けんすう日記

Webサービスとか好きな人による、日記サイト!

最近、Nexus6を買って、これはすげーなと思って感動しているわけです。

iPhone 3Gを発売日に徹夜で並んで買ってから、なんだかんだいってずーとメイン機はiPhoneでした。Androidは、初代Xperiaから触ってはいましたが、ずっとiOSのほうがいいと思ってメインにはならなかった状態から、4.4あたりから完成度が劇的にあがり、5.0になって完全にAndroidのほうがいいと思うようになってしまったのです。

そんなAndroid5.0(lollipop)を触ってみて、「もしかしたらこんなことをGoogleは考えているのではないか?」というのがいくつかあったので、妄想レベルで書いています。

一言でいうと「アプリ時代の終わり」です。

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ちなみにこんな感じのホーム画面にしています。

アプリを立ち上げる時代の終わり?

まず、Googleは、アプリを立ち上げさせるという行為自体を減らそうとしているのではないかと感じました。

ロック画面での通知機能の強化がそれです。

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ロックを解除する前に、ある程度内容がわかってしまい、それをタップすると、すぐにアプリにいけます。

また、以前からもありましたが、ウィジット機能があり、ホーム画面に、直接アプリの機能をつけることができます。

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上記画像はタスク管理アプリですが、アプリを立ち上げることなく見ることができて、タスクの追加ボタンもすぐに押せるのですね。

この通知の強化と、ウィジット活用によって、アプリのアイコンをタップして起動するということが、だいぶ減りました。もちろん、半分くらいはアプリを立ち上げるのですが、そういうのは、Facebookとかの一部のアプリにすぎません。

今後、その流れが進むと、通知は、あらゆるアプリがしてこようとするはず。通知をすればするほど、ユーザーがきてくれるからです。しかし、それではユーザーにとって使いづらいものになってしまいます。

そこでGoogleのお得意な、「情報を整理する」というのをしてくるのかなと。徹底的に、通知上では必要な情報だけがでる、という形にしてきそう。

そして、さらに次のステップとしては、「入れていないアプリの通知もここに出せるようにする」があると思います。もちろん、実際には、次で言及する「Google Now」を経由して、Webの情報を出してくるという形になるとは思うのですが、アプリを入れている入れていない、とか、どのアプリか、とかはユーザーにとってはあまり関係なく、必要な情報が、必要なときにくればいいわけですからね。

今のPCと同じように、ヘビーで使うものはアプリでいいけど、そうでないものとかは、Webでいいよね、というふうになっていき、よほど処理が重いもの以外は進化したモバイル用のブラウザ経由になるという形になるのかなと。

ある意味、オープンなWebへの回帰が始まっているとも言えます。

徹底的なGoogle Nowの強化

というわけで、今、話にでたGoogle Nowです。先ほどいった「進化したモバイル用のブラウザ」的なものの一つは、Google Nowじゃないかと思っています。

Google Nowは2013年の4月リリースで、すでに使っている人も多いと思いますが、やはり便利です。

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Amazonなどの配送状態はもちろん、

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最近は、(おそらく)Chromeのデータや検索履歴から「この記事とか読みたいんじゃない?」というのをリコメンドしてくれます。

GunosyみたいなことをGoogle Nowでしてくれるのですね。

検索すらさせないようにするにはどうすればいいのか?を考えてやっているのだと思うのですが、検索データはもちろん、Gmailやカレンダーでパーソナルな情報を抑えており、YouTubeなどのメディアも持っていて、Chromeのブラウザ情報も使えて、というかそもそもモバイルOSのシェアが圧倒的、となると、もはや他社がどうこうできるレベルの差ではないと思います。圧倒的なデータ量と、その解析が勝負ポイントになるのですが、両方ともGoogle以上の精度を出すのはきついかなあ、と。

Webブラウザというものは、今までは、検索と深く結びついてきていました。検索をして、辿り着いたサイトにいく、という形です。しかし、今後は、Google Nowのように、情報をセマンティックにし、その情報を、必要な人に、必要なときに届ける、というようになっていきます。Google Nowをブラウザだと考えると、今までのWebブラウザとはかなり違った使い方になりそうだと思っています。

