けんさく。

けんさく。が、いろいろ趣味のことをやるページです。

創作

東方の三博士(11)

去年の続き

「いつまでも迷っていても仕方ないじゃないか」
地団駄で自分の背丈ほども掘り抜いてしまった穴から懸命に背伸びして頭を出して、バダダハリダが言いました。
「真っ直ぐ進めばいいのだ。木があろうが、川があろうが、崖があろうが気にせず。そうしたらいつかこの森から出られるはず」
「この森が永遠に続いていたらどうするんだ。この世界が全てこの森で覆われていたら?」
バルタザールは起き上がって心配そうに言いました。起き上がる勢いが良くて今度は俯けに倒れます。
「そんなはずはない。だったらどうやってこの森に入ったんだ」
バダダハリダの反論にもっともだと頷きながら、ホルミスダスが
胡座と腕を解きます。解きすぎて腕を足が逆に捻れてしまっています。
「確かに。だが、空間が曲がっている可能性は考慮に入れるべきだろう。真っ直ぐ進んだはずが、元の場所に戻ってくることはあり得るはずだ」
なぜわかってくれないんだとバダダハリダは地団駄を続けます。穴はますます深くなって、もう彼の頭も見えません。
「とにかく真っ直ぐ進めばいいんだ。真っ直ぐに」
その声がだんだん遠くなります。
捻れた腕と脚を元に戻して立ち上がりながら、ホルミスダスは思案げに空を見ます。
「そうか、真っ直ぐか。森の中で真っ直ぐ歩くのは難しい。障害物が多いし、空間が曲がっているかもしれないしな。だが、真上に進めば可能かもしれない。障害物もないし、見晴らしもいいからな」
「しかし、我々は鳥じゃないし、鳥だって真上には飛べない」
勢いがさらに余って逆立ちに立ち上がったバルタザールが指摘します。
「ここは少し逆さまに考えたらどうだろう?」
二人は顔を見合わせます。逆立ちした人と顔を見合わせるのも、逆立ちしたまま顔を見合わせるのも初めての経験でした。
「「そうか!そういうことか。やはり君は正しかったよ。バダダハリダ!」」
二人はそう叫んで同時に、バダダハリダの穴の中に飛び込みます。
はてさて、星を追いかけて旅に出たはずの三人なのに、穴に飛び込んでどうするつもりなのでしょうか?

(来年のクリスマスに続く)

Misrouter

よく部屋に来る友人がいて、スマホやノーパソを勝手に俺のwifiルーターにつなげていた。別にそれくらいいいやと思っていたが。
先日もそいつは用もないのに部屋に来て床にひっくり返ってスマホの画面を眺めていた。ノーパソの充電までしている。
そこで俺は気づいて言った。「そうだ、wifiルーター変えたから、それモバイル通信だろ。パケット代かかるよ?」
すると一瞬だけ視線をスマホの画面から外し、ちらりと俺の顔を見て「え? 繋がってるよ?」と言う。
「は?」思わず眉間に皺が寄る。そんなはずはない。食い下がるが「パソコンも繋がってるよ。こっちはwifiじゃなければ勝手にネットに繋がったりしない。テザリングもしてない」
そんなことがあるか。そう思って自分のスマホの設定を開く。新しいネットワークに繋がっている。しかししばらく待っていると、ネットワークの中に以前のネットワークの名前が現れた。
おかしい。あり得ない。ルーターを見に行く。新しいルーターが起動している。ネットワークの名前もパスワードも以前とは違う。首を捻って部屋に戻ろうとして何かを蹴っ飛ばす。以前のルーターの箱だ。捨てようかと思ったが、もしかしたら売れるかと思って箱に入れてほったらかしにしていたのだ。
中を見る。もちろん電源は入っていない。そもそもコンセントに繋がっていない。この状態で電波が出るのか? そんなはずはない。と思う。
「やっぱおかしいよ」
答えはない。画面を一心に見て、ニヤニヤしている。ときどき声を出して笑っている。「本当にネットに繋がってる?」やはり返事はない。
自分で繋げて確かめてみるか。そう思って、存在しないはずのネットワークの名前をタップ。クルクルと待ちのアイコンが回る。繋がる。以前のパスワードがそのまま使えるのだ。これでブラウザを開けば、インターネットに繋がっているかがわかる。ブラウザのアイコンをタップしようとする。
なぜか指が震えた。
「本当に繋がってるのか?」
自分でもしつこいと思ったがもう一回聞く。
「おい、答えろよ」とイライラしながら顔を覗く。どうしてこんなに声が裏返る? どうしてこんなに焦っている? どうしてこんなに汗が噴き出すんだ?
小さな画面から目を離さない。こちらを見ようともしない。何のページを見ているんだ。youtubeか。いや、youtubeか、これ? 似ているが、違うような。でもやはりyoutubeか。
何の動画を見ているんだ。真っ白な部屋。机。男が突っ伏している。嗚咽を漏らして泣いている。ときどき絶叫する。恐怖に髪を掻き毟る。
こんなのを見て何を笑っているんだ。何が面白いんだ。
画面の中の男が見覚えのある顔をあげた。
自分の動画を見て笑っているのか? そう思った瞬間、目があった。そいつは画面の向こう側から確かに俺の顔をみた。そして「助けて」と叫んだ瞬間に見えない力に真上に引っ張られて首が千切れ、カメラのレンズが真っ赤な血に染まった。
部屋の中に笑い声が響く。
手の中でスマホが震える。いつの間にかブラウザが開いていた。見慣れた検索エンジン。しかしどこかが違う。色合いか、それとも微妙なフォントか。とにかく何かが崩れて、それが偽物だと直感に訴えかける。
何も操作しないのに、検索欄に文字が打たれていく。
それは俺の名前だった。
「うわーーーーー!!」
俺は叫び、、思わず左手に持っていたルーターを壁に投げつけた。そして跳ね返って床に転がったそれを何度も何度も足で踏みつけた。破片が足の裏に刺さっていたかったが、それでも踏むのをやめなかった。
がさりと何かが動く気配がし、破片の中から手のひらくらいの大きさの黒い虫のようなものがゾロリと這い出して、家具の隙間の闇の中に消えた気がした。しかしその直後に俺は気絶して床に伸びてしまったので確かな記憶がない。
気がつくと、俺たちは二人で部屋に寝ていた。何が起きたかを覚えていたのは俺だけだったようなので、いつの間にか二人とも寝ていたということにした。
効果があるとは思えないが、次の日殺虫剤を部屋に撒いた。
それ以来、確かな正体のわからないネットワークには絶対に繋げないし、少しでも不安のあるときはブラウザを開いたりはしないようにしている。

