている。
一六世紀文化革命 1一六世紀文化革命 1
著者:山本 義隆
販売元:みすず書房
(2007-04-17)
販売元:Amazon.co.jp
そう言う意味で、「仮想敵」としてカトリック教会がヨーロッパでの科学の発展に(皮肉な形で)寄与したと言えるかもしれない。これは、この本を読んで私が考えた私的意見であるが。

しかし、この「科学的な考え方」というものは、未だ人類にはなじんではいない。科学哲学者のガストン・バシュラールは科学的に考えるということは「脳髄に逆らって思考する」ことだとまで言っている。
科学的精神の形成―対象認識の精神分析のために (平凡社ライブラリー は 29-1)科学的精神の形成―対象認識の精神分析のために (平凡社ライブラリー は 29-1)
著者:ガストン・バシュラール
販売元:平凡社
(2012-04-12)
販売元:Amazon.co.jp
未だに多くの人々は、「古いから正しい」「啓示だから正しい」「権威だから正しい」という「ルネッサンス的思考」から抜け切れていない。
アメリカ南部では未だに「知的存在が宇宙や生物を作った」と主張する「ID学派」が相当量の支持者を集め、反進化論キャンペーンを繰り広げているし、日本の教育にも反科学的な思想に染まっているものが多い。
この本が提起する問題は我々、文明を謳歌している人間にも重要だ。
もちろん、イスラーム圏とは幾つか状況が違う点もある。
例えば、「宗教と科学は目指している目標が違うので、共存できる」という著者のプラグマティズムだ。
プラグマティズムとしては、私は著者がこの考え方をイスラーム圏に広げようとしているのに大賛成だ。
しかし、実は事実問題としては、疑義がある。
私は宗教と科学は、その信念体系の網の目の中で、結局は矛盾し合わざるを得ないのではないか、と考えている。
これにはこの本の弱点が実は現れていて、科学に関して語っているこの本は、科学哲学としては少々素朴すぎる面がある。
基本的にポパーによっているが、ポパーは有名だけど、言っていることがかなり極端で、科学について考える際に使えないことが多い。
せめて、クワインなどを吸収したポパーの弟子ラカトシュくらいは知っていてほしい。ラカトシュはかなり使える。
方法の擁護―科学的研究プログラムの方法論方法の擁護―科学的研究プログラムの方法論
著者:イムレ ラカトシュ
販売元:新曜社
(1986-06)
販売元:Amazon.co.jp
そこら辺を大雑把にまとめよう。
ポパーは科学的命題とは「反証可能な予言を出すもの」とした。
しかし、そんな命題があるのだろうか。
命題、例えば「神が存在する」や「世界を構成する最小単位は微小なヒモである」などは、それだけでは何も観察可能な予言を持たない。
幾つかの意識的無意識的な「補助命題」が付け加わって初めて予言を出すのだ。
だから科学的だったり非科学的だったりできるのは命題ではなく、命題の集まり、「信念」だったり「態度」だったりと考えた方がよいのだ。
すると、例えば生物学の哲学で有名なソーバーは、「生物は神が作った」という学説を信じることは、ダーウィンが進化論を発表する前は、立派に科学的であったと結論付けている。もちろん、今それを信じることが科学的かどうかとは別問題で、もちろん非科学的だ。
進化論の射程―生物学の哲学入門 (現代哲学への招待Great Works)進化論の射程―生物学の哲学入門 (現代哲学への招待Great Works)
著者:エリオット ソーバー
販売元:春秋社
(2009-04)
販売元:Amazon.co.jp
すると、そういう信念体系としての宗教は、科学と相反する予言を出しうる。太陽は地球の周りをまわっているはずだし、地球は数千年前にできたはずだし、人類はアダムとイブの子孫のはずだ。
そしてヨーロッパで起こったことは、新たに起こった近代科学によって、これらの信念体系が少しずつ浸食されたことだ。(アメリカ南部で進化論が攻撃を受けているのは、アダムとイブの否定が「原罪」の否定につながり、すると彼らの「働かなくてはいけない意味」が無くなってしまうからが理由の一つだ。宗教と道徳が未だ分離していないのである)。