もちろん、検索はなくなりません。検索したほうがいいものも多いです。しかし、検索に向かないものまで全部検索をするという時代はさすがに終わるのかなと。

ブラウザは、ある意味、検索アプリのような立ち位置になるかもしれないですね。

というわけで

今のAndroidはおもしろいので、ぜひ触ってみるといいと思います。

2014年も終わろうとしていますが、今年もいろいろと話題になったニュースがありました。

そのうちの一つが、Twitchというゲームプレイ動画サイトをAmazonが買収したことです。1100億くらいですかね。

Amazon、総額9億7000万ドルのTwitch買収を完了 - ITmedia ニュース

つまり、ゲームのプレイ動画が、ビジネスとして成り立っているということですね。WIREDの記事のよるとこうあります。

ゲームをプレイしない人には思い出してもらう必要があるが、ゲーム業界の規模はハリウッドよりも大きい(13年の世界のゲームコンテンツ市場の規模は6.3兆円(PDF)。2012年の世界の映画興行収入は2.8兆円)。

また、ゲーマーが画面の前で費やす時間も、映画ファンが画面の前で費やす時間よりはるかに長大だ。最近の数字では、Twitchには5,500万人の視聴者層がいる(この数字は、13年末には4,500万人だった。YouTubeの幹部は「スーパーボウルサイズの若者視聴者が毎日存在している」と、書いている)。

アマゾンがゲーム実況の「Twitch」を買収する理由:リヴィングルームの大画面を巡る戦い

PlayStation4では「シェア機能」もありますし、任天堂も公認の方向に動きました。

【速報】ニコニコ動画でついに任天堂タイトルの投稿“公認”へ 対応タイトルは「マリオ」「ゼルダ」「ピクミン」など250本以上

各会社により対応は違いますが、たとえば、Minecraftなどは、配信する際に広告を貼ってもよいとされています。

Minecraftのブランド規約に従うかぎり、プレイを録画した映像やキャプチャ画像の利用はプレイヤーに自由に許可されています。Youtube上にビデオを公開し、そこからユーザーが広告収入を得ることも許可されているのです。

なぜMinecraftが売れ続けるのか - ソーシャル時代の収益モデルについて考える

プレイ動画が流行るのは当たり前

で、ニコニコ動画でもYouTubeでもゲーム系のプレイ動画は人気が高いので、多くの人にとっては違和感ないと思うのですが、たとえば僕よりも上の年代の人からとってみると、「なんでゲームをやらずに、人がプレイしている動画を見るだけのが、そんなに人気あるの?」という感覚がある人もいるようです。

というわけで、前置きが長かったんですが、この記事は「どうしてゲーム実況動画がそんなに人気なのかわからない」という人向けなので、多くの人は「当たり前じゃん」という話になるのでご注意ください。

というわけで、なぜゲーム実況がこんなに流行るのか?ですが、毎回説明している方法があります。それは、「野球だってそうじゃないですかー」です。

多くのゲームにおいて、「実際にプレイする」人よりも「そのプレイを見て楽しむ」ほうが人数が多いのです。当たり前ですね。

感覚的にもわかってもらえると思いますが、例えば野球やサッカーは非常に多くの人がファンです。

プロ野球ファン人口を推計すると3,448 万人(昨年比232万人増)

(略)

Jリーグのファンは1,216万人(昨年比30万人減)

プロスポーツ人気の推移「プロ野球」「Jリーグ」「なてしこジャパン」のファン人口は?―国内調査 - IRORIO(イロリオ)

野球を実際にやる人よりも、観て楽しんでる人が多いうよね、というのはみなさんわかってもらえると思います。

スポーツだけじゃなくて、囲碁や将棋の知的スポーツも同じです。

当たり前なんですが、ゲームをプレイして楽しむより、上手な人のを見るほうが敷居が低いので、当然の結果なのではないかなぁと。

そして、これはスポーツでも限らず、たとえば

  • 2chは見ているだけの人が99%(まとめサイトも含めるともっと多いのでは)
  • クックパッドは見ている人だけがほとんど?
  • 食べログも調べているだけの人がほとんど