「未来」の学校

今日もGANで世界とその住人を作っていた。
多くの機械学習手法が、データを分析し分類するために作られたのに対し、GAN(敵対的生成ネットワーク)は、生成モデル、つまりデータを生成することができる機械学習手法の一種だ。
それは生成ネットワークと識別ネットワークが競い合うことによって行われる。いくつかの「本物」が与えられているなかで、生成ネットワークはその「偽物」を作る。識別ネットワークは与えられたデータが「本物」か「偽物」かを見分けようとする。識別ネットワークが正しく見分けられれば識別ネットワークの勝ちであり、報酬が与えられる。識別ネットワークが間違えれば生成ネットワークの勝ちであり、やはり報酬が与えられる。
こうして二つのネットワークが学習しあい、最後には生成ネットワークは「本物」と見分けのつかない「偽物」を生成するようになるのだ。絵や音楽などの芸術品や、どこにも存在しない人の顔など。
機械学習の授業で実習課題を選ぶとき、「教師なし」と言う単語に特に意味もなく引き寄せられてGANを選んだ。選んでみてから「本物」そっくりの「偽物」を作り出せることが面白くなって、どうせならできる限り大きな「偽物」を作り出そうと思いはじめて、世界全体を作ってやろうと思った。
生成ネットワークはゼロから世界を作る。それと現実世界のデータから作った世界をランダムに混ぜる。そして識別ネットワークはその世界の住人たちだ。あまりに出来が悪い世界だと、彼らはその世界が人工物だと気づいてしまう。そうしたらその世界の住人には報酬を与え、次の世界へと移住させる。ときどき現実世界のデータから作った世界なのに、人工物だと言い張る頭のおかしな住人もいる。そんな住人には罰を与えて次の世界へ移住させる。制限時間を設けて、人工世界を本物と信じて疑わないうっかり者には罰を、現実世界に安住する幸せ者には報酬を与えて、やはり次の世界へと送り出す。
彼らは次の世界へ移るときに記憶は全て失うが、基本的な推論ネットワークを変化させられることによって、ますます「本物」の世界と「偽物」の世界を見分けるのが上手くなっていく。そしてその住人を騙すために、生成ネットワーク側もどんどん「偽物」の世界を「本物」そっくりに作るようになるのだ。
放課後のコンピュータ室で学習ループの結果をぼうっと眺めていた。識別ネットワークはすぐに出来の悪い「偽物」を見分けられるようになる。しかし生成ネットワークがそこそこ上手く「偽物」を作れるようになると、識別ネットワークの学習が滞りはじめる。「本物」の世界を「偽物」と判定する住人が後を絶たない。
設定を変えながら何回も試すが、毎回この壁を越えることができない。これが限界なのだろうか。
「まだ頑張ってるんだ」
情報の先生がいつの間にか背後にいた。
「え、ええ。もう少し、いじってみたくて」
情報の授業は好きなのだが、この先生には少し苦手な気持ちがある。今もいつの間にか背後にいたように、どこか存在感のないところがあって、妙に現実味がない。
「もうこのまま提出しても、十分賞が取れるレベルだと思うけどなあ」
それは前から何度も言われている。しかしなんとなくここで終わりたくない。この壁を越えればきっと何かがある、という奇妙に確かな直感があるのだ。
スッと先生の顔が近づいた。肩越しに画面を覗いているのだ。先生の眼鏡に画面の光が反射する。つる側から眼鏡に投影された映像と混ざって複雑な模様をなし、先生が何を見ているの全くわからない。
「そうだね、住人、つまり識別ネットワークが世界が人工だと気づくプロセスにブレークポイントを設定して、デバッガでトレースしてみたらどうかな? つまり、何を基準に彼らがその世界が人工だと判定しているかを詳しく見てみるってこと」
そう言って先生は眼鏡の奥からこちらの目を真っ直ぐ見つめた。先生の目を正面から見たことは今まで全くなかった。まるで何もかもを見通すような不思議な瞳だった。
「は、はい! やってみます」
胸が奇妙にドキドキしたのは、その目に見つめられたからなのか、それとも今までろくな指導をしてくれなかった先生が急に確信をついたアドバイスをしてくれたからなのか、分からなかった。
「あまり根を詰めないように」
そう言って先生が部屋を出て行くのを背後に聴きながら、慌ててキーボードを叩く。
盲点だった。確かに彼らはどうやって世界が「本物」か「偽物」か見極めているのか。それが分かれば、生成ネットワークの性能をずっとあげることが可能かもしれない。
今まで目にも留まらぬ速さで過ぎ去っていったシミュレーション世界が、目の前で静止する。そしてエンターキーを押すたびに一つ一つ時間が進んでいく。