それならば、近代科学とイスラームが相矛盾し、近代科学の受け入れは、イスラームの形骸化をもたらすという、現代のイスラーム正統主義者(この中に、以前ヒストリー・オブ・アイディアズの一冊『東方の知』
東方の知 (叢書 ヒストリー・オヴ・アイディアズ)
著者:D.F. ラック
販売元:平凡社
(1987-02)
販売元:Amazon.co.jp
の中で、あれもイスラームの発明これもイスラームの発明って吹いてたS・H・ナスルの名前があって笑った)の言っていることは、事実問題としては、著者のボーイフッドや序言を書いたノーベル賞を受賞した物理学者アブドゥッサラームより正確と言えるかもしれない。
しかし、もちろんそんなことを言っていたら、イスラームに科学は浸透しない。だからこの場合、我々は嘘をつかなくてはいけないのだ。
「イスラームと科学は共存できる」
と嘘を彼らに教えなくてはいけない。それが、彼らのためであり、我々自身のためになるのだ(もちろん我々の視点から見たらの話だが)。
「彼らは非科学的でありたいんだから、放っとけばいいじゃん。勝手に貧乏になって勝手に死ぬだけじゃん」
というような無責任な態度はとれない。単純に、我々にも迷惑がかかるからだ。

翻って我々はどうだろうか。我々はすでに近代科学を受け入れ、かつてそうであったよりはずっと宗教感情に薄くなってしまった。しかし、科学といずれ対決しなくてはいけないのは、宗教だけでなく、我々の日常を覆っている信念体系である「道徳」もまたそうなのではないか、と私は考える。
科学と道徳は独立していて、関係がないなんて、呑気なことはすでに言えない。
我々の信じてきたこと、信じたいこと、と別のことを科学が語りはじめ、しかもそれを信じることが我々にとって得だと(科学的に)証明されたとき、何が起こるのだろう。
それは経済学や医学などですでにおき始めていることであるし、それに対する拒否反応も見られている。
そう言う意味でも、この本に書いてあることは、(笑ってしまうことも多いが)決して他人事ではないのである。

とにかく読むべきいい本。弱点は、上で言った科学哲学的に弱いところくらい。
訳もいい。イスラーム的科学を紹介する皮肉な筆致を良く訳している。これを訳したのが植木不等式で本当によかった(彼の公式サイト)。
彼はお笑いサイエンスライターとして活動が長く、と学会の初期メンバーでもあった。
そして彼のスタンスは、他のと学会員とは一味違う特徴的なもので、印象に残っていたのである。
それはもちろん事実関係は深く追求しながら、否定するだけで終わりにせず、「どうしてそんなこと信じてしまうのであろうか」という分析まで行おうとする。
その成果が例えば次の本に表れている。
スピリチュアルワールド見聞記スピリチュアルワールド見聞記
著者:植木 不等式
販売元:楽工社
(2008-06)
販売元:Amazon.co.jp
これは、臨死体験をした著者が、メイド服の天使に連れられて、臨死体験なんて嘘っぱちなのではないかと説得するために旅に引きずりまわされるという話なのだが、幽体離脱などの霊的現象の多くが脳科学の発展により科学的に説明「しうる」ということをまず説明した返す刀で、スピリチュアリズムの歴史を展望するところなど見事だ。
そこから、科学的でないものを信じてしまう、信じたがってしまう人の心理の中に踏み込んでいく。
そう考えると、この本の訳に彼ほど適任な人間はいないのではないかと思えてくるくらいである。
どこで駄洒落が入るかとドキドキはしたが。あとがきにも入っていないのは驚いた。
悲しきネクタイ―企業環境における会社員の生態学的および動物行動学的研究悲しきネクタイ―企業環境における会社員の生態学的および動物行動学的研究
著者:植木 不等式
販売元:地人書館
(1996-09)
販売元:Amazon.co.jp