ってことになります。

ゲームの歴史はそこそこ長いのに、なぜこのタイミングか、というのは

  • YouTubeなどの個人が投稿できる動画プラットフォームができた
  • 技術的に配信しやすくなった
  • スマホにより動画を閲覧するところが増えた

という時代の流れにすぎません。

今後は何が見ているだけになるか

となると、今後、時代の流れによって「自分がやる側だったけど、見るだけのほうがいいよね」というものがもっと出てくると思っています。

たとえば、今、LINEはコミュニケーションとして使うので、送信する人がほとんどですが、これもなんらかの技術革新によって

  • コミュニケーションは自分では行わず、人のコミュニケーションを観て楽しむ

ということがあるかもしれません。また、今は、働くということが嫌な作業の人も多いと思いますが、技術が革新して、人がつまらない仕事をしなくてよくなると

  • クリエイティブでおもしろい仕事だけを人間がする
  • 人間が仕事をしているのを見る人が大多数

みたいになるのかもしれません。

というわけで

僕が一番好きなプレイ動画はこれです。

ドラクエ5 はぐれメタルだけで世界を救う 1 - ニコニコ動画:GINZA

おもしろいなあ。

インターネットのコンテンツに興味をもって、早いもので、15年以上たっていました。インターネットはいろいろな情報があって本当に楽しいですよね

一方で、はじめてインターネットに触った16歳くらいのとき(だいたい98年くらい?)は「本とか雑誌には載っていない、こんなすごい情報が載っていて、インターネットは革命的だ!」と感動した覚えがあるんですが、2014年になってみて、インターネットコンテンツを見ていると、なんか似たようなコンテンツが多くなってきているのでは・・・という気がしてきました。

たとえば、

  • ニュース
  • キュレーション
  • ハウツー
  • エッセイ・コラム

あたりは、おもしろいものも多く、参考になったりするのですが、これらの特徴としては

  • PVが稼ぎやすい
  • 作成コストが安い

の組み合わせか、

  • お金を稼がなくてもいい個人や少人数のサークルがやっている
  • 趣味で書きやすいジャンルのもの
  • とても強い個人の想いがあるもの

のどちらかが多い感じで、逆にこれ以外のものだと、多様性が実は少ないのではないかという気がしてきています。

インターネットのコンテンツ

インターネットのコンテンツは、このようにどうしても偏りが出てしまうのですね。

その理由としては

  • 無料でオープンである
  • 広告がビジネスモデル

であるからなのではないかと。

簡単にいうと、インターネットのメディアでビジネスをやろうとすると

  • 多くのPVが稼げる
  • かつコストが低い

という形なのがベストになりがちなんです。

なぜかというと、1pvあたり、せいぜい0.5円くらいが関の山であり、2万PV稼げたら、そこそこのヒットという状態なので、1記事にあてられるコストは、1万円を切ってしまう、という環境だからです。

2chまとめ系サイトや、外部で拾った情報で作るバイラルメディアが大流行したのはこのためです。PV稼ぎやすいネタかつコストが低い。

その結果、過当競争になります。2chまとめも、誰が作ってもそこそこの範囲までいけるため、乱立します。乱立の結果、どんなにいいものを作ったとしても、PVを稼ぐという面では、さほどおいしくなくなってきてしまうのです。2chまとめはアレほど流行ったのに、100人の会社とかが出てくるわけではなく、サイトが乱立する方向になりました。

その結果、「PVを稼げるネタだけを安いコストでやる」が合理的になっていくため、PVが稼げないネタが軽視されて、投稿されなくなっていく・・・、という形になっていきます。

これをお金の流れで整理してみると、

  • お金を使ってコンテンツを作る
  • 見てくれる人が増える
  • 見てくれる人が多いから広告費が支払われる

という流れになります。

戦いづらい戦いは避ける

個人的には、この流れだから、きつい戦いになっているのではないか?と思っています。

そもそもインターネットコンテンツは、1記事1記事あたりに勝負になりがちで、個人ブログから大手新聞社のサイトまで、1記事のライバルが大量にいるという状況に陥ります。nanapiというハウツーサイトでいうと、ライオンなどの大企業がオウンドメディアをやったり、Yahoo!知恵袋のほうなCGMサイトだったり、個人サイトのハウツーコンテンツまですべてライバルになるので、大変です。

では、どうするか?というのを考えていたのですが、お金の流れが上記のようだと、普通にやってしまうと、上記のように

  • 無料&オープン&広告費ビジネスは、「PVとコスト」の問題がある
  • よってコンテンツが均一になる
  • コンテンツが均一になると、ライバルが常に無数にいる形になる
  • どんなにがんばっても拡大することが困難になる

というスパイラルに陥ってしまいます。

なので、この流れとは違うところでやる必要があるのではないかと思いました。

これからのネットメディア案

じゃあ、これからどういうメディアを作るべきか?というと

  • ファンが増えていく
  • そのファンがお金を払う
  • そのお金を使ってコンテンツを作るから多様性が生まれる

というお金の流れのものがいいのかなあ、と。

こうしないと、この記事の前半で書いたような、負のスパイラルに陥ってしまうのではないかと。いくら、コストをクラウドソーシングで安くしたり、CGM化しても、結局はコストを下げたというだけの話になってしまうので、お金の流れ自体を変える必要があるのではないかと。

