先日の街頭活動の際に顕正会員が発したという衝撃の発言

②「血脈は浅井先生に流れている」


について破折をしてみましょう。

調べたところ、第66世日達上人は、昭和34年の11月15日に第65世日淳上人より御相承を受けられたそうです。
ま、顕正会側の書物でも日達上人がれっきとした大石寺の第66世法主上人であられると記されていますね。


日達上人以後の血脈についての顕正会側の主張としては

「宗門は細井(日達)管長が国立戒壇を抛って御遺命違背をした。御遺命違背の罰で急死して御相承はできておらず、阿部日顕(上人)には血脈は流れていない。」

というものでしょうか。


いやいや実際は国立戒壇という名称を使わないだけで、別に御遺命違背なんてしてないんですけどね。

色々と詳しく調べてみると、浅井会長の言い分は本当に無茶苦茶だというのが分かってきます。
顕正会員は日蓮正宗における正本堂の最終的な意義付けをどう決めたのかを知るべきでしょう。


さてさて、話は戻して血脈についてです。

浅井会長自身も「唯授一人の血脈相承」(『顕正新聞』平成5年1月5日号)と記していますが、
血脈の相承とは代々、一人から次の代の一人にのみ受け継がれているわけなのですね。
一子相伝とも聞きます。

日淳上人→日達上人→日顕上人→日如上人へと続いているわけなのですが、
②の発言をした顕正会員からすれば「日淳上人→浅井会長」へと血脈が流れていると主張したいのでしょう。

この顕正会員の論が正しいとすれば、日淳上人が日達上人と浅井会長の二人に相承をしたことになる。

が、血脈相承は唯授一人なんですよ!

どう考えてもおかしいじゃないですか・・・

北斗神拳の伝承者にケンシロウだけでなくジャギも選ばれてるようなもんです。

しかも浅井会長は在家ですからね。
何で出家されて修行をされた御僧侶じゃなくて在家の人が相承するんやというツッコミもしておきます。

セロリさんのブログから分かりやすい文章を引用しますと、


日興上人は遺誡置文にて、

「若輩たりと謂も、高位の檀那より末座に居くべからざる事」


つまりは、

「たとえ僧侶の見習いの、若いお小僧さんやお所化さんであっても、高位の在家信徒より末座に座らせてはならない」

とまで、出家と在家の立場の優劣を御指南くださっているのです



とありますように、
その辺りを弁えていると②の発言については「はぁ?」としか思えないわけですね、はい。