「たまのランニング」(松本人志命名)こと石川浩司のイメージが強烈だっただけかも知れないけど。でもやっぱ歌もどこか夏っぽいような気がする。薄着っぽいというか、夏の日差しとか、夏の月夜の汗ばんでる感じとかを、なんか感じる。
メンバー
知久寿焼(ギター、マンドリン、ウクレレ、ハーモニカ、など):一番甲高い声で歌う人。この世とあの世の中間の、今にも消えてしまいそうなはかない、それでいて引きずり込まれそうな恐ろしい、妖しげな世界を歌う。他のメンバーの曲ではコーラスとして参加していて、その特徴的な服装(茸ヘアーにちゃんちゃんこに下駄履き)と共に「たま」の世界観の下支えになっている。ギターテクニックにも注目。今でも教育テレビやCMでその特徴的な声を聞くことがある。原マスミなどに影響を受ける。
柳原幼一郎(オルガン、ピアノ、アコーディオン、鍵盤ハーモニカ等各種キーボード、ギター):少しかすれた声で、人を食った冗談話のような、それでいて奇妙に寓話的な、美しい世界を歌う。時々狂ったように鍵盤に拳を打ち付けて荒々しい演奏をしている。即興で歌詞を作って歌っているのか、歌うたびにバージョンが違ったりしている。アメリカンポップス好き。
滝本晃司(ベース):通称Gさん(由来は「たま」に参加する前に参加していたバンド「Closed G. SHow」(自閉症のもじり。メンバーは全て逃げてしまい滝本一人のみ残っていたとのこと)。目立たないけど、イケメン担当。声もイケメン。艶っぽい声で、猟奇的な含みのある歌詞を歌う。コーラスでもイケメンボイス担当。チベットかどこかの民族衣装っぽい恰好もイケメンである。
石川浩司(パーカッション、各種笛):通称「たまのランニング」。後ろの方で意味があるのかよく分からないオーバーアクションしながら、風呂桶を叩いたり、叫んだり、歌に合いの手を入れていたりする。あと小太鼓叩いたり、リコーダーを吹いたりしながら、ステージの上を所狭しと動き回る。何でもかの有名な「芸能山城組」で太鼓の基礎だけ学んだとか。時々入る「語り」は圧巻。影響を受けたのは、「DEVO」などのいわゆる「ニューウェーブ」とのこと。ああいう変な音楽が作りたいのだろう。その曲の狂気度は「たま」の中でも異彩を放つ。その変化の多い楽曲進行から「プログレ担当」などと呼ばれる。
では、夏を感じてみよう。
『さよなら人類』
「たま」の楽しさは曲のバージョン違いがものすごくたくさんあること。というか、演奏するたびに、そのとき一回限りの趣向を入れてくるのが「たま」というバンドなのだ。
この『さよなら人類』も細かいアドリブが演奏ごとに違うし、アクシデントを取り入れた即興で歌詞に取り入れたものとか、探し甲斐がある。ちなみにカラオケに収録されてるのは、あまり好きなバージョンじゃないのが玉に瑕。
『らんちう』
歌の中に「語り」が取り入れられている曲は、大概毎回違う語りを入れてくる。カラオケで歌う場合は、各自このルールを守るように。
『星を食べる』
実は一番やばい曲を作る滝本。イケメンなので許される。
『オゾンのダンス』
「マンホール」の部分はバージョンによっては、「曼珠沙華」だったり「万金丹」だったり「マンドリル」だったりします。「曼珠沙華」以外は乾いた土手に水を蒔いても絶対に開かないようなきがするのですがそれは。
『おるがん』
「たま」の曲は、基本作詞作曲したメンバーが自分で歌い、他のメンバーはコーラスに回るのだが、このコーラスの絶品なこと。曲の合間に他のメンバーが入れる合いの手も面白いが、彼らの声が奏でるハーモニーの美しさは、他に比類がない。
『お経』
世界観ゆえか、彼らの歌詞は規制にあったりしている。冒頭の「スペインなまりでどもってる」もCDでは「スペインなまりでだまってる」になっているが、逆にこれは秀逸な歌詞になってしまっている。
『オリオンビールの唄』
オリオンビールとは沖縄の県民的ビール。一応日本国内シェア5位だが、沖縄以外でのシェア率は1パーセント程度。でも沖縄では50パーセントを超えているとか。ちなみに飲んだことない。
『れいこおばさんの空中遊泳』