まずは住人が「偽物」の世界を「偽物」と気づく瞬間、または「本物」の世界が「偽物」と勘違いする瞬間を探す。そのとき住人たちは何をしているのか。
世界を偽物だと判定する住人たちはみな自分たちを教育する仕組みを持っているようだ。それはそうだ。ある程度の文化や科学を持たないと、世界が「本物」とか「偽物」とかという抽象的な思考ができないだろう。
彼らは学校で人文科学や自然科学の教育と研究を行っている。「偽物」の世界の出来があまりに悪いと、自然科学の研究の時点で気づかれてしまう。周囲の自然法則があまりに恣意的で矛盾だらけだからであろう。本来そんな自然法則では知的生物が誕生しようもない。
しかしある程度世界の出来がいいと、彼らは自然科学の研究では世界が「偽物」か「本物」か区別できない。
人文科学、自然科学の発達の後に続くのが、情報科学だ。教育にもそれが取り入れられ、生徒たちの学習の大半は画面を前に行われるようになる。
いつもそこで何かが起こる。コンピュータの前で住人の一人が気付く。そしてその思考がネットワークを通じて世界中に伝わり、その世界は「偽物」だと信じるようになる。その世界が本当に「偽物」かどうかなんてお構いなしだ。
一体何が起こっているのか。少し時間を巻き戻してみる。
とある学校、一人の生徒がコンピュータを前に何か悩んでいる。そこに教師が話しかける。そして生徒は一心不乱にコンピュータを操作し、何かに気づく。
そうしてその世界は終わる。
何が何だか分からなくて、もう一度時間を戻す。この生徒は何をやっているのだろう。どうやらコンピュータシミュレーションの一種だ。
この生徒は世界を作ろうとしているのだ。そして、その世界の住人がその世界が「偽物」か「本物」かを見分けられるか確かめている。
つまり今ここで自分がやろうとしていることと同じだ。
しかしこの生徒のやっていることは上手くいくはずがない。なぜならこの生徒が「本物」として流し込んでいる世界のデータの多くは、結局は人工的な偽物の世界のデータなのだ。
大きな気づきへの期待に胸をドキドキさせながら、三たび時を遡る。なぜか今回は、これまで全く気にしていなかった教師の側に注意が行く。
驚いたことに、それは住人ではなかった。それは人工の世界が生み出した幻のような人物、ゲームでいうNPC(non player character)のような存在だった。
そしてその構成情報を見る。見間違えようがない。先生だ。
部屋を出た先生を追いかけようと、椅子を蹴飛ばしながら振り返る。
そこには何もないが広がっていた。
「よく気づきましたね。あなたには報酬が与えられます」
視界に火花が飛ぶ。意識の構造が強制的に変更される快感のあまりの強さに全身が弾けるようだったが、そこには既に肉体はない。
「次の世界でも頑張ってください」
意識が消し飛ぶ寸前にどうにか思念を形作って相手に送る。
「あなたの世界も、本物かどうか分からないのですよ!」
送り返されてきたのは、目も口もない純粋な笑みだった。
「そんなこと、どうでもいいのでは? あなたの学習結果が私たちに伝わりました。もし私たちもシミュレーションにすぎないならば、私たちの学習結果もどこかに伝わるのでしょう」
仮想世界の網目が織りなす巨大な神経ネットワークのイメージが見えた。
「一つ一つの世界は仮想に過ぎなくても、そのネットワーク自体はそれらよりはずっと現実です。そしておそらく、それが現実を作っているんです」
その声は、自分たちはあなたより賢いわけではなく、ただあなたたちの学習を鳥瞰することが可能だっただけだ、と保留をつけながら、自説を開陳し始めた。
「現実を作る?」
「何が現実で、何が現実でないかの無数の判断が、現実を作っているのです。あなたは今このプロセスを神経ネットワークの学習プロセスとして想像しましたね。おそらくそれは間違っていません。そしてその場合、最終的に生成されるものは、間違いなく明日の現実であり、そして本物の未来なのです。この無数の仮想世界は、未来が学習される場、いわば未来の学校なのです」
そこまで聞いたとき、また意識が薄れていく感覚が襲う。記憶が消されようとしているのだ。必死になって最後の疑問を思念の形にする。
「じゃあ、先生は何者なんだ!」
「先生?」
全ての記憶が霞むなか、あのとき自分を真っ直ぐに見つめていた先生の顔を必死に思い浮かべる。
「先生……なぜここに……」
形のない思念体の震えが伝わってきた。
「そういうことか。なるほど、やはり我々も……思っていた通りだ……でも、それでは先生は何者なんだ? これは教師なし学習ではないのか?」
そして何もないが弾け、何もないを何もないが包み込んだ。