ケイト・ブッシュの『Clousbusting』におけるヴィルヘルム・ライヒの描き方について

前回の続き

ケイト・ブッシュの曲の中で私が一番好きなのがこれである。
『Cloudbusting』

歌われているのは「ヴィルヘルム・ライヒ」について。
ライヒはフロイトの弟子の精神分析学者なのだが、フロイトからは嫌われていたらしい。マルクス主義と精神分析(20世紀の2大カルトだね)を結び付けようとして、共産党と精神分析協会の両方から除名をくらったらしい。
1933年には彼の著作で唯一そこそこ読む価値があると噂の次の本を出し、ナチスと共産党の両方から発禁にされる。
ファシズムの大衆心理 (上)ファシズムの大衆心理 (上)
著者:ヴィルヘルム・ライヒ
販売元:せりか書房
(1986-10)
販売元:Amazon.co.jp
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ファシズムの大衆心理 下
著者:ヴィルヘルム・ライヒ
販売元:せりか書房
(1986-10)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
彼の思想の根本は、諸悪の根源を「性的抑圧」「性的欲求不満」に見ようとすること。ここまでなら、曲解されたフロイト思想と言う感じだが、彼はそれを政治 にまで結びつけ、プロレタリアート(労働者階級)の性的欲求不満が政治的委縮をもたらすと主張したり、ファシズムの問題を性的抑圧からのサディズムの発露 に見ようとしたりした。その上で彼は、すべての性的抑圧からの解放を主張したのだ。
そんな彼が後世に名を残したのは、なにより「オルゴン」の「発見」による。
彼はナチスに追われて亡命したノルウェーのオスロにて、滅菌した肉汁の中に、青い光を発するものを発見する。彼はそれを目や皮膚を傷つけるものと考え、中は金属で外は木でできた箱の中に入れる。
そして彼はこの新発見のエネルギーを「orgasmus(性的絶頂、いわゆるイクというやつ)」「オルゴン(Orgon)」と名づけた。
彼はこの性的エネルギーが光を放ち、また溜めたり放出したりできると考えたのだ。
そしてそれこそが、すべての生命の根源を成しているとみなしたのだ。
ちなみに、このオルゴンを溜めることが出来る装置「オルゴンボックス」、いまだに売っている。
生活活性研究所
驚きの、189万円。基本は内側に金属、外側に木の単なる箱と考えてよいはず(ライヒのオルゴンボックスがそうなんだから)。
アマゾンでもオルゴン関連の本は普通に売っているので、暇で酔狂な人は読んでみたらいかが?
オルゴン療法に目覚めた医師たち―医者の命を救った!西洋医学の限界を破った!オルゴン療法に目覚めた医師たち―医者の命を救った!西洋医学の限界を破った!
著者:小松 健治
販売元:JPS出版局
(2010-10)
販売元:Amazon.co.jp
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ライヒはアメリカに行ってからは、メイン州レーンジュエリーに「オルゴノン」と言う名の研究所を作ってオルゴンの研究をつづけた。
ライヒはこのオルゴンでラジウムの放射線を中和できると考えたらしいが、その結果実験動物は死に、研究員は吐き気や頭痛で研究所から退避しなければいけなかった(どこまで本当の話かよく分からないが、本当なら単なる放射線の効果なんじゃなかろうか?)。
ライヒはこのとき発生したものを、」Orgone Anti-Nuclear Radiation(反放射性オルゴン)」略称「Oranur(オラナー)」と名づけた。
そしてその後1カ月、研究所の上に黒い雲が掛かり続けたのを(ここはすでに単なる妄想とみてよさそうである)、オラナーが「死のオルゴン(Deadly Orgone)」になったと考え、オルゴンを集中的に放射する装置(下部を曲げて流水にアースさせた中空のチューブを単に並べたもの)を使ってその雲を追 い払った。
そして彼はそれを「クラウドバスター」と呼んだ。
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この雲を消すという実験、いまだに超能力とか気とかでで実演する人がいたりするのだが、晴れた日の低い雲はずっと見ていないから気付かないだけで5分くらいで現れたり消えたりしているものなので、別に気を送らなくてもずっと見ていたら消える。なので騙されないでね。