この形を具体的に考えると、いくつか出てきます。

■有料メディア型

  • 有料で、クローズドにしてお金を払ってくれる人だけにする
  • そのファンたちに向けてコンテンツを多様につくっていく

月1000円払ってくれる人が1万人いて、1000万円集めてコンテンツを作る。みたいな感じです。

日経新聞のような形や、Cakesのようなパターンです。有料メルマガもそうですね。最近だとNewspicksさんとかもそういう取り組みをしています。

■グッズ販売型

とにかくサイトのファンを増やしたあとに物販をしていくパターンです。

糸井重里さんのほぼ日などがそうですね。また、海外でもGitHubや、Evernoteなどは、ファン向けのECが結構うまくいっているという噂です。

Evernoteが文房具を販売する理由:売上げ1,200万ドルを超える ≪ WIRED.jp

GitHubとかもグッズで売り上げているという話をしてたときがあります。2012年の記事ですが。

これはちょっと奇妙なことに聞こえるかもしれないけれども、どれくらいのファンがいるかを図る重要なメトリクスとして、「どれくらいの人がGithubのTシャツを買うか」という指標がある(訳注:Github:shopというところでGithubはグッズを販売している)。本当に好きなブランドじゃなければTシャツは買わないから、これはしっかりとしたブランドの指標になるんだ。またここから地理的に世界のどこでGithubのブランドが受け入れられているかということも知ることが出来る。おどろくべきことに実はグッズから$100,000くらいの売上があるんだ。

CEOが自ら語った「イノベーションを起こすためのGithubの哲学」 | freshtrax | btrax スタッフブログ

■クラウドファンディング

有意義な記事を書くからクラウドファンディングとかでお金を集めたりしよう、という形もある思います。先にお金を集めてしまうのですね。

クラウドファンディング×メディアの可能性 : アゴラ

最近だと、PLANETSという超イケてる雑誌がクラウドファンディングでお金を集めていました。ここで集まると、値下げができるので、より多くの人に広がるという形です。

日本のこれからが見える…宇野常寛・編集長のPLANETS次号とは? - CAMPFIRE(キャンプファイヤー)

というわけで

いろいろな形がありそうですが、お金の流れを逆にしていく形で作っていくと、いろいろ可能性があるんじゃないかなと思っているこの頃です。

もうすでにあるじゃん、とも思ったのですが、スマートフォンが進化することで、長いものが読めるようになった、支払いが簡単になった、とかの要素が強くあります。このあたりは、アイデアよりも、時代がどうかというところに強く依存するので、花開いていくのは今後かなあ、と思っています。

こんにちは!

僕はいろいろなコミュニティサイトを使うのが大好きだったり、自分でも作ったりしているのですが、そんなこんなで、Twitter創業者の人の本の解説を書くことになりました。


Kindle版はそろそろでるみたいです。

僕個人としてはTwitterの成功要因の一つは、ビズ・ストーン氏のコミュニティ哲学だと思っています。Twitterの特徴はそれぞれの創業者の個性が反映されており、個人のメディア力をエンパワーメントする部分はエヴァン・ウィリアムズによるものであり、140文字のミニマリズムはジャック・ドーシーだとすると、コミュニケーションのなめらかさは、ビズ・ストーンによるものではないかと(ノアはよくわからない笑)。

というわけで、解説文を全文載せていいという許可をいただきましたので、掲載しておきます。

解説:ツイッターを育て上げたビズ・ストーンの哲学

この本を読むような人は、「フェイスブックを創ったのは誰か?」という質問に対して「マーク・ザッカーバーグだ」と答えられる人が多いのではないでしょうか。フェイスブックは、大学生だったマーク・ザッカーバーグ氏が創業したというのは、IT業界では有名な話です。もし知らなくても、アップルの創業者のスティーブ・ジョブズ、マイクロソフトのビル・ゲイツの名前なら知っているでしょう。

しかし、一般的な人はもちろん、IT業界の人に「ツイッターを創ったのは誰か?」という質問をしても、多くの人が答えられないかもしれません。これだけの大規模なサービスであるにもかかわらず、創業者やCEOの存在感が薄いのは意外です。

それもそのはずで、ツイッターを誰が創り上げたか、という点については、「この人だ!」とすっきりと言い切れるエピソードがないのです。ツイッターは、フェイスブックのように「ザッカーバーグという天才が、初期の部分のほとんどを作り上げて、今もCEOとして絶大な影響力を保持している」というストーリーではなく、様々な人の力によって成り立ったプロジェクトである、と考えたほうが自然です。ツイッターの前身のプロジェクトであるオデオのCEOのノア・グラスや、ツイッターのアイデアを思いつき、作り上げたのちにCEOを務めたジャック・ドーシー、大株主でもありその次のCEOも務めた、経験豊富なエヴァン・ウィリアムズ、いずれもツイッターにとって不可欠な存在であることは言うまでもありません。

しかし、「ツイッターを今のコミュニティに育て上げたのは誰か?」いう質問に対しては、私は「ビズ・ストーンである」と述べたいと思います。

こう書くと、読者の中には「ツイッターなんて、140文字で投稿できるだけの単純なサービスだから、誰が育てたとかはないんじゃないか」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。「誰がやっても同じなんじゃないの?」と感じる人もいるでしょう。

しかし、この解説を書いている筆者は、14年近く、日本でコミュニティサービスを作り、運営するという仕事をしていますが、ツイッターというサービスは、近年で見ても、かなり特異なサービスだと感じております。

まず、アイデアが「ふつう」であること。「現在のステータスを共有する」というのは、そこまで優れたものではありませんでした。IM(インスタントメッセンジャー)系のサービスでは、この「ステータスを共有する」という機能は一般的であり、そこから思いつく人も多くいたと推測されます。実際に、筆者も、日本でツイッターが流行する以前に、2回ほど同じアイデアを述べている人に会ったことがあります。ダメなアイデアとはいうわけではもちろんありませんが、誰にも思いつかなかった突飛なアイデアというわけでもないのです。

もちろん、インターネット業界では、「アイデアよりも実行力が大事」とよく言われます。アイデアだけではダメで、それをいかにユーザーにとって良い形で実現するかが重要です。しかし、プロジェクトの実行力という意味でも、ツイッターは強いわけではありませんでした。サービス自体は、「単に動く」だけのものであればプログラミング初心者でも作れるほどのシンプルなものです。特殊な技術などは使っておらず、他の会社でもすぐに作れるものです。もちろん、多くの人が使うのに耐えうるようにするという点では難易度が非常に高いのですが、有名人や、政治家が使うレベルになっても、サービスはしょっちゅう停止をしていました。初期に、誰でもツイッターのデータを使えるように、APIと呼ばれるものを公開したのも、のちのちにビジネス上の障害になっていたりします。

人材という点では、優秀な人たちが集まっていたものの、他のベンチャーのように、名門校のエリートたちが作っているわけではないというのも特徴です。インターネット業界は、学歴は関係なく挑戦できるのが良い点ですが、一方で、やはり一度は優秀な大学に入った人が成功しているケースもよくあります。グーグルの創業者2人やインスタグラムの創業者2人はスタンフォード出身、ザッカーバーグやビル・ゲイツはハーバード出身などと、メガサービスを作っている人たちが、名門出身であるパターンは多くあります。しかし、ツイッターを創ったメンバーは、誰ひとりとしてそういったピカピカの経歴を持っていませんでした(エヴァン・ウィリアムズはブロガーという有名なサービスを作り、グーグルに売却していますが)。

さらにいうと組織としても、CEOが3年間で3人入れ替わるという混乱状態であり、とても安定しているとは言いがたい状態でした。

つまり、アイデアとしても、人材としても、実行力としても、まあ好意的にいっても、普通のベンチャーと同程度といえるでしょう。では、そんなツイッターがなぜここまで爆発的なサービスになったのか。それは、ビズ・ストーンの哲学にあると思います。ビズ・ストーンの哲学とは、簡単に言うと「人の性質は善であると思い、そのパワーをサポートしてあげれば、人は善いことをする。そして世の中がよくなる」という考えです。

この考えは、シリコンバレーの中では特殊かもしれません。というのも、シリコンバレーでは、「テクノロジーやサービスで世界を変える」という人は多いのですが、人を信じることを中心に考えている人は少ないからです。

この本を読むと、ビズ・ストーンは、ちょっとしゃべりすぎるけど明るく陽気でジョークが好き、という印象を持ちますが、その中でも、人間の良い面を見ようとするポジティブな性格が強く伝わってきます。その性格がツイッターの哲学に反映されていき、シンプルなツールであるツイッターが、大きなエネルギーを持つようになったのではないでしょうか。

159ページでは「ごくシンプルなツールも、すばらしいことをする力を人に与えてくれる」といい、260ページでは「人は基本的に善であり、正しいツールを手にすれば、それを使って正しいことをする」と述べています。これが彼の一貫した考え方です。 これには反論を述べたいという人も多いでしょう。インターネット上には、様々な誹謗中傷が投稿されており、傷つく人も多いのではないか、と。人間は基本的に悪であり、自分の正体がばれないところでは、平気で人を悪くいったり、陰口を叩いたりするではないか、と。たとえば、日本最大級のオンライン掲示板である「2ちゃんねる」は、誹謗中傷が多く、悪意が多いサイトだと思われることが多い代表例で、「便所の落書き」と評されたりしています。

しかし、創設者の西村博之氏は『本人 vol.09』(太田出版)の中で、当時招待制であったSNSの「ミクシィ」と2ちゃんねるを比較して「でも2ちゃんねるはアカウント招待制もない。何をしても自由ですよ。だって人は悪いことなんかしないんだもん。そういう発想で2ちゃんねるは運営されています」と述べています。他のインタビューでも「2ちゃんねるは性善説で作られている」という発言もしています。 筆者もコミュニティサイトを今まで多く運営してきましたが、多くの場合、悪意は長続きしません。たとえば、荒らしと呼ばれる、コミュニティを台無しにするような行為をする人がいても、それが長期間にわたって続くことは稀なのです。人間の悪意は長続きしない、ということを経験から感じています。ビズ・ストーンは人々を疑うところからスタートしているのではなく、最初から信じるところからスタートしており、そしてそれを曲げなかったのではないでしょうか。 また、もう一つの大きな哲学は「ユーザーが主役である」ということです。

162ページには「ツイッターが強く賢いのではない。強く賢い人々が、強く賢い行動をとったのだ」とあります。こんなにも大きなサービスを作り影響力があると、自分たちが偉くなった気持ちになるのが人間です。特に多くの人が投稿するようになると、そのコミュニティに影響力を行使できる自分は神のようだと錯覚することすらあります。 しかしビズ・ストーンはあくまで、ユーザー、言い換えると人間が素晴らしいのであり、ツールはそれを手助けしているだけだ、というスタンスを崩しません。「ツイッターは会社としての意見は持たない。誰の側にもつかない。ツイッターは僕たちが作ったソフトだが、議論の内容はその人たちの問題だ」と彼自身述べています。

287ページでは、ビズ・ストーン氏が珍しく怒りを表に出して社員全員に送ったメールについて書かれていますが、これはまさに彼の哲学を表したものです。ツイッター自身が政治的信念や特定の団体に偏ることなく中立を守る、というのはツイッター自身が影響力を持ちたいからではなく、ユーザーのいいことをしようとするパワーを増幅させたいからなのです。

このような話を聞いて、フェイスブックと同じように感じる人もいるかもしれません。フェイスブックもサイトから信念を押し付けるようなことはせず、ユーザーを主においているからです。しかし、フェイスブックとの決定的な違いは、フェイスブックはあくまで「プラットフォーム」として存在しており、人々がつながり、オープンに近況をシェアするという、透明な存在である一方で、少なくともビズ・ストーンが関わっていたツイッターでは、人間の素晴らしい部分を増幅させたいという明確な気持ちがあったのではないかと思います。 この本の後半には、ビズ・ストーンが立ちあげた新しい会社「ジェリー」のことも書いてあります。ジェリーは知りたいことがあったときに、人に気軽に聞けるソーシャルQ&Aサービスですが、ツイッターよりも人間の善意を信じる点が強調されたサービスとなっています。ジェリーのブログでは、最初の投稿に以下のように書かれています。

People are basically good—when provided a tool that helps them do good in the world, they prove it.

訳すと、「人間は基本的には善です。もし良いことをする手助けをしてくれるツールが与えられたら、人々はそれを証明してくれます」といった意味でしょうか。ツイッターで大成功し、金銭的にも億万長者になり、名声も得たビズ・ストーンが、小さなチームで立ちあげたサービスの想いが、それまでと全く変わっていないことは驚きです。

我々がこの本から学ぶべき点は、ビジネスマンとして成功し大金持ちになる方法でも、大きなサービスを作る手法でもなく、人間の良い面を信じぬくこと、なのかもしれません。