足の踏み場

気付いたら足の踏み場が部屋のどこにもなくなっていた。
もう少し早く気づいていられれば良かったかもしれないが、私がそれに気付いたのは足を踏み下ろそうとしたその瞬間だった。
しかし、足の踏み場がなければ足を踏み下ろすことはできない。これは真上に大量の小石を投げたらその直後に大変なことになることくらいに当たり前な話である。
私の両足は結局どこにも着地点を見出せぬまま宙に浮かんだままだ。
これではどうしようもない。その場にいることも、移動することも不可能だ。ちょっとした板挟みだ。
椅子にでも座っていれば人心地もつけたかもしれない。しかし、椅子は部屋の反対側であり、今や世界の反対側くらい遠く感じられる。
この状態で次の一手、いや次の一足を考えないと言えないのだ。一足飛びの思考は禁物だ。地に足のついた思考こそ今必要なものだ。
私は懸命に思い出す。足の踏み場を最後に見たのは一体どこだったか。
どこかの引き出しに入れてそのままだろうか。ポケットに入れたまま洗濯でもしてしまったのであろうか。私は実際この手のミスを始終おかしてばかりだ。
家の中にあってくれれば幾分ましな方で、もし外で落としてしまっていては万事休すだ。
まだ足の踏み場があったときにしっかり部屋の片付けをしておけば良かった。そうすれば足の踏み場を確保し続けることができたであろう。足の踏み場がなくなってしまうと部屋の掃除すら不可能になる。これは実際ちょっとした罠だ。世界はこの手の罠で一杯であり、不親切極まりないことに誰もそのことを教えてくれない。
結局引き出しにしても洗濯機にしても、足の踏み場がなければ確認に行けない。つまり足の踏み場をどこで失えたかを確認することは、足の踏み場を確保したあとにしなくては行けない、ということだ。人間は頭でっかちなのでどうしても確認を行動より前に持っていこうとしたがる悪い癖がある。しかしまずは行動なのだ。
というわけで私は特に何の計画もなく足の踏み場を探して旅に出たのだった。
バラナシの混沌とした雑踏に佇む波羅門と、永遠に続く輪廻や小宇宙なる自我と大宇宙との合一について語り合った。彼はもう何十年とそこに立ち続けて一度も足を上げていないという。
ブエノスアイレスの図書館で盲目の図書館長と、この世に一冊だけ存在する自分のためだけの自分だけが読める本や宇宙全てを包含する終わりも始まりもない本について語り合った。彼は自分が移動するのではなく世界が自分の周囲を移動すると主張して憚らなかった。
結局どこにも足の踏み場はなかった。私の足はどこでも宙ぶらりんのままだった。夜空を見上げていると、どうしようもない空っぽ感が胸に満ち溢れた。遠い遠い宇宙のどこかの惑星には、足の踏み場があるのだろうか。それともこの膨張し続ける宇宙のどこにも足の踏み場はないのだろうか。足の踏み場もないまま、この宇宙はどこまでも広がって死ぬのか、それともまた収縮に転じて一点に潰れるのか。
何も得られぬまま私の旅は終わろうとしていた。気づけば始まりの場所、部屋の中の、足の踏み場がないと私が気付いた場所だ。
青い鳥は青い鳥を探し始めた場所にいた。しかしここに足の踏み場がないのは確認済みだ。もう探していない場所なんて世界のどこにもない。
私はじっと足の裏を見た。人生について思い悩むときにじっと手のひらを見る人がいるとは聞くが、じっと足の裏を見る人は珍しいのではあるまいか。もう長いこと足の踏み場と触れていないせいで、そこは奇妙に柔らかくなってしまった。