「屈斜路湖」などの固有名詞の使い方がうまい。イメージを収束させるために固有名詞を使うのではなく、むしろ違和感を強くするために固有名詞を使うのである。最近だと小説家の長嶋有が使う手法。
『かなしいズボン』
酔っ払ってのアドリブ合戦から産まれたという怪曲。下手に解釈せずに、意味不明なままこの妖しい世界観に浸るのが吉。
『麦茶をもう一杯』(ボブ・ディランの『One More Cup Of Coffee』のほぼ即興カヴァー)
柳原の音楽的バックグラウンドがよく分かる良カバー。
『Girl』(The Beatlesのカヴァー)
一部で「たま」は「日本のビートルズ」だなんて呼ばれている(一人一人の我が強いのに、コーラスワークが美しく、個性がハーモニーを奏でているから)。
『学校にまにあわない』
この語りの部分も、カラオケで歌うときは必ず一回一回変えている。ただしカラオケだと、間奏部分の時間が決まっているので、それにぴったり合わせるのがなかなか至難の業で、いつもどきどきする。
『ウララ』
この曲はCDだとゆっくりだが、個人的には激しいライブバージョンのほうが好きである。
『カニバル』
規制音を入れられるくらいなら、自分で「ぷっぷくぷー」って言って自主規制したバージョンもある。
『マンモウ開拓団』
なんだそりゃ。
『満月小唄』
この後、柳原が脱退し、「3たま」時代に入り、2003年に解散するまで活動を続ける。柳原は、本名で今でも音楽活動を続けるが、たま時代の妖しい世界観は鳴りを潜めている。
残りの3人は解散後も、交流を続け、一緒にライブなどを開いているが、柳原は彼らとは表だった交流を断っている。
2010年に公開された『たまの映画』でも柳原は出演依頼を断り、映画の中では知久が「彼とハモるのが楽しくて仕方なかったのに、なんで」柳原への複雑な心境を語っていた。
どうですか。なんだか夏っぽい雰囲気ありませんか? 夏休みっぽいというか、夏祭りっぽい雰囲気ありません?
ないかなあ? 感じるんだけどなあ?
『たまの映画』の公式サイトすでに消失しててワロタ。いくら何でも、早すぎだろ。
http://www.tamanoeiga.com/
メンバー
知久寿焼(ギター、マンドリン、ウクレレ、ハーモニカ、など):一番甲高い声で歌う人。この世とあの世の中間の、今にも消えてしまいそうなはかない、それでいて引きずり込まれそうな恐ろしい、妖しげな世界を歌う。他のメンバーの曲ではコーラスとして参加していて、その特徴的な服装(茸ヘアーにちゃんちゃんこに下駄履き)と共に「たま」の世界観の下支えになっている。ギターテクニックにも注目。今でも教育テレビやCMでその特徴的な声を聞くことがある。原マスミなどに影響を受ける。
柳原幼一郎(オルガン、ピアノ、アコーディオン、鍵盤ハーモニカ等各種キーボード、ギター):少しかすれた声で、人を食った冗談話のような、それでいて奇妙に寓話的な、美しい世界を歌う。時々狂ったように鍵盤に拳を打ち付けて荒々しい演奏をしている。即興で歌詞を作って歌っているのか、歌うたびにバージョンが違ったりしている。アメリカンポップス好き。
滝本晃司(ベース):通称Gさん(由来は「たま」に参加する前に参加していたバンド「Closed G. SHow」(自閉症のもじり。メンバーは全て逃げてしまい滝本一人のみ残っていたとのこと)。目立たないけど、イケメン担当。声もイケメン。艶っぽい声で、猟奇的な含みのある歌詞を歌う。コーラスでもイケメンボイス担当。チベットかどこかの民族衣装っぽい恰好もイケメンである。
石川浩司(パーカッション、各種笛):通称「たまのランニング」。後ろの方で意味があるのかよく分からないオーバーアクションしながら、風呂桶を叩いたり、叫んだり、歌に合いの手を入れていたりする。あと小太鼓叩いたり、リコーダーを吹いたりしながら、ステージの上を所狭しと動き回る。何でもかの有名な「芸能山城組」で太鼓の基礎だけ学んだとか。時々入る「語り」は圧巻。影響を受けたのは、「DEVO」などのいわゆる「ニューウェーブ」とのこと。ああいう変な音楽が作りたいのだろう。その曲の狂気度は「たま」の中でも異彩を放つ。その変化の多い楽曲進行から「プログレ担当」などと呼ばれる。