ライヒはその後UFOを目撃し、それを「死のオルゴン」を利用した侵略宇宙人と断定、クラウドバスターを使った撃墜の必要性を訴えた。

こうやって時系列でみるとライヒの頭のピントがどんどんボケていく様子が見えて面白いのだが、しかしそんな彼をだんだん国は遊ばせておくわけにはいかなくなってくる。
彼は旧来の精神分析(生物学的オルゴン療法)とオルゴンボックスを使った新しい療法(物理学的オルゴン療法)を組み合わせた治療行為を行っていたが、その 後者によるがんの治療行為が、FDA(米国食品医薬品局)によりがん治療機の不法製造販売にあたると訴訟をされたのだ(妥当な判断である。ただオルゴンと 関係のないライヒの著作まで出版差し止めが行われたため、言論弾圧だという批判が持ちあがった)。
その時ライヒは、裁判所の命令に従わなかったため、法廷侮辱罪により投獄、1956年コネチカット刑務所で心臓発作で死亡した。
ライヒは獄中で、空を飛ぶ飛行機を見るたびに、係官に「彼らが私を見守ってくれている」とこぼしたと言う。彼らって一体誰だったんだろうか。

ライヒのオルゴン理論は完全な疑似科学である。実験には一切再現性がないし、結果の統計的有意性もない。根幹において、現代科学と相いれない部分が多すぎる。
科学と疑似科学の間には広いグレイゾーンが広がっているのも事実だが、これが今現在科学ではないのもまた事実だ。
しかしライヒはいまだに多くの支持者を得ているのも、怖ろしいことに事実なのだ。
ケイト・ブッシュはこのライヒの息子の書いた本を読んで、曲を書いたと言う。彼女はこの曲とpvの中で完全にライヒの側から世界を見ている。
仕事をしているだけのFDAは政府の犬だし、ライヒはときの権力に迫害された殉教者だ。
馬鹿言っちゃいけない、と思うし、これはひどい、と思った。
息子が、「パパの意思を僕が引き継ぐ」だなんていいはじめたときには、「頼むからやめてくれ」と悲鳴を上げたくなる。
だが、である。
それにもかかわらず、である。
私はこの映像を見て泣きそうになっている。
呉智英が中国のプロパガンダ映画『農奴』について語っていたことと似ている(この映画、私は呉智英の上映会に見に行った。字幕なしでよければyoutubeで見ることが出来る)。
『農奴』は封建体制下で苦しめられているチベットの農民を中国共産党の人民解放軍が助ける、という今見たら噴飯物のプロパガンダ映画なのだが、見ればその美しさに文句なしに感動できる。
それと同じように、ケイト・ブッシュのこのpvも何もかも間違っているにもかかわらず、その美しさに感動せざるを得なかった。
そう考えると美と言うものは、かなり危険で怖ろしいものだ。事実と異なっていても、視点がかたよっていても、露骨な利益誘導がなされていても、美しければ人を感動させることが出来るのだ。
プラトンがどんなに寝ぼけたことを言っても、美しいものは別に正しくもなければ、良いものでもない。
だいたいこんなところにドナルド・サザーランドを使うのは卑怯だ。だって、ブラックユーモア戦争映画の傑作『M☆A☆S☆H』からの反権力のイコンじゃな いですか。大好きな『アニマル・ハウス』で、学生のガールフレンドを寝取っちゃう、半ヒッピーっぽい大学教授をやってた時には、「学生があの魅力に勝てる わけねえわな」と思ったものだ。
このキャスティングからいっても、このpvではライヒを権力に潰された悲劇のヒーローに仕立て上げようとしている。そしてそれは大成功しているのだ。
ああ怖い怖い。

『Cloudbusting "The Organon Re-mix"』

やっぱいい曲だ。

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