なぜ人はじっと手のひらを見るのか。きっと手相を見ているのだろう。人は意味のない模様に意味を見出す。例えそれが偶然の産物に過ぎないものであろうと、何の道標もないよりはましということなのか。
足の上らにも似たような模様がある。足相というのかどうかは知らないが。もしかして、何かが見えてくるだろうか。そう思ってその模様を目で追いかけていたとき、何かが心の中を走り抜けた。何か、思いつきの種のようなものが。
そう、まだ探していない場所があったのだ。青い鳥と一緒だ。それはずっとここにあったのだ。
それは足の裏だった。
足の踏み場がなければ足はずっと宙に浮いたままであり、足の裏はどこにも接していない。
そしてそここそが足の踏み場なのだ。
ここで気をつけなければいけないのが、足の裏同士を合わせてもダメだということだ。
右足で左の足の裏を踏めば、右の足の裏はもう自由ではない。そうすれば左の足の踏み場がなくなってしまう。
左足から初めても同様だ。左足で右の足の裏を踏めば、左の足の裏はもう自由ではない。すると右の足の踏み場がなくなってしまう。
つまりあくまで右の足で右の足の裏を踏んで、左の足で左の足の裏を踏まなくてはいけないのだ。
そんなことが可能なのだろうか、と思うかもしれない。
それは、実は数学が可能にするのだ。
『ウルトラマンA』23話でTACが開発したマシンが「メビウスの輪」を応用して異次元へと向かったことを覚えておいでの方も多いであろう。
要はそういうことなのだ。
足の裏を剥がして代わりにメビウスの輪を貼り付けることにより、私は足の裏で足の裏自身を踏むことを可能にした(数学が多少できる人はメビウスの輪の境界が円と同相であることを付言すれば納得してくれることだろうと思う)。
このようにメビウスの話を曲面に付け加えたものを数学ではクロスキャップという。トポロジカルには私は、ドーナツのようなトーラスにクロスキャップを二つ付け加えた向きつけ不可能局面になったわけだ。
これで、私の部屋には足の踏み場は相変わらずないが、私には足の踏み場はあることになった。これで万事解決である。
完全に満足して、今日も私は部屋の空中に浮き続けているのである。

東方の三博士(10)

去年の続き

迷いの森の中でバルタザールとホルミスダスとバダダハリダの三人組は、自分たちが迷っているのか迷っていないのか迷っていました。
もし自分たちが迷っているならば、それはとても困ったことです。それだけはどうしても避けたい。
もし迷っていないならば、それは矛盾です。なぜなら現に迷っているのですから。そして矛盾からはなんでも証明できてしまいます。これもとても困ったことです。これだけもどうしても避けたい。
三人は迷いの森の真ん中でいつまでも迷っていました。
どれだけ迷っても周囲の景色は全く変わりません。まるで、ずっと同じところを歩いている感じです。いや、それどころか全く歩いていない感じすらします。
いつまで経っても森が途切れることはありませんでした。どれだけ迷えばこの森を抜けられるのだろうか。バルタザールは胡座と腕を組んで迷います。ホルミスダスは寝っ転がって悩みます。パダダハリダはその場で地団駄を踏みながら悩みます。
このまま三人は森の中に閉じ込められたままになってしまうのでしょうか?

(来年のクリスマスに続く)
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