では、夏を感じてみよう。
『さよなら人類』
「たま」の楽しさは曲のバージョン違いがものすごくたくさんあること。というか、演奏するたびに、そのとき一回限りの趣向を入れてくるのが「たま」というバンドなのだ。
この『さよなら人類』も細かいアドリブが演奏ごとに違うし、アクシデントを取り入れた即興で歌詞に取り入れたものとか、探し甲斐がある。ちなみにカラオケに収録されてるのは、あまり好きなバージョンじゃないのが玉に瑕。
『らんちう』
歌の中に「語り」が取り入れられている曲は、大概毎回違う語りを入れてくる。カラオケで歌う場合は、各自このルールを守るように。
『星を食べる』
実は一番やばい曲を作る滝本。イケメンなので許される。
『オゾンのダンス』
「マンホール」の部分はバージョンによっては、「曼珠沙華」だったり「万金丹」だったり「マンドリル」だったりします。「曼珠沙華」以外は乾いた土手に水を蒔いても絶対に開かないようなきがするのですがそれは。
『おるがん』
「たま」の曲は、基本作詞作曲したメンバーが自分で歌い、他のメンバーはコーラスに回るのだが、このコーラスの絶品なこと。曲の合間に他のメンバーが入れる合いの手も面白いが、彼らの声が奏でるハーモニーの美しさは、他に比類がない。
『お経』
世界観ゆえか、彼らの歌詞は規制にあったりしている。冒頭の「スペインなまりでどもってる」もCDでは「スペインなまりでだまってる」になっているが、逆にこれは秀逸な歌詞になってしまっている。
『オリオンビールの唄』
オリオンビールとは沖縄の県民的ビール。一応日本国内シェア5位だが、沖縄以外でのシェア率は1パーセント程度。でも沖縄では50パーセントを超えているとか。ちなみに飲んだことない。
『れいこおばさんの空中遊泳』
「屈斜路湖」などの固有名詞の使い方がうまい。イメージを収束させるために固有名詞を使うのではなく、むしろ違和感を強くするために固有名詞を使うのである。最近だと小説家の長嶋有が使う手法。
『かなしいズボン』
酔っ払ってのアドリブ合戦から産まれたという怪曲。下手に解釈せずに、意味不明なままこの妖しい世界観に浸るのが吉。
『麦茶をもう一杯』(ボブ・ディランの『One More Cup Of Coffee』のほぼ即興カヴァー)
柳原の音楽的バックグラウンドがよく分かる良カバー。
『Girl』(The Beatlesのカヴァー)
一部で「たま」は「日本のビートルズ」だなんて呼ばれている(一人一人の我が強いのに、コーラスワークが美しく、個性がハーモニーを奏でているから)。
『学校にまにあわない』
この語りの部分も、カラオケで歌うときは必ず一回一回変えている。ただしカラオケだと、間奏部分の時間が決まっているので、それにぴったり合わせるのがなかなか至難の業で、いつもどきどきする。
『ウララ』
この曲はCDだとゆっくりだが、個人的には激しいライブバージョンのほうが好きである。
『カニバル』
規制音を入れられるくらいなら、自分で「ぷっぷくぷー」って言って自主規制したバージョンもある。
『マンモウ開拓団』
なんだそりゃ。
『満月小唄』
この後、柳原が脱退し、「3たま」時代に入り、2003年に解散するまで活動を続ける。柳原は、本名で今でも音楽活動を続けるが、たま時代の妖しい世界観は鳴りを潜めている。
残りの3人は解散後も、交流を続け、一緒にライブなどを開いているが、柳原は彼らとは表だった交流を断っている。
2010年に公開された『たまの映画』でも柳原は出演依頼を断り、映画の中では知久が「彼とハモるのが楽しくて仕方なかったのに、なんで」柳原への複雑な心境を語っていた。
どうですか。なんだか夏っぽい雰囲気ありませんか? 夏休みっぽいというか、夏祭りっぽい雰囲気ありません?
ないかなあ? 感じるんだけどなあ?
『たまの映画』の公式サイトすでに消失しててワロタ。いくら何でも、早すぎだろ。
http://www.tamanoeiga